第52話 王の決断と白銀を纏う者
麻衣は静かに国王を見つめた。
「陛下。一つだけ、お聞きしてもよろしいですか」
国王はゆっくりと頷く。
「申してみよ」
麻衣は穏やかな表情のまま口を開いた。
「私たちがこの世界へ召喚された時、陛下はこうおっしゃいましたよね」
一度言葉を区切る。
「『もはや我らに残された手段はない。藁にもすがる思いで、禁忌とされてきた異世界召喚を執り行った。どうか、この世界を救うため、力を貸していただきたい』と」
会議室が静まり返る。
国王は何も答えず、静かに麻衣を見つめていた。
麻衣はその視線を真っ直ぐ受け止める。
「私は、陛下を責めたいわけではありません。ただ、あのお言葉を聞いたからこそ、私たちはここへ来ました。そして今、その願いに応えようとしています」
一呼吸置き、国王を真っ直ぐ見据える。
「今が、その時ではありませんか。どうか、ご自身がおっしゃったお言葉を、今こそ貫いてください」
その瞬間、一人の大臣が勢いよく立ち上がった。
「無礼である! 陛下になんという口の利き方だ!」
怒声が会議室へ響き渡る。
しかし、その声を鋭く遮ったのは王女だった。
「おやめください!」
凛とした声に、会議室は再び静まり返る。
王女は大臣を真っ直ぐ見据えた。
「麻衣様は、間違ったことをおっしゃってはおりません! 世界を救ってほしいとお願いしたのは、私たちです!」
王女は会議室を見渡す。
「その願いに応えようとしてくださっている方を、責めることなどできません」
王女はゆっくりと国王へ向き直った。
「お父様……」
長い沈黙が会議室を包む。
国王は一度目を閉じ、深く息を吸ってゆっくりと吐き出した。
やがて静かに顔を上げる。
「余は迷っていた。王として、そなたたちを守ろうとするあまり、本来の願いを見失っていた」
国王は四人を順に見渡し、その視線を最後に麻衣へ戻した。
「この世界を救ってほしいと願ったのは余だ。ならば、その願いを最後まで信じ、そなたたちへ託すのも余の責務である」
国王はゆっくりと席を立つ。
王座の前まで歩み出ると、四人へ向かって深く頭を下げた。
その姿に、会議室中が息を呑む。
宰相も、大臣たちも、騎士団長でさえ目を見開いたまま動けない。
王女は父の背中を見つめ、静かに唇を噛み締めた。
「どうか、力を貸していただきたい。この世界を……救ってほしい」
深く頭を下げたままの国王へ、麻衣は静かに歩み寄る。
「もちろんです。そのお願い、お引き受けします」
その一言に、国王の肩がわずかに震えた。
会議を終えると、王城は一気に慌ただしさを増した。
第二防衛線への出陣が決まり、四人も戦いへ向けた準備へ入る。
王国側は急ぎ職人を集め、それぞれの体格に合わせた戦装束や防具を用意するため、採寸の準備を進めていた。
「それでは皆様、こちらへ。まずは採寸を――」
侍従が声を掛ける。
その時だった。
「あ、私は大丈夫です」
麻衣は柔らかく微笑み、小さく首を振る。
「自前がありますので」
三人は同時に首を傾げた。
「「「え?」」」
麻衣は右手を前へ差し出した。
目の前の空間がゆらりと揺らぎ、小さな亀裂のような異空間が静かに開く。
麻衣はその中へ何事もないように手を差し入れ、一式の戦装束をゆっくりと引き抜いた。
純白を基調とした細身のジャケットには、襟や袖口、裾に沿って白に近い落ち着いた白銀のラインが走っている。
その上へ重ねるのは膝ほどまで届く白銀のロングコートで、背面と裾には同系色の紋章と繊細な装飾が施されていた。
下衣は動きやすさを重視した短いプリーツスカートで、その下には黒いスパッツが組み合わされている。
さらに白銀のロングブーツと白銀を基調としたグローブまで揃えられ、鎧らしい硬質さをほとんど感じさせない軽やかな装いだった。
華美に飾り立てられているわけではない。
それでも、純白と白銀で統一されたその戦装束は、戦場に立つ者としての機能性と気品を同時に感じさせた。
その場にいた者たちは思わず息を呑む。
大翔とはるなも、麻衣が取り出した戦装束へ目を奪われていた。
「……着替えてきますね」
麻衣は戦装束を抱えると、隣室へ向かった。
「ちょっと待った!」
美咲が慌てて呼び止める。
麻衣が振り返った。
「なんで戦装束なんて持ってるの?」
麻衣は一瞬だけ視線を泳がせた。
「乙女の――」
「却下!」
即答だった。
麻衣はきょとんと目を瞬かせる。
「……まだ何も言ってないんだけど」
美咲は呆れたように肩をすくめた。
「どうせ『ヒ・ミ・ツ』でしょ?」
麻衣は観念したように肩を落とす。
「……はい」
そのやり取りを見て、はるなは思わず吹き出した。
「ふふっ」
大翔は苦笑しながら、小さく呟く。
「……もう、隠す気ないよな、あれ」
麻衣が着替えに行ってからしばらくして、隣室の扉が静かに開いた。
姿を現した麻衣は、先ほど取り出した戦装束へ身を包んでいた。
身体へ沿う純白のジャケットには白に近い白銀のラインが走り、その上から羽織った白銀のロングコートが膝ほどまで流れるように伸びている。
背面と裾には白銀の紋章と繊細な意匠が施され、歩くたびに長い裾が静かに揺れた。
短いプリーツスカートの下には黒いスパッツを合わせ、脚には白銀のロングブーツを履いている。
両手を覆うグローブまで含め、全身は純白と落ち着いた白銀で統一されていた。
