第80話 お迎え
修学旅行から数週間が過ぎた。
慌ただしかった期末テストも無事に終わり、今日は一学期最後の終業式。
そして、それが終われば、いよいよ明日から夏休みが始まる。
昨日、麻衣、大翔、はるなの三人のグループチャットに、麻衣から連絡が届いていた。
『明日、会おうよ。終業式が終わる頃に二人の学校まで知り合いの佐々木さんが迎えに行くから、その人と一緒に来てね』
詳しいことは会ってから話すらしく、それ以上の説明はなかった。
二人も特に深く考えることなく了承し、今日を迎えていた。
そして終業式を終えた放課後。
大翔とはるなは他の生徒たちと共に校舎を出ると、並んで校門へ向かって歩いていた。
「そういえば、麻衣さんの知り合いって、どんな人なんでしょうね?」
「さあな。佐々木さんって名前しか聞いてないからな」
大翔は肩をすくめた。
「迎えに来てくれるくらいですから、麻衣さんとはかなり親しい方なんでしょうか?」
「そのあたりも何も聞いてないな。まあ、校門まで行けば分かるだろ」
二人がそんな話をしながら校門へ近づいていく。
終業式を終えたばかりということもあり、周囲には夏休みを目前にして浮き足立った生徒たちの声が飛び交っていた。
その中で、大翔がふと前方へ視線を向ける。
「……ん?」
校門のすぐ近くに、二台の黒塗りの高級車が停車していた。
磨き上げられた車体は嫌でも目を引き、校門を出ていく生徒たちも何事かと何度もそちらへ視線を向けている。
はるなもすぐに気付き、わずかに目を丸くした。
「……すごい車ですね」
「ああ」
二人は少しだけ歩調を緩めた。
麻衣からは、知り合いの佐々木という人物が迎えに来ると聞いている。
その言葉が、ほとんど同時に二人の頭をよぎった。
「……まさか」
「……あれですかね?」
大翔とはるなが顔を見合わせる。
「いや、さすがに違うだろ」
「ですよね……」
そう言いながらも、二人の視線は黒塗りの車から離れない。
単に誰かを迎えに来ただけなのかもしれないが、それにしては妙に物々しい。
そのまま二人が校門までやって来た時だった。
一台の車の後部座席のドアが静かに開いた。
「……え?」
はるなが足を止める。
車内から降りてきたのは、仕立ての良い黒いスーツに身を包んだ女性だった。
さらに、もう一台の車からも同じく黒いスーツ姿の男性二人が降りてくる。
男性たちは周囲を一度だけ見回すと、女性から少し距離を空けた場所で足を止めた。
「…………」
「…………」
大翔とはるなが揃って黙る。
どう見ても、普通の迎えという雰囲気ではない。
「……やっぱり違いますよね?」
「だから俺に聞くなって……」
大翔も先ほどより自信がなくなっていた。
そんな二人の視線の先で、女性がこちらへ顔を向ける。
大翔とはるなの姿を確認すると、柔らかな笑みを浮かべ、そのまま二人へ向かって歩いてきた。
「……こっちに来ますよ?」
「……みたいだな」
女性は二人の前まで来ると、静かに足を止めた。
間近で見ても隙のない佇まいに、大翔とはるなは自然と姿勢を正す。
女性は二人を確認するように一度だけ視線を向けると、穏やかな口調で尋ねた。
「久我大翔さんと、結城はるなさんですね?」
「……はい」
「そうですけど……」
突然名前を呼ばれ、二人は少し戸惑いながら答えた。
女性はその返事を聞くと、改めて柔らかな笑みを浮かべる。
「初めまして。麻衣さんから聞いているかと思いますが、佐々木楓と申します」
「……佐々木さん?」
はるなが目を瞬かせる。
その名前と、目の前の女性、そして後方に停まっている二台の黒塗りの高級車を順番に見比べたあと、ようやく状況を理解したように目を見開いた。
「麻衣さんが言ってた佐々木さん……?」
