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第54話 第二防衛線への先行

 王都防衛軍は整然とした隊列を保ちながら、第二防衛線へ向けて歩み続けていた。


 しばらく無言で歩いていた大翔は、何度か口を開きかけては閉じ、ようやく隣を歩く麻衣へ声を掛ける。


「なあ、一つ聞いていいか?」


 麻衣は前を向いたまま答えた。


「なに?」


 大翔は少しためらってから口を開く。


「もし……もしもだぞ? 俺が記憶を思い出した時に、中二病全開で世界征服しようとしたら、どうした?」


 麻衣は少しだけ考え込んだ。


「う〜ん……八歳ぐらいの話だよね?」

「ああ、八歳の頃だな」


 麻衣は懐かしそうに笑う。


「私ね、あの頃はパンチ一つで敵を倒すヒーローアニメとか、魔法少女のヒロインアニメが大好きだったんだよね」


 一度言葉を区切る。

 そして、満面の笑みを浮かべた。


「だから、たぶん中二病全開でヒロインやってたかも」


 その言葉を聞いた大翔は、一瞬固まった。

 数秒後、大きく息を吐き出す。


「よ、よかったぁ……命拾いしたぞ、俺!」


 大翔は胸へ手を当て、本気で安堵の息を漏らした。

 麻衣は不思議そうに首を傾げる。


「?」


 大翔は苦笑しながら肩をすくめた。


「いや……世界征服なんて考えなくて、本当に良かったってこと」


 麻衣はさらに首を傾げる。


「え? 中二病全開の話でしょ? 考えるだけならタダでしょ?」


 大翔は苦笑したまま聞き返した。


「じゃあ、本当に実行していたら?」


 麻衣は迷うことなく即答する。


「ヒロインだもん。悪は倒すでしょ?」


 大翔は肩を落とし、小さく空を見上げた。


「……やっぱり討伐対象か」


 美咲は堪えきれず吹き出した。

 はるなもそのやり取りに小さく笑みを浮かべる。


 麻衣は二人を見比べながら首を傾げた。


「?」


 行軍はそのまま続き、四人も王都防衛軍と歩調を合わせながら第二防衛線への道を進んでいった。


 王都防衛軍が第二防衛線へ向けて進んでいる、その時だった。

 隊列のはるか前方から、一騎の早馬が土煙を巻き上げながら全速力で駆けてくる。


「伝令! 伝令ーっ!!」


 切羽詰まった叫び声が隊列へ響き渡る。

 その声に気付いた前列の騎士たちが、素早く左右へ分かれ、一騎が通れる道を作った。


「道を開けろ!」

「伝令だ!」


 声が次々と後方へ伝わり、整然と組まれていた隊列の中央へ一本の通路が生まれる。

 早馬はその通路を駆け抜けた。


 馬は激しく息を乱し、その背に跨る兵士の外套には土埃がこびりついている。

 副官はその姿を見ると、すぐに馬を前へ進めた。


「こちらだ! 騎士団長のもとへ案内する!」

「はっ!」


 伝令は短く返事をすると、副官の後を追う。

 二騎は隊列の中央を駆け抜け、やがて騎士団長の前で馬を止めた。


 伝令は馬から飛び降りると、その勢いのまま駆け寄り、騎士団長の前へ片膝をつく。

 肩は激しく上下し、喉の奥から荒い呼吸が漏れていた。


「きゅ……急報です!」


 騎士団長は伝令の姿を見るなり、眉をひそめる。


「……早すぎる」


 周囲にいた将兵たちの表情が僅かに強張った。


「報告せよ」


 伝令は大きく息を吸い込もうとした瞬間、激しく咳き込む。


「げほっ……げほっ!」


 それでも顔を上げ、声を振り絞った。


「第二防衛線にて……魔国軍先遣部隊と交戦開始! 敵兵力、およそ一千!」


 最後まで報告を言い切ると、伝令は片手を地面につき、大きく肩で息をした。

 騎士団長の表情が険しくなる。


「戦闘が始まったのはいつだ」


 伝令は乱れた呼吸のまま答えた。


「わ、私が……防衛線を出た……直後です……。ここまで……休まず早馬を飛ばして……まいりました」


 騎士団長は兵士の乗ってきた馬へ視線を向ける。

 荒い呼吸を繰り返す馬の身体からは汗が噴き出し、四肢も小刻みに震えていた。


「……ここまで早馬で約三十分。つまり、交戦開始からすでに三十分以上が経過している」


 周囲にいた将兵たちの顔から、先ほどまでの余裕が消えていく。

 騎士団長は進軍方向へ視線を向けた。


「現在の行軍速度では、到着まであと二時間……」


 一瞬だけ地図を確認すると、即座に命じる。


