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親戚の結婚式に参列したら同い年の姉ができました  作者: 海外空史


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40/63

40 私は貴方のお姉さんじゃないわ

 教室にテスト終了を告げるチャイムが響き渡る。それを耳にした瞬間、俺はシャーペンを机の上に置いた。

 

「テストは終わりだ。各自ペンを置きなさい。1番後ろの席の人は前の席から順番に答案用紙を回収してください」

 

 先生がそうクラス全員に告げると、生徒たちは言われた通りにした。先生は答案用紙を受け取ると、教室から出て行った。

 その途端、教室はテストから解放された喧騒に包まれる。伸びをする人や近くにいる友達と話をする人など様々だった。

 俺はというと、ようやく定期テストが終わり、一息ついたところだ。

 正直、今回のテストはいつもより自信がある。これもおそらく結梨の家で勉強会を開いたお陰だろう。

 学たちの勉強を教える必要は無くなったことで、俺に余裕ができたのもあるが、結梨に勉強を教えてもらったことも大きいだろう。

 そんなことを直接同い年である姉に言ってしまえば、きっとあの姉はとても喜ぶだろう。そして、定期的に勉強会を開催するに違いない。その確信があった。

 そんなことを考えながら、俺は机の上にあった筆記用具を片付け始めた。

 

「おっと」

 

 考え事をしながら、片付けしてせいか、誤って、消しゴムを掴み損ねてしまった。

 消しゴムは教室の床を転がり、隣の席近くまで行ってしまった。

 隣に席にいる明るいベージュ色の女子も消しゴムが転がってきたことに気づいたようだ。彼女は屈んでそれを拾う。

 

「はい、菅田君」

 

 そう言って、結梨は俺に消しゴムを渡してきた。クラスメイトである姉は優しい笑顔を浮かべていた。大方お姉ちゃんに任せなさいとでも考えているのだろうか。

 俺は消しゴムを受け取るべく、腕を伸ばす。

 

「ありがとう、結梨姉さん」

 

 そう言って、消しゴムを受け取った。お礼を言われた結梨は何故か目を見開いていた。

 どうして、そんな反応をしているのだろうか。不思議に思った俺は先程のことを思い返す。

 結梨が消しゴムを拾ってくれて、俺がそれを受け取った。いつも通り彼女にお礼を言って……。あっ。

 その瞬間、俺は自分が犯した過ちに気がついた。思わず時間を巻き戻したくなったが、時は既に遅かった。

 教室はほんの少しの間水を打ったように静かになった。しかし、次の瞬間、その静寂は破られる。

 

「え? 今、菅田君が結梨のことを『姉さん』って呼んでた?」

「それに野上さんのことを下の名前で呼ばなかったか?」

「2人ってどういう関係なの?」

 

 俺の背後からクラスメイトたちがヒソヒソ話をするのが聞こえてくる。最悪なことに俺が結梨にお礼を言ったことをしっかりと聞かれてしまったらしい。

 

「いや、これはだな、えっと」

 

 何か言い訳をしようと口を出してみるが、ろくな言葉が出てこない。焦りのあまり頭が働かない。いつの間にか手汗が滲み出てきたようだ。

 

「菅田君」

 

 不意に呼びかけられて、俺は顔を上げる。そして、結梨と目が合った。俺は藁にも縋る気持ちで目の前にいる姉を見つめた。


「私は貴方のお姉さんじゃないわ」

 

 そう言って、結梨は笑った。けれど、その笑顔は"いつもの"それと違う。俺といる時の笑顔ではなかった。学校で見せるものと同じだった。

 

「ああ……、それはそうだな……」

 

 結梨から向けられた言葉と笑顔に俺はどうしようもなく胸が締め付けられる思いがした。

 結梨が俺のやらかしを誤魔化そうとしてくれているのは分かっている。それでも俺の心に何かが深く突き刺さっていた。

 俺の反応を不審に思ったのかクラスメイトからの視線は未だに感じる。一体どうすればいいのかと頭を抱えそうになった。

 

「ダメじゃないか、和哉。野上さんとお姉さんを間違えたりしちゃ」

 

 不意に俺の肩に手が置かれた。そちらを振り向くと、爽やかに笑う学がいた。

 

「本当だよ。いくら結梨とお姉さんが同じ名前だからといって、間違えたりはしないよ。菅田ったらおっちょこちょいなんだから!」

 

 学の反対側からは明るい声が聞こえてくる。そちらを振り返ると、いつも通りに笑う西村がいた。

 

「お姉さんと結梨を間違えたってこと?」

「先生をお母さんって呼び間違えるみたいなもの?」

「っていうか、菅田って、お姉さんがいたのか?」

 

 友達のお陰で先程までの不審な雰囲気はいくらか和らげたようだ。けれど、俺に姉がいることを知らなかった友達から完全に疑いは晴れていないようだ。

 

「僕も最近知ったんだだけど、和哉はお姉さんがいるみたいだよ」

 

 そこに割り込む声があった。俺は後ろを振り返って、声の主を見つめた。

 

「淳史……」

「前に和哉から聞いたんだよ。僕の姉さんよりもとっても優しくて頼りになるお姉さんがいるってね」

 

 そう言って、淳史は笑顔を俺に向けてくる。彼の言葉を聞いて、クラスメイトたちは納得の表情を浮かべていた。

 俺は思わず窮地を救ってくれた友達に感謝を伝えそうになってしまった。学や西村だけでなく、俺と結梨の事情を知らない淳史に対してもだ。

 この場でそんなことをすれば、再び不審に思われるのは目に見えているため、できないが。

 俺は正面を振り返り、同級生である姉と向き直った。

 

