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第50話 急変

 侍女から報告を受けた王女は、表情を引き締めた。


「皆様、申し訳ございません。少し席を外させていただきます」


 王女は四人へ一礼すると、侍女を伴って足早に食堂を後にした。

 静かだった食堂へ、わずかな沈黙が流れる。


 大翔は閉じられた扉を見つめたまま、小さく呟いた。


「……何かあったな」


 麻衣も静かに頷く。


「うん。多分、あまり良くない話だと思う」


 はるなも不安そうに扉へ視線を向けた。

 美咲は落ち着かない様子で周囲を見回す。


「大丈夫……だよね?」


 誰もすぐには答えなかった。

 重い空気だけが、静かに室内を包んでいた。


 四人は一度客室へ戻り、王女からの連絡を待つことにした。

 それぞれ荷物を整理したあと、再び応接室へ集まり、静かな時間を過ごす。


 しかし、それからしばらくすると、城内の様子が目に見えて慌ただしくなり始めた。

 廊下を行き交う騎士や侍女の足音が増え、遠くから慌ただしい声も聞こえてくる。


 美咲は応接室の扉を少しだけ開け、廊下を覗いた。


「なんか、すごく騒がしくなってない?」


 麻衣も静かに頷く。


「行ってみよう」


 四人が応接室から廊下へ出ると、ちょうど一人の侍女が通り掛かった。

 麻衣はその侍女へ声を掛ける。


「何かあったんですか?」


 侍女は足を止めたものの、困ったように視線を伏せた。


「申し訳ございません。詳しいことは、私どもには……」


 一度言葉を切り、周囲を気にするように視線を巡らせる。

 そして、小さな声で続けた。


「これは、あくまでも噂として耳にしただけなのですが……」


 四人は静かに耳を傾ける。

 侍女は意を決したように口を開いた。


「王都北方を守る防衛拠点の一つが陥落した、と聞きました」


 その言葉に、美咲は思わず息を呑んだ。


「えっ……」


 はるなの表情もわずかに強張る。

 大翔と麻衣は顔を見合わせ、小さく視線を交わした。


 麻衣はゆっくりと廊下の奥へ視線を向ける。

 慌ただしく行き交う騎士たちの足音が、王城の廊下へ絶え間なく響いていた。


 侍女が去ったあと、応接室へ戻った四人の間には重い沈黙が流れていた。

 誰もすぐには口を開かなかった。


 やがて、大翔が静かに息を吐く。


「まずは武器と防具を用意しないとな」


 はるなも小さく頷いた。


「はい。この状況なら、その方がいいと思います」


 美咲は不安そうに三人を見回した。


「でも……私はどうしよう?」


 麻衣は美咲へ顔を向け、少しだけ考えてから口を開く。


「美咲はまだ戦わなくていいよ。何かあっても、私たちの近くにいて」


 美咲は少しだけ迷うような表情を浮かべたものの、やがて小さく頷いた。


「……分かった」


 麻衣は美咲の返事を確認すると、今度は大翔とはるなへ視線を向ける。


「それより、二人は武器が必要だよね」


 大翔が小さく頷いた。


「さすがに素手だけってわけにもいかないな」

「私も、先ほどお借りした木剣では戦えませんから」


 麻衣は少しだけ考えるように顎へ手を当てた。


「そっか。じゃあ、これ貸してあげる」


 そう言うと、何もない空間へ右手を差し出す。


 次の瞬間、空間が小さく揺らぎ、その中から蒼と黒を基調とした一振りのロングソードが静かに姿を現した。

 麻衣はその柄を握ると、そのまま大翔へ差し出す。


「久我くん、使って」


 三人は言葉を失った。


「「「……なっ!?」」」


 美咲だけは目を輝かせる。


「アイテムボックスだ!」


 麻衣はきょとんとした表情で首を傾げた。


「え? 二人とも空間魔法は使えないの?」


 大翔は苦笑しながら肩をすくめる。


「いや、俺は使えるぞ。ただ、中に入ってるのは現代で入れた物だけだ。記憶が戻った時は、中身は空っぽだった」

「私も使えますけど、久我くんと同じで、以前の物まで残っているわけではありません」


 麻衣は感心したように頷いた。


「へぇー」


 少しだけ考え込んだあと、真顔のまま大翔を見る。


「じゃあ、中身はエッチな奴ですか……」

「なっ!?」


 大翔の顔が一瞬で真っ赤になる。


「ち、違う! そんなもの入ってない! 第一、なんでそうなるんだ!」


 慌てる大翔を見て、美咲は思わず吹き出した。


「あははっ!」


 一方、はるなは何も言わなかった。

 ただ、大翔へ冷たい視線を静かに向けている。


 その視線に気付いた大翔は、ぎこちなく顔を逸らした。


「……だから、本当に違うって」


 大翔はぶつぶつと文句を言いながらも、麻衣からロングソードを受け取った。

 その瞬間、大翔の動きが止まる。


 目を見開き、手の中の剣を食い入るように見つめた。


「……え? これって……」


 麻衣は小さく微笑む。


「そうよ。あなたの剣。でしょ?」


 大翔は息を呑んだまま、言葉を失った。


 麻衣は続けて何もない空間へ手を差し入れる。

 再び空間が揺らぎ、今度は金と白銀を基調とした一振りのロングソードが姿を現した。


 その神々しい輝きを見たはるなも、思わず目を見開く。


「はい。結城さんはこれ」


 麻衣はその剣をはるなへ差し出した。

 はるなは恐る恐る受け取る。


「これ……聖剣……」


 静かに呟いた声が震えていた。

 麻衣は少し申し訳なさそうに笑う。


「ごめん。防具はさすがにないや」


 大翔とはるなは顔を見合わせ、再び麻衣へ視線を戻した。


 大翔がゆっくりと口を開く。


「……なんで、それを麻衣さんが持ってる?」


 はるなも戸惑いを隠せない。


「どうして、この剣を……」


 麻衣は少しだけ考える素振りを見せた。


「乙女のひ・み・つ♪」


 数秒の沈黙が流れる。

 麻衣は自分で小さく苦笑した。


「……あ、柄じゃないわね」


 肩をすくめ、いつもの調子で続ける。


「細かいことは気にしない!」


 そう言って話を打ち切る麻衣に、大翔とはるなは納得のいかない様子で顔を見合わせた。

 大翔は小さく肩をすくめる。


「絶対、何か隠してるだろ……」


 そうぼやきながら空間魔法を展開し、受け取ったロングソードを収納した。

 はるなも聖剣を見つめたまま、小さく頷く。


「……後で、ちゃんと聞かせてください」


 麻衣は少しだけ苦笑した。


「その時が来たらね」


 はるなは静かに頷く。


「分かりました」


 そう言うと、はるなも空間魔法を展開し、聖剣を静かに収納した。

 その様子を見ていた美咲は目を輝かせる。


「いいなぁ! 私も早く覚