18 お姉ちゃんの家にようこそ
授業の終わりを告げるチャイムが教室に響き渡る。先生が教室から出ていくと教室は喧騒に包まれた。
最後の授業が終わり、生徒たちは思い思いの時間を過ごす。部活動に行く人や友達と遊びに行く人、そのまま家に帰る人。俺は最後者である。
「じゃあ、また明日な」
「おう、いってらっしゃい」
部活に行く学を見送り、俺は帰る支度を済ませる。今日も何気ない1日が終わる。そう思いながら教室を出て行こうとした時だった。
「あっ、学。ちょっといい?」
「おお、沙優か。どうした?」
聞き覚えのある声が聞こえて、教室の出入り口に目を向ける。そこには先程見送った友達とその彼女が楽しそうに話をしていた。
「この前言ってたあのことなんだけど、今日、菅田に話をしてもいいかな?」
「いいと思うよ」
「分かった。部活頑張ってね!」
「おう! 頑張る!」
仲の良いやり取りを交わすと、学はそのまま部活へと向かう。残された西村は彼氏を見送っているようだ。
二人の会話の内容はよく分からないが、西村が俺の名前を出したことが物凄く気になる。
学の見送りが済んだ西村は教室に足を踏み入れる。そして、真っ直ぐに俺に向かっていった。
「菅田、ちょっと時間ある?」
「一体どうした? また何か企んでいるのか?」
「ふふっ、ちょっとね」
西村は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ここじゃなんだし、別のところで話さない?」
「分かった。いいぞ」
西村についていき、俺は教室を出て行く。教室を出る直前、西村は背後を振り返り、どこかへ視線を送った。その視線の先を追ってみると、友達と話をしている明るいベージュ色の髪が見えた。
教室を出た俺と西村は適当な空き教室へ入った。
「それで何の用なんだ?」
「菅田は今週の土曜日って空いている?」
「まあ、空いているけど」
俺がそう答えると西村は目を輝かせる。そして、拳をぎゅっと握りしめた。
「じゃあさ、土曜日に結梨の家へ遊びに行かない?」
楽しそうな顔をした西村からそう告げられた。
***
「ここが野上さんの家か」
「わあー、大きいねえ」
俺たちの目の前には普通の一軒家よりも一回り大きめの家が建っていた。家の前には芝生が敷き詰められた庭が広がっている。その広さはバーベキューが出来そうなほど広い。
「周りの家も同じくらい大きいね」
「母さんから聞いたけど、この辺りは高級住宅街らしいよ」
「へえー、そうなんだ。結梨もすごいところに住んでいるだね」
不意に俺の肩に手が置かれた。振り向くと爽やかに笑っている学がいた。
「良かったな、和哉。お姉さんの家に遊びに来れて」
「別にテンションは上がってねえよ」
「まあまあ、家の中に入ろうよ」
西丸は玄関のチャイムを鳴らした。どうでもいいけど、『姉の家へ遊びに行く』って字面の違和感がすごい。
少し待つと、玄関のドアが開けられた。そこにはクラスメイトである姉がいた。
「いらっしゃい、よく来たわね」
「こんにちは、結梨。お邪魔しまーす!」
「野上さん、今日はよろしくね」
西村と学は家の中に足を踏み入れる。最後まで残っていた俺を見て、野上は優しく微笑んだ。
「お姉ちゃんの家にようこそ」
「ああ、お邪魔するよ」
土曜日の午前中、俺は友達と一緒に野上の家へ遊びに来ていた。
***
玄関にくぐり、廊下を通った後、リビングへと入った。リビングは外観に違わず、広い。テレビやテーブル、ソファ等の家具も置かれて、窓からは日差しが差し込んでいた。
「へー、中も広いなあ」
「テレビ大きい! 窓もでっかい! ソファも大きい! あっ、キッチンも見てもいい?」
「西村、少しは遠慮しろよ」
「別に構わないわ。和哉君も見てみる?」
野上は誇らしい顔をしていた。自分の家を褒められて、ご満悦なのだろう。
「まあ、せっかくだから見てみるか」
「菅田だって気になっているじゃん」
「まあまあ沙優。俺も見ていいかな?」
「ええ、いいわよ」
野上は快く俺たち3人をキッチンへ案内してくれた。キッチンはリビングと壁で仕切られておらず、地続きになっている。
キッチンもまた広く、大人が何人も横に並んで料理ができるぐらいだ。キッチンの近くには冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器等の家電が置かれていた。
「うわー、広くていいなあ。ウチのと全然違う」
「沙優は料理をするのかしら?」
「うん、そうだよ。学の弁当も作っているんだ」
西村が口にすると、何故か学がドヤ顔をしていた。相変わらずとても仲の良い恋人たちである。
「そうなのね。ねえ、沙優はお弁当をどんなおかずを入れているの?」
「そうだねえ、昨日の弁当だったらね」
女子2人は弁当談義に花を咲かせた。一方、男子2人はそんな彼女たちの話に耳を傾けていた。
「へー、結梨も弁当を作っているんだね。自分1人分だけ? 家族の分は作ってないの?」
「そうね。私と和哉君の2人分だけよ」
「えっ、そうなの!?」
野上の言葉に西村は驚愕の表情を浮かべた。野上の言葉が聞こえたらしい学も呆気に取られていた。その時俺は姉が致命的なミスを犯したことに気づいた。
「菅田って、結梨に弁当を作ってもらっているの!?」
