第59話 勇者召喚の真相
天幕の中に流れていた穏やかな空気が、少しずつ落ち着きを取り戻す。
騎士団長と副官も席へ着くと、麻衣は一度だけ深呼吸をした。
「……もう一つ、お話ししなければならないことがあります」
騎士団長は静かに頷く。
「まだ、何かございますか」
麻衣は隣へ座る大翔へ視線を向けた。
「はい。魔国軍が撤退した理由についてです」
その言葉に、騎士団長と副官の表情が引き締まる。
麻衣は静かに口を開いた。
「まず最初に説明しておきます」
一瞬だけ大翔へ視線を向ける。
「久我くんは――初代魔王だった人です」
一瞬で天幕の空気が凍り付いた。
「……なっ」
副官が思わず立ち上がる。
「ま、魔王ですと……!?」
騎士団長も目を見開いたまま、大翔を見つめていた。
「そ、そのような……」
しかし、次の瞬間、騎士団長の表情が変わる。
「……待ってください。久我様は異世界より召喚されたお方。それなのに、なぜ魔王に……」
そこで、何かを思い出したように息を呑む。
「まさか……以前、麻衣殿が国王陛下へお話しされていた初代魔王とは……」
騎士団長はゆっくりと大翔へ視線を向けた。
「初代魔王とは、亜人たちの勇者……そして、異世界人……それが、久我様だったということでしょうか」
麻衣は小さく首を横へ振る。
「そういうことでもあり、そうでもないです」
二人は真剣な表情で続きを待つ。
麻衣は静かに説明を続けた。
「久我くんは、確かに初代魔王本人です。ですが、事情があって一度その生涯を終え、その後、人生をやり直しています。だから、魔王だったことも事実ですし、今の久我くんは魔王ではないというのも事実なんです。詳しい経緯まで話すと長くなるので省略しますが、そのように理解してください」
騎士団長と副官はしばらく顔を見合わせた。
「……承知いたしました」
騎士団長は静かに頷く。
麻衣も小さく頷き返した。
「それで、前線で久我くんと話していた魔国軍の将軍ですが――」
麻衣は一度だけ目を伏せる。
「その方は、久我くんが魔王だった頃の四大将軍の一人です。現在は降格し、今回の先遣部隊の指揮官を務めていました」
騎士団長は静かに息を呑む。
「四大将軍の……」
麻衣は続けた。
「その将軍は久我くんを見た瞬間、ハルト陛下と呼び、臣下の礼を取りました」
一度だけ言葉を区切る。
「そして、久我くんの命令を受けたシュナイダー将軍が、先遣部隊全軍へ戦闘中止と撤退を命じたんです」
天幕の中が静まり返る。
副官は信じられないという表情のまま、大翔を見つめた。
「……だから、魔国軍は、あれほど見事に統制されたまま撤退したのですか」
麻衣は静かに頷く。
「はい。久我くんの命令を、先遣部隊の指揮官だったシュナイダー将軍がそのまま全軍へ伝えたからです」
騎士団長は深く目を閉じた。
「……すべて、繋がりました」
「まさか、このような真実があったとは……」
天幕の中へ、再び静かな空気が流れる。
騎士団長はゆっくりと目を開き、麻衣を見つめた。
「……麻衣殿」
「はい」
「魔国軍が撤退した理由については理解いたしました」
一度だけ言葉を区切る。
「ですが、もう一つだけ、お伺いしたいことがございます」
麻衣は静かに頷いた。
「何でしょうか」
騎士団長は慎重に言葉を選ぶように口を開く。
「現在の魔王は、先代魔王――いえ、久我様のご息女であられるとのことでした」
麻衣は静かに頷く。
「はい」
騎士団長は続けた。
「そのような状況を踏まえたうえで、お二人はこれからどのようになさるおつもりなのでしょうか」
麻衣は隣の大翔へ視線を向け、小さく微笑んだ。
「この話は、久我くん自身の考えです。久我くんから話してもらってもいい?」
