第60話 再会への決意
その夜。
第二防衛線へ張られた就寝用の天幕を出ると、大翔は静かに夜空を見上げた。
満天の星々が広がっている。
しかし、その表情は晴れず、しばらく夜空を見つめたまま小さく息を吐いた。
「……」
大翔は何も言わず、遠くへ視線を向ける。
やがてもう一度、深いため息を吐いた。
その時だった。
「やっぱり、ここにいた」
聞き慣れた声に、大翔が振り返る。
麻衣が静かに歩いてきて、その隣へ並んだ。
しばらく二人で夜空を見上げる。
やがて麻衣が小さく口を開いた。
「……ごめんね」
大翔が視線だけを向ける。
「本当は、今ここにいてほしいのは結城さんなんだろうけど」
少しだけ寂しそうに笑う。
「私で、ごめんね」
大翔は小さく息を吐いた。
「麻衣さんが謝ることじゃない」
それでも表情は晴れなかった。
麻衣はそんな大翔を横目で見て、小さく笑う。
「らしくないよ?」
大翔は苦笑した。
「そうかもな」
少しだけ間が流れる。
そして、不意に大翔が口を開いた。
「……麻衣さん」
「ん?」
「すまんが、俺とデートしてくれないか」
麻衣はきょとんとしたあと、あっさりと頷いた。
「いいよ」
あまりにも迷いのない返事だった。
今度は大翔が固まる。
「……え?」
麻衣は不思議そうに首を傾げた。
「何? デートのコースは、魔国軍の司令部天幕でしょ?」
いたずらっぽく笑う。
大翔は数秒黙ったまま麻衣を見つめた。
やがて苦笑しながら、小さく肩をすくめる。
「……意趣返しの意味がなくなったな」
「え?」
「いや、何でもない」
二人は再び夜空を見上げた。
しばらくして、麻衣は夜空を見上げたまま、小さく口を開く。
「……でも、いいの?」
大翔が静かに視線を向ける。
「会いに行けば、きっと責められるわよ」
しばらく沈黙が流れた。
大翔は苦笑し、小さく頷く。
「……確かにな」
一度だけ夜空を見上げる。
「でも、ここへ来られるなんて思ってもいなかった」
小さく首を横へ振った。
「……いや、違うな。ここへ来るという発想そのものが、俺にはなかった。だから、娘のことも、この世界のことも、頭の中にはなかった」
大翔は少しだけ寂しそうに笑う。
「そういう意味では、責められて当然だったと思うよ」
静かな声だった。
麻衣はそんな大翔を見つめ、小さく肩をすくめる。
「……まぁ、確かにね」
少しだけ間が流れる。
麻衣は改めて大翔へ視線を向けた。
「一応聞くけど、会ってどうするの?」
大翔は苦笑する。
「実は、それも分からないんだ。何を話せばいいのかも、どうするのが一番いいのかもな」
麻衣は静かに頷いた。
「この戦争の発端は王国側にある。十八年近くにわたって魔国へ侵攻を続けてきたのも事実。だから、現魔王が戦争を始めた理由は、私にも理解できる」
一度だけ言葉を区切る。
「でも、だからといって、全ての人族が悪いわけじゃない。今の王国には、この戦争と何の関係もなく生きている人たちもたくさんいる」
夜風が二人の間を静かに吹き抜ける。
麻衣は夜空を見上げたまま続けた。
「だから、結末がどうなるにしても、この戦争は終わらせないといけないと思う。その結果、王国が滅ぶことになったとしても……一般市民が犠牲にならないのなら、それはそれで仕方のない結末なんじゃないかって、私は思うわ」
大翔は何も答えなかった。
ただ静かに夜空を見上げ、小さく息を吐いた。
しばらく夜空を見上げていた麻衣が、不意に口を開いた。
「じゃあ、いこっか」
大翔は思わず麻衣を見る。
「……今からか?」
麻衣は当たり前のように頷いた。
「うん。まずは、あの将軍さんに会わないと。娘さんがどこにいるのか聞き出さないといけないし、行くなら私も付き合わないとね」
大翔は苦笑した。
「まぁ、確かに。いきなり魔国軍の中枢へ乗り込めば、戦闘になるだけだろうしな……」
一度言葉を切る。
「でも、どうやって探すんだ?」
麻衣はいたずらっぽく笑った。
「大丈夫。さっき会った時に、あの将軍さんへ魔力標識をつけておいたから。この世界にいる限り、どこにいるか分かるわよ」
大翔は思わず苦笑する。
