第10話 国家が下した結論
会議室は静まり返っていた。
隣から美咲の視線を感じていたが、麻衣はモニターから目を離せず、自分の知らない証拠まで残っていた事実に息を呑む。
監視カメラの映像は消した。
それで終わるはずだった。
しかし、それだけでは終わっていなかった。
総理は一呼吸置き、モニターへ視線を向けた。
「そして、残された記録から判明したのは、加山さんが戦っていたという事実だけではありません」
楓がリモコンを操作すると画面が切り替わり、一本の剣が映し出される。
それは博物館で展示されていた儀礼剣だった。
「こちらは、事件後に回収した儀礼剣です。加山さんが、一つ目の巨人――通称サイクロプスとの戦闘で使用していたものになります」
麻衣は画面を見つめたまま、静かに息を吐く。
(回収されたか……)
楓が映像を再生すると、政府の研究施設らしき室内が映し出された。
白衣姿の研究員たちが儀礼剣を大型の試験装置へ慎重に固定し、その刃の前へ分厚い灰色の金属塊を設置していく。
「こちらは切断試験の映像です」
画面下には、試験材の名称が表示される。
試験材――超高硬度タングステン合金。
美咲は表示を見つめ、驚いたように楓を見る。
「タングステンって……あの?」
「はい。通常の刃物では、傷を付けることすら困難な硬度を持つ合金です」
試験装置が作動し、固定された儀礼剣の刃が金属塊へゆっくりと押し当てられる。
次の瞬間、刃は何の抵抗もなく金属へ入り、そのまま滑るように分厚い金属塊を両断した。
映像の中の研究員たちも言葉を失い、美咲は目を見開いたまま呟く。
「……うそ」
総理は画面を見つめたまま、説明を続ける。
「事件後も、この切れ味は失われませんでした。複数回試験を行いましたが、結果はすべて同じです」
麻衣は映像を見つめながら考える。
(魔力が残ってる……。それとも、剣そのものの性質……?)
総理が楓へ視線を向けると、画面が切り替わり、大きな数値が表示された。
重量――二〇四・八キログラム。
美咲は表示された数字と儀礼剣を見比べる。
「……え? 二百キロ?」
楓は頷き、搬入時に撮影された写真を表示した。
「博物館への搬入記録とも一致しております。専用クレーンを使用し、複数名で誘導しながら搬入されました」
写真には天井クレーンで吊り下げられた儀礼剣と、その周囲で誘導する作業員たちの姿が映っている。
「通常、人が持ち上げられる重量ではありません。ましてや、片手で武器として扱うことは不可能です」
画面が再び切り替わる。
軍事用三次元ライダーが記録した戦闘データには、麻衣が片手で儀礼剣を振り上げ、跳び、サイクロプスの攻撃を受け止め、そのまま振り抜くまでの一連の動作が立体映像として再現されていた。
どの動きにも無理はなく、二百キロを超える重量を感じさせる様子はどこにもない。
総理は立体映像へ視線を向けたまま、静かに口を開く。
「これらの結果から、加山さんが通常の人間とは比較できない身体能力を有していることも確認されました」
楓が画面を操作すると、麻衣が儀礼剣を振る速度や跳躍距離、サイクロプスの攻撃を受け止めた際の推定荷重が次々と表示される。
いずれも、通常の人間には到底実現できない数値だった。
「軍事用三次元ライダーが記録した戦闘行動と、儀礼剣の重量および解析結果を総合したことで、加山さんの身体能力が私たちの想定を大きく超えていることも明らかになりました」
麻衣はしばらく画面を見つめていたが、やがて総理へ視線を戻す。
「……そこまで、分かっていたんですね」
総理は頷いた。
「はい。一つの証拠だけでは、ここまでの結論には至りませんでした。ですが、複数の観測結果を照合したことで、私たちは確信に至ったのです」
麻衣は総理を見つめたまま、しばらく何も言わなかった。
自分の正体だけでなく、どの程度の力を持っているのかまで解析しようとしている。
そこまで分かっているのなら、確認しなければならないことがあった。
「……一つ、お聞きしてもいいですか」
「もちろんです」
その一言を境に、麻衣の表情から笑みが消えた。
「政府は、私をどうするつもりでしょうか」
総理は、その問いにすぐ答えることができなかった。
拘束されるのか。
力を利用されるのか。
あるいは、研究対象として扱われるのか。
拘束や利用という最悪の可能性が脳裏をよぎった瞬間、麻衣自身も気づかないまま、押し殺していた殺気がわずかに漏れた。
その瞬間、会議室の空気が変わった。
目にも見えず、音さえしない何かが部屋を覆い、その場にいた全員が本能的に危険を感じ取る。
麻衣から漏れ出した殺気が圧倒的な重圧となり、室内にいる者たちへ降り掛かっていた。
総理の額に汗が浮かぶ。
楓も息を止めたまま、麻衣から目を離せない。
入口付近に立っていたSPの一人が胸を押さえ、片膝を床へついた。
「ぐっ……!」
もう一人のSPも顔色を失い、倒れないよう壁へ手をつく。
「こ……これは……」
美咲だけが影響を受けた様子もなく、不思議そうに周囲を見回していた。
「え? どうしたんですか? みんな顔色が……」
麻衣は一瞬だけ美咲へ視線を向ける。
(……違う。美咲だけ、無意識に外してる?)
