第51話 覚悟と葛藤
四人が席へ腰を下ろすと、会議室は静まり返った。
国王は四人を見渡し、小さく頭を下げる。
「急な招集となったことを、まずは詫びよう。しかし、一刻を争う事態となってしまった」
重々しい口調に、会議室の空気がさらに張り詰める。
国王は騎士団長へ視線を向けた。
「説明を頼む」
「はっ」
騎士団長は立ち上がると、会議室中央に広げられた王都周辺の地図を指し示した。
「本日正午頃、王都北方を守る第三防衛拠点が陥落いたしました。現在、確認できている敵兵力は約一万五千です。しかし、これは敵先鋒部隊に過ぎないと考えられます」
騎士団長は地図のさらに北方へ指を滑らせる。
「偵察部隊からは、さらに大規模な後続部隊が進軍しているとの報告も届いております」
宰相が静かに口を開いた。
「その報告が事実であれば、敵の総兵力は三万を超える可能性があります。現時点では正確な総数は把握できておりませんが、王国建国以来最大規模の侵攻と見て間違いありません」
騎士団長は再び地図へ視線を戻した。
「敵軍は魔族兵を主力とし、大型魔獣部隊、飛行魔物部隊を伴っております。従来の魔族軍とは異なり、各部隊の連携は極めて高度です」
騎士団長は第一防衛線を指し示す。
「第一防衛線は本来三日は持ちこたえる想定でした。ですが、敵先鋒との交戦により半日で突破されました」
続いて王都周辺へ指を移す。
「王国軍総兵力は約二万です。しかし、各方面の防衛や国境警備へ兵を配置しているため、王都周辺へ集結できる兵力は約六千に限られます」
騎士団長は王都へ集結する部隊を順に示していく。
「内訳は、王都守備隊約三千、近衛騎士団約一千、各地から撤退した部隊約二千です。敵後続部隊が合流すれば、戦力差はさらに広がるでしょう」
会議室を重苦しい空気が包み込んだ。
王女は静かに立ち上がると、四人へ向き直って深く一礼する。
「本来、このようなお願いをするべきではないことは承知しております」
王女は一度言葉を切り、四人の顔をゆっくりと見渡した。
「ですが、もし戦況が悪化した場合に備え、皆様には王都へ残っていただきたく存じます」
胸の前で両手を重ね、小さく息を吸う。
「どうか、この王都をお守りください」
王女は言葉を終えると、そのまま口を閉ざした。
騎士団長も静かに視線を伏せ、国王も険しい表情のまま動かなかった。
重苦しい沈黙が会議室を包み込む。
その沈黙を破ったのは、麻衣だった。
「……本当は、前線へ出てほしいんですよね?」
その一言に、会議室の空気が止まる。
王女は小さく息を呑み、騎士団長も答えることができなかった。
誰一人として口を開かず、静かな時間だけが流れていく。
やがて国王がゆっくりと顔を上げた。
「……そのような危険な任務を、召喚したばかりの皆様へ命じることはできぬ」
国王は四人を真っ直ぐ見つめる。
「それが、余の答えだ」
重苦しい沈黙が再び会議室を包む。
やがて、大翔が静かに口を開いた。
「……俺たちを前線へ出せば勝機はある。だけど、それを頼めない。そういうことですね」
国王は答えなかった。
代わりに騎士団長が静かに頷く。
「そのとおりです」
騎士団長は四人を真っ直ぐ見つめた。
「皆様は我が国へ召喚されたばかりのお方です。本来、この戦いは我々だけで戦うべきものです」
大翔は騎士団長を見据える。
「でも、このままじゃ厳しいんでしょう?」
騎士団長はわずかに目を伏せた。
「……はい。敵後続部隊が到着すれば、第二防衛線を維持できる保証はございません」
麻衣は静かに地図へ視線を向けた。
「第二防衛線が突破された場合、住民の避難は終わっていますか?」
宰相が苦い表情で首を横へ振る。
「まだです。避難は進めておりますが、完了にはなお数日を要します。第二防衛線が突破されれば、多くの民が戦火へ巻き込まれるでしょう」
麻衣は静かに頷いた。
「そうですか」
そして国王へ向き直る。
「陛下。私たちを行かせてください」
国王は即座に首を横へ振った。
「ならぬ。余はそのような命令を下さぬ」
麻衣も静かに首を振る。
「命令してくださいと言っているわけではありません。私たちが、自分たちの意思で向かいます」
国王の表情がさらに険しくなる。
「それでもならぬ。召喚した責任は余にある。その責任を放棄し、皆様を戦場へ送り出すことなどできぬ」
その時、一人の大臣が立ち上がった。
「陛下! この方々は召喚されたばかりのお方です! そのようなお方を最前線へ送り出すなど、王国の責任が問われます!」
別の大臣も続く。
「仮にお命を落とされた場合、我らは歴史に何と記されるのです! 召喚された方々を戦場へ送り出したとなれば、民へ何と説明すればよいのですか!」
会議室にざわめきが広がる。
騎士団長は一歩前へ進み出た。
「陛下」
国王が静かに視線を向ける。
