25 また和哉君と一緒で嬉しいわ
結梨や英作さん夫婦と出かけた数日後、ついに新学期を迎えた。俺は高校2年生となった。今日は2年生になって初めての登校日だ。
昇降口でクラスを確認し、教室に向かう。教室に入ると、見知った顔が出迎えた。
「よう、和哉。また1年よろしくな」
「ああ、よろしく」
学はいつも通り爽やかな笑顔を浮かべていた。学をはじめとした何人かの友達と同じクラスになって俺はホッとしていた。
俺が席に着くと、学はどこか落ち着きがない様子だった。しきりに教室の出入り口をチラチラ見ている。ちなみに、今の席順は俺が前の席で学が後ろの席だ。
「おい、落ち着けよ」
「仕方がないだろ。だってこんなに嬉しいことはあるか。和哉もそう思うだろ?」
「俺は別に」
「学ー!」
俺が最後まで言い終わらない内にある女子が学を襲った。彼女は学を後ろから抱きしめた。
「今年は同じクラスだね! 神様にお願いしてよかった!」
「ああ、俺も嬉しいよ」
とてつもない衝撃に襲われたのにも関わらず、学は幸せそうか顔をしていた。流石バスケ部である。いや、ただ痩せ我慢している可能性もあるが。
「楽しい1年間にしようね。あっ、菅田もよろしく」
「よろしくな。俺の存在を忘れていないようで何よりだ」
今年は西村とも同じクラスになった。友達と同じクラスになれて嬉しいが、それ以上にこの2人のバカっプル度が加速すると思うとげんなりする。
「お昼一緒に食べようね。約束だよ」
「もちろんだ。でも、和哉も一緒でもいいか?」
「いや、俺は別々でも」
「うーん、まあ、菅田ならいいか」
「おい、聞いているか?」
「ありがとう、沙優。じゃあ、和哉にこの前のデートのことを自慢しようぜ」
「うん、楽しみだね!」
「お前ら、絶対に聞こえているだろ!?」
俺のツッコミにバカップルは面白がるように俺を見ていた。
「ごめんごめん、つい楽しくなっちゃって」
「それは何の言い訳にもなってないぞ」
「悪いな、和哉。ちゃんと昼ご飯には誘うから許してくれ」
「それなんだけど、たまに別の教室で食べるから気にしなくていいぞ」
俺の言葉に西村がポカンとした顔になる。
「え? 別の教室って、ぼっち飯ってこと?」
「違うわ! 約束があるんだよ」
「約束?」
西村はいまいち事情が把握できず、首を傾げていた。そういえば、あのことは学にはバレていたが、西村には言った覚えがなかった。
「ほら、沙優、あのことだよ。和哉とあの人のさ」
「あっ、そういうことね!」
学の耳打ちに西村はようやく合点がいったようだ。ただあまり大きな声を出すと周りから注目されるのでやめてほしい。
「へえ、菅田は一緒に昼ご飯を食べているんだ。仲がいいね」
「あいつからのお願いだからな。断ったら何をされるか分からないからな」
同い年である姉は俺との昼ご飯の頻度を増やそうと画策している。少しでも気を抜いたら毎日になりそうだ。
「けど、和哉。学校の男子からしたら、お前は間違いなく羨ましがられると思うぞ」
「まあ、それはそうだな」
俺だって自分が特異な状況に置かれていることは理解している。だからこそこれ以上あの姉との関係を他の人に知られたくなかった。
「けど、そんなに良いものじゃないぞ」
「そうなのか?」
俺の言葉に学は意外そうな顔を見せる。
「だって、事あるごとに俺に食べさせようとしてくるし、向こうが先に食べ終わったら、俺が食べているところをじっと見てくるんだよ」
だから、大喜びするほどではないと言いたかったのだが、友達2人の反応は俺の想像と違った。学と西村は戸惑っているようだった。特に西村は開いた口が塞がらないようだった。
「菅田から惚気られた」
「は? いや、惚気てないわ!」
何故か西村からとんでもないことを言われた。彼女の様子を見て、彼氏である学はそっと西村の肩に手を置いた。
「沙優、その言い方は語弊があるよ」
「そうだ、学。言ってくれ」
「和哉はお姉さんから可愛がられて幸せだと言いたかったんだ」
「お前ら、ちょっと待て! 俺がいつそんなことを言った!?」
2人からとんでもない言いがかりをつけられた。どうしてそんな反応になるのか分からない。
「え? 今のを聞いたら誰でもそういう感想になるよね?」
「ああ、俺も沙優に同意見だ」
「マジか……、マジかよ」
2対1では部が悪い。この友人達以外の意見も聞きたいが、俺の秘密を他の人に漏らすことはできないため、それは不可能だった。
「まあまあ、とりあえず、菅田と結梨、じゃなかった、あの子は仲が良いことは分かったから」
「おい、西村! お前はマジで気をつけろ」
