第63話 異変の正体
ライザの説明を聞き終えた大翔は、しばらく黙ったまま腕を組んでいた。
やがて静かに顔を上げる。
「ライザ。一つ、質問していいか」
ライザは素直に頷いた。
「はい、お父様」
「人族へ宣戦布告した大義は理解した」
一度言葉を区切る。
「だが、その宣戦布告を考えたのは、お前ではないな」
ライザは一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷いた。
「……はい。四大将軍の一人からの進言です」
大翔は続ける。
「確か、内乱が終結したのは五年前だったな」
「はい」
「そして、人族へ宣戦布告したのは二年前」
「……はい」
大翔は静かに腕を組み直した。
「十五年以上続いた内乱が終わって、まだ三年だ。国が完全に立ち直っていたとは思えない」
一度言葉を切り、真っ直ぐライザを見る。
「何より、お前なら民の生活を立て直すことを先に考えるはずだ」
ライザは小さく目を伏せた。
「……お父様のおっしゃる通りです。最初の私は、復興を最優先に考えておりました」
静かに息を吸う。
「ですが、各地では人族による侵攻が続き、亜人種の虐殺や弾圧も絶えませんでした」
そこでライザは顔を上げる。
「その時、四大将軍の一人、マーキュリーが申したのです」
一度だけ視線を落とす。
「『今ここで立たねば、救える命まで失われます。まずは領土を取り戻し、亜人種を解放すべきです』と」
ライザはゆっくりと父を見つめた。
「私も、その言葉が正しいと思いました。だから、領土奪還と亜人種解放を目的として、人族へ宣戦布告したのです」
大翔は静かに頷いた。
「領土奪還まではいい」
その声色が僅かに鋭くなる。
「だが、今は違う。現在の戦況は、人族への逆侵攻だ。目的は、すでに変わっている」
ライザは小さく息を呑んだ。
「……確かに」
苦しそうに目を伏せる。
「私も、途中から違和感はございました。ですが、軍の運用や戦略については四大将軍へ委ねておりました」
一度言葉を区切る。
「彼らは内乱を終結へ導き、私を支え続けてくれた者たちです。私は、その判断を信じるべきだと思っていたのです」
大翔は最後の確認をするように問い掛けた。
「その後の方針も、マーキュリーの進言か」
ライザはゆっくりと頷いた。
「はい。マーキュリーは申しました。『今、人族の戦力を徹底的に削がなければ、いずれ再び侵攻されます。反攻する力すら残さぬほど打ち砕けば、亜人種への迫害も終わります』と」
ライザは静かに目を閉じた。
「……私は、その言葉を信じました。彼女の判断を疑うことはありませんでした」
天幕の中へ沈黙が落ちる。
大翔は静かにライザを見つめていた。
やがて、もう一度口を開く。
「最後に、もう一つだけ聞く」
ライザは顔を上げた。
「はい」
「占領した人族の町や村で行われていることは、把握しているか」
ライザは不思議そうに首を傾げた。
「行われていること……ですか?」
大翔は真っ直ぐ娘を見つめた。
「恐らく、奴隷化や虐待が行われている」
その一言に、ライザの表情が凍り付いた。
紅い瞳が大きく揺れ、僅かに身を強張らせる。
「……え? そ、そのような命令は、一度も出しておりません……」
かすれた声が天幕へ響いた。
ライザは信じられないというように小さく首を振る。
「そんな……まさか……」
何かを思い返すように視線を落とし、唇を僅かに噛む。
そのまましばらく、何も言葉を発することができなかった。
大翔はそんなライザをしばらく見つめていた。
やがて静かに口を開く。
「混乱しているところですまないが、一つ考えてほしいことがある」
その視線はライザだけでなく、シュナイダーにも向けられた。
「これは、お前もだ」
突然話を振られたシュナイダーは背筋を伸ばした。
「はっ」
大翔はゆっくりと言葉を続ける。
「俺の治世では、定期的に国勢調査を行っていたことは覚えているか」
シュナイダーは少し考え込み、頷いた。