「全軍、行軍速度を上げろ!」

「はっ!」


 副官は敬礼したまま答えた。


「ですが、全軍の速度を上げても到着は最短で約一時間です。これ以上は隊列の維持が困難になります」


 六千を超える軍勢が隊列を保ったまま進軍する以上、騎馬隊のような速度は出せない。

 無理に急がせれば隊列は崩れ、到着前に兵士たちが消耗してしまう。


「第二防衛線の守備兵力は」

「残存兵を含めても、三百には届きません」


 敵がおよそ一千なのに対し、防衛側は三百にも届かず、しかも交戦開始からすでに三十分以上が経過している。

 周囲の将兵たちの表情がさらに険しくなった。


 騎士団長は一度だけ伝令へ視線を向け、小さく頷く。


「よく知らせてくれた。大儀であった」


 伝令は深く頭を下げる。


「……はっ」


 騎士団長は副官へ命じた。


「この者を休ませ、水を与えろ。馬も休ませよ」

「はっ!」


 副官は数名の騎士へ合図を送り、伝令と馬を下がらせた。


 騎士団長は第二防衛線の方角を見据える。


「騎馬兵だけを先行させても、三百の守備隊を支えるには足りん。本隊も急いで一時間……」


 重苦しい空気が周囲を包んだ。


 そんな中、麻衣は前を向いたまましばらく考え込んでいた。

 やがて顔を上げると、近くにいた大翔へ視線を向ける。


「久我くん」

「ん?」

「行ける?」


 大翔は迷うことなく頷いた。


「問題ない。いつでもいいぞ!」


 その一言を聞き、麻衣は騎士団長のもとへ歩み寄った。


「騎士団長、一つだけ教えてください」

「何でしょう?」

「第二防衛線の場所、想像できますか?」


 騎士団長は首を傾げる。


「場所を想像……とは?」

「周囲の景色や、おおよその距離感でも大丈夫です」


 騎士団長は少しだけ考え込んだ。


「正確ではないが、防衛線周辺の景色や距離感なら思い浮かべられる」


 麻衣は笑顔で頷く。


「それで大丈夫です。OK!」


 騎士団長は聞き慣れない言葉に眉をひそめた。


「……おっ、おぅ、けい?」


 その反応に麻衣は小さく笑うと、すぐにはるなへ視線を向けた。


「結城さん」

「はい!」

「美咲と、本隊をお願い」


 はるなは一瞬きょとんとしたものの、すぐに表情を引き締めて大きく頷いた。


「お任せください!」


 麻衣は今度は美咲を見る。


「美咲。ごめん、行くね?」


 美咲は困ったように笑い、肩をすくめた。


「う、ん。無茶するんだ……」


 一呼吸置き、優しく微笑む。


「怪我しないようにね」


 麻衣も笑顔で頷いた。


「うん」


 騎士団長は麻衣と大翔を交互に見たあと、すぐに副官へ向き直る。


「副官」

「はっ!」

「私が先行する。全軍の指揮を一時預ける。行軍速度を可能な範囲で上げ、予定どおり第二防衛線へ急行せよ」

「承知いたしました!」


 副官は迷うことなく敬礼する。

 騎士団長は力強く頷くと、再び麻衣へ向き直った。


「これでよい」

「ありがとうございます」


 麻衣は騎士団長の前まで歩み寄る。


「では、その場所のイメージを少し借りますね」

「イメージを……?」


 騎士団長が首を傾げる中、麻衣はそっと手を伸ばし、騎士団長の兜を外した。


「ま、麻衣殿?」


 そのまま騎士団長の頭へ手を置く。

 騎士団長は目を見開いたが、すぐに動きを止め、そのまま麻衣へ任せた。


 数秒後、麻衣は騎士団長の頭から手を離した。


「うん。これなら行けます」


 そのまま騎士団長の肩へそっと手を置き、振り返って大翔を見る。


「久我くん。私の肩に手を乗せて」

「ああ」


 大翔は迷うことなく麻衣の肩へ手を置く。


 麻衣は一度だけ美咲とはるなへ視線を向けた。

 美咲は小さく頷き、はるなも真っ直ぐ麻衣を見返している。


「転移!」


 三人の足元へ青白い魔法陣が幾重にも展開された。

 光は一瞬で麻衣、大翔、騎士団長を包み込み、周囲の視界を白く染め上げる。


 次の瞬間。


 三人の姿は、その場から消えていた。

 その光景を目の当たりにした将兵たちは、一様に言葉を失った。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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