第9話 監視記録が暴いた少女の正体
特別応接室には、先ほどまでより少し落ち着いた空気が流れていた。
総理はわずかに視線を落としたあと、改めて麻衣へ向き直った。
真っ直ぐその目を見つめ、静かに息を整えてから口を開く。
「加山さん。まずは、お礼を言わせてください」
そう言うと、総理は深く頭を下げた。
「博物館で多くの命を救ってくださり、本当にありがとうございました」
突然のことに、麻衣は目を丸くして身を乗り出す。
「や、やめてください。総理が頭を下げる相手じゃありません」
総理は顔を上げ、口元へ柔らかな笑みを浮かべながら首を横へ振った。
「いいえ。立場は関係ありません。私は、一人でも多くの国民を守る責任があります。その国民を、あなたは守ってくださいました。ですから、お礼を申し上げるのは当然です」
麻衣は困ったように笑って視線を落とし、少しだけ考えてから答えた。
「私は……目の前に助けられる人がいただけです。それだけですよ」
総理は一度頷き、麻衣へ真っ直ぐ視線を向けた。
「その『それだけ』が、どれほど難しいことか。私は知っています」
隣に座る美咲は何かを言いかけたが、総理から頭を下げられた麻衣を見て、その言葉を飲み込んだ。
何を言えばいいのか分からないまま、応接室には短い沈黙が流れる。
総理は湯飲みへ視線を落とし、表情を引き締めた。
応接室の空気も、それに合わせるように張り詰めていく。
「さて。ここから先は、お礼とは別のお話になります」
麻衣は総理の言葉を受け、背筋を伸ばして座り直した。
そのまま総理へ視線を向け、小さく頷く。
「……はい」
総理は楓へ視線を向ける。
「楓さん。準備は」
「すべて整っております」
楓が一礼すると、総理は立ち上がった。
「では、場所を移しましょう。ここから先のお話は、特別応接室ではなく会議室で行います」
麻衣は少し首を傾げる。
「会議室……ですか?」
総理は頷いた。
「これからお見せする内容は、口頭だけでは説明できません。資料と映像をご覧いただいた方が早いでしょう」
美咲は麻衣へ視線を向けた。
「映像……?」
麻衣は答えず、前を向いたまま黙り込む。
楓が扉を開き、一礼した。
「こちらへどうぞ」
総理を先頭に、一同は特別応接室を後にした。
扉が開くと、廊下で待機していたSPが一斉に動き、前後へ散開しながら一行の周囲を固める。
歩き出した総理は、前を向いたまま口を開いた。
「加山さん。これからお話しする内容は、現在のところ国家機密です。もちろん、この場で聞いたことを口外されるとは思っておりません。ですが、一応お伝えしておきます」
麻衣は総理の横顔を見つめ、小さく頷いた。
「分かりました」
美咲も表情を引き締め、麻衣の後ろについて歩く。
一行は重厚な扉の前で足を止めた。
楓が認証カードをかざすと電子音が鳴り、重い扉がゆっくりと開いていく。
室内には壁一面の大型モニターが並び、長机には分厚い資料が整然と置かれていた。
麻衣は室内を見渡し、壁一面のモニターへ視線を止める。
そのまま一歩踏み出し、会議室へ足を踏み入れた。
総理は自席へ向かい、二人へ席を勧める。
「では、始めましょう。まず、古代文明展について説明します」
全員が席に着くと室内の照明が少し落ち、大型モニターへ古代文明展のポスターが映し出された。
その横には、展示品提供国から外交ルートを通じて送られた複数の注意喚起文書が並んでいる。
総理は画面へ視線を向けたまま話し始めた。
「まず初めに、一つ訂正しておきます。博物館事件は、完全な偶然ではありませんでした」
麻衣と美咲は同時に顔を上げる。
「え……?」
美咲が思わず声を漏らすと、総理はモニターへ映る文書を指し示した。
「展示品を貸与した国から、日本政府へ何度も注意喚起が届いていたのです」
楓がリモコンを操作すると文書が拡大され、差出人として展示品提供国の政府機関名が表示される。
「過去の展示会場では、説明不能な現象が複数回確認されていました」
画面が切り替わり、各国から寄せられた報告内容が順番に表示された。
原因不明の空間異常。
電子機器の異常動作。
監視映像の乱れや、一時的な通信障害。
そして、来館者が突然姿を消し、直後に別の場所で発見された事例。
美咲は並ぶ報告へ目を向けたまま、息を吐く。
「そんなことが……」
総理は画面を見つめたまま頷いた。
「もっとも、どの国も原因は解明できませんでした。そのため、日本側も当初は『念のため』という判断だったのです」
