第85話 人ならざる兵士
「では、気を取り直して」
楓が何事もなかったかのように告げた。
「…………」
「…………」
大翔とはるなは黙ったまま楓を見る。
首都圏の自衛隊戦力を総動員しても勝率は二十パーセント程度で、本気を出した麻衣が相手なら、それすら一桁まで低下する可能性が高い。
さらに自分たちを加えた三人が敵対すれば、日本国に勝ち目はないという話まで聞かされた直後である。
(気を取り直すのは、こっちなんだけど……)
大翔とはるなの胸中に、ほとんど同じ突っ込みが浮かんでいた。
「それでは、始めます」
楓は二人の心中など知る由もなく、淡々と話を進める。
手元の端末を操作すると、会議室の正面に設置された大型モニターへ映像が映し出された。
画面に現れたのは、上空から撮影されたと思われる映像だった。
荒れ果てた建物と道路が広がり、ところどころから黒煙が立ち上っている。
映像そのものも鮮明とは言い難く、細かなノイズが混じっていた。
「これはU国北部にある、チェルノ原子力発電所周辺で記録された映像です」
楓の説明に、大翔とはるなの表情から先ほどまでの困惑が消えていく。
二人は大型モニターへ視線を向けた。
映像が拡大される。
崩れかけた建物や放置された車両を遮蔽物にしながら、複数の兵士たちが激しく銃撃を交わしていた。
「映像と装備、位置情報などから、こちらがU国軍。そして、反対側がR国軍の兵士であると推定されています」
銃声が断続的に響き、弾丸が壁や地面を削っていく。
U国兵が遮蔽物から身を乗り出して発砲すると、R国兵もすぐさま応射し、周囲へ土煙が舞い上がった。
大翔とはるなは黙ったまま映像を見つめている。
やがて画面の端から、一台の小型車両が現れた。
「こちらは、U国軍が運用している無人地上戦闘車両です」
低い車体の上部に武装を備えた無人車両が、瓦礫を乗り越えながら戦場を進んでいく。
車体上部の銃座が動き、遮蔽物の向こうにいるR国兵へ向けて短い射撃を繰り返していた。
その間にも無人車両は前進を続け、徐々にR国兵との距離を詰めていく。
やがてR国兵の一人が遮蔽物から飛び出した。
無人車両のすぐ前方へ姿を現した兵士に対し、車両は進路を変えないまま突進していく。
「……え?」
はるなが思わず声を漏らす。
無人車両は速度を落とさず、接近に気付いたR国兵もそちらへ顔を向けたが、避けようとする様子はなかった。
「危な――」
はるなが言い終えるより先に無人車両がR国兵へ真正面から激突し、激しい衝撃音とともに、その車体が砕け散った。
「……え?」
はるなの声が再び漏れ、大翔も思わず身を乗り出した。
吹き飛んだのは兵士ではなく、真正面から激突したはずの無人車両の方だった。
車体は大きくひしゃげ、装甲や部品を周囲へ撒き散らしながら、まるで巨大な壁へ正面衝突したかのように原形を失っていた。
「…………」
だが、その中心にいたR国兵は倒れておらず、わずかに身体を揺らしただけで、その場に立ったままだった。
「……嘘でしょう?」
はるなが呆然と呟く。
R国兵は自分の身体へ視線を落とすことすらせず、何事もなかったかのように再び銃を構えると、遮蔽物へ身体を寄せてU国兵への射撃を再開した。
「…………」
「…………」
大翔とはるなが言葉を失ったところで、映像が停止した。
大型モニターには、破壊された無人車両の残骸のすぐ近くで銃を構えているR国兵の姿が映し出されている。
「……今の、何ですか?」
はるながモニターから目を離さないまま呟いた。
大翔も画面を凝視しながら、無人車両が兵士へ激突した瞬間を頭の中でもう一度思い返していた。
普通の人間ではあり得ないが、何が起きたのかまでは分からない。
やがて大翔はモニターから視線を外すと、麻衣へ顔を向けた。
「麻衣さん」
「ん?」
「これが見せたかったもの?」