「もちろんでございます。確か、誰がどこへ住み、どの種族が何人いるのか、家族構成や財産まで調べる大規模な調査でしたな」
大翔は静かに頷く。
「そうだ。お前は軍人だったから、そこまで気にしていなかっただろう。だが、あの調査で各種族の人口や分布は正確に把握していた」
一度言葉を区切る。
「そこで聞く。魔族は、どれくらいいたか覚えているか」
シュナイダーは眉を寄せた。
「申し訳ございません。ご指摘の通り、私は軍人でしたので、民草の数までは存じません」
少し考え込み、ゆっくりと答える。
「ですが……軍属の魔族であれば、五千人もいなかったかと」
そこでシュナイダーの言葉が止まった。
何かに気付いたように目を見開く。
「……そうか」
かすれた声が漏れる。
「魔族は、もともとそれほど大きな種族ではありませんでしたな……」
大翔は静かに頷いた。
「その通りだ。最後に国勢調査を行った時点で、魔族の総人口は一万人にも届いていなかった」
ライザが息を呑む。
「一万人……」
大翔は真っ直ぐライザを見据えた。
「ちなみに聞く。現在、魔国軍には何人の魔族兵がいる」
ライザは迷うことなく答えた。
「正規軍だけで、およそ六万人です」
天幕の中から、音が消えた。
誰も言葉を発しない。
ライザは父を見つめたまま瞬きを繰り返し、シュナイダーの表情からも次第に血の気が引いていく。
「……六万人?」
シュナイダーの震える声が漏れた。
ゆっくりと首を横へ振る。
「……あり得ない」
拳を強く握り締める。
「陛下のおっしゃる通りです。魔族は、それほどの人口を持つ種族ではなかったはずです」
大翔は静かに頷いた。
「そうだ。総人口が一万人にも届いていなかった種族が、今では軍人だけで六万人もいる。自然に増えたと考えるには、あまりにも不自然だ」
ライザの表情も次第に青ざめていく。
「そんな……。では、今の魔族たちは、一体……」
誰も答えられなかった。
重苦しい沈黙が天幕を包む。
その中でただ一人、麻衣だけが静かに目を伏せていた。
何かを考え込むように、小さく息をつく。
その様子を見た大翔は、小さく苦笑した。
「……麻衣さんは、もう気付いたんだろうな」
麻衣は静かに顔を上げる。
大翔はライザとシュナイダーを見渡し、ゆっくりと言葉を続けた。
「これは証拠がある話じゃない。俺の勘というか、そう考えないと説明がつかないだけだ」
一度だけ言葉を切る。
「そして、俺たちは現にこうしてこの世界へ来ている。だから――」
麻衣が静かにその先を引き継いだ。
「つまり久我くんは、魔族はこの世界とは別の世界から来た人類種なんじゃないかって言いたいのね」
大翔は麻衣を見つめ、小さく頷く。
「ああ。その通りだ」
穏やかな笑みを浮かべる。
「さすが麻衣さん」
ライザは呆然と目を見開いた。
「この世界とは……別の世界?」
シュナイダーも大翔と麻衣を交互に見つめる。
「い、異世界……ということですか?」
誰も答えなかった。
静まり返った天幕には、重苦しい沈黙だけが流れていた。
不意に麻衣が顔を上げる。
そして、ライザへ静かに視線を向け、小さく頭を下げた。
「一つ、よろしいでしょうか。陛下」
ライザも静かに頷いた。
「はい」
麻衣はゆっくりと言葉を選ぶ。
「そのマーキュリーを含めて、現在の四大将軍は全員魔族なんですよね?」
「ええ。現在の四大将軍は、全員が魔族です」
麻衣はさらに問い掛ける。
「マーキュリー以外の三人も、彼女の推薦だったんですよね?」
ライザは一瞬だけ考え込み、小さく頷いた。
「ええ。その通りです」
一度言葉を区切る。
「旧四大将軍のうち、シュナイダー将軍とガーランド将軍のお二人は四大将軍職を退かれ、もう一人は内乱の中で謀反を起こしました」
ライザは静かに目を伏せる。
「そして、残るアズベルト将軍は、内乱の最中に戦死されました」
小さく息をつく。
「その結果、四大将軍の四つの席がすべて空きました。まずマーキュリーを新たな四大将軍の一人へ任命し、残る三つの席には、彼女の推薦を受けた魔族の将たちを任命したのです」
天幕に再び静寂が訪れた。




