47 お姉ちゃんが相談に乗るわ
「和哉、助けてくれ」
淳史から縋り付くようにお願いされた。彼は必死な顔で俺を見ていた。
「頼む。君だけが頼りなんだ」
「そうは言われてもな」
戸惑いを見せる俺に淳史の目が吊り上がる。彼は俺に近寄ってきて、俺の両肩に手を置いた。
「お、おい」
「お願いだ。このままだと僕は終わりだ」
淳史は今にも泣きそうになるほど弱々しい声を発した。そんな彼が俺に何をお願いしているのかというとと。
「姉さんに贈るプレゼントを一緒に考えて欲しい!」
「どうして、俺なんだよ?」
「だって、僕たちは姉を持つ弟仲間じゃないか」
そう言って、淳史は強がるように笑った。今は学校の昼休み、俺は友達から姉に贈るプレゼントの相談を受けていた。
***
「緊急事態だとかで呼び出されたかと思ったら、そんなことか」
「いいや、僕にとってはとても重要なことなんだ」
視聴覚室で俺と淳史はテーブルを挟んで席に着いていた。今朝、淳史からSNSアプリで連絡を受けていた。
緊急事態とやらがなんなのか分からなかったが、蓋を開けてみれば、この有様である。
「というか、そもそも、どうして、お姉さんにプレゼントを贈ることになったんだよ。そこから説明してくれないか?」
「そうだったね。まずはそこからだ」
淳史はメガネをクイっと動かした。そして、体の前で両手を組んで、語り出した。
「実は前に和哉から言われたことを実践してみたんだ」
「言われたこと?」
「ほら、全否定をしないで、姉さんにも何か考えがあるかもしれないってことさ。だから、この前、姉さんと思い切って話をしてみたよ」
「それでどうなったんだ?」
俺が問いかけると、淳史は胸を張って、誇らしそうにしていた。
「姉さんも僕のことを考えてくれているのがよく分かったよ。嫌がらせをしているわけじゃないって、はっきり言ってくれた」
「それは良かったな」
曲がりなりにもアドバイスをした手前、どうなるだろうと気になっていたが、上手くいったようでなによりである。
「ありがとう、和哉。君のお陰で姉さんとの距離が縮まったような気がするよ」
「実行したのは淳史だよ。俺はただ口を挟んだだけだ」
話をしようと決めたのは淳史自身である。その行動に移せるところが友達の尊敬できるところだ。
「それで相談なんだけどね」
「おお、そういえば、そうだったな」
今更ながら、俺はここに呼び出された目的を思い出した。
「今度姉さんの誕生日があって、それで僕からプレゼントを贈ろうと思うんだ」
「へー、プレゼントか」
「それで、お姉さんがいる和哉に何を買えばいいか相談に乗って欲しいんだ」
「なるほどな。けれど、淳史がちゃんと選べば大丈夫じゃないか」
今の淳史とお姉さんならば、問題ないだろう。きっと素敵なプレゼントを選ぶはずだ。
「いや、それが違うんだ」
「え? 違う?」
不思議に思った俺が友達を見ると、彼は深刻そうな顔をしていた。
「姉さんから言われたんだ。誕生日プレゼントを期待してるって」
「……それは別に大丈夫だろ?」
「大丈夫じゃないよ! これは下手なものをあげたら、大変なことになるよ!」
淳史は頭の中で「大変なこと」とやらを想像したのか、身震いしていた。一体彼は何を想像しているのかだろうか。
「頼むよ、和哉。君なら何か良いプレゼントを思いつくはずだ」
「そんな買いかぶられても困るぞ」
「だって、和哉もお姉さんがいるじゃないか。お姉さんに何かプレゼントしたことはあるだろ?」
「ああ、そういうことか」
ようやく俺が何故淳に呼ばれたのか理解できた。彼は俺の送ったプレゼントを参考にするつもりなのだろう。
けれど、残念ながら淳史の期待に応えることはできない。
「悪いな、淳史。俺は姉さんにプレゼントを贈ったことはないよ」
「え? そうなんだ?」
淳史は目を丸くしていた。それだけで意外と思われていたことが分かる。
「和哉とお姉さんは仲が良いと思っていたんだけどね。そうなんだね」