モニターは博物館の平面図へ切り替わり、館内の数か所へ赤い印が表示される。
楓はその図面を示しながら説明を続けた。
「そこで政府は、通常の警備とは別に複数の観測機器を追加設置しました」
画面には、設置された機器の一覧が表示される。
高精細サーモグラフィー。
軍事用三次元ライダー(3D-LIDAR)。
空間観測センサー。
環境計測装置。
その一覧を見た麻衣は、わずかに眉を動かした。
「そんなものまで……」
総理は苦笑を浮かべる。
「正直、やり過ぎだという意見もありました。ですが、今となっては正しい判断だったと思っています」
楓が再び画面を切り替える。
事件当日の監視カメラ映像が映し出され、来館者が館内を歩く様子が流れ始めた。
その中には、麻衣と美咲の姿も映っている。
しばらくして映像が大きく乱れ、次の瞬間には画面全体が黒く染まった。
「ここで終わってる……」
美咲がモニターを見つめたまま呟く。
楓は頷いた。
「はい。異変が発生した時点から先の監視映像は、すべて消失していました」
麻衣は画面を見つめたまま表情を変えない。
だが胸の内では、あの瞬間を思い返していた。
自分で消した。
楓は解析結果の画面へ切り替える。
「サーバーを解析した結果、異変発生以降の映像データだけが、極めて高度な方法で削除されていたことが判明しました」
総理は麻衣へ視線を向けたまま、事実だけを伝えていた。
楓が再び画面を切り替えると、赤や青で色分けされた熱画像がモニターいっぱいに映し出される。
高速で移動する光点は確認できるものの、輪郭は大きく乱れ、何が起きているのかまでは判別できない。
「こちらは高精細サーモグラフィーです。対象の移動速度が想定を大幅に超えていたため、残像しか取得できませんでした」
画面には高速で交差する熱源だけが映り、巨大な生物らしき姿はどこにも確認できない。
麻衣は画面を見つめながら、胸を撫で下ろした。
これなら、まだ大丈夫。
しかし、楓はそのまま次の画面へ切り替える。
「ですが、問題はこちらでした」
室内の照明がさらに落ち、大型モニターいっぱいに青白い立体映像が浮かび上がった。
そこには博物館内部の空間が立体的に再現され、その中央には巨大な一つ目の怪物と、それに立ち向かう一人の少女の姿が映し出されている。
「これ……」
美咲は目を見開いたまま言葉を失う。
麻衣も映像を見つめたまま、思わず息を止めた。
「三次元……」
美咲は画面から目を離さなかった。
楓は立体映像を操作しながら説明を続ける。
「こちらは軍事用三次元ライダーが取得した空間データです。映像ではなく、レーザーで空間そのものを立体情報として記録しています」
楓が装置の構成図を画面の端へ表示させた。
「この装置は通信回線から切り離された独立型で、取得した点群データを本体内部へ保存していました。そのため、監視カメラや通信設備に異常が発生したあとも、記録だけは残されていたのです」
少女の姿が拡大される。
制服。
体格。
髪型。
身長。
構え。
剣の軌跡。
細かな動きまで、立体情報として鮮明に記録されていた。
麻衣は画面から目を離せなかった。
監視カメラなら想定していた。
防犯システムなら理解できる範囲だった。
けれど、軍事用三次元ライダーによる空間記録までは、麻衣も想定していなかった。
総理は立体映像へ視線を向け、口を開く。
「なお、この巨大生物ですが、現在も正体は判明しておりません」
画面には、巨大な一つ目が拡大表示される。
「政府では便宜上、『一つ目の巨人』と呼称しています」
総理は一度言葉を区切り、続けた。
「その特徴から神話になぞらえ、関係省庁内では通称『サイクロプス』というコードネームを付与しました」
楓が頷く。
「以後はサイクロプスと呼称いたします」
楓が画面を切り替える。
左側には事件発生直前までの監視カメラ映像。
右側には軍事用三次元ライダーが記録した戦闘データ。
楓は二つの画面を並べ、解析結果を表示した。
「事件発生直前までの監視カメラ映像と、軍事用三次元ライダーが取得した戦闘データを照合しました」
身長が一致する。
体格が一致する。
制服が一致する。
位置情報が一致する。
歩き方や重心の移動まで一致していく。
総理は麻衣を見つめる。
「その結果、博物館でサイクロプスと戦っていた人物は――」
会議室が静まり返る。
「加山麻衣さん。あなたであると判断しました」
美咲は麻衣を見た。
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