総理は乱れた呼吸を整えながら、それでも麻衣から目を逸らさなかった。
言葉を詰まらせながらも大きく息を吸い込み、震える声で答える。
「な……何も、何もしません。拘束もしません。利用もしません。研究対象にもいたしません。それだけは、お約束します」
会議室は静まり返ったまま、総理の声だけが響く。
その言葉を聞いた麻衣は、ようやく自分から殺気が漏れていることに気づいた。
すぐに意識を切り替え、無意識に放っていた殺気を収める。
部屋を覆っていた重圧が消え、張り詰めていた空気が一気にほどけた。
片膝をついていたSPは大きく息を吸い、その場で何度も肩を上下させる。
「はぁっ……!」
壁へ手をついていたSPも乱れた呼吸を整えながら、ゆっくりと姿勢を戻した。
楓も張り詰めていた表情を緩め、深く息を吐く。
麻衣は総理へ向き直ると、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すみません。脅すつもりはなかったんです。少し、警戒し過ぎたみたいで……」
総理は額の汗を拭い、苦笑を浮かべながら頷いた。
「構いません。加山さんの立場を考えれば、警戒するのも無理はありません」
一呼吸置き、総理は楓へ視線を向ける。
「楓さん。例の資料を」
「はい」
楓は気持ちを切り替えるように頷き、リモコンを操作した。
画面が切り替わり、大型モニターへ大きな文字が映し出される。
《対加山麻衣シミュレーション》
麻衣はその文字を見つめ、わずかに目を細めた。
「シミュレーション……」
楓は手元の資料へ視線を落とし、説明を始める。
「政府として、加山麻衣さんと敵対した場合を想定し、防衛省、自衛隊および複数の研究機関が共同で解析を行いました」
画面には、解析に使用された条件が表示される。
事件発生直前までの監視カメラ映像。
軍事用三次元ライダーの点群データ。
儀礼剣の解析結果。
戦闘行動解析。
各種物理シミュレーション。
楓は表示された項目を確認し、一度頷く。
「ただし、事件発生から時間が限られているため、現時点では取得できた観測結果に基づく暫定評価となります」
次の画面へ切り替わる。
想定目標――対象の無力化および拘束。
投入戦力――東京近郊に展開可能な自衛隊戦力。
作戦成功確率――二〇%未満。
作戦失敗確率――八〇%以上。
美咲は表示された数字を見つめたまま、息を呑む。
「そんな……」
画面が切り替わると東京都の地図が映し出され、想定被害を示す赤い範囲が急速に広がっていく。
「作戦に失敗し、戦闘が首都圏まで拡大した場合の被害想定です。首都機能は壊滅し、政府中枢の維持も困難となります。人的および物的被害は、国家存続に関わる規模へ達する可能性があると推定されました」
麻衣は何も言わず、画面を見つめ続けた。
楓はその様子を確認し、さらに資料を切り替える。
新たな項目が表示された。
未確認能力評価。
未知の攻撃魔法。
未知の防御魔法。
未知の支援魔法。
その他の未確認能力。
美咲は画面と楓を見比べ、驚いたように口を開く。
「まだ使ってない力まで計算してるんですか?」
楓は落ち着いた表落ち着いた表情のまま頷いた。
「正確には、未確認能力そのものを数値化しているわけではありません。経験豊富な戦闘者が、初戦ですべての能力を明かすとは考えにくいため、解析結果には一定の不確定要素が存在すると評価しています」
総理がその言葉を引き継ぐ。
「確認できた能力だけを基準とした場合でも、こちらの作戦成功確率は二〇%未満でした。加山さんが未知の能力を保有している場合、この数値はさらに低下すると見込まれています」
会議室は再び静まり返る。
麻衣は画面へ目を向けたまま、わずかに苦笑した。
「……たった一日で、暫定とはいえ、そこまで解析したんですね」
一度言葉を区切り、麻衣は小さく首を横へ振る。
「いや。そこまで解析できる、じゃないですね。そこまでする、の方が正しいのかな」
総理は麻衣を見つめ、静かに頷いた。
「国として、最悪の事態を想定する。それが、私たちの責務です」
その言葉を聞いた麻衣は視線を落とし、しばらく何も言わなかった。
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