「はは……麻衣さんにかかれば、犬扱いか」
麻衣も小さく笑った。
「あ、そうだ」
大翔は何かを思い出したように口を開く。
「行く前に、一つ聞いてもいいか?」
「ん? いいよ」
大翔は少しだけ真剣な表情になった。
「実は、ずっと気になっていたことがあるんだ」
大翔は小さく息を吐き、麻衣の顔を見つめた。
「あのさ……百五十年前、どうして俺を殺さなかった?」
麻衣は静かに視線を向ける。
「麻衣さん……いや、セリア・グラハートの実力なら、あの時の俺を倒すことくらい簡単だったはずだ。なのに、どうして俺を殺さなかった?」
少しの間、沈黙が流れた。
麻衣は夜空を見上げ、小さく息を吐く。
「……まぁ、確かに」
大翔はそこで、ふと思い出したように苦笑した。
「そういえば、あの時もそうだったな。俺たちが本気で戦っている最中に、いきなり『や〜めた!』なんて言い出しただろう? こっちは何が起きたのか、さっぱり分からなかったんだぞ」
「あははっ! あったね、そんなこと!」
「そんなこと、じゃないだろう。あの時は本気で勝負していたんだぞ?」
「私だって、最初からやめるつもりだったわけじゃないよ?」
「……だったら、どうして突然やめたんだ?」
麻衣は少しだけ肩をすくめた。
「だって、気づいちゃったんだもん」
「……何に?」
「んー……あなたを倒しても、意味がないってことかな」
「意味がない?」
大翔が眉をひそめる。
「別に、あなたと戦うのが嫌になったわけじゃないよ。あの時は私も本気だったし、あなたもそうだったでしょ?」
「ああ。それは間違いない」
「でも、途中で分かったの。あのまま戦って、どちらかが倒れたとしても、それだけじゃ何も終わらないって」
大翔は腕を組み、麻衣の言葉を考える。
「……それで、俺を倒すのをやめたのか?」
「うん。ほかに先にやらなきゃいけないことがあったからね」
「ほかに?」
麻衣は少しだけ考えるように目を細める。
「あの時のあなたは、ただの舞台装置だったからね」
大翔は眉をひそめた。
「舞台装置?」
麻衣は小さく頷く。
「残念だけど、舞台装置を倒したところで、何も終わらない」
一度だけ夜空を見上げる。
「だから私は、その舞台装置を作っている監督を先に倒すことにしたの」
静かな声だった。
「監督を倒したことで、あなたは舞台装置じゃなくなった」
麻衣は大翔へ視線を向け、悪戯っぽくウインクする。
「だから、不老でも、不死ではなくなったのよ」
大翔は苦笑しながら頭をかいた。
「ごめん。前にも聞いた気がするけど……舞台装置って、何なんだ?」
麻衣は少しだけ困ったように笑う。
「うーん……」
夜空を見上げ、小さく首を横へ振った。
「分からないなら、今、答え合わせをすることじゃないのかもしれないわね」
そう言って、麻衣は静かに歩き出した。
大翔はその背中を見つめると、小さく笑って後を追った。
その頃。
魔国軍先遣隊司令官天幕の外では、シュナイダーが一人、夜空を見上げていた。
しばらく無言で星空を見つめていたが、やがて眉を寄せる。
「……ハルト陛下」
小さく呟く。
そのまま顎へ手を当て、しばらく考え込むように視線を落とした。
「私がお仕えしてから六百年以上、一度たりともお姿は変わらなかった。それが今日お会いした陛下は、あの頃よりもさらにお若い……」
シュナイダーはゆっくりと首を傾げる。
「まるで、少年時代へ戻られたかのような……」
そこで言葉を止め、小さく息を吐いた。
「……どういうことだ」
その時だった。
司令官天幕の布越しに、淡い青白い光が一瞬だけ漏れる。
シュナイダーはすぐに顔を上げた。
何の前触れもなく天幕の中へ現れた光へ視線を向け、その場で足を止める。
「……この魔力は」
一拍置き、シュナイダーの表情が僅かに緩んだ。
「陛下か」
さらに別の魔力へ気付いたように、少しだけ目を細める。
「いや……白銀の少女もいるな」
シュナイダーは思わず苦笑した。
「まったく……」
そう呟くと、静かに司令官天幕の中へ入っていった。
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