硬質な鎧を身につけていないにもかかわらず、その軽やかな装いには戦場に立つ者としての凛とした存在感があった。
侍従は思わず息を呑む。
大翔とはるなも、その姿へ目を奪われていた。
麻衣は三人を見渡し、少し照れくさそうに微笑んだ。
「……どう、かな?」
真っ先に反応したのは、はるなだった。
「す、素敵です……!」
瞳をきらきらと輝かせ、まるで推しを愛でるような眼差しで麻衣を見つめている。
あまりにも真っ直ぐな視線に、麻衣は思わず一歩だけ後ずさった。
「え、えっと……ありがとう」
美咲が苦笑しながら声を掛ける。
「結城さん?」
その声で、はるなはようやく我に返った。
「……あっ」
慌てて視線を逸らし、小さく頬を赤らめる。
その様子を見て、美咲は思わず笑みをこぼした。
その後、大翔とはるな、美咲の採寸が始まった。
一通り採寸を終えると、侍従が深く一礼する。
「皆様の戦装束は、明日までにはご用意いたします」
「一日でか」
大翔が驚いたように呟く。
侍従は静かに頷いた。
「王城の工房が総力を挙げて製作いたします。出陣までには必ず間に合わせますので、ご安心ください」
麻衣は再び隣室へ入った。
ほどなくして戻ってきた麻衣は、いつもの制服姿だった。
美咲はそんな麻衣を見て、小さく笑う。
「うん。やっぱり麻衣は、その格好が一番しっくりくる」
麻衣も照れくさそうに笑った。
「私もそう思う」
翌朝。
出陣の日。
王城は夜明け前から慌ただしく動き始めていた。
戦装束へ着替えた四人は、出陣前の挨拶を行うため、国王たちが待つ広間へ足を運ぶ。
広間には国王と王女をはじめ、宰相、騎士団長、近衛騎士たちが整列し、四人を静かに迎えていた。
四人は国王の前まで進むと、一斉に頭を下げる。
「本日は、よろしくお願いいたします」
麻衣の言葉に続き、美咲、大翔、はるなもそれぞれ一礼した。
国王は穏やかに頷く。
「こちらこそ、よろしく頼む。本来であれば、そなたたちのような若者を戦場へ送り出すことなど、王としてあってはならぬことだ」
一度言葉を切り、四人をゆっくりと見渡す。
「だが、そなたたちは余の願いを受け入れてくれた。改めて礼を言う。どうか、無事に戻ってきてほしい」
四人は静かに頷いた。
その時だった。
騎士団長の視線が、麻衣へ向く。
いや、正確には麻衣が身に纏う戦装束へ吸い寄せられていた。
純白と白銀で統一されたその装い。
特にロングコートの背面と裾へ施された意匠を目にした瞬間、騎士団長の表情が変わった。
「……セリア様」
小さく漏れたその一言が、静まり返った広間へ落ちる。
麻衣は思わず足を止めた。
「……え?」
騎士団長は麻衣から視線を逸らさない。
見つめていたのは、その顔ではなかった。
身に纏う戦装束だった。
麻衣は小さく息を呑む。
(そんな……)
この戦装束は、第十六代勇者セリア・グラハートとして戦っていた頃のもの。
百五十年前、自分自身が形と機能を決め、王立工房とともに完成させた戦装束だった。
この時代に、その姿を知る者などいないと思っていた。
だが、一人だけいた。
現代日本で初めて出会ったあの日。
騎士団長は確かに「セリア様」を探していると言っていた。
国王は騎士団長へ静かに視線を向ける。
「騎士団長。どういうことだ」
騎士団長は我に返ると、深く頭を下げた。
「失礼いたしました。あまりにも懐かしいお姿でしたので、思わずお名前を口にしてしまいました」
国王は静かに頷く。
「説明してもらおう」
騎士団長は姿勢を正し、ゆっくりと口を開いた。
「まず、お詫びしなければならないことがございます。以前から私が名乗っている『ランデス・グリーンヒル』は、本当の名ではございません」
広間がざわめく。
騎士団長は落ち着いた口調で続けた。
「ランデスは幼少の頃の名です。そして、グリーンヒルは現在、私が名乗っている家名です」
一度言葉を切る。
「私の本当の名は――ランデス・グリーンヒル・グラハート」
その名が広間へ響いた瞬間、国王も王女も目を見開いた。
「……グラハート」
国王は驚きを隠せないまま、その名を繰り返す。
ランデスは静かに頷いた。
「はい。私は、第十六代勇者セリア・グラハート様を輩出したグラハート家の生き残り。そして、今は亡きグラハート王国王家の末裔です」
広間は水を打ったように静まり返る。
ランデスは穏やかな笑みを浮かべ、国王へ静かに視線を向けた。
「もっとも、この国で『グラハート』を名乗るほど、私は命知らずではありません。もし私がグラハートを名乗れば……王位返還を求める者が現れても不思議ではありませんでしたよね、国王陛下」
国王は静かに目を閉じ、小さく息を吐いた。
「……否定はできぬ。グラハート王国は滅びたとはいえ、その正統な王族が名乗りを上げれば、王位継承を巡る混乱は避けられなかっただろう」
ランデスは静かに頷いた。
「だから私は、グラハートの名を捨てました」
一度言葉を切り、穏やかな表情で続ける。
「名を捨て、戦乱を起こさせないこと。それが、生き残った王族である私の務めだと思っております」
広間は静まり返る。
その言葉には恨みも未練もなく、祖国を失った王族としての覚悟だけが静かに滲んでいた。
麻衣はそんなランデスを静かに見つめていた。
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