第71話 継承世界の真実
白銀の翼を広げたまま、麻衣は大翔へ視線を向ける。
その蒼銀の瞳には感情の揺らぎはなく、記録された事実を読み上げるような声が谷へ響いた。
「これが、先ほどの答えになります」
一拍置き、麻衣は続ける。
「私は、第十六代勇者セリア・グラハートの前世にあたる存在、人工生命体セリューナ。それが私の本来の名称です」
蒼銀の瞳が大翔を捉える。
「そして、マーキュリー――いえ、分体が『グランドマスター』と呼んでいた存在です」
大翔は息をのんだ。
「え……」
目の前に立つその存在は、もはや自分の知る加山麻衣とはあまりにも違っていた。
その口調も、佇まいも、背中に広がる二対の白銀の翼も、人という枠から大きく外れている。
それでも、その存在の奥には確かに麻衣がいた。
「え……? 麻衣さんが……女神様?」
麻衣は首を横へ振る。
「いいえ。私は女神ではありません」
「では……あなたは……」
震える声で問い掛ける大翔へ、麻衣は答えた。
「セリューナ。それが私です」
短い返答だった。
大翔は何かを言おうとして口を開く。
しかし、声は出なかった。
人工生命体。
セリューナ。
グランドマスター。
一つ一つの言葉は理解できる。
それでも、それらを今まで知っていた麻衣と結びつけるには、あまりにも話が大きすぎた。
「私は、人工生命体セリューナとして、文明、人類、ならびに人の魂を継承・保管することを目的として創られました」
大翔は口を挟むこともできず、その言葉へ耳を傾ける。
「原初の世界で、私は一人の少女へ、その役目のすべてを継承しました」
一瞬だけ間を置く。
「そして、その少女の中から旅立った一つの魂を携え、私は一体を除くすべての分体のもとへ移動しました」
説明は途切れることなく続いていく。
「私は、すべての分体へ継承維持の停止を命じると同時に、自己消滅を指示しました」
大翔は息をのむ。
マーキュリーが口にしていた「継承」という言葉の意味が、少しずつ繋がり始めていた。
「一体を除き、すべての分体は命令に従い、自己消滅しました。しかし、一体のみ命令に従わず、独立動作を継続しました」
そこで麻衣は言葉を区切った。
「それが、この世界に存在していたセリューナ分体です」
大翔は何も言えなかった。
あまりにも壮大な話に、口を挟むことさえできない。
「ある時、私は時空転移に失敗しました」
一拍置く。
「時空の狭間へ取り残され、人工生命体セリューナとしての私は消滅しました。それが、人工生命体セリューナとしての最後です」
大翔は黙ったまま聞いていた。
「その後、私は復活し、その際、一つの魂と融合しました。それにより、私はセリア・グラハートとして新たな生を受けました」
白銀の翼が淡い輝きを放ち続ける。
「セリアが生きた世界は、一つの分体によって管理される継承世界でした。その事実を認識したのは、百五十年前です」
大翔がわずかに息をのむ。
「あなたと出会い、私はあなたという存在を通して、分体が継承維持を継続していることを理解しました」
麻衣は一度だけ言葉を止める。
「あなたには、申し訳ないことをしたと思っています」
大翔は顔を上げた。
「分体とはいえ、あなたをこの世界の継承を維持するための舞台装置として組み込んだからです」
それだけを告げると、麻衣は口を閉ざした。
しばらくして、大翔がようやく声を絞り出す。
「……では、女神様――いや、分体が、俺を亜人の勇者から魔王へ変えることで、この世界の均衡を維持してきたのか?」
麻衣は首を横へ振った。
「肯定であり、否定でもあります」
大翔の眉が僅かに動く。
「分体は、あなた一人だけを利用していたわけではありません」
一拍置き、説明を続ける。
「人族側へ勇者を出現させ、魔族側へ魔王を出現させることで、両種族の均衡が維持されるよう誘導していました」
大翔は息をのむ。
「勇者と魔王の存在は偶然ではありません。分体によって継承世界が維持されるよう、因果そのものが構築されていました」
わずかに間を置く。
「これが、勇者魔王戦争――千年戦争の因果です」
大翔は目を伏せ、小さく息を吐いた。
「……だから、俺は不老不死だったんだ……」
麻衣は小さく頷く。
「はい」
大翔はゆっくりと顔を上げた。
「では、なぜ百五十年前、麻衣さんが……いや、セリアが俺を倒さなかった? それだけの実力があれば、俺を倒すことはできたはずだ」
「確かに、倒すことはできました」
麻衣は間を置かず続ける。
「しかし、当時のあなたは不老不死でした」
大翔が黙って続きを待つ。
「たとえ肉体を分子レベルまで完全に分解したとしても、時間は要しますが、あなたは復活します。それが継承維持です」
白銀の翼から零れる淡い光が、足元の岩肌を照らしていた。
「だから私は、あなたではなく、大元である分体を滅ぼすことを選択しました」
大翔は黙ったまま、その言葉を受け止める。
「しかし、一つだけ想定外がありました」
麻衣の蒼銀の瞳が大翔を映す。
「私――セリア・グラハートは、不死ではありません。ただの人でした」
大翔は息をのんだ。
「その結果、分体と相打ちになりました」
一拍置く。
「それが、セリア・グラハートとしての最期です」
大翔は腕を組み、考え込むように目を閉じた。
「……待ってくれ」
やがて、ゆっくりと顔を上げる。
「百五十年前に分体を消滅させたのなら、その時点で俺も消滅していたはずじゃないのか?」
麻衣は首を横へ振った。
「いいえ。分体が消滅したことで終了したのは、あなた自身ではなく、あなたへ作用していた継承維持です」
大翔は黙って耳を傾ける。
「その時点で、あなたへ与えられていた完全な不老不死は失われました。それまで停止していたあなた自身の時間も、再び流れ始めました」
「じゃあ……俺は、あの時から普通に年を取っていたのか?」
「正確には、通常の人族と同じではありません」
麻衣は大翔を見つめた。
「あなたはハイエルフ族との間に子をなし、その血統との強い結びつきを持っていました。継承維持の終了時、その影響があなた自身の身体情報にも残り、寿命と老化速度はハーフエルフに近いものへ移行しています」
大翔が目を瞬かせる。
「百五十年前と比べて、少し年を取ったという自覚はありませんか」
「……言われてみれば」
自分の手を見つめ、大翔は小さく苦笑した。
「十歳くらいは年を取った気がするな」
麻衣は小さく頷く。
「計算上も、おおむねその認識で間違いありません」
大翔は再び考え込む。
「では……ソフィアは? 勇者として誕生したのは、どういう理由なんだ?」
麻衣は答えた。
「あなた方がこの世界へ召喚された際、国王はこう話していました」
一拍置く。
「『その戦いを最後に、人族から勇者は一人も生まれなくなった。我らは長く待った。次なる勇者の誕生を。だが、勇者が現れることはなかった』と」
大翔はゆっくりと頷く。
「ああ……」
あの謁見の間で聞いた言葉だった。
「勇者が現れなくなったことで、人族は勇者の誕生を待つことを諦めました」
麻衣はそのまま続ける。
「その代わり、勇者適性を持つ者を選び、勇者として育成する道を選択しました」
そこで一度言葉を区切る。
「それが、ソフィアです」
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