第56話 帰還した魔王と戦場の終結
大翔は周囲の魔国兵たちが武器を収め、次々と片膝をついていくのを確認すると、静かに剣を鞘へ納めた。
その様子を見届けたシュナイダーは、なおも頭を垂れたまま口を開く。
「お久しぶりでございます、ハルト陛下……」
大翔は目の前のかつての部下を静かに見つめた。
「……久しぶりだな、シュナイダー。生きていてくれて何よりだ」
「陛下……」
シュナイダーは肩を僅かに震わせ、さらに深く頭を垂れた。
大翔は小さく頷く。
「積もる話は後にしよう。今は戦場だ。まず聞かせてくれ。なぜ四大将軍だったお前が、この先遣部隊の指揮を執っている」
シュナイダーは深く頭を下げたまま答えようとした。
「陛下がお亡くなりになった後……」
そこで言葉が止まる。
目の前には、確かに生きているハルトが立っていた。
「……いえ、そのように思われていた後、と申しますか……」
大翔は静かに首を横へ振った。
「私は今、生きている。昔のこととして話してくれ」
「……はっ」
シュナイダーはもう一度深く頭を下げる。
「では、お言葉に甘えまして。陛下がお姿を見せられなくなった後、その責は四大将軍にあるとして追及を受けました。私は自ら四大将軍の地位を返上し、一将軍として軍へ残る道を選びました」
一度言葉を区切り、静かに続ける。
「現在は、今回派遣された先遣部隊の指揮を預かっております」
大翔は静かに頷いた。
「……そうか」
短く答えると、戦場をゆっくりと見渡す。
視界の先では、なおも王国軍と魔国軍が各所で激しく刃を交えていた。
その中には、大翔が魔国を治めていた頃には考えられないほど多くの魔族の姿がある。
大翔は眉を僅かにひそめた。
「もう一つ聞く。なぜ、これほど多くの魔族が軍勢へ加わっている。私が治めていた頃、魔国軍の主力は亜人だったはずだ。純粋な魔族は指揮官や精鋭が中心で、ここまでの数ではなかった」
シュナイダーの表情が僅かに曇る。
「それは――」
答えようとした、その瞬間だった。
大翔のすぐ隣の空間がわずかに歪み、青白い魔法陣が展開される。
次の瞬間、白銀の光とともに麻衣が姿を現した。
「久我くん!」
麻衣は周囲を見回した瞬間、思わず目を見開く。
大翔を中心に、魔国兵たちが武器を収め、次々と片膝をついていた。
「えっ……?」
麻衣は大翔とシュナイダーを交互に見比べる。
「久我くんが動かなかったから、囲まれてるのかと思って急いで転移してきたの」
少し息を切らせながら話す麻衣に、大翔は小さく微笑んだ。
「ありがとう」
短く礼を告げると、再びシュナイダーへ視線を向ける。
「話の続きを聞こう。なぜ、魔国はこれほど多くの魔族を抱えるようになった」
大翔の問いを受け、シュナイダーは静かに表情を引き締めた。
「……その理由をご説明するには、陛下がお姿を見せられなくなった後の出来事から、お話ししなければなりません」
「構わない。聞かせてくれ」
「……はっ」
シュナイダーは一度だけ頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「陛下がお姿を見せられなくなった後、魔国では後継者を巡る内乱が勃発いたしました」
遠くから響く剣戟の音を背に、シュナイダーは続ける。
「お嬢様……いえ、現在の魔王陛下をお支えしたのは、多くの純粋な魔族たちでございました。それまで各地へ散っていた者たちも次々と旗の下へ帰参し、その軍へ加わっていったのでございます」
シュナイダーは一度だけ遠くへ視線を向けた。
「内乱は長きにわたって続きましたが、およそ五年前、現在の魔王陛下がすべてを平定され、正式に即位されました」
大翔は何も言わず、その話を聞いていた。
「その後、軍の中枢には功績を挙げた魔族が数多く登用され、四大将軍もすべて魔族へと代わりました」
シュナイダーは続ける。