西村はおちょっこちょいなところがあるようだ。いつかうっかり誰かに話をしそうで心配である。今の会話もこの教室にいる誰かに聞かれている恐れがある。
しかし、俺の懸念は杞憂だった。
「みんな、おはよう」
その時、教室に1人の女子が入ってきた。彼女は肩まで伸ばした明るいベージュ色の髪をたなびかせて、教室にいる人たち全員に挨拶をした。そして、次の瞬間、あっという間に女子に囲まれた。
そんな光景を他の男子と同様に眺めていると、ふと生温かい視線を感じる。視線の主を探すと、予想通りバカップルは仲良く俺に視線を送っていた。
「良かったね、菅田」
「楽しい1年になりそうだな」
「ああ、本当にその通りだよ」
友達2人へ適当に相槌を打ちながら、先ほど入ってきた女子のことを見ていた。結梨は俺と目が合うと、いつものように優しい笑みを浮かべた。
***
学校からの帰り道、俺は公園のベンチに座っていた。別に暇を持て余してるわけでも人生を迷っているわけでもない。俺には待ち人がいた。
公園に1人の女子が入ってきた。彼女は俺の姿を見つけると、一目散に俺のところへと向かってきた。
「お待たせしたわ」
「別に待ってないぞ」
俺がそう言うと、結梨は満足そうな顔をして、俺の隣に腰掛けた。今朝彼女から連絡があり、一緒に帰る約束をしたのだ。学校の奴らにバレないようにこうして帰り道にある公園で待ち合わせすることにした。
「今年も同じクラスね。また和哉君と一緒で嬉しいわ」
「こちらこそよろしく。といっても学校ではこれまで通りで頼むぞ」
「分かっているわ」
結梨は俺の言葉に頷いた。彼女は本当なら学校でも姉弟として仲良くしたいと思っているはずだ。けれど、なんだかんだいって、この姉は俺の意思を尊重してくれる。それは有難いと思う。
「今年は沙優も同じクラスね。彼女とは普通に話をしていいかしら?」
「まあ、それは大丈夫だろ」
西村も結梨ほどではないが、それなりに学校で知られている。そんな2人が話をしたところでいつの間にか仲良くなっていたと学校の奴らは納得するだろう。
「分かったわ。それだったら、明日にでも姉としての心構えを聞かないといけないわ」
「それを学校で聞くのか……」
「ダメかしら?」
結梨は問いかけるように俺を見つめた。俺は頭を必死に回転させて、起こりうるリスクを想像する。
「話をするだけならいいぞ。けど、もし、結梨に弟がいるって誰かに知られたら、上手く誤魔化せるか?」
「絶対にやり遂げてみせるわ。私はお姉ちゃんだから」
結梨は胸に手を当てて自信満々な様子だった。本人がそこまで言うのなら、再びクラスメイトとなった姉を信じることにした。
「もちろん俺の名前は出すなよ」
「ええ。いや、待ってちょうだい、それだったら……」
結梨は俺との会話を打ち切り、何やら独り言を呟いていた。やがて目を輝かせて俺の方を向いた。
「それだったら、和哉君のことをあだ名で呼ぶわ」
「え?」
「それなら、万が一誰かに聞かれても問題ないでしょう?」
結梨は名案だと言わんばかりの態度だった。どうして、そんな結論になったのか分からない。
「待て待て、どういうことだよ?」
「沙優は言っていたわ。お姉ちゃんは弟のことをあだ名で呼ぶものだと」
「あいつは弟のことを普通に名前で呼んでいたぞ?」
以前西村から相談を受けた時のことを思い返す。
「沙優が言うには子供の頃はあだ名で呼んでいたそうよ。弟さんからやめてほしいと言われたから呼ばなくなったみたい」
「それなら俺も嫌なんだが……」
「私たちの場合は他の人に知られないようにするための処置よ。ワガママ言ってはいけないわ」
「どうして、俺がワガママを言っている扱いなんだよ!?」
むしろワガママなのは結梨の方だろと口にしようとしたが、やめておいた。そんなことを言っても押し切られるのは目に見えているからだ。
「早速考えましょう。和哉君はお姉ちゃんから何て呼ばれたいかしら?」
「聞かれたことがない質問だな……」
俺は一体何のアンケートを受けているのだろうか。
「小さい頃は友達から何て呼ばれていたの?」
「何って、普通に名前だよ。あだ名で呼ばれたことはないな」
記憶を探っても苗字か名前で呼ばれることがほとんどだった。
「それなら、またしても私が和哉君の初めてなのね。お姉ちゃんは感激だわ」
「だから、誤解を招く言い方はやめろ。あと、真剣な顔で言うのもやめてくれ。本気か冗談で言っているのか分からなくなる」
結局その日の帰り道はずっと俺のあだ名を考えるという話で持ちきりだった。様々な意見が出たが、どれを採用するかは姉のみぞ知ることだ。




