48 和哉君がくれるものならなんでも嬉しいわ
結梨にプレゼントを贈ると決めた日の夜、俺は自分の部屋で床に座り込んでいた。体自体は座り込んだまま微動だにしてないが、頭の中はあることで一杯だった。
「結梨に贈るプレゼントか」
贈ることは決めたものの、具体的に何を贈るかは今現在進行形で考えているところだ。
「いざ考えてみると、中々決まらないな」
結梨と駅で別れてから今の今まで、頭を捻ってみたが、どれもしっくりこない。同い年である姉が喜ぶものかどうか分からないからだ。
「結梨が喜ぶものはどれなんだろうな」
今日、淳史にアドバイスした通り、相手が喜ぶようなものを贈った方がいいと思う。けれど、それが何なのか俺の頭の中で未だ形になっていなかった。
一体どんなものを贈ったら、結梨は喜ぶだろうか。そんことを考えていたせいか、頭の中でクラスメイトである姉の姿が思い浮かぶ。
彼女は俺に向かって優しく微笑んでいた。
『和哉君がくれるものならなんでも嬉しいわ』
「だから、都合の良い妄想はやめろって」
俺は頭を横に振って、頭の中にいる結梨を追い出す。妄想力が働き過ぎて、都合の良い姉を生み出してしまった。
「いや、案外こんな風に喜んでくれるかもな」
そんな期待を込めて、言葉を吐き出してしまう。 結梨は俺と一緒にいると、嬉しそうに笑うし、目を輝かせんばかりに喜ぶ。
学校での大人びた姿とは大違いである。彼女と姉弟になってから、それを実感した。
結梨だったら、ここ半年ほどで急速に距離が縮まったあの姉ならば、俺が何を贈っても喜んでくれるという確信、いや、甘えがあった。
「それでも、せっかくのプレゼントだからな。ちゃんと選びたい」
妥協の末のプレゼントなんかよりも俺が心から自信を持って決めたプレゼントの方が絶対にいいはずだ。
なんだか、いつの間にやらプレゼントを贈る側である俺が頑固になってしまった。この有様は俺に相談する前の淳史と同じだ。
俺が納得し、そして、結梨が喜ぶプレゼントとは何なのか。
「……」
俺は改めて自分の部屋を見回した。そうすれば、プレゼントのヒントが見つかるはずだというかのように。
「やっぱり、これか」
本当のところ、答えはすぐ近くにあった。まるでどこぞのおとぎ話のオチみたいなことを考えてしまう。
今俺が考えているものならば、今までの条件にぴったりだと言えるだろう。
けれど、"それ"をするのは、俺にとっては大きな決断をするということだ。テストの回答よりも、高校受験よりも遥かに重大で深刻な決断だ。
俺は重い腰を上げた。そして、机の前にある椅子に腰掛けた。
「これだったら。だけど……」
俺は机の上に転がっていた手芸道具を手に取る。結梨へのプレゼントを俺が趣味の手芸で作る。これならば、俺が納得のいくまで作ればいいし、結梨も喜んでくれるかもしれない。
しかし、結梨に贈るプレゼントを作るということは、すなわち姉に俺の趣味を伝える必要が出てくるだろう。
それはつまり、小学校以来ひた隠しにしていた俺の秘密を結梨に暴露するということだ。
***
日曜日の昼下がり、俺はモールの中にある喫茶店にいた。席に座り、ある人を待っていた。
「ごめん、待った?」
声をかけられた俺は顔を上げる。そこには学が立っていた。
「いや、待ってないぞ」
「それは良かった」
ホッとしたような顔を浮かべた学は俺と対面の席に座った。
「今日は来てくれてありがとうな」
「珍しく和哉に呼ばれたからね。駆けつけるのは友達として当然だよ」
爽やかに笑う学を見て、俺は友達思いの彼に感謝の念を抱いた。昨日の夜、学に連絡を取って、今日、この喫茶店に来て欲しいと伝えた。
「急に呼んで悪かった。部活は大丈夫なのか?」
「今日は休みだよ。でも、まあ、部活があっても和哉に会ったかもね」
「それはどうしてだ?」
学は勉強よりも優先するほどバスケ部に熱心に取り組んでいる。そんな彼が俺と会うのを優先する理由が分からなかった。
「昨日の電話で話して、和哉が悩んでいるみたいだからさ。友達が悩んでいるのに部活を優先するほど俺は薄情じゃないよ」
「そうだったのか。本当にありがとうな」
改めてお礼を伝えると、学は「まだ何もしていないよ」と苦笑していた。
彼の言う通りだ。俺はまだ用件すら伝えていない。本番はこれからである。
学が店員さんに飲み物を注文する様子を眺めながら、俺は決意を固める。
今日、学を呼んだのは彼に相談をしたかったからである。昨夜から俺の頭を悩ませていることについてを。
「悪いけど、早速本題に入るぞ」
「俺はいつでも大丈夫だよ」
学は姿勢を正して、話を聞く体勢に入っていた。その様子を見ると、俺の悩みに真摯に向き合ってくれることを実感する。そんな友達思いの学の様子が心苦しかった。
「まず、呼んでおいて、申し訳ないけど、具体的なことは言えない」
今日、この場で核心に触れる話はしない。つまり、俺が手芸をしていることは学には伝えないつもりだ。これは昨日の夜から決めていたことだ。
「だから、今から俺がする話は曖昧で、捉えどころがないものになると思う。わざわざ休みの日に時間を割いてしまってすまん」
俺は目の前にいる友達に向かって頭を下げる。悩みを聞いてくれる友達に対して俺自身は全てを打ち明けるつもりはない。不誠実なことだと思う。