「マジか、和哉。学校の男子が知ったら、お前殴られるんじゃないか?」
友達2人には野上と姉弟になった経緯は説明したが、これまでどんなことがあったのか全く伝えていなかった。
「そうなの。和哉君はいつも購買で買ってきたものを食べているでしょ。だから、私が弁当を作ったのよ」
「ちょっ、別にそれは言わなくても」
俺が止める間もなく野上は全てを話してしまった。
「えー、結梨、めっちゃ優しいじゃん!」
「だから、時々弁当だったんだな」
友人は口々に好きなことを言っていた。何かこのままいくと野上が全てをぶちまけそうな気がする。
「ほら、菅田、お姉ちゃんにお礼を言わなくてもいいの?」
「そうだな。日頃の感謝を伝えるべきだよ」
西村は俺の背中を軽く叩き、学は俺の肩に手を置いていた。
「ちゃんと美味しかったって言っているわ!」
「でも、せっかくの機会だし、改めて行った方がいいよ」
「何が『せっかくの機会だ』。お前らが見たいだけだろ」
「2人ともそこまでよ」
俺と西村の間に野上が割り込んだ。野上は腰に手を当てて、西村と向かい合っていた。
「あまり和哉君を揶揄うのはやめてちょうだいね」
「あー、ごめんね。菅田の反応が面白くて」
「俺もやりすぎだったよ」
俺の時とは違い、バカっプルたちはおとなしく引き下がった。目の前にいる姉の背中が妙に心強く見えるのは目の錯覚だろうか。
「分かればいいのよ。私こそ強く言ってごめんなさいね」
「ううん、気にしないで。でも、さっきの結梨は本当に菅田のお姉ちゃんみたいだったよ」
「あら、それは沙優のお陰よ」
「え? 私?」
野上の言葉に西村は目を丸くした。
「姉は弟を守るもの。沙優が教えてくれたことよ」
野上は胸に手を当てて背筋を伸ばしていた。堂々とした振る舞いだった。
「あはは、そういえばそんなことも言ったね」
「ええ、そうよ。他にも姉としての心構えはあるかしら?」
「もちろんだよ。例えば」
女子2人は姉とはどういうものかについて話し始めた。その楽しげな様子を眺めていると、再び俺の肩に手が置かれた。
振り返ると、ドヤ顔の学と目が合った。
「お前のお姉さんは立派だな」
「その顔で言うのはやめろ」
俺は友達にツッコミを入れた。
***
野上の家のキッチンを見た後、リビングに戻り、テレビでアクション映画を観ることにした。自分の家よりも大きなテレビに上映される映画に学も西村も熱中していた。
「あー、面白かった」
「なんか映画館で観たような気分だったよ」
「ふふ、満足してもらったようで嬉しいわ。和哉君はどうだった?」
「俺も面白かったな。ウチでも大きいテレビが欲しくなった」
かくいう俺も友達2人と同じくらい熱中していたのだが。
「あっ、もう昼時だね」
スマホで時間を確認した西村がつぶやいた。確かに窓の外を見ると、日はだいぶ高くなっていた。
「そろそろお昼にしましょうか。昼ご飯を作るわね」
野上はスクっと立ち上がった。それを見た西村もつられて立ち上がる。
「あっ、じゃあ私も手伝うよ」
「そう。じゃあ、お願いするわ」
「了解だよ。じょあ、学と菅田は待っていてね」
「分かった。片付けは俺と和哉でやるよ」
俺と学はキッチンへ向かう女子2人を見送った。俺も学も料理に関しては役に立たない。的確な判断である。
「和哉君は何を食べたいかしら?」
「そうだな……」
俺は頭を捻って考える。ここでなんでもいいと答えたら、女子2人からブーイングが来ることは間違いない。
「ハンバーグが食べたいかな」
「ハンバーグね。分かったわ」
野上は顎に手を当てて頷いた。そして、隣にいる西村に顔を向ける。
「沙優もそれでいいかしら?」
「大丈夫だよ! あっ、それなら、私と結梨で別々のハンバーグを作らない?」
西村は楽しそうに笑みを浮かべていた。彼氏である学も同じような笑顔を見せた。
「なるほど。それは面白そうだ」
「でも、野上と西村の負担にならないか?」
俺が野上に向かって視線を向けると、同級生である姉は誇らしそうに胸を張った。
「構わないわ。材料も十分にあるし、キッチンも問題ないわ」
「それならいいけど」
家の住民である野上が言うなら問題ないのだろう。何故そんな誇らしそうにしているか分からないが。
「じゃあ、それで決まりだね! よし、早速作るぞ」
「沙優、頑張ってな」
「うん、頑張る!」
学と西村は仲の良いやり取りを交わしていた。そんな様子を横目に見ているとどこからか視線を感じた。
顔を動かすとこちらをじっと見つめている野上と目が合った。
「どうした?」
「……いえ、何でもないわ」
「ダメだねえ、菅田は」
野上の様子を不思議に思っていると、背後から罵倒を浴びせられた。後ろを振り返ると、やれやれと言いたげな西村がいた。
「俺のどこがダメなんだよ?」
「そういうところだよ、ねえ、学」
「ああ、まったくその通りだよ、沙優」
何やら通じているバカップルを見ても全くピンとこない。
「ねえ、和哉君」
「野上?」
「私も頑張るわ」
両手で拳を握りしめながらどこか照れた様子で野上はそう言った。その瞬間、俺は自分のやるべきことを理解した。
「が、頑張ってくれ、姉さん」
「分かったわ! 世界一美味しいハンバーグを作ってあげる」
俺の応援を受けた野上は今まで見たことがないやる気を見せた。後ろでニヤニヤしているであろう友達2人の顔を見ることができなかった。




