27 今日は弟とのお出かけだからね
暖かい春の日差しを受けて、俺は目的地まで全力で向かっていた。逸る気持ちを抑えきれなく鳴っているわけではない。単純に遅刻しそうだったからだ。
遊園地の入り口へとようやく辿り着いた。待ち合わせの相手は走ってくる俺を認めたのか優しい笑顔を向けていた。
「間に合ったか!?」
「ええ、間に合ったわ。よく頑張りました」
結梨は俺の肩をポンポンと叩いた。彼女からそんなことをされると妙に達成感が湧き上がってくる。
「招待券はある?」
「ああ、忘れずに持ってきたぞ」
「それじゃあ、行きましょうか」
俺と結梨は遊園地の中へと入っていく。土曜日の今日、俺たちが住んでいる街にある遊園地に来ていた。母さんからもらった招待券を使ってだ。
休日らしく遊園地は多くの人で賑わっていた。各々目的地へと歩いていた。
「やっぱり混んでいるわね。それなら」
「言っておくけど、逸れないから大丈夫だからな」
同い年である姉が何か言うのを先んじて制した。俺が迷子にならないようにまた俺の腕や裾を掴んで離さないつもりだろう。
「……そう、残念だわ」
「とうとうはっきり言ったな」
「だって、せっかくの弟とのお出かけよ。姉弟仲良くしたいじゃない」
結梨は口を尖らせてそう言った。彼女の言い分に俺は言葉が詰まる。
この姉が弟(俺)と遊びに行くのを楽しみにしているのはいつも通りだ。けれど、今回はいくらか事情が違う。俺はそのことに気づいた。
「まあ、今日は俺が誘ったからな」
「え?」
俺は隣にいる姉に向かって腕を突き出した。結梨は不思議そうにこちらを見ている。
「手でも腕でも裾でも好きなところを掴んでくれ。そうすれば結梨姉さんと逸れないから」
「いいの?」
結梨は問いかけるように視線を送る。彼女からすれば少し前に拒否されたばかりなのに突然許可が下りたのだ。不思議でならないだろう。
「せっかくのお出かけだからな。俺も姉さんに楽しんで欲しいんだよ」
そう伝えながら俺は自分の顔が熱くなるのを感じた。けれど、これは偽りない本心だ。
俺の腕に結梨はそっと掴んだ。
「これで行きましょう。こうすれば和哉君がフラフラとどこかへ歩いてもお姉ちゃんが止めてみせるわ」
「だから、俺のことを何歳だと思っているんだよ」
そう口で言いつつも、俺は腕を振り払わなかった。
***
「どれから乗りましょうか。何かリクエストはあるかしら?」
「そうだな、アレなんてどうだ?」
俺が指差したのはこの遊園地の目玉であるジェットコースターだ。今ちょうど園内中に張り巡らされたレールの上をコースターが走っていく。
「和哉君は絶叫系のアトラクションは平気なの?」
「ああ、大丈夫だ」
ジェットコースターに乗っている人たちの絶叫を聞きながら、俺はそう答えた。
「そうなのね……」
「おい、どうして、ガッカリしたような顔をしているんだ?」
「別に絶叫系が苦手な和哉君を私が励ました結果、『お姉ちゃんのお陰で平気だったよ!』と言われたかったなんて微塵も考えていないわ」
「だから、全部言っているだろ!」
春になってもこの姉は相変わらずのようだ。というか、どれだけ俺から『お姉ちゃん』と呼ばれたいのだろうか。
「期待に添えなくて申し訳ないが、俺は元から絶叫系は平気だ」
「分かったわ。それなら、乗りましょうか」
気持ちを切り替えたらしい結梨に引っ張られながら、俺たちは列に並んだ。流石この遊園地の目玉だけあって、多くの人が並んでいた。
「そういう結梨姉さんは大丈夫か?」
俺が問いかけると、隣にいる姉は胸に手を当てて得意げにしていた。
「愚問よ、和哉君。私を誰だと思っているの?」
「誰って、結梨は結梨だろ」
「その通り。貴方のお姉ちゃんよ」
「……まあ、そうだな」
結梨の堂々とした立ち振る舞いに突っ込む気が失せていく。
「つまりジェットコースターは平気なんだな?」
「むしろ好きといっても過言ではないわ」
その言葉の通り彼女の目は輝いているように見えた。遠足を前にした子供のようである。
「私たちが乗れるまでしばらくかかりそうね」
結梨は列の先に視線を送った。確かに待ち列は思った以上に長かった。
「待つのがアレだったら、他のアトラクションに変えるか?」
「いえ、別に構わないわ。和哉君と一緒ならこうした待ち時間も苦じゃないから」
クラスメイトである姉から不意を突かれ、俺の心臓はドキッとしてしまう。結梨は俺に向かって楽しそうに笑いかけていた。
「せっかくの時間だから、姉弟との仲を深めるべくお互いの良いところを言い合いましょう。では、和哉君からお願いするわ」
「するか、そんなこと!」
結梨の言葉に俺の心は冷静になってしまった。相変わらずの姉である。
「誰に聞かれるか分からないんだぞ。そんな恥ずかしいことできるか」
「じゃあ、お姉ちゃんがお手本を見せるわね。えーと、お姉ちゃん思い優しいところと、あとは」
「ちょっ、恥ずかしいから、やめてくれ!」
同級生である姉から面と向かって褒められ、顔が熱くなるのを感じる。一方の結梨は平然としていた。
「まだたくさんあるのよ。止めないでちょうだい」
「どうして、そんなに俺の良いところを言えるんだよ……」
「私は貴方のお姉ちゃんよ。弟の良いところを見つけるのがお姉ちゃんの大事な役割なの」
「そんな役割聞いたことがないぞ」
大方西村から聞いたのだろうか。そう考えるとげんなりする。