「はい」
楓が笑顔で頷いた。
「本日は、麻衣さんたちのところまでご案内するため、お二人をお迎えに参りました」
「…………」
「…………」
大翔とはるなの視線が、ゆっくりと楓の後方へ向かう。
そこには二台の黒塗りの高級車が停まり、少し離れた場所には周囲へ注意を向けている二人のスーツ姿の男性が立っている。
もう一度、二人の視線が楓へ戻った。
「……これで行くんですか?」
「はい」
大翔の問いに、楓は何でもないことのように答えた。
はるなが困惑したように車と楓を見比べる。
「麻衣さんからは、佐々木さんが迎えに来るとしか聞いてなかったんですけど……」
「私も、そのようにお伝えすると伺っております」
楓は少しだけ苦笑した。
大翔は額へ手を当て、小さく息を吐く。
「……麻衣さん」
「大事なところを何も言ってませんでしたね……」
二人は揃って同じような表情を浮かべた。
そんな二人を見て、楓はどこか楽しそうに微笑む。
「それでは、参りましょうか」
楓が二台の車へ視線を向ける。
大翔とはるなはもう一度だけ顔を見合わせると、何とも言えない表情のまま、楓のあとへ続いて歩き始めた。
車が静かに走り出してから、しばらくの間、誰も口を開かなかった。
車内にはエンジン音だけが小さく響き、窓の外には夏の日差しに照らされた街並みがゆっくりと流れていく。
後部座席はリムジンを思わせる対面式になっており、大翔とはるなが並んで腰を下ろし、その向かいには楓が座っていた。
向かいの席まで十分な距離があり、膝が触れる気配すらないほど広々としているが、その空間とは対照的に、三人とも口を開けないまま時間だけが流れていった。
大翔は無言のまま車窓へ視線を向け、はるなは膝の上で両手を重ねたまま、どこか落ち着かない様子で座っていた。
初めて乗る高級車に興味はあるものの、それ以上に、これほど物々しい迎えで自分たちがどこへ連れていかれるのかが気になって仕方がない。
大翔も平静を装ってはいたが、時折、車内へ視線を巡らせていた。
異世界では王として豪奢な馬車に乗ることもあったが、現代日本でこれほど物々しい迎えを受けるとは思っていなかった。
楓はそんな二人の表情を見比べながら、小さく息を吐いた。
何度か話しかけようと口を開きかけるものの、この空気で世間話を始めるのも違う気がして、そのたびに言葉を飲み込んでしまう。
ふと視線を落とした先に、足元へ備え付けられた車載冷蔵庫が目に入った。
楓は小さく頷くと冷蔵庫を開け、中からペットボトルや缶飲料をいくつか取り出す。
「どうぞ。よろしければ、お飲みください」
差し出された飲み物を見て、はるなは少し迷ったあと、遠慮がちにオレンジジュースを受け取った。
「ありがとうございます」
大翔も楓に礼を言い、冷たいお茶を受け取る。
はるながオレンジジュースの蓋を開け、一口飲んだ。
「……おいしい」
思わず漏れた声に、大翔が隣へ視線を向ける。
「そんなにか?」
「はい。すごくおいしいですよ」
先ほどまでの緊張を忘れたように、はるながもう一口飲む。
その様子を見た楓の表情にも、わずかに笑みが浮かんだ。
張り詰めていた車内の空気が、ようやく少しだけ柔らいでいく。
大翔も受け取ったお茶へ口をつけると、改めて向かいに座る楓へ視線を向けた。
「……佐々木さん。一つ聞いてもいいですか?」
「はい。何でしょうか?」
楓が穏やかに応じる。
大翔は一度だけ車内を見回してから、率直に尋ねた。
「この車はどこに向かっているのでしょうか?」
はるなもオレンジジュースを持ったまま、楓へ視線を向けた。
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