61 結梨は俺の恋人だ
目の前の光景を目にした途端、俺は駆け出していた。そして、結梨と男達の間に割って入った。
「あ? 誰だよ、お前」
ナンパ男その1は俺のことをギロリと睨んだ。隣にいるナンパ男その2も険しい顔をしている。
それを見ると、以前も同じようなことがあったことを思い出した。全身に力を入れて、拳を固く握りしめる。
「関係ない奴は引っ込んでいろ」
ナンパ男その1は俺に対して掴みかからんばかりに顔を近づける。その迫力に思わず後退りをしてしまいそうだが、足を踏ん張って、必死に耐える。
「和哉君……」
後ろから心配そうな声を聞こえた。その声が聞こえた途端、俺の決意は固まった。
「無関係じゃない。結梨は俺の恋人だ」
嘘だと疑われないように堂々とした態度でそう言い放った。拳は握りしめたままだが、力を抜くと震えてしまいそうになる。
「はあ? お前とこの子が恋人だと」
そう言って、ナンパ男その2が俺に疑いの目を向ける。大方俺と結梨は釣り合っていないとでも考えているのだろう。
「お前みたいな奴がこんな綺麗な子と恋人なわけがねえだろ。なあ、そうだよな?」
ナンパ男その1は俺を無視して、後ろにいる結梨に問いかける。隣のナンパ男その2はニヤニヤした笑みを浮かべている。
一体結梨はどんな答えるのが。正直に姉弟だと言うのだろうか。
結梨が口を開くのを待っていると、不意に手を掴まれた。そして、結梨が俺の隣に並びたった。
「紛れもなく私と彼は恋人です」
そう言って、結梨は俺の腕を自分の体に引き寄せた。腕を通じて、彼女の体温が伝わってくる。こんな状況だと言うのに、俺は心臓が高鳴っていた。
「なっ! そんなわけが」
「そうだ! こんな奴と」
「すみませんが」
狼狽えるナンパ男達に対して、冷たい声が上がる。隣にいる結梨の目は背筋が凍えてしまいそうなほどに冷徹だった。
「これ以上彼の悪口を言うのはやめていただけませんか? これ以上私たちのデートの邪魔をしないでください」
俺の腕を抱きしめる力が強くなる。それを感じた瞬間、俺の体の震えは止まった。
心が落ち着くと、周囲の状況を見回す。そうすると、あることに気づいた。
「すみません、駅員さん!」
「なっ!?」
俺は一際大きな声を出した。その声の大きさにナンパ男達は呆気に取られた。きっと周りから視線を集めていることだろう。
「ふふっ」
隣から小さく笑う声が耳に届く。まるで良くやったと言っているように聞こえる。
「どうしましたか?」
俺が見つけた駅員さんは俺たちの近くにまで駆け寄ってきた。呼びかけられた彼は不思議そうな顔をしている。
「いや、なんでも」
「この人達に乱暴されそうになりました」
「はぁ!? てめえ!?」
ナンパ男達は俺の言葉に目を釣り上げた。
「この方達の言っていることは本当ですか?」
駅員さんは男達を疑わしい目で見ていた。
「そんなわけねえよ!」
「そ、そうだ! ただ道を聞こうと声をかけただけで」
「いえ、1人でいた私を強引に誘おうとしていました。手を引かれて、どこかへ連れていこうともしました」
ナンパ男の苦しい言い訳を結梨が一刀両断する。男達は目を見張った。
「こう言っているようですが?」
「だから、それは誤解で」
「警察を呼んでもいいですよ。誤解があるなら解いた方がいいと思います」
「なっ!?」
俺の言葉に再びナンパ男達は驚きの声を上げる。
「こちらの方はこう言ってますが?」
明らかに駅員さんは男達を警戒していた。
「くっ、分かった! 俺たちはもう行くぞ」
「あ、ああ。もうそいつらと関わらねえよ」
ナンパ男達は俺たちに背を向けると、一目散に走り去っていた。その背中がどんどん小さくなっていった。
「助けていただいてありがとうございます」
男達が見えなくなっていくのを確認後、俺と結梨は駅員さんに向かって、頭を下げた。運良くこの人を発見できて、良かった。
