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親戚の結婚式に参列したら同い年の姉ができました  作者: 海外空史


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56 おやすみなさい、和哉君

 予期せぬ形で好きな子の母親と遭遇してしまった。これはきっと罰が当たったのかもしれない。自分で料理を作るのが面倒だと思ったことに対しての罰が。

 

「貴方はどなたかしら?」

 

 女性、結梨の母親は結梨とよく眼差しで俺を見つめてくる。けれど、結梨と違って、親しみを感じるそれではない。どこか警戒されているのが分かった。

 けれど、向こうからすれば当然のことだろう。帰宅したら、娘が知らない男子といたのだから、警戒するのは当然である。

 俺はソファから立ち上がり、結梨の母親に向き合った。

 

「初めまして、菅田和哉といいます。野上さんのクラスメイトです」

 

 そう言って、ぺこりと頭を下げる。予期せぬ形となってしまったが、結梨の親との初対面である。好きな子との関係もあって、悪印象を与えたくない。

 

「そう、菅田君と言うのね。初めまして、私は結梨の母親の知里(ちさと)といいます」

 

 知里さんはにこりともせずにそう告げた。顔立ちは結梨と似ているものの、こちらが受け取る印象は全く違う。

 よく言えば、結梨をさらに大人びていて、あえて誤解を恐れず言うと、結梨をより冷たくしたようであった。

 

「菅田君はどうして我が家にいるのかしら?」

 

 知里さんの射抜くような目で見つめられる。その視線を感じて、思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 故意にやっているのか無意識なのか分からないが、下手なことを言えば、断罪されるような雰囲気があった。

 

「私がお願いしたの」

 

 俺が答えるのを躊躇していると、隣から結梨の声が耳に届いた。助け舟を出してくれた彼女の方へ顔を向けた。

 

「あら、結梨が?」

「ええ、そうよ。1人で帰るのは怖いと思って、彼に家まで送っていってくれるようお願いしたのよ。そうよね、菅田君?」

「あ、ああ、そうだ。そうです」

 

 動揺のあまり返事をするのが遅れてしまった。別に結梨から苗字で呼ばれたことではない。彼女の親の前で名前で呼び合うほど俺は肝が据わっていない。

 それよりも俺が衝撃を受けたのは母親と話す結梨の様子だ。

 

「そうなのね。ごめんなさいね、菅田君。結梨がお世話になりました」

「い、いえ、俺も特に用事がなかったので」

 

 知里さんとやりとりを交わしている最中でも、隣にいる結梨から目を離せない。

 今の結梨は初めて見る姿だ。学校にいる時でも俺と2人でいる時のどれでもなかった。

 

「それで、家まで送ってもらったお礼に菅田君にご飯を出していたのよ」

「そういうことね。それなら別にいいけれど、ちゃんと片付けはしたかしら?」

「ええ、片付けは終わっているわ」

 

 母親と話す結梨はどこかぎこちない。顔は全く笑っていないし、背筋も不自然に伸ばしている。まるで気を緩めた瞬間、とんでもないことが起こるようと言いたげだ。

 あの自信満々で堂々としていた姿とは大違いだ。英作さんたちの結婚式の時以上に俺は衝撃を受けていた。

 

「それだったら、大丈夫ね。それよりももうこんな時間じゃない。菅田君はそろそろ帰らなくて大丈夫かしら?」

 

 そう言って、知里さんは俺に視線を向けた。もう遅い時間だし、お客さんの俺がいつまでもこの家にいるのはまずいということは分かる。

 早く帰らないといけない気持ちになってしまう。この家に来た時の居心地の良さは全く無くなってしまった。

 

「ただいま。誰かお客さんでもいるのか?」

 

 リビングに再び誰かが入ってきた。今度は男性だった。髪を後ろに撫でつけて、生真面目な印象を受ける。

その冷静沈着な様子は知里さんと同じだった。

 

「おや、君は?」

 

 彼はリビングにいる俺に訝しげな視線を向ける。その態度からこの男性の正体に気づいた。

 

「お父さん、おかえりなさい。実は結梨が」

 

 俺や結梨が口を開くよりも前に知里さんが結梨の父親に説明する。俺のことや俺がこの家に来た経緯についてだ。

 先程結梨から聞いたばかりなのに、知里さんは淀みなく父親に話をしていた。

 

