番外編24:『排泄誓約のスクリーニング・ブルー』〜おしっこが好きなこと以外は至って平凡な男が、リアルな婚姻の檻(普通)からアングラな確定システムへとログアウトするまで(後編)〜2
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の人物、地名、特定の結婚相談所、および動画・書籍・マッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての痛烈な風刺・創作であり、特定の生き方や価値観、性別、信仰を誹謗中傷・否定する意図は一切ございません。あらかじめご了承の上、純粋なビター・ドラマとしてお楽しみください。
そしていよいよ、結婚式当日。
凍てつく冬の夕暮れ、ディープ・ブルーの帳が下りる一歩手前。
高志のスマートフォンの画面が、1通の暗号のようなメッセージで明滅した。
『ロータリーの少し先、街灯の影で待ってるね』
指定された薄暗い路地裏に車を滑らせると、そこには昼間の雑踏に紛れるための「完璧な擬態」をまとったマリカが立っていた。
深めのバケットハットを目深にかぶり、グレーのマスクと度なしの丸メガネ。
首元まで閉めたアースカラーのナイロンジャケットに、ゆったりとしたデニムという出で立ちだ。
どこからどう見ても、休日に近所のスーパーへ買い物に出かけただけの、地味で平穏なアラサー女性にしか見えない。
昼の街のファイヤーウォールをすり抜けるための、オーラをゼロに一掃したステルス・モードだった。
「お疲れさま。……寒かったでしょ」
高志が助手席のロックを解除すると、マリカは無言でするりと滑り込んできた。車内に冷たい夜気と、かすかな柔軟剤の匂いが広がる。
「ううん、大丈夫。……それよりタカシくん、前に言っていた約束の駐車場、本当に誰も来ないところなんだよね?」
マスク越しでもわかる、いつもの営業用とは違う、少し低くて気だるげな「素」のトーン。
高志はその声の響きだけで、脳内のプロセッサが激しく脈打つのを感じた。
「ああ、20年前に廃業した工場の跡地の奥にある、未舗装の駐車場。あそこなら今の時間、誰も来ない。
完全にアクセスブロックされたクローズドな空間だよ」
「よかった。……じゃあ、向かいながら『準備』始めるね。タカシくんは前だけ見て運転してて」
車が静かに走り出すと同時に、助手席で「プロのトランスフォーム(変身)」が静かに、しかし冷徹な手際で開始された。
マリカは自宅を出る時点で、すでに顔と髪の「土台」を完璧に仕込んできていた。
狭く揺れる車内では不可能な繊細なコード記述は、すでにマスクの下で完成している。
彼女が大きめのトートバッグから取り出したのは、タカシの脳内最深部に眠るゴーストを令和にアップデートした「衣装」そのものだった。
シートをわずかに倒し、車窓の闇に紛れながら、マリカは慣れた手つきでナイロンジャケットとデニムをパージ(脱衣)していく。
カサカサと衣類が擦れる音。暖房の効いた車内に、彼女の体温とともに、ある独特の「緊張感」が漂い始めた。事前に何リットルもの水分をその身体に流し込み、生体システムに限界まで負荷をかけている彼女の皮膚からは、かすかに張り詰めた野生の匂いが立ち上っているようだった。
「……よし。前髪、崩れてないかな」
サンバイザーのミラーを下げ、車内の暗い手元灯の中で、マリカはバケットハットを外した。
現れたのは、高い位置できれいに結い上げられた、艶やかな「黒髪のポニーテール」。
マスクとメガネを外したその顔には、タカシの劣等感と欲望を完全にハックするための、計算され尽くした令和の女子高生風のナチュラルメイクが施されていた。
紺色のタイトなブレザーのボタンを留め、膝上を大きく露出したチェックの短いプリーツスカートの裾を整える。
