第55話 白銀と蒼、戦場に立つ者
第二防衛線。
王国軍と魔国軍は激しく刃を交え、防衛線の各所では怒号と剣戟、魔法の炸裂音が絶え間なく響き渡っていた。
「押し返せ!」
「怯むな!」
「前へ出ろ!」
王国軍は防壁を背に必死の抵抗を続けていたが、数で勝る魔国軍は着実に戦線を押し込み、防衛線は少しずつ後退していた。
兵士たちは互いに剣を打ち合わせ、槍を突き出し、飛び交う魔法を必死に躱しながら戦い続けている。
押し寄せる魔国軍の勢いは止まらず、防衛線は今にも突破されようとしていた。
その時だった。
王国軍と魔国軍が入り乱れる戦場の中央で、不意に空間が大きく歪み始める。
「……何だ?」
一人の兵士が思わず声を漏らした。
その異変は瞬く間に周囲へ伝わり、敵味方を問わず兵士たちの視線が戦場の中央へ集まる。
歪みは急速に広がって青白い光へ変わり、巨大な魔法陣が幾重にも重なりながら戦場の中央へ展開されていった。
「魔法陣だ!」
「転移魔法か!?」
「この規模は何だ!」
周囲の兵士たちは反射的に足を止め、魔法陣から距離を取る。
幾重にも重なった魔法陣が高速で回転し、収束した魔力が眩い光となって戦場を照らした。
次の瞬間、強烈な風圧が全方位へ駆け抜けた。
近くにいた兵士たちは思わず腕で顔を庇い、巻き上げられた土埃から逃れるように数歩後退する。
「げほっ!」
「転移だと……!?」
土煙の中で兵士たちが武器を構え直し、誰もが中央へ目を凝らした。
やがて風が吹き抜け、立ち込めていた土煙がゆっくりと晴れていく。
その中心には、純白と白銀の戦装束を纏った少女と黒衣の青年、そして一人の騎士が静かに立っていた。
「……誰だ?」
魔国軍の兵士が思わず呟く。
王国軍の兵士たちも三人へ視線を向け、その中央に立つ騎士の姿を認めた瞬間、次々と声を上げた。
「騎士団長!」
「騎士団長だ!」
「援軍だ!」
「騎士団長が来られたぞ!」
押し込まれていた王国軍の兵士たちが武器を握り直す。
一方、魔国軍も騎士団長の姿を認め、一斉に武器を構え直した。
「敵の援軍だ!」
「迎え撃て!」
戦場の視線が三人へ集中する中、麻衣と大翔はほぼ同時に口を開く。
「「《フィジカル・ブースト》」」
二人の声が重なった瞬間、青白い魔力が身体を包み込み、その場の空気が僅かに震えた。
麻衣が纏う白銀のロングコートにも魔力が流れ込み、生地へ織り込まれた白銀の紋様が淡い光を帯びていく。
背面から裾、袖口へと走る多層術式が静かに起動する。
だが、《プロテス》も《シェル》もまだ展開されることはなく、戦装束は麻衣から供給される僅かな魔力を受けながら、その時を待つように淡く輝いていた。
「《エーテルソード》」
麻衣の右手へ白銀の光が集まり、一振りの魔力剣を形作る。
隣では大翔が、かつて自らが使っていた長剣を静かに抜き放った。
「「《クイック・アクセル》」」
二人の足元へ青白い魔法陣が展開される。
麻衣と大翔は互いに視線を交わすことなく、同時に地面を蹴った。
爆ぜるような音だけを残し、二人の姿が戦場から掻き消える。
「――なっ!?」
王国軍も魔国軍も、その速度を目で追うことはできなかった。
「全軍、戦列を立て直せ!」
騎士団長の号令が戦場へ響き渡る。
王国軍が一斉に動き始める中、麻衣は魔国軍の隊列深くへ、大翔は反対方向へそれぞれ踏み込んでいた。
麻衣の白銀の剣閃が戦場を駆け抜ける。
魔族兵たちは反応することもできず、十数名の身体へ横一文字の亀裂が走った。
一拍遅れて、その身体が次々と黒い靄へ変わる。
魔族兵たちはそのまま形を失い、戦場へ溶けるように消滅していった。
麻衣は足を止めない。
白銀の軌跡だけを残し、さらに次の魔族兵へ向かって駆けていった。
麻衣を中心に、魔族兵たちが一斉に包囲を狭めていく。
前後左右から突き出された長槍の穂先が、隙間なく麻衣へ向けられた。
「やれぇっ!」
号令とともに、十数本の長槍が四方八方から一斉に突き出される。
麻衣は腰を落とすように身を沈め、頭上を交錯する槍先を紙一重で躱した。
だが、そのうち一本だけが軌道を変え、低く身を沈めた麻衣の脇腹へ迫る。
槍先がロングコートへ触れる寸前、白銀の紋様が鋭く輝いた。
攻撃を物理と判定した術式が瞬時に反応する。
麻衣の身体を覆うように《プロテス》が自動展開され、長槍の穂先が白銀の障壁へ激突した。
「なっ……!」
乾いた衝撃音とともに、槍が大きく弾かれる。
受けた衝撃は一か所へ集中することなく、ロングコートへ組み込まれた多層術式によって全体へと分散されていた。
麻衣はそのまま身体を回転させる。
白銀の剣閃が円を描き、包囲していた魔族兵たちの腹部を横一文字に薙ぎ払った。
魔族兵たちは剣閃へ反応することもできず、その場で動きを止める。
一拍遅れて腹部へ亀裂が走り、その身体は次々と黒い靄となって崩れ落ちていった。