「頼むからこんなところでやめてくれないか」
「あら、それなら、2人きりだったらいいのかしら?」
結梨は突破口を見つけたと言いたげな顔をしていた。
「それは言葉の綾だ。俺が恥ずかしいからやめて欲しいって言っているんだ」
「全く和哉君はワガママね」
結梨は明るいベージュ色の髪をかきあげてそう言った。元々は彼女から言い始めたことなのに、いつの間にか俺がワガママを言っていることになっていた。
「それだったら、ジェットコースターに乗っている間、お姉ちゃんが手を握ってあげるわ。それなら和哉君も怖くはないでしょう?」
「だから、平気だって言っているだろ!」
その後も待ち時間も俺と手を繋ぐかどうかの論争は繰り広げられた。軍配が上がったのはどちらなのか言うのはやめておこう。
***
ジェットコースターに乗った後、他のアトラクションにも乗った。結梨はとてもはしゃいでいて、俺は姉についていくのに精一杯だ。
「次が最後のアトラクションだな」
「ええ、名残惜しいけど、その通りね」
日は傾き、西日が遊園地に差し込んでいた。少しずつ終わりの時間が近づているのを感じる。
「何に乗ろうか? まだ乗っていないアトラクションもあるからな」
土曜日の今日は多くの人に賑わっていて、ジェットコースターのように他のアトラクションも混んでいた。そのため、遊園地にあるアトラクション全てを制覇していない。いや、俺は別に制覇したいわけじゃないが。
「ほら、お化け屋敷とか色々あるぞ」
「和哉君、あれに乗りましょう」
結梨から腕を引っ張られ、俺は彼女の指差した方向を向く。
「観覧車か」
「せっかく貴方と来たのだから、乗ってみたかったの。ダメかしら?」
結梨は俺を上目遣いで見つめてくる。そんなことをされたら、俺の出す答えは1つしかない。
「わ、分かった。遊園地に来たのなら、観覧車には乗らないとな」
「その通りよ。じゃあ、行きましょうか」
思わずどうでもいいことを口走ってしまった俺の腕を掴んで、結梨は観覧車へと向かった。
***
「良い眺めね。和哉君もそう思うでしょ?」
「まあ、そうだな」
「あっ、あれは私たちの学校じゃない? ここからも見えるのね。ほら、あそこよ」
「おお、見えるな」
「久しぶりに乗ったけど、観覧車も良いものね」
「あのな、結梨姉さん」
俺がそう呼びかけると、同い年である姉は即座に窓から視線を外し、こちらに顔を向けてきた。
「どうかした? もしかして、高いところが苦手なのかしら? それだったら、もう少しお姉ちゃんのそばに」
「怖くなんてないわ! その、距離が近くないか?」
俺は結梨にそう問いかけた。今観覧車のゴンドラでは俺と結梨の2人が乗っていた。
狭い密室の中に美人なクラスメイトと2人きりでいる。それだけでも胸がドキドキするのに、さらに俺たちの座る位置も問題だった。
「別に対面で座っても良くないか? これだと狭くないか?」
俺と結梨は隣同士で座っている。狭いゴンドラの中なので、2人並べて座ると、その距離はほとんどない。少し動くだけで互いの体が触れてしまうそうだ。
「私は別に構わないわ。姉と弟は隣で座るものよ」
「そんなルールは聞いたことがないが……」
「和哉君、見てちょうだい。私たちが行ったショッピングモールも見えるわ」
結梨は楽しそうに窓の外を見つめている。この様子だと俺が席を移動してもこの姉も一緒に移動しそうだ。その確信があった。
「今日は誘ってくれてありがとうね」
顔を上げると、同級生である姉が優しい笑みをこちらに向けていた。
「和哉君と遊園地に来れて楽しかったわ」
「お礼は言わなくていいぞ。お礼を言うのは俺だよ」
「和哉君がお礼?」
俺の言葉に結梨は首を傾げる。
「俺の誘いを受けてくれてありがとう。こちらこそ今日一日楽しかったよ」
結梨に振り回されて、中々疲れたのは確かだが、どこか満足げな自分がいることも否定しない。こういう気持ちになったのは間違いなく今隣にいる姉のお陰だろう。
「和哉君はどうして私を誘ったの?」
「え?」
結梨の突然の問いかけに俺は思わず彼女を見つめる。目の前にいる姉は不思議そうな顔をしていた。
「だって、田口君や沙優とか他の友達もいるじゃない。それなのにどうして、私を選んでくれたのかしらって思ったの」
「どうしてか……」
姉の質問に俺は腕を組んで考える。今日一日ずっと結梨と繋がった腕を。
色々な事情を加味した上での決断だ。それは前に結梨に説明した通りだ。けれど、俺には誰も誘わないという選択肢もあった。
それでも、その中で俺は結梨を誘うことを選んだ。それは何故か。
顔を上げると結梨と目が合った。彼女は俺に向かって笑顔を浮かべていた。その顔を見た瞬間、俺の中で何かがストンと落ちた。
「結梨姉さんだったら」
「え?」
「結梨姉さんだったら、大丈夫だと思ったんだ」
「私だったら大丈夫?」
結梨は俺の言葉をそのまま繰り返した。
「そうだ。結梨なら来てくれると。俺の誘いを受けてくれると思ったんだ」
それを口にした時、俺は自分の気持ちを自覚した。俺は目の前にいる姉に対して安心感を覚えていた。それはただのクラスメイトというより、むしろ……。
「和哉君」
結梨が俺に向かって手を伸ばして、手を握った。
「そう言ってくれてお姉ちゃんは嬉しいわ。ありがとうね」
結梨は優しい笑みを浮かべていた。




