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第61話 忠誠の先に待つ者

 天幕の幕を静かに開いた。


 中へ入ると、机の上には周辺一帯の地図が広げられていた。

 麻衣はその地図へ視線を落とし、大翔は近くの椅子へ腰を下ろしていた。


 その姿を見たシュナイダーは苦笑を浮かべ、小さく一礼した。


「夜分にお越しとは珍しいですな、陛下」


 大翔は小さく笑う。


「すまんな。少し頼み事があって来た」


 シュナイダーは頷いた。


「承知いたしました。ですが、その前に、いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「構わない」


 シュナイダーは真っ直ぐに大翔を見つめる。


「陛下は、なぜ王国軍と行動を共にされていたのでしょうか」


 大翔は短く答えた。


「勇者召喚に巻き込まれて、この世界へ来た。そのまま王都で保護され、今回の出陣で第二防衛線へ来た」


 シュナイダーは驚いたように目を見開く。


「勇者召喚……」


 その視線が麻衣へ向けられた。


「では、あなたが勇者様でいらっしゃるのですか」


 麻衣は静かに首を横へ振った。


「違うわ。本来召喚されるはずだった人は、ここにはいないの。私たちは、その召喚に巻き込まれただけ」


 シュナイダーは目を見開いた。


「巻き込まれた……?」


 麻衣は静かに頷く。


「ええ。だから、私たちは本来、この世界へ来るはずじゃなかった」


 シュナイダーはゆっくりと息を吐いた。


「そういうことでしたか……。だから陛下は、王国側へおられたのですね」

「ああ。偶然そうなっただけだ」


 シュナイダーは頷いた。

 だが、その視線はなおも少年となった大翔から離れなかった。


「そして……もう一つだけ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「何だ」

「失礼ながら……陛下は、なぜそのお姿なのでしょうか」


 天幕の中が静まり返る。

 大翔は少しだけ視線を落とし、それから穏やかに口を開いた。


「一度死んで、人生をやり直した。それだけだ」


 それ以上、大翔は語らなかった。

 シュナイダーもまた、それ以上は尋ねなかった。


「……承知いたしました」


 静かに頭を下げる。


 麻衣は二人のやり取りを見届けると、その空気を切り替えるように口を開いた。


「じゃあ、本題ね」


 シュナイダーも表情を引き締める。


「現魔王がどこにいるか、教えてほしいの」


 その一言に、シュナイダーの表情がわずかに曇った。

 沈黙が落ちる。


 やがてシュナイダーはゆっくりと大翔へ視線を向けた。


「……陛下。会って、どうなさるおつもりですか」


 大翔は迷うことなく答えた。


「娘……いや、ライザと話をするつもりだ」


 その答えを聞いたシュナイダーは目を閉じ、小さく息を吐いた。

 しばらく思案したあと、再び口を開く。


「……では、お聞かせください。もし、ご息女が剣を抜かれたなら、陛下も剣を取られるおつもりですか」


 大翔は静かに頷く。


「ああ。だが、戦うことになったとしても、それは戦場で正面からだ。戦場以外で私から剣を抜くことはない」


 シュナイダーは静かに目を閉じた。

 握り締めた拳に力が入る。


 やがてゆっくりと息を吐き、再び目を開いた。


「……分かりました。陛下のお言葉を、信じます」


 そう告げると、机の上へ広げられた地図へ手を伸ばした。

 一本の指が、地図の一点で止まる。


「現魔王陛下は現在、この司令部天幕におられます。前線からは少し離れておりますが、本陣の最奥です。もっとも警備の厳しい場所でもあります。四大将軍との軍議を終えられたあとも、今夜はしばらくこちらへおられるはずです」