「帰参した魔族の多くは魔獣を使役する力も備えており、軍の戦力は大きく向上いたしました。こうして軍の編成は大きく変わり、現在では魔国軍の主力は亜人種ではなく、魔族となっております」
そこで一度言葉を区切る。
「そして、およそ二年前、現在の魔王陛下は人族へ宣戦を布告され、現在の戦が始まったのでございます」
シュナイダーの説明が終わると、その場に短い静寂が訪れた。
遠くでは、なおも王国軍と魔国軍が激しく剣を交え、怒号と金属音が断続的に響いている。
麻衣は戦場へ視線を向けたあと、大翔を見る。
「久我くん」
「ああ」
「これ以上、ここで戦いを続ける意味はないよ。……この部隊を引かせて」
大翔は静かに頷くと、シュナイダーへ向き直った。
「シュナイダー」
「はっ」
「この先遣部隊へ伝えろ。直ちに戦闘を中止し、撤収せよ」
「承知いたしました!」
シュナイダーは深く一礼すると、すぐさま立ち上がって振り返った。
「先遣部隊、全軍戦闘中止! 全部隊、直ちに撤収せよ!」
魔力を乗せた号令が戦場へ響き渡る。
命令は先遣部隊の各指揮官へ次々と伝達され、第二防衛線で交戦していた魔国軍は順次戦闘を打ち切っていった。
前線の兵士たちは互いに声を掛け合い、負傷者を回収しながら統制を保ったまま後退を開始する。
王国軍側でも追撃を警戒する声が飛び交ったが、魔国軍は隊列を崩すことなく少しずつ戦場から離れていった。
「……魔国軍が、退いていく?」
第二防衛線中央。
騎士団長は、目の前の光景に目を見開いた。
魔国軍が統制を保ったまま次々と後方へ下がっていく。
乱れも混乱もなく、明らかに命令による撤収だった。
「まさか……」
近くにいた騎士が驚いたように呟く。
騎士団長はしばらくその光景を見つめ、小さく息を吐いた。
「……助かった」
張り詰めていた肩が僅かに下がる。
騎士団長は撤退していく魔国軍を見送ったあと、麻衣と大翔が向かった方角へ視線を移した。
「麻衣殿……久我殿……。何があったのかは分からぬ。だが、この撤収にお二人が関わっていることだけは間違いあるまい」
周囲では、戦闘停止を確認した兵士たちが負傷者の救護を始めていた。
魔国軍の撤収が進み、戦場の喧騒は少しずつ遠ざかっていく。
その様子を見届けた麻衣は、小さく息をつくと大翔へ視線を向けた。
「久我くん」
大翔も静かに視線を返す。
「一旦、戻ろう」
「ああ」
大翔が頷くと、そのやり取りを見ていたシュナイダーが一歩前へ出た。
「陛下……」
大翔はシュナイダーへ顔を向ける。
「ご一緒にお戻りになられるのでは、ないのでしょうか」
大翔は静かに首を横へ振った。
「まだ王国側へ話を通さなければならない。必ず、また来る」
シュナイダーはしばらく大翔を見つめたあと、深く頭を垂れた。
「……はっ。お待ちしております、ハルト陛下」
大翔は静かに頷く。
麻衣は一歩近づくと、大翔の肩へそっと右手を置いた。
「それじゃ、行くよ」
「ああ」
麻衣は静かに魔力を練り上げる。
「《転移》」
足元へ淡い光の魔法陣が広がった。
次の瞬間、二人の姿はその場から静かに消えた。
第二防衛線中央。
戦闘は終息へ向かい、各所では負傷者の救護が始まっていた。
「こちらへ運べ!」
「ヒール班は重傷者を優先しろ!」
騎士団長は次々と指示を飛ばしながら、自らも負傷兵のもとへ駆け寄っていた。
その時、不意に少し離れた場所の地面へ淡い光が広がる。
周囲の騎士たちが一斉に振り返った。
光が収まると、そこには麻衣と大翔が立っていた。
「麻衣殿!」
騎士団長はすぐに二人へ歩み寄る。
「ご無事でしたか」
麻衣は小さく頷いた。
「はい」
騎士団長は二人の姿を確認すると、張り詰めていた表情を僅かに緩めた。
「前線で、一体何があったのですか」
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