「俺だって当事者だ」
「ようやく出てこれたと思ったら、敵味方含めてバンザイしてるって、どう反応したらいいんだよ……」
「しょうがないだろ。俺は『先人に右ならえ』と『記憶読解』以外にスキルを持ってない。なんなら『先人に右ならえ』使ってる間は他のスキルを使えない。それに……」
裕也の背後にある木が美月に攻撃を仕掛ける。美月はそれを会話中でも難なく捌いて見せた。
「俺からしたら君がもう一つのスキルだ……だろ?」
「口が達者なことで」
「……まあ、それは予想の範疇だ。俺も、時間稼ぎをする必要があるからな」
「案外冷静じゃん。もしかして、もう怒ってない?」
裕也は揺さぶりをかけてくる姫璃に大した反応を見せず、静かに怒りを燃やす。
「安心しろ。お前はしっかり殺してやるから」
「そりゃ安心だが、あいにくと俺はまだ死ねないんだ。命の代わりと言っちゃあなんだが、教えようか。『先人に右ならえ』は俺の視界から外れたら使えないってことを」
弱点を軽い口調で自分を殺そうとしている人間に教える姫璃に、裕也は疑問より先に苛立ちを覚えた。だが、先程と同様に表には出さず、代わりに美月への攻撃の激しさが増す。
「……なんのつもりだ」
「別に? たった十数分で最初より冷静になったことへの、ささやかなプレゼントだよ」
姫璃は激しさを増す美月への攻撃を見て、揺さぶりが効いたことを確信する。先程教えた弱点は勿論真実。殺したい相手からの情報なんてそうやすやすと信じられるはずがない。一見不利な状況を作ったように見える先程の発言は、相手の選択肢から真の弱点を消して優位に立つための発言だった。動揺を一切表情に出さない裕也の余裕も、作戦が成功したと思うには十分な理由になっていた。
「そうか。……なら試してみよう」
「……」
地面が盛り上がり、姫璃を包み込むようにつぼみの形に変形する。美月は急いで対処しようとするが、永遠に復活する木々に阻まれ向かうことは出来ない。姫璃の言った通りに、『先人に右ならえ』から解放された裕也は美月の方を向く。
「読みが浅いからこうなるんだ。……さて、残りの邪魔者を始末しないとな」
裕也は美月から視線を切らず、右手を土のつぼみにかざして力強く握り、圧縮を始めた。
「邪魔者? おいおい、随分な評価じゃねえか。……勝手に決めつけんなよ、俺だって当事者だ」
美月は攻撃してくる木を粉々にしたあと、再生される前に一旦距離を取る。裕也はつかさず追いかけて距離を詰める。手には先程地面を切り裂いた木の剣。変形した木々を背後から追走させ、この一幕で決めるつもりで攻撃を仕掛けに行く。
「……!?」
だが、またしても刃は大地を切り裂いた。先程と違う点を挙げるとすると、剣が美月を通り抜けたように見えたことだ。
美月をすり抜けたということに理解が及ばず、一瞬の隙を晒す裕也に、右の拳が叩き込まれた。木でのガードは間に合い裕也自身に大したダメージはないが、もう一度美月との距離を大きく離された。
「さっき捕まった時、『神出鬼没な奇術師』の対象近くに見つかんなくてこれで出てきたんだよ。覚えんのに結構な時間かかったぜ」
美月の謎の力に、裕也は今までにない警戒をする。本能的にスキルじゃない別の力であることに気が付いたのか、先程の攻め気はすっかりと落ち着いていた。裕也は美月の力を攻略しようと牽制を何度か放つが、攻略の糸口をつかむことは出来ずにいた。
美月がしたのは神力操作の基本、神気の応用。神気は、自身の周囲に神力を纏う技術。今美月は自分を挟んだ地点にある神気同士を繋げている。例えば、右と左の神気を繋げば、右を入り口として入ったきた物体は、そのまま左から出ていくようになる。これが攻撃がすり抜けた原理。美月はこれを使い、地面を通り抜けて地上に出てきたのだ。欠点は、まだ神力操作の拙い美月だと空気なども全て通り抜けるので、使っている間は息を止めなければならないこと。オンオフを切り替えるのにも体力を使うため、持久戦になるとかなり不利になってしまう。しかしそれは使えるものがこれだけしかない場合にすぎない。かなりの技術が必要なこの技は、使用に至るまでに他の技術を習得していることがほとんどである。ただ、美月を除いて。
「だんだん苦しくなってきたな、これ」
美月は、裕也の攻撃を神気でしのぐことを辞め、打撃にシフトする。美月が木を砕く様を見て、裕也はあることに気づく。
「なるほど、長時間の使用は不向きか。だったら、思う存分削らせてもらうぞ」
裕也は迂闊に近づかず、遠距離からの攻撃中心で戦略を組み立てる。対する美月は、飛んでくる攻撃を捌きながら『神出鬼没な奇術師』で一気に近づくチャンスをうかがっていた。
「距離取らせたの、失敗だったな」
美月が前方から来る攻撃だけに気を張っていると、足元から大地の槍が射出される。
「またかよ!」
「まただし、まだだ」
美月は足元の支えがなくなり体制を崩しながらも大地の槍を全て砕くが、その隙に前方からの攻撃に身を晒す。
「くそっ……!」
直撃に備えて身を固めようとしたとき、一瞬、研ぎ澄まされた神経が正解のルートを導く。先程まで視界に入っていた裕也がいないことに気が付き、とっさに神気を手のひらに集中させる。
「……驚異の判断力だな」
「そりゃどーも。そっちは、こんなに近づいてきた大丈夫なのか?」
背後から振り下ろされた剣を、美月は神力で作った簡易的な剣で受け止める。剣といってもただ斬られないように強度だけを重視したもののため、どちらかというと棒に近い形をしている。
近づいてきてくれてどーもという感じに、美月は空いている方の手で打撃を放った。
「まじか……」
「まさか、近距離戦なら分があるなんて傲慢なこと、思ってないよな」
美月の拳は、裕也に難なく受け止められてしまうのだった。