 説明を終えると、シュナイダーは静かに手を引いた。

 そして、大翔へ向き直る。


「……陛下」


 一度だけ深く頭を下げる。


「一つ、お許しいただきたいことがございます」


 大翔は頷いた。


「何だ」


 シュナイダーは顔を上げる。


「私も、ご同行させていただいてもよろしいでしょうか」


 天幕の中が静まり返る。

 麻衣は何も口を挟まなかった。

 これは大翔が答えを出すべき問いだと分かっていたからだった。


 シュナイダーは真っ直ぐに大翔を見つめたまま続けた。


「現魔王陛下にも、そして陛下にも、お仕えした者として……最後まで、この目で見届けとうございます」


 大翔はシュナイダーを静かに見つめた。


「……分かった。同行を許可する」


 シュナイダーは深く頭を下げる。

 だが、大翔は静かに続けた。


「ただし、一つだけ確認しておく」


 シュナイダーは顔を上げた。


「もし戦闘になれば、お前は魔国から見れば反逆者になるぞ。それは覚悟の上か」


 天幕の中が静まり返る。

 シュナイダーは少しだけ目を伏せ、小さく息をついた。


「反逆者……ですか」


 やがてゆっくりと顔を上げる。


「陛下がおられるというのに、私は誰に反逆しておりますか」


 大翔は何も言わず、シュナイダーを見つめる。

 シュナイダーは苦笑を浮かべた。


「現魔王陛下には申し訳ございません。ですが、私の忠誠はハルト陛下ただお一人に捧げております」


 一度言葉を区切り、真っ直ぐ大翔を見つめる。


「ですから、私の中では反逆とは、むしろ向こうでございます」


 大翔は小さく笑った。


「……お前らしいな」


 シュナイダーもまた、小さく笑みを浮かべた。


 麻衣は二人のやり取りを見届けると、空気を切り替えるように口を開いた。


「じゃあ、早速行きましょうか」


 シュナイダーは頷き、机の上へ広げられていた地図の一角を指し示す。


「ここまでは私がご案内できます。しかし、この先は現魔王陛下の本陣となりますので、警備も一段と厳しくなっております」


 大翔は示された位置を確認すると、短く答えた。


「十分だ」


 麻衣も地図を覗き込み、目的地までの距離を確かめる。


「転移で一気に行く?」


 シュナイダーが驚いたように麻衣へ顔を向ける。

 だが、大翔はすぐに首を横へ振った。


「いや、ここは歩いて行く。突然本陣へ転移すれば、敵襲と受け取られてもおかしくない。余計な騒ぎは起こしたくないからな」

「それもそうね」


 麻衣が納得したように頷くと、シュナイダーも安堵した様子で地図を畳んだ。


 三人は天幕を出ると、シュナイダーを先頭に魔国軍の本陣へ向かって歩き始めた。

 周囲には整然と天幕が並び、武器を携えた魔族兵たちがそれぞれの持ち場を行き交っている。


 シュナイダーの姿に気付いた兵士たちは次々と足を止め、姿勢を正して敬礼した。

 その隣を歩く麻衣と大翔へ視線を向ける者もいたが、将軍の同行者だと判断したのか、呼び止める者はいない。


 ただ一人、年嵩の魔族兵だけが大翔の横顔を見つめ、わずかに眉をひそめた。

 三人の姿が遠ざかっても、その兵士はしばらく背中を見送り、やがて小さく首を傾げると持ち場へ視線を戻した。


 やがて周囲の天幕が減り、重装備の兵士たちが警備する一角へ入る。

 その最奥には、他のものよりひと回り大きな天幕が設けられていた。


 入口の両脇には近衛兵が立ち、三人が近付くと同時に槍を交差させて行く手を阻む。


「シュナイダー将軍」


 一人の近衛兵が警戒を隠さず、麻衣と大翔へ視線を向けた。


「失礼ですが、そのお二人はどなたですか」

「私の客人だ」


 シュナイダーは足を止め、近衛兵を真っ直ぐに見つめる。

 一拍置き、穏やかだが有無を言わせぬ口調で続けた。


「陛下へお目通りを願いたい。取り次いでくれ」


 近衛兵は一瞬だけ表情を引き締めた。


「……承知いたしました。少々お待ちください」


 一礼すると、一人が天幕の中へ入っていく。

 その場には静かな緊張が流れた。


 近衛兵たちは槍を構えたまま三人を見据え、一歩たりとも持ち場を動かない。

 シュナイダーは慣れた様子で静かに待ち、大翔もまた何も言わず正面の天幕を見つめていた。


 麻衣も周囲を一度だけ見渡すと、そのまま静かに待つ。


 やがて、天幕の幕が再び開く。

 戻ってきた近衛兵は姿勢を正し、シュナイダーへ一礼した。


「陛下より、お通しせよとの仰せです」


 そう告げると、近衛兵たちは交差させていた槍を静かに下ろし、左右へ道を開ける。


 そして、天幕の入口が大きく開かれた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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