麻衣はすぐに首を横へ振った。
「いいえ」
「……違うのか?」
「うん」
麻衣は停止した映像へ視線を戻す。
「このあとよ」
「…………」
「…………」
大翔とはるなは再び大型モニターへ顔を向けた。
無人地上戦闘車両の突進を真正面から受け、それでも無傷で立っていた兵士。
それだけでも十分すぎるほど異常だったが、麻衣が本当に見せたいものは、まだこの先にあるらしい。
「では、続けます」
楓がそう告げて手元の端末を操作すると、停止していた映像が再び動き始めた。
破壊された無人地上戦闘車両の残骸を背に、R国兵は何事もなかったかのように銃撃を続けている。
「…………」
「…………」
大翔とはるなは、先ほどまで以上に真剣な表情で大型モニターを見つめていた。
やがて映像の奥でU国兵の一人が何かを担ぎ上げ、細長い発射筒をR国兵へ向ける。
「携行式対戦車ミサイルです」
楓が淡々と説明する。
U国兵が照準を合わせると、その直後、発射筒からミサイルが撃ち出された。
白煙を引きながら飛翔したミサイルが、R国兵へ一直線に迫っていく。
「……!」
はるなが息を呑んだ次の瞬間、ミサイルがR国兵へ直撃した。
激しい爆発とともに炎と土煙が広がり、爆風によって周囲の瓦礫が吹き飛ばされる。
「…………」
大翔がわずかに目を細める。
やがて土煙が薄れていくと、その向こうから人影が姿を現した。
「……え?」
はるなが小さく声を漏らした。
立っていたのは、先ほどのR国兵だった。
右肩から胸部にかけてが大きく失われ、右腕も消えているにもかかわらず、その身体は倒れることなく立ったままだった。
「…………」
はるなが目を見開き、欠損した部分を見つめたまま小さく呟く。
「……血が……」
傷口から血液が流れ出す様子はなく、周囲の地面にも血痕らしきものは見当たらない。
「…………」
大翔の表情が変わった。
大型モニターに映るR国兵を鋭く見つめていると、その欠損した部分から黒い靄のようなものが立ち上り始める。
「……!」
大翔の目がわずかに見開かれた。
黒い靄は徐々に全身へ広がり、それに伴ってR国兵の輪郭そのものが揺らぎ始める。
やがて残された肉体そのものが黒い霧へと変わり、その身体は空気へ溶けるように崩れていった。
「…………」
大翔は大型モニターから目を離さない。
(……魔族)
隣では、はるなが口元を手で覆ったまま、大きく目を見開いている。
(……まさか、魔族……?)
やがてR国兵の肉体は完全に黒い霞となり、その場から消失した。
身体を覆っていた軍服や装備品だけが支えを失い、ばらばらと地面へ崩れ落ちていく。
上着やズボン、ブーツ、弾倉などが散らばり、つい先ほどまで一人の兵士が立っていた場所には、中身だけを抜き取られたような軍服と装備だけが残された。
「…………」
「…………」
大翔とはるなは何も言わず、大型モニターを見つめ続けていた。
そんな二人の反応を、麻衣は何も言わず静かに見ていた。
しばらくして、麻衣が口を開く。
「二人とも。この兵士、何だと思う?」
あまりにもストレートな質問だった。
「…………」
大翔はすぐには答えず、隣に座るはるなへ視線を向けた。
はるなも大翔を見返すと、わずかな迷いも見せずに小さく頷く。
「…………」
それを確認した大翔は、もう一度大型モニターへ視線を戻した。
画面には、中身だけが消えたように地面へ散らばる軍服と装備品が映っている。
「……こいつ、どう見ても魔族だよな?」
大翔が代表して答える。
「…………」
麻衣は何も言わなかった。
そのまま椅子の背もたれへ身体を預けると、ゆっくりと天井を見上げる。
「……やっぱりか……」
小さく漏れた声には、納得よりも僅かな重さが滲んでいた。
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