「期待させて悪かったな」
「ううん、僕の方こそ勝手に当てにしちゃって申し訳ないよ。うーん、それならどうしようかな」
淳史は腕を組んで、考え込んでいた。お姉さんをビビり過ぎだとは思うが、それでもプレゼントについて、真剣に悩んでいるのだろう。
そんな友達の姿を見て、俺は手助けしたくなった。
「まあ、一緒に考えることはできるぞ」
「本当? ありがとう、和哉」
ということで、俺も淳史のお姉さんに贈るプレゼントを考えることになった。なったわけだが……。
「プレゼントか」
「せっかくなら、良いプレゼントにしたいよね」
中々名案は出てこない。生まれてこの方、俺は女子にプレゼントなんて贈ったことはない。だから、どんなプレゼントを贈ればいいのか思いつかない。
俺だったら、結梨にどんなプレゼントを贈るのだろうか。ふとそんな考えが思い浮かんだ。
俺は一旦思考を打ち切って、同じく頭を悩ませている友達に向き合う。
「淳史のお姉さんはどんなものを贈ったら、喜ぶと思う?」
「え? 姉さんが喜ぶもの?」
「やっぱりプレゼントを贈るなら、その視点は大事じゃないか」
相手のことを考えて、プレゼントを選ぶ。先程、俺が考えていたことを友達に伝える。
「なるほどね。姉さんが喜ぶものか」
「淳史のお姉さんが好きなものから考えた方がいいと思うぞ」
そして、それを知っているのは、弟である淳史だ。俺の言葉を聞いて、淳史の顔が変わった。
相変わらず考えているのは確かだが、先程までの思い悩む顔ではない。何かを見つけようと探っているように見える。
「うん、そうだね。和哉の言う通りだ。その方向で考えてみるよ」
こちらを向いた淳史の顔は随分と明るいものになっていた。どうやら光明を見出したようである。
「和哉に相談して良かったよ。本当にありがとうね」
「俺は思いついたことを言っただけだ。実際に考えるのは淳史だからな」
「分かっているよ。うん、これなら姉さんも喜んでくれるよ」
そう言った淳史の顔はどこか晴れ晴れとしたものだ。そんな友達の姿が妙に眩しくて、直視できなかった。
***
「最近、惣島君とよく話しているわね」
「今日は緊急事態だったみたいだからな」
俺が肩をすくめて、そう答えると、結梨は不思議そうな顔を浮かべた。
今は放課後、恒例の結梨との下校中である。駅までの道を同い年である姉と歩いている。
「なあ、結梨姉さん」
「何かしら、和哉君?」
「姉さんの誕生日って、12月だっけ?」
「ええ、そうよ。12月6日よ」
「そうか……」
12月だと聞くと、とても遠くに感じる。流石にそこまで遠いと不都合だ。
「急にどうしたの?」
「いや、なんでもない」
今日、淳史の相談に乗ってから、考えたことがある。それは本当にただの気まぐれだ。そうしなきゃという義務感ではなく、自然とそうしようと気持ちになっていた。
「今日の昼休み、惣島君と何を話していたの?」
「ちょっとした相談に乗っていただけだ」
流石に相談の内容をぶっちゃけるのは淳史に申し訳なく思うので、ぼやかして答えるしかなかった。
「友達の相談に乗るなんて和哉君は良い子ね」
そう言って、隣を歩く姉は俺の肩をポンポンと軽く叩いた。
「そんな子供みたいに褒めるなよ」
気恥ずかしいさのあまり、顔を逸らしてしまう。けれど、俺の心は温かくなった。
「ねえ、和哉君」
「何だよ?」
「和哉君も何か話したいことがあったら、いつでも私に言ってね。お姉ちゃんが相談に乗るわ」
クラスメイトである姉は優しい笑みを浮かべていた。その様子だと俺が何やら悩んでいるのはお見通しらしい。
「分かった。その時はお願いするよ」
「ええ、待っているわ」
俺の返事を聞いて、結梨は一瞬だけ目を見開いて、そして、いつもの笑顔を浮かべた。
その顔を見て、俺は決意を固めた。大体こういうのは、別に誕生日に限る必要はない。なんでもない普通の日でもいいはずだ。
その時、俺は色々とお世話になっている姉の結梨へプレゼントを贈ることに決めた。