「大丈夫だよ、和哉」
学の声が聞こえ、俺は頭を上げる。そうすると、優しく笑う彼と目が合った。
「話せる範囲でいいよ。和哉は好きなように話せばいいさ」
学の笑顔と言葉に胸の内の心苦しさは少し和らいだ。
「学、ありがとう」
「だから、俺はまだ何もしていないって」
俺の何度目かになるお礼を学は苦笑しながら受け取る。
友達から背中を押されて、ようやく俺の決意は固まった。俺は深呼吸をして、口を開いた。
「俺には誰にも言ってない秘密があるんだ」
俺の言葉に学は少しだけ目を細める。
「家族以外誰にも話したことはないものだ。そんな秘密を今度もしかしたら、結梨に打ち明けるかもしれないんだ」
俺が自分で作ったプレゼントを結梨に贈れば、俺が手芸をやっていることが知られてしまうかもしれない。
「それでも、なんとか打ち明けないで済むかもしれない」
俺が必死に誤魔化せば、結梨に伝わることはないだろう。あの優しい姉なら気づいていないフリをしてくれる可能性だってある。
「けれど、それは結梨に不誠実だと思う」
秘密を打ち明けないままプレゼントを渡せば、俺が納得できない。今まで姉として俺に向き合ってくれた彼女に対して失礼だと考えてしまう。
「俺は一体どうすればいいと思う? 秘密を打ち明ければいいのか、それとも隠したままでいいのか。どっちを選べばいいんだ?」
俺は目の前にいる友達に問いかける。学はただ黙って俺の話を聞いていた。
やはり俺の予想通り、ぼんやりとした話になってしまった。こんな相談をされたところで困ることは間違いない。
「俺はさ」
学が口を開く。今度は俺がじっと彼の話を聞く番だ。
「秘密なんて誰もが持っているものだと思うよ。俺だって和哉に言ってないことや沙優にだって秘密にしていることはある。だから、和哉がそこまで思い悩む必要はないよ」
「けれど、俺は……」
「大切な人に話せないものがあるのは心苦しいものだけどね。なあ、和哉」
学から声をかけられて、俺は目の前にいる彼の顔を見つめた。
「和哉はどうして、野上さんに秘密を話すのを躊躇しているんだ?」
「それは、俺の秘密を聞いて、結梨がどんな反応をするか分からないからだ」
俺は口から言葉を吐き出す。そうしながらも、俺の気持ちは過去へと飛んでいた。
『和哉って、こういうの作るのが好きなんだな。似合わねえ!』
頭の中でかつて向けられた言葉が響く。あの瞬間を思い出しただけで、体と心が震えてしまう。
「悪い、嫌なことを思い出させたみたいだな」
「……別に学が謝らなくてもいいぞ」
どうやら、知らない間に顔に出ていたようだ。学は申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
「じゃあ、話を戻すけど、和哉は野上さんに秘密を打ち明けるか迷っているってことだね?」
「ああ、そうだ」
学は俺の要領が得ない話をまとめてくれた。
「和哉はどうしたい?」
「え?」
「打ち明けるべきとか秘密を話さないいけないとかは別にして、和哉がどうしたいかを考えて方がいいんじゃないか?」
「俺がどうしたいか……」
学の言葉を噛み締める。俺はすべきかどうかで悩んでいた。ここにきて、友達から別の視点がもらえた。
俺は一体どうしたいのか。それを踏まえて、改めて考える。俺が心から願っていること。それは。
『私は良いと思うわ』
ふと結梨の声が頭の中で響き渡った。その瞬間、俺の中でストンと落ちたものがあった。
何かを掴んだ気がした。掴んだものを言葉にするために口を開く。
「結梨に認めて欲しい。受け入れて欲しいんだ。否定するでもなく、揶揄うわけでもなく、笑顔で優しい言葉をかけて欲しい」
俺は認めて欲しかった。俺がやっている趣味を誰かに受け入れて欲しかった。今までそれは叶わないものだと最初から諦めていた。
けれど、結梨と姉弟になって、いつの間にか俺の中で芽生えたものがあった。
「俺は……結梨ならきっと秘密を話しても大丈夫だと思っていたんだ」
一緒に過ごすうちに、あの笑顔を何度も見ているうちに、そして、姉として俺に接してくれているうちに、いつの間にかそう考えていた。そう期待していた。
「和哉の中で答えは決まっているようだね」
「けど、これは独りよがり過ぎないか? 勝手に期待するなんて」
結梨からすれば迷惑かもしれない。それに、俺の懸念通り、最悪な結末が訪れる可能性だってある。
「野上さんは和哉に期待されて嫌がると思う?」
「それは……」
学から問われて、俺は咄嗟に答えることはできなかった。
俺の期待に応えることを結梨は嫌がるだろうか。俺の頭の中ではいつも嬉しそうに笑う結梨の顔が思い浮かんだ。
「結梨だったら、それはしない」
今度は言葉に力を入れることができた。結梨だったら、いつも優しく頼りになる姉なら受け入れてくれる。そんな考えが頭の中に浮かび上がった。
「和哉がそう思うなら大丈夫だ。お姉さんを信じているならさ」
「ああ、そうだな」
友達のお陰でようやく辿り着いた気がする。自分の気持ちを自覚することができた。心のモヤモヤが消えて、目の前の光景が明るくなったように見える。
「ありがとう、学」
「その顔を見ると、大丈夫そうだね。ようやくこう言えるよ。どういたしましてってね」
俺の言葉に学は爽やかに笑った。