「なるほど、そうだったのか。はじめまして、菅田君。私は結梨の父親の慎也(しんや)だ。うちの娘が世話になった」

「あ、いえ、こちらこそお邪魔しました。ちょうど帰るところだったので」

 

 俺の言葉に慎也さんは腕時計をチラリと見る。

 

「1人で帰るには遅い時間だな。それなら、私が車で家まで送ろう」

「えっ?」

 

 思わぬ提案に言葉が詰まる。思わず隣にいる結梨を横目で見る。

 彼女はただ固唾を呑んで両親を見ていた。それはまるで次の指示を待つ兵隊のようだった。

 

「お父さん、お願いできるかしら?」

「ああ、もちろんだ」

「あの、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ」

 

 いつの間にやら話が進んでいることに対して、俺は遠慮がちに口を挟んだ。

 俺の遠慮が届いたのか、結梨の両親はこちらを振り向いた。

 

「菅田君は気にしなくていいわ」

「子供1人で夜道を歩かせるわけにはいかないからな」

 

 この2人は結梨に似て中々頑固なところがあるようだ。押しの強さに血の繋がりを感じる。

 どう断ればいいのか途方に暮れていると、袖を引っ張られる感覚があった。

 隣に目を向けると、結梨が袖を掴んで、俺を見上げていた。

 

「菅田君、お父さんとお母さんがこう言っているから、遠慮はしなくて大丈夫よ」

 

 そう言って笑う結梨はかつてないほど弱々しく見えた。ついさっきまで俺に対して姉として振る舞う姿が幻のようだ。

 とはいえ、結梨までもこう言っているのだから、俺1人がいつまでも意固地になっているのは良くないだろう。

 

「それなら、お願いします」

 

 そう告げて、俺は結梨の両親に向かって、頭を下げた。隣からそっと息を吐く音が聞こえた。

 

 

***

 

 

「夜遅くにお邪魔しました」

「ええ、気をつけて帰ってちょうだい」

 

 慎也さんの車に乗る前に改めて挨拶をする。知里さんと結梨は玄関まで見送りに来ていた。

 俺に声をかける知里さんの隣で結梨は変わらず力ない笑顔を浮かべている。

 

「菅田君、また明日学校で」

「ああ、また明日な」

 

 両親の手前、お互い素っ気ないやり取りしかできない。それがもどかしかった。

 とはいえ、今の結梨の様子からそれを口に出すことなんてできない。

 そんなことを考えていると、車のエンジンがかかる音が聞こえる。車の運転席に慎也さんが乗っていた。彼は運転席のガラスを下げて、顔を覗かせる。

 

「菅田君、準備はいいか?」

「は、はい。お願いします」

 

 慌てて俺は車の後頭部席に乗り込む。扉を閉める瞬間、家の玄関を振り向く。

 母親の隣にいる結梨と目が合った。いつもと全然違う様子の彼女と目が合った。

 

「じゃあ、おやすみ、結梨」

 

 気づけばそう口にしていた。結梨の両親がいる前なのに、つい普段のような言葉を出してしまった。

 俺の言葉が届いたのか結梨はぎこちない笑みから一転表情が柔らかくなった。

 

「ええ、おやすみなさい、和哉君」

 

 そう言って、彼女は俺に向けて手を振った。つられて俺も手を振り返した。

 

 

***

 

 

「君は結梨とどういう関係だろうか?」

 

 家までの道のりを車で走っていた時だ。不意に慎也さんが俺に問いかけてきた。

 彼は正面を向いているため、どんな表情を浮かべているのか分からない。どういう意図を含んだ問いかけなのか不明だった。

 俺はどう答えるべきなのか。頭の中でぐるぐる考えても思いつかない。

 それでも一言だけ言うとしたら。

 

「結梨さんは大切なクラスメイトだと思っています」

 

 俺ができる精一杯の反抗だった。場合によっては、問い詰められる恐れがあった。けれど。

 

「そうか」

 

 慎也さんは一言そう返事をしただけだった。その素っ気なさに困惑してしまう。

 俺だって自信満々に親と仲が良いだなんて言うつもりはない。けれど、結梨のあの様子を見ると、何か言いたくなるような気持ちになってしまう。

 

「菅田君」

「なんでしょうか?」

 

 不意に声をかけられた。相変わらず慎也さんの顔はこちらから見えない。だから。

 

「これからも結梨と仲良くして欲しい」

 

 その落ち着いた声にどんな感情が込められているのか分からなかった。

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