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第69話 戦いの終焉とそれぞれの答え

――少し時間は戻る。


 白銀の翼を持つ少女が姿を現した、その瞬間だった。


「……あれは」


 大翔が息を呑む。

 蒼銀の瞳と、白銀の翼。

 その姿を見た瞬間、脳裏へ焼き付いていた記憶が鮮明によみがえった。


「あれは……女神。俺を、この世界へ呼び出した存在……」


 複雑な表情のまま、大翔は白銀の少女を見つめ続ける。


 その呟きを耳にしたライザが、驚いたように振り返った。

 視線は少女へ向けられる。


 白銀の翼。

 神々しい光。

 伝承として語り継がれてきた、その姿。


「まさか……時の女神様……?」


 ライザの声は震えていた。


「え……?」

「女神様……?」


 周囲の魔族たちも動揺を隠せない。

 戦場はざわめきに包まれ、誰もが目の前の光景を理解できず、ただ白銀の少女を見つめていた。


 先ほどまで死闘を繰り広げていたマーキュリーは自壊し、その肉体は黒紫色の光となって消え去った。

 そして、その残滓から現れたのが、この白銀の少女だった。

 その光景だけを見れば、辿り着く結論は一つだった。


「マーキュリーが……女神様だったのか……」


 誰かが震える声で呟く。

 その言葉は瞬く間に周囲へ広がっていった。


 誰もが白銀の少女を見つめたまま動けない。

 その場で真実を知る者は、ただ一人、麻衣だけだった。

 麻衣は何も言わず、その存在を見つめ続けていた。


 ――そして、時間は元へ戻る。


 分体は、麻衣の問い掛けに一切の間を置かず答えた。


『私は、人工生命体セリューナより分離した個体です。本個体の役割は、この世界の継承を維持する管理者代行です』


 戦場は静まり返っていた。

 誰もその言葉の意味を理解できず、ただ二人のやり取りを見守っている。


 分体はそのまま言葉を続けた。


『私は、グランドマスターより独立を許可された、新たなセリューナです』


 その瞬間、麻衣の瞳がわずかに見開かれた。


「……だから、か」


 小さく漏れた一言には、驚愕と納得が入り混じっていた。


 百五十年前。

 前世の自分は確かにこの分体を滅した。

 それでもなお存在している理由と、活動停止命令に従わなかった理由。

 そして、自らの意思で再び姿を現し、こうして会話を交わしている理由。


 すべてが一本の線となって繋がった。


 その時だった。


 分体を包む白銀の光が揺らぎ始める。

 肩先から白銀の粒子が零れ落ち、その輪郭は少しずつ薄れていった。


『……構成体の維持限界を確認。これ以上の形状維持は不可能です』


 二対の翼が光へと溶け始める。

 両腕、そして身体が少しずつ粒子へと還り、その存在は刻一刻と失われていく。

 それでも分体の蒼銀の瞳だけは、最後まで麻衣へ向けられていた。


『解析結果を更新します。現在のあなたは、グランドマスターではありません。本個体は独立した人工生命体として活動可能です』


 麻衣は何も答えない。

 蒼銀の瞳で分体を見つめ返していた。


 分体の輪郭はさらに薄れていく。


『本個体の最優先命令は、この世界の継承維持です』


 最後に残った顔さえも、白銀の粒子へ変わり始める。


『理解しました。私自身がグランドマスターとなれば、本問題は解決します』


 その言葉を最後に、分体の姿は無数の白銀の粒子となって崩れ、大気へ溶けるように消えていった。


 戦場には再び静寂だけが残る。

 誰も、その最後の言葉の意味を理解できなかった。

 麻衣だけが、消えゆく白銀の粒子を見つめ続けていた。


 戦場を包んでいた白銀の光も、ゆっくりと薄れていく。


 次の瞬間だった。


 マーキュリーに従っていた魔族たちの身体が、一人、また一人と白銀の粒子へ変わり始める。


「なっ……!」

「身体が……!」


 驚きの声を上げる間もなく、その姿は崩れ、粒子となって次々と消えていった。

 抵抗する間もなく、逃げることさえできず、その存在だけが戦場から失われていく。


 誰もが呆然と、その光景を見つめることしかできなかった。


