番外編19:『因果のロスカット・パレード』〜結婚直前の土壇場でハシゴを外され、自らの傲慢と優しさの檻に自滅していく女子たちと、名前に人生をハックされた男の過酷な運命ログ〜1
【読者の皆様へ(免責事項)】この物語は完全なフィクションであり、実在の人物、地名、特定の結婚相談所、および動画・書籍・マッチングアプリ等とは一切関係ありません。作中の婚活事情や心理描写はエンターテインメントとしての痛烈な風刺・創作であり、特定の生き方や価値観、性別、信仰を誹謗中傷・否定する意図は一切ございません。あらかじめご了承の上、純粋なビター・ドラマとしてお楽しみください。
第1話:救急外来(ER)の聖母が、結婚指輪の夜に「都合の良いインフラ」へと更地化されるログ(看護師・美咲の場合)
美咲(32歳)の主戦場は、深夜の救急外来(ER)だった。
日夜、運ばれてくる急患、理不尽な怒声をあげるクレーマー、シフトに穴をあける同僚の尻拭い。他人の命と感情のケアに自らの人生資源を24時間フルインフラで提供し続ける彼女の脳内には、「誰かの役に立っていないと、自分の存在価値がゼロになる」という、強固な自虐的プログラムが構築されていた。
「美咲は本当に優しいよね。いつも助かるよ」
職場で都合よく消費されるその言葉が、彼女の脳細胞に唯一注ぎ込まれる安価な承認だった。
プライベートのハンドルを握る気力など、過労働のストリートには残されていない。そんな彼女の前にマッチングアプリの海から現れたのが、外資系コンサルを名乗る落ち着いた雰囲気の男、加藤(34歳)であった。
加藤の外面のパッケージは、美咲にとって完璧な「聖域」に見えた。
実年齢よりも遥かに落ち着いて見える渋い顔つき、こちらの過酷な勤務体系を「大変だね、無理しないで」と言墨だけで包み込む圧倒的な包容力。
何より、デートの場所から移動のタクシーまで、すべてを加藤がスマートにハック(先導)してくれる快適さに、美咲は「NO」と言う知性を完全に失墜させていった。
「俺、仕事が佳境に入ると連絡が1週間くらい途絶えちゃうタイプなんだよね。不器用でさ。それでも、美咲のことは一番に考えてるから」
交際初期に加藤が放ったこの「免責事項の盾」を、美咲は真面目さゆえに「彼も社会で戦って傷ついているんだ。私が支えてあげなきゃ」と、自らの脳内で都合よく正当化した。
これが、モンスターによるハックの第一段階であるとも知らずに。
交際から2年。美咲の年齢は34歳を迎えていた。周囲の結婚ラッシュという名の時間的インフラの崩壊に脳を焼かれていた美咲は、加藤からの「お互いの親への挨拶、そろそろ行こうか」という言葉に、人生の全財産を賭ける決意をした。
式場の仮予約を済ませ、お互いの実家への手土産を選び、あとは婚姻届に判を捺すだけという、人生の最大到達点(土壇場)。ラグジュアリーホテルの高層ラウンジで、夜景をバックに婚約指輪のサイズを話し合ったその夜、加藤の脳内の損失回避システムが、冷徹に作動した。「ごめん、美咲。やっぱりこの結婚、一度白紙に戻させて欲しい」ホテルのベッドの上、シーツの冷たさが美咲の体温を奪っていく中、加藤は表情ひとつ変えずに言い放った。
美咲の脳細胞が、一瞬で大破する。
「え……? どういうこと……? 式場も、親への挨拶も……」
「美咲はさ、いつも俺のわがままを笑顔で許してくれたよね。でもそれって、俺の本当の人間性を見てるんじゃなくて、『結婚してくれる男』のスペックを見てただけじゃないかな。美咲のその過剰な優しさ、ぶっちゃけ俺には重いし、一種のコントロール(束縛)に感じてたんだよね。俺、まだ誰かの人生を背負う覚悟、できてないわ。お前は一人でも生きていける強い女だしさ」
加藤は流れるようなロジックで、すべての責任を美咲の「過剰な優しさ」へとすり替え、完璧な被害者のポジションへと着地した。
「そんな……私、あなたのために、夜勤の回数も減らして、新居の近くの病院に転職する手続きも進めてたのに……!」
「それも美咲が勝手に決めたことでしょ? 俺は頼んでないよ。これ以上話し合ってもお互い傷つくだけだから、本日終了でお願いします。チェックアウトの費用は俺が払っとくから」
加藤はコンドームを破り捨てるように冷酷な手際でスーツを着込み、スイートルームの鍵を置いて退場した。残された美咲の足元には、人生の防衛線が完跡に更地化された絶望の風景だけが広がっていた。
自分が信じて尽くしてきた2年間という名の「若さ(資産)」は1秒で灰滅し、脳内の認知システムは完全にバグを起こした。
数ヶ月後。
美咲は救急外来の過酷な労働に復職していたが、その瞳に宿っていた聖母の光は消え失せていた。
夜、冷え切った1Kのベッドの中で、彼女はスマートフォンの画面を、ただ目的もなくスクロールし続けている。
マッチングアプリの画面に映る有象無象の男たちのスペックを値踏みしては、スワイプするだけの「幽霊船スクロール症候群」の停獄。
「あの完璧だった彼以上の男は、もう二度と現れない――」
自分で構築した「過去の優しかった彼の幻影」という名の監獄に引きこもり、液晶の光の中に自分の人生の体温が溶けて消えていくのをただ見つめるだけの、生ける屍へと彼女は退化していくのであった。