「悪い、野上。つい姉さんと間違えてしまった。テストが終わった解放感でうっかりな」

 

 頭を必死に働かせて、何とか絞り出した言い訳を口にする。

 

「私は別に気にしていないわ、菅田君」

 

 俺の言い訳を聞いた結梨は先程と同じ笑顔を俺に向けた。その顔を見ていると、どうしてか普段の姉の姿を見たくなった。

 

 

***

 

 

 頭上を見上げると、どんよりとした曇り空が広がっていた。

 

「はあ、情けないな」

 

 公園のベンチで俺は世迷言を口にした。先程クラスの教室で見せた自分の醜態に対して言葉を投げかける。

 友達からのフォローのお陰で何とか乗り切ることができた。

 学校から帰る前に、学と西村、淳史にはお礼をこっそり伝えた。良い友達に恵まれた幸運に感謝した。

 

「それにしても、この気持ちは何だよ……」

 

 俺は胸の前に手を当てて、拳をぎゅっと握りしめる。窮地は脱したはずなのに、俺の心は晴れていない。テスト終わりだというのに、モヤモヤした気持ちを抱えている。

 

「いや、それは違うか……」

 

 本当は何が原因かなんて分かりきっている。ただ気づかないフリをしただけだ。

 

『私は貴方のお姉さんじゃないわ』

 

 ふと教室での出来事が頭の中に思い浮かぶ。記憶の結梨はあの時見せた笑顔と同じだった。

 そして、そのことが自分でも信じられないほど傷ついているようだった。

 

「あれは演技に決まっているだろ」

 

 クラスメイトを誤魔化すために結梨が咄嗟にそう演技しただけだ。そう頭で考えようとしても、俺の心は依然として沈んだままだ。

 

「はあ」

 

 俺は再びため息を吐いた。本当に嫌になる。思わぬミスをしてしまい、結梨や友達にそのフォローを任せてしまったことや、結梨から他人のフリをされて、勝手に傷ついている自分がいることが。

 空は未だに曇り空のままだった。予報だと晴れだと聞いていたが、どうやら今日の天気予報は当たらなかったようだ。

 

「お待たせしたわ」

 

 声をかけられて、俺は真正面を向いた。そこには結梨が佇んでいた。

 

「別に待ってないぞ」

「それなら、行きましょう」

 

 そう言って、結梨は楽しそうな笑顔を浮かべた。いつも目にする子供のように無邪気な顔だ。その表情を見た途端、俺の心は温かくなっていくのを感じた。

 

「ああ、分かった」

「いえ、ちょっと待ってちょうだい」

 

 俺が立ちあがろうと腰を上げそうになった時だ。結梨からストップがかけられた。俺は再び腰を下ろした。

 

「どうした? 何かあったのか?」

「和哉君はそのまま座っていてちょうだい」

「え? いいぞ」

 

 戸惑いつつも結梨から言われた通りにした。もしかして、彼女が学校に忘れ物でもしたのだろうか。そんなことをぼんやりと考えていた時だった。

 突如俺の頭の上に何かが置かれた。柔らかい感触のそれは俺の頭を撫でた。今この状況でこれができるのは1人しかいない。

 

「こんなところで何をしているんだよ?」

 

 俺は目の前で立っている結梨に視線を向ける。今俺たちがいるのは公園だ。だから、いつ、俺たち以外の誰が来てもおかしくない。

 

「和哉君がこうやって欲しいのかと思ったの」

「そんなことは一言も言ってないぞ」

 

 抗議の意味を持って、目の前に立つ姉を見つめた。

 

「それぐらい貴方の顔を見れば、分かるわ」

「え?」

 

 結梨の言葉に呆気に取られる。そんな俺の反応を見て、結梨はフッと笑った。

 

「私は和哉君のお姉ちゃんよ。貴方が考えていることぐらいお見通しよ」

 

 そう言って、俺の頭を撫でている方の手とは別の手で胸に手を当てていた。

 

「そうか……」

 

 俺は視線を地面に落とした。このまま結梨と見つめ合っていると、彼女に顔が見られてしまうからだ。この頬が緩んだ顔を結梨だけには見られたくない。

 結梨からいつもの言葉を言われただけで、こんなにも心が落ち着くなんて考えられなかった。

 

「和哉君、もう大丈夫かしら?」

「いや、もう少しお願いするよ」

「え?」

 

 今度は結梨が呆気に取られる番だった。何故だか分からないが、同い年である姉から頭を撫でられるのも悪くないと思い始めていた。

 

「ダメか?」

「ダメじゃないわ! 貴方から撫で撫でを延長されるとは思わなかったから」

 

 結梨はどこか戸惑っているようだ。まるで親からもう少し遊んでいいと言われた子供みたいだ。

 

「結梨姉さんが疲れたのならいつでもやめていいぞ」

「いいえ! 貴方が満足するまではたとえ手がすり減ろうと撫で続けるわ」

「それなら、お手柔らかに頼むよ」

「ええ、任せてちょうだい」

 

 そう言った結梨は得意気な様子だった。

 

「なあ、結梨姉さん」

「何かしら?」

 

 俺が声をかけると、同い年である姉はこちらを見つめていた。

 

「ありがとう」

 

 何に対しての感謝なのか言葉にしなかった。正直伝わっているのか分からない。

 俺の言葉を聞いて、結梨は優しく微笑んだ。

 

「どういたしまして」

  

 見上げると、雲の切れ間から光が差し込んでいた。

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