26 そんなにお姉ちゃんと出かけたかったの?
自室で俺はある決断を迫られていた。この選択が俺の人生にどのような影響を及ぼすのか計り知れない。故に慎重に決めなければならない。
俺は目の前にある机、より正確に言うと、机の上に載っているあるものに視線を落とした。
それは遊園地の招待チケットだった。ただのチケットではない。
チケット自体は母さんから譲られてもので、何ら問題はない。そうチケット自体は。
「ペアチケットか……」
言葉に出して再確認をしてみたところで状況は変わらない。いくら見つめたところでチケットの種類が変わったりはしない。
「誰を誘うかだな」
ペアチケットとはつまり2人用のチケットである。ならば、俺ともう1人で使うものだ。当然そのもう1人を選ぶのは俺だ。その選択が俺を悩ませていた。
「学……、いや、男2人で遊園地はないな」
真っ先に頭に浮かんだのは友達の顔だ。けれど、グループならいざ知らず、男2人だけで遊園地に行っても楽しめるものなのだろうか。
学からしても俺と行くよりは西村と行った方が遥かに良いだろう。というか、比べるのも失礼な気がする。
同様の理由で学以外の友達も選択から外れることになる。誘った場合、微妙な思い出として2人の間で語り継がれもせず記憶だけ残るだろう。
「母さんか父さんか……」
この歳になって親とそれも2人きりで出かけるのは抵抗がある。できれば避けたい選択肢だ。そんなことを考えていた時、ふと母さんから言われた言葉を思い出した。
「何が『気になる子でも誘ってみたら』だよ。俺にそんな相手はいないわ」
口にしてしまったところ、母さんの揶揄うような笑みが思い浮かぶ。思わず空しさが込み上げてくる。そんなことを親に言えるわけがないが。
「大体俺が話す女子なんて限られているんだぞ。あっ」
その時、1人の女子の顔が頭の中に浮かんできた。
彼女は今俺が話す女子の中で最も距離が近いと言えるだろう。何度も2人で出かけたり、お互いの家に行ったこともある。
学たちとは違い間違いなく気まずい思いはしないだろう。両親と違ってそれほど抵抗する気持ちはない。
そう考えれば最適な相手だと言えるだろう。答えは最初から決まっていたのだった。
「やっぱり結梨しかいないか」
俺は自分の出した結論を声に出した。脳内には楽しそうな笑顔を浮かべた姉が浮かんでいた。
***
スマホから電話を繋ぐ音が耳に届く。いつもは一瞬のはずなのに、今はワンコールがとても長く感じる。
『もしもし。どうしたの?』
「えっと、今電話しても大丈夫か?」
『ええ、いいわよ』
結梨から許可が下りて、ひとまず安堵する。何故SNSアプリのメッセージではなくて、電話にしたかというと、直接話した方がいいと思ったからだ。
『和哉君から連絡するなんて珍しいわね。もしかして、緊急事態かしら?』
「いや、そうじゃないぞ」
『そう……。それなら安心ね』
「声色は残念がっているように聞こえるんだが」
『気のせいよ。気にしないでちょうだい』
結梨は努めて平然としているようだ。勝手に期待したのは向こうだが、それを引き起こした原因は俺にあるため、罪悪感を覚える。
『別に和哉君が緊急事態でお姉ちゃんに助けを求めてきたから、目一杯頑張るつもりだったとはこれっぽっちも思っていないわ』
「だから、全部言うなよ! 期待させたのは悪かったって」
やはり結梨は張り切っていたようだった。今以上に頑張るなんて、この姉は一体何をするつもりなのだろうか。
『それで一体どういう要件かしら? とりあえず、貴方の家にお邪魔してもいい?』
「しれっと俺の家に来ようとするな。電話のままで大丈夫だ。えーとだな」
本題を切り出す前に俺は呼吸を整えてた。電話越しだから、同級生である姉が今どんな表情を浮かべているのか分からない。
「実は母さんから遊園地のペアチケットをもらってさ。良かったら一緒に行かないか?」
『……』
「結梨姉さん?」
返事がなかったため、再度俺は問いかけた。
「驚いたわ」
「何がだ?」
「和哉君から誘われるなんて初めてね」
「確かにそうだな」
結梨の言葉に俺は素直に同意する。思い返してみると、これまで2人でどこかに行くのも何かをするのも全て結梨から言い出したことだ。俺は彼女に言われるがままついていくだけだった。
「いつもは結梨が俺を連れていってくれるから、たまには俺からでもいいだろ?」
『ええ、それはもちろんよ。誤解しないで欲しいのだけれど、驚きはあれど、嫌なわけじゃないのよ』
それは俺に言い聞かせるように優しい声だった。結梨のその声と言葉を聞いて、俺の心は弾んだような気がした。
「ということはいいのか?」
「ええ、行くわ、行きます。たとえ雨だろうか雷だろうか槍だろうかが降ってきても行くわ」
「流石に雷や槍だったら俺は行かないぞ」
そうツッコミを入れつつも、俺は自分の口角が上がっていることに気づいていた。結梨が俺の誘いを受け入れたことを、それも楽しそうに受け入れてくれた。そのことが想像以上に嬉しく思えた。
『それにしても遊園地に一緒に行く相手に私を選ぶなんてね。そんなにお姉ちゃんと出かけたかったのかしら?』
「まあ、色々な事情を加味して検討した結果がそうだ」
俺は素直に白状した。こうして俺から誘っているという事実を鑑みれば、結梨の捉え方は決して間違いではないだろう。
『ふふっ、なんだかもう楽しみになってきたわ』
「そう言ってくれると誘って良かったと思うよ」
電話だから顔は見えないが、きっといつものように結梨は子供みたいに嬉しそうにしているのだろう。想像するだけで俺の心も温かく感じる。
『後で沙優に報告しないとね』
「何だって?」
聞き捨てならないことが聞こえたので、俺は思わず聞き返してしまった。
「どうして、そこで西村が出てくるんだ?」
『沙優には姉としての心構えの相談に乗ってもらっているのよ』
「ああ、それは知っているよ」
それを申し出た時の場面はとてもよく心に残っている。あれのせい、いや、まあ、お陰で色々あったものだ。
『だから、和哉君とこんなことをしたと彼女に報告しているのよ。それが姉弟らしいかどうかを沙優に確認してほしくて」
「おい! それは初耳だぞ!」
西村に今までのことがバレていた。まさに驚天動地の思いだ。
『何も一から十まで話していないわ。肝心な部分は伏せてあるから安心してちょうだい』
「安心できるか! それに『肝心な部分』って何だよ!」
何をどこからどこまで話しているのか想像できない。結梨はこう言っているが、結局全てを話している恐れもある。
『まあ、そんなことより遊園地の日にちを決めましょう』
「俺にとっては全く『そんなこと』じゃないんだが!?」
その後、結梨を何度も問い詰めたが、終ぞ西村と何を話したのか教えてくれなかった。