しかし、それで終わりではなかった。
第一波が消滅した直後、空いた包囲へ第二波の長槍兵たちが一斉に躍り込む。
「突けぇっ!」
怒号とともに、長槍が四方から一斉に突き出される。
麻衣は低い姿勢のまま地面を蹴った。
身体は槍先の僅かな隙間を縫うように真上へ跳び上がり、その勢いのまま空中で身体を反転させる。
同時に後方から放たれた火球が、空中の麻衣へ真っ直ぐ迫った。
火球が届く寸前、今度は別の術式が白銀の光を放つ。
外部魔力の変動を感知した戦装束が魔法攻撃と判定し、《シェル》を自動展開した。
火球は白銀の障壁へ激突し、爆炎となって弾ける。
しかし麻衣の動きは止まらず、炎の向こうから白銀の軌跡が大きな円を描いた。
頭を下にしたまま振るわれた《エーテルソード》が、眼下の魔族兵たちを一息に薙ぎ払う。
槍を突き出したままの魔族兵たちへ横一文字の亀裂が走り、次々と黒い靄へ変わっていった。
麻衣は空中でもう一度身体を反転させ、音もなく戦場へ着地する。
着地の勢いを膝で僅かに受け流すと、そのまま《エーテルソード》を構え直した。
周囲には、消滅した魔族兵たちの黒い靄だけが静かに漂っていた。
一方、大翔は魔国軍の隊列へ真っ直ぐ踏み込んでいた。
蒼い軌跡だけを残し、その姿は瞬く間に敵陣深くへ消えていく。
行く手を阻もうと、魔国兵たちが次々と槍や剣を振るった。
しかし、大翔の刃が狙うのは兵士たちの身体ではなかった。
長槍の穂先が斬り飛ばされ、剣が根元から断ち切られる。
別の兵士は剣の腹で腕を打たれ、さらに一人は足を払われて地面へ転がった。
「ぐっ!」
「武器が……!」
「止めろ!」
大翔は倒れた兵士たちへ追撃することなく、その間を駆け抜ける。
蒼い剣閃が奔るたびに武器だけが宙を舞い、進路を塞いでいた兵士たちは次々と戦闘不能にされていった。
やがて大翔が敵陣後方へ視線を向ける。
重厚な甲冑を纏う一団が幾重にも隊列を組み、その中央には一際豪奢な鎧を纏った一人の将が立っていた。
「……あれか」
大翔は速度を緩めることなく、その一団へ真っ直ぐ向かう。
すると敵将の前へ、四人の親衛兵が同時に立ちはだかった。
「ここは通さん!」
四人は互いに呼吸を合わせ、一斉に踏み込む。
前方から長槍が突き込まれ、左右から二振りの剣が迫った。
さらに最後の一人が大翔の死角へ回り込み、背後から長槍を突き出す。
大翔は踏み込んだ勢いを殺すことなく、正面から迫る長槍を紙一重でかわした。
蒼い剣閃が奔る。
長槍の穂先だけが切断され、宙を舞った。
返す剣が左右から迫った二人の剣を立て続けに弾き飛ばす。
そのまま大翔は一人の腹部へ柄を叩き込み、もう一人の足を払った。
「ぐっ!」
「うわっ!」
二人が地面へ崩れる。
その背後から最後の親衛兵の長槍が迫った。
大翔は半歩だけ身を逸らし、穂先をかわす。
振り向きざまに長槍の柄を斬り落とすと、その勢いのまま親衛兵の胸元へ掌底を叩き込んだ。
「ぐあっ!」
親衛兵の身体が後方へ弾かれ、その場へ倒れ込む。
四人は地面へ倒れていたものの、その身体が黒い靄となって消えることはなかった。
大翔は四人へ一瞬だけ視線を向ける。
「……エルフ族?」
その声を聞いた敵将が、倒れた親衛兵たちへ視線を向けた。
四人が僅かに身体を動かすのを確認すると、ゆっくりと剣を抜く。
「……ならば、私が相手をしよう」
大翔は視線を敵将へ戻し、静かに剣を構えた。
次の瞬間、両者は同時に地面を蹴る。
甲高い金属音が戦場へ響き、二本の剣が激しくぶつかり合った。
火花が散り、敵将の身体が大翔の顔へ僅かに近づく。
その瞬間、敵将の目が大きく見開かれた。
「へ、陛下……?」
震える声が漏れる。
大翔は何も答えず、そのまま一歩踏み込んだ。
剣を押し返された敵将は数歩後方へたたらを踏み、ようやく足を止める。
大翔は剣を静かに構え直し、目の前の敵将を見据えた。
「……シュナイダーか」
敵将は息を呑んだ。
剣を握る手が僅かに震える。
「おお……そのお声……! 間違いございません……! ハルト陛下!」
敵将は即座に剣を鞘へ納めると、その場で片膝をつき、深く頭を垂れた。
周囲の魔国兵たちに大きなどよめきが走る。
「へ、陛下……?」
「ハルト陛下だと……?」
シュナイダーは頭を垂れたまま、鋭く声を張り上げた。
「控えよ! ハルト陛下の御前である!」
その一喝が戦場へ響き渡る。
周囲の魔国兵たちは互いに顔を見合わせたあと、次々と武器を下ろしていった。
一人が片膝をつく。
それに続くように、二人、三人と兵士たちが地面へ膝をつき、やがて戦場の一角から武器の音が消えていった。
大翔は剣を構えたまま、黙ってその光景を見据えていた。
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