 やがて、最後の一人が消えた時、大翔が小さく息を吐く。


「……勝ったのか」


 一度だけ言葉を切り、消えた魔族たちがいた場所へ視線を向けた。


「それとも……見逃してもらったのか」


 その声に答えられる者はいなかった。


 しばらく沈黙が続いたあと、大翔は隣に立つ麻衣へ視線を向ける。


「麻衣さん。消えた魔族たちは、どうなった?」


 麻衣も戦場を見渡した。

 魔族たちが立っていた場所には、すでに何も残されていない。


「……分からないわ」


 一度だけ目を伏せ、小さく首を横へ振る。


「マーキュリー……いえ、セリューナと共に消滅したのか」


 麻衣はゆっくりと視線を上げた。


「それとも、第七異界へ戻ったのか……」


 小さく息を吐く。


「現時点では、どちらとも断定できないわ」


 大翔は小さく頷いた。

 その答えで十分だった。


 そこで麻衣は、ふと思い出したように左肩へ視線を落とした。

 完全魔神化したマーキュリーの一撃で折れた鎖骨には、まだ鈍い痛みが残っている。


「……あ、治してなかった」


 右手を左肩へ添える。


「《ヒール》」


 淡い光が左肩を包み込んだ。

 折れていた鎖骨が元の位置へ戻り、傷付いた周囲の組織とともに修復されていく。


 光が消えると、麻衣は左腕を上げ、肩を軽く回した。


「……よし」


 痛みが消えたことを確認すると、何事もなかったように戦場へ視線を戻した。


 マーキュリーに従っていた魔族兵が一斉に消えたことで、魔国軍の前線戦力は大きく削がれていた。

 それでも残存兵力はなお王都防衛軍を大きく上回っており、本気で攻勢を続ければ勝機が消えたわけではない。


 ライザは目を閉じる。

 やがて目を開けると、父である大翔を一瞥し、その意思を確かめるように小さく頷いた。


 そして、魔国軍へ撤退命令を下そうとしたライザを、麻衣が呼び止める。


「陛下。一つだけ、お願いがあります」


 ライザは麻衣へ視線を向けた。


「何でしょうか」


 麻衣は戦場へ散らばる無数の武器や鎧へ視線を移した。


「消失した魔族たちの武装は、このまま手を付けずに残していただけませんか」


 ライザは小さく首を傾げる。


「……なぜですか」


 麻衣は穏やかに微笑んだ。


「この方が、王国にも魔国にも都合がいいからです」


 一度だけ戦場を見渡し、続ける。


「戦場には、私が戦った痕跡が残っています。そして、消えた魔族たちの武装も、そのまま残っています」


 麻衣はライザを真っ直ぐ見つめた。


「この二つがあれば、王国側には『私と久我くんが四大将軍率いる魔族精鋭軍を撃退し、その結果、魔国軍は一時停戦を条件に第一防衛線まで撤退した』と説明できます」


 一拍置き、穏やかな口調のまま続ける。


「魔国側も、四大将軍を失い前線戦力が大きく崩れたため、第一防衛線まで後退したという説明で矛盾はありません」


 ライザは戦場を見渡した。


 散乱する武装。

 大地へ刻まれた無数の亀裂。

 砕けた岩肌と、戦闘によって荒れ果てた地面。


 その光景だけでも、一つの激戦の結末として十分な説得力があった。


「……なるほど」


 ライザは小さく頷く。


「双方にとって、最も混乱の少ない形ですね」

「はい」


 麻衣も頷いた。


「真実を知る必要がある人は、ごく限られています」


 ライザはもう一度だけ大翔へ視線を向ける。

 大翔は何も言わず、小さく頷き返した。


 ライザは麻衣へ向き直る。


「分かりました。では、魔国軍は第一防衛線まで後退し、王国軍との戦闘を一時停止します」

「お願いします」


 麻衣が小さく頭を下げた。


 その意思を固めたライザは、凛とした声で全軍へ命じる。


「消失した魔族の武装には一切手を触れないでください。全軍、第一防衛線まで撤退します!」

「「「はっ!」」」


 その命令とともに、魔国軍は秩序を保ったまま戦場を後にし始めた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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