大翔は静かに頷く。
「ああ」
一度だけ息を整え、騎士団長たちへ向き直る。
「国王から、私が討たれたあとの二十年間に何があったのかは聞きました。王国は魔国へ軍を進め、各地の抵抗勢力を討伐し、領土を接収した。亜人種が暮らす集落も制圧され、捕らえられた者が収容されたこともあったそうです。……報復として処刑された者もいたと聞いています」
一度だけ言葉を切る。
「私が討たれてから娘が宣戦を布告するまでのおよそ十八年間、王国は魔国への侵攻を続け、多くの亜人種が迫害を受けた。娘は、そのすべてを見てきたのでしょう」
静かな声だった。
誰かを責めるのではなく、ただ事実を語るような口調だった。
「そのうえで、父である私が討たれた報復を掲げ、王国へ宣戦を布告した。だから、簡単に戦争をやめられるとは思っていません」
天幕の中が重苦しい沈黙に包まれる。
騎士団長も副官も何も言わず、大翔の言葉を聞いていた。
大翔はゆっくりと顔を上げる。
「それでも、私は娘に会います。何を思い、この二十年を生きてきたのか。何を背負い、この戦争を始めたのか。父親として、自分の耳で聞かなければならないと思っています」
一度だけ静かに息をつく。
「会って話をしなければ、何も始まりません。だから、まずは娘と話をします」
騎士団長はしばらく大翔を見つめたあと、静かに頭を下げた。
「……承知いたしました」
しばらく静かな空気が流れたあと、騎士団長がふと思い出したように口を開いた。
「……失礼ながら、もう一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか」
麻衣は小さく頷く。
「何でしょうか」
騎士団長は麻衣へ視線を向けた。
「勇者召喚で、この世界へお越しになられたのは、お四方でした。麻衣殿が第十六代勇者セリア・グラハート様。そして久我様が初代魔王」
騎士団長は、今度は美咲とはるなへ順に視線を向ける。
「では……残るお二人は、どのようなお方なのでしょうか」
麻衣は美咲へ視線を向け、小さく笑った。
「美咲は普通の一般人だよ」
突然話を振られた美咲は少し慌てながら、小さく頭を下げる。
「えっ!? は、はい。私は本当に普通の一般人です」
騎士団長は静かに頷くと、今度ははるなへ視線を向けた。
「では、結城殿は……」
麻衣も静かにはるなを見つめる。
「結城さんは――」
一瞬だけ間を置く。
「第十七代勇者ソフィア・ガードナーだよ」
その瞬間、騎士団長と副官は同時に目を見開いた。
「なっ……!」
「第十七代勇者様……!」
騎士団長は信じられないという表情のまま、はるなを見つめる。
「二十年前、魔王を討ち、人族へ平和をもたらした……あの第十七代勇者ソフィア・ガードナー様……」
副官も息を呑む。
「まさか、第十七代勇者様まで勇者召喚で……」
麻衣は小さく首を横へ振った。
「実は、その認識は少し違うの」
騎士団長と副官の視線が麻衣へ向く。
「今回の召喚術式が最初に捉えたのは、結城さんだったの。その召喚へ私が《時空アンカー》で干渉したことで、美咲と久我くんまで含めた四人が繋がった」
一度だけ言葉を区切る。
「つまり、本来の召喚対象は結城さん一人。私たち三人は、その召喚に巻き込まれる形でこの世界へ来たの」
騎士団長と副官は思わず顔を見合わせた。
「そ、それでは……今回の召喚術式が、本来捉えていたのは結城殿お一人だったということですか……」
麻衣は静かに頷く。
「そういうこと」
はるなは居心地が悪そうに小さく肩をすくめ、照れくさそうに微笑んだ。
「えっと……その、今は結城はるなです」
天幕の中へ、再び驚愕の静寂が訪れた。