防寒用のタイツを拒絶したその生脚には、白くながいソックスが彼女の脚線美を引き立たせていた。
5分前まで助手席に座っていた「地味なアラサー女性」の姿は、もうどこにもない。
そこにいるのは、高志の原初の網膜を完全にジャックするためにデプロイされた、圧倒的な記号としての『マリカ』だった。
マリカの声のトーンが、わずかに上ずり、そしてプロの戦闘モードへと切り替わる。
「うん、次の角を曲がれば、あの駐車場だ」
「……急いで。私、もう本当に限界の限界まで溜め込んできてるから。早く、遅れると漏れちゃうかも。タカシくんの前で、おしっこさせて……」
ブレザーの裾を握りしめ、小さく内股をすり合わせるマリカの横顔は、寒さとは違う理由で微かに震えていた。
彼女の生体インフラ(膀胱)は、すでに100%の限界容量に達し、エラーを起こす直前の警告アラートを脳内に響かせている。
車が未舗装の荒地へと進入し、タイヤが砂利を踏みしめる音が響いた。
◇
凍てつく冬の夕暮れ、ディープ・ブルーの帳が下りる広大な未舗装の駐車場。寒風がヒューヒューと吹き荒び、20年前と同じ冷え切ったコンクリートの匂いが立ち込めるなか、2人の最終セッション(挙式)が執行されようとしていた。
マリカが用意してきたのは、タカシの脳内最深部に眠るゴーストを現代にアップデートした、令和の可愛い女子高生のコスプレ衣装だった。
紺色のタイトなブレザー、膝上を大きく露出したチェックの短いプリーツスカート、防寒用の分厚いタイツではなく生脚を際立たせる白いソックス、そして――高志の原初の網膜を完全にハッキングするための、高い位置できれいに結い上げられた「黒髪のポニーテール」だった。
マリカはプロ中のプロだった。事前の打ち合わせが終わった時点で、彼女はすでに何時間も前から何リットルもの水分をその身体に流し込み、生体インフラ(膀胱)を完全に限界の限界まで溜め込んできていた。
普通の許容量である300〜500ミリリットルを遥かにオーバーフローし、今や1リットル近くに達しようとしている濁流の重圧。
一刻も早くすべてをパージしたい、下腹部がギチギチと悲鳴を上げるような強烈な物理痛(負荷)。
普通ならその場にへたり込んでお漏らし(システムクラッシュ)してもおかしくない切羽詰まった極限状態。
だが、彼女のプロ根性は、タカシの脳内にある20年前のログを「100%完璧に再現する」ことを選択した。
「高志くん、あんたは先にあの車の影に隠れてて。私が合図(足音)を出すから」
タカシがかつて小学生の時に隠れていたまさにそのマス目、今は別の普通の車が佇む死角へと潜ったのを確認したあと――マリカは、おしっこがしたくてしたくてたまらない引き攣る身体を引きずり、わざわざ一度、駐車場の遥か遠い入り口の方まで走って戻ったのだ。
冬の過酷な寒冷ノイズのなか、お姉さんのゴーストを宿したマリカが、駐車場の入り口から再びこちらへと走ってくる。
それは演技などではなかった。本当に一歩歩くたびに決壊しそうな生体アラートの不条理の前に、顔を真っ赤に歪め、誰かに見られないかと「キョロキョロ」とおしっこのできる死角を必死に探しながら、内側の痛みに太ももを擦り合わせ、息を弾ませて走ってくる。
そのたびに、頭の後ろで黒髪のポニーテールが、冬の冷気を切り裂くように生々しく、狂おしく揺れ動く。
タカシの網膜サーバーは、その完璧な「発生因果」の光景に、激しく震え上がった。
限界の限界を迎えたマリカが、タカシの隠れる車の、ちょうど反対側の側面へと滑り込む。
入り口からは絶対に見えない、完璧な二重の死角。お行儀の良い令和の女子高生の短いスカートを、彼女は狂おしくたくし上げた。
白いソックスの上の赤みを帯びた太ももが冬の冷風に晒され、バルブを全開した次の瞬間だった。