「発言を許す」
騎士団長は深く一礼した。
「現戦力では、第二防衛線を維持できる保証はございません。突破されれば、戦場は王都へ移ります。避難の終わっていない民を守り切れる保証もございません」
一度言葉を切り、会議室を見渡した。
「私は軍人です。民を救える可能性があるなら、それを見過ごすことはできません」
会議室は再び静まり返る。
王女は膝の上で握り締めた手を見つめ、小さく息を吐いた。
「……本来、このようなことを申し上げるつもりはありませんでした」
一度言葉を切り、ゆっくりと顔を上げる。
「ですが、一人でも多くの民を救いたい。その思いだけは、どうしても捨てられないのです」
その瞳は僅かに揺れていた。
麻衣は王女を真っ直ぐ見つめる。
「王女様。行くかどうかは、私たちが決めます」
その一言に、大翔が頷いた。
「俺も行きます」
はるなも静かに続ける。
「私も参ります。民を見捨てることはできません」
美咲は三人の顔を順番に見つめ、小さく息を吸った。
「……麻衣」
麻衣が優しく視線を向ける。
「麻衣が行くなら、私も行く」
麻衣は穏やかに微笑んだ。
「うん。ありがとう」
再び会議室へ沈黙が流れる。
国王は目を閉じ、固く握っていた拳をゆっくりと膝の上へ置いた。
眉間には深い皺が刻まれ、しばらく四人から視線を外したまま動かなかった。
かたくなに拒み続ける国王を見つめ、麻衣は静かに口を開く。
「一つ、確認してもいいですか?」
国王はわずかに眉を動かし、静かに頷いた。
「申してみよ」
麻衣は会議室に集まる面々へゆっくりと視線を巡らせる。
「この中に、《エクスプロージョン》を使える方はいますか?」
突然の問いに、会議室の空気がわずかに揺れる。
騎士団長は戸惑いながら隣の魔導師団長へ視線を向けた。
魔導師団長は険しい表情のまま小さく頷き、慎重に口を開く。
「魔導師団総力で術式を構築すれば、一度だけなら同等規模の魔法を放つことは可能かと……」
麻衣は静かに頷いた。
「では、《メテオ》を使える方は?」
その瞬間、魔導師団長の表情が固まる。
周囲の大臣や軍幹部たちも互いに顔を見合わせた。
やがて魔導師団長は苦々しく首を横へ振る。
「そのような神話級の魔法を扱える者は、この王国にはおりません」
麻衣は少しだけ視線を落とした。
「そうですか」
小さく呟くと、何でもないことのように顔を上げる。
「私は、どちらも使えます」
会議室が静まり返った。
誰一人として言葉を発せない。
国王も王女も、麻衣を見つめたまま動きを止めている。
魔導師団長の額には冷たい汗が浮かび、宰相は目を見開いた。
騎士団長も息を呑み、軍幹部たちの間に小さなどよめきが広がる。
麻衣はそんな反応を気にする様子もなく、淡々と続けた。
「必要であれば、連続でも撃てます」
その言葉に、会議室を包む沈黙はいっそう深くなる。
大翔は額へ手を当て、小さく息を吐いた。
隣では、はるなが困ったような苦笑を浮かべている。
美咲だけは純粋に目を輝かせながら麻衣を見つめていた。
麻衣はわずかに首を傾げる。
「ただし、周囲の地形や環境を気にしなくていいなら、ですけど」
その一言で、会議室の空気はさらに重く沈む。
麻衣はゆっくりと国王へ視線を戻した。
「それでも、駄目ですか?」
国王は静かに目を閉じた。
長い沈黙が流れ、誰も口を開かなかった。
やがて国王は深く息を吐き、静かに口を開く。
「……それでもだ」
その返答に、麻衣はわずかに目を見開いた。
「余は国王だ。力の有無ではない。そなたらは、我らが召喚した客人。その客人へ命を懸ける戦いを頼むことだけはできぬ」
その言葉には迷いがなかった。
麻衣は数秒間、国王を見つめる。
やがて小さく笑った。
「やっぱり、そう言いますよね」
麻衣は静かに席を立ち、一歩だけ前へ出た。
「でしたら――」
一度言葉を切り、国王を真っ直ぐ見据える。
「一つだけ約束してください」
国王がゆっくりと顔を上げた。
「私たちは命令で戦うんじゃありません。自分たちの意思で戦います」
麻衣は穏やかな口調のまま続ける。
「だから、どんな結果になっても、その責任を陛下一人で背負わないでください」
国王の瞳が大きく揺れた。
「これは国王の命令ではありません。私たち四人が、自分で選んだ結果です」
大翔が静かに頷く。
「その通りです。俺たちが決めました」
はるなも席を立ち、麻衣の隣へ並んだ。
「誰にも強制されていません」
最後に、美咲も立ち上がる。
「麻衣が行くなら、私も行く」
四人は並んだまま、国王を真っ直ぐ見つめた。
国王は四人をゆっくりと見渡す。
固く結ばれた口元は動かず、膝の上へ置かれた拳だけが僅かに震えていた。
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