「いえ、私は自分の仕事を果たしただけなので。また何かありましたら、何なりと言ってください」
駅員さんも俺と結梨に向かって頭を下げると、俺たちから離れていく。先程の奴らと違い、その背中が大きく見えた。
駅員さんが遠くに行っても、結梨は俺の腕を抱きしめていた。俺はそのことを指摘するかどうか躊躇した。
「助けてくれてありがとう」
結梨は俺に向かって笑顔を向けていた。その顔を見ただけで、勇気を出して良かったと心から実感した。
「どういたしまして。って言いたいけど、勝手なことを言って悪かった」
「どうして、和哉君が謝るのかしら?」
結梨は首を傾げる。その様子だとまだ気がついていないようだ。
「ほら、あいつらを追い払うためとは恋人だなんて適当な嘘を吐いただろう? そのことだ」
姉弟と言うより恋人の方が都合良いという俺の勝手な判断だ。
「ああ、そのことね」
結梨は納得したような声を上げた。側から見ると、嫌がっている素振りは見られない。
「"そのこと"って、随分軽いな。勝手に恋人同士にされたんだぞ。怒ってもいいぐらいだ」
「私だってあの場だったら、ああ言う方がいいと思っていたわ。それに、和哉君は私を助けるために嘘を吐いたのでしょう。私に怒る理由はないわ。むしろ」
突然結梨は俺の腕を引いて、俺に抱きついた。俺の背中に腕を回して、自分の体を俺に寄せる。
「ゆ、結梨姉さん!?」
「本当にありがとう、和哉君。貴方がいてくれて良かったわ」
結梨は手を伸ばして、俺の背中を撫でていた。彼女の温かく優しい手つきが感じられる。
「周りに人がいるぞ」
駅構内では人が行き交っている。そんな中、男女が抱き合っているのだ。どう考えても注目を集めるだろう。
「大丈夫、私たちは姉弟よ」
「また、そんなことを言って……」
相変わらずの姉であった。やはり俺のことは男として意識されていないのだろうか。そんな考えに頭が支配されていく。
「けれど」
結梨の言葉は続いている。俺は彼女が何を言うのか待った。
「今の私たちは恋人同士にもなっているわ。それでも不自然ではないでしょう?」
「……まあ、そうだよな」
結梨の面白がるような声に俺の心は明るくなった。きっと結梨は恋人のフリをするのも悪くないとでも考えているのだろうか。
いずれにしても男として意識されていないことに変わりはないかもしれない。
けれど、結梨の声に元気付けられている自分がいることに気づいた。
***
「あの、結梨姉さん」
「何かしら?」
「もう駅に着いたぞ」
学校の最寄り駅に降り立った時、俺は結梨に告げた。
結梨は今の今までずっと俺の腕を抱きしめたままだった。俺としてはいつまでもこの状態のままでいいが、流石に不自然だろう。
「えっ? そういえばそうね」
結梨は今まさに気づいたという顔をしていた。彼女が気がつかなかったのは意外だが、これで完全に終わりだろう。
「あとは帰るだけだからな」
だから、もう俺から離れていいだろうと暗に伝えたつもりだ。
けれど、いつまで経っても別離の時は訪れない。俺の腕に伝わる体温は離れない。
「結梨姉さん?」
「せっかくなのだから、こうしましょう。ほら、今日の私たちは恋人なのだから」
そう言った結梨は頬を染めていた。そんな好きな子の姿を見て、俺は彼女を抱きしめたい衝動に駆られた。しかし、理性でそれを抑え込んだ。
「わ、分かった。またああいう奴らが来るかもしれないからな」
「え、ええ、そうよ。家まで私を守ってちょうだい」
「え? 家まで?」
俺はこの駅で別れるつもりだった。普段の下校はそうしているからだ。
「ダメかしら?」
結梨は上目遣いで俺を見ていた。そんな顔をされたら、俺が出す答えは1つしかない。
「いいぞ。家までちゃんと送るよ」
「お願いするわ」
その後、結梨の家まで俺たちは身を寄せ合ったままだ。その幸せな時間はテストを頑張った俺に対する神様からのご褒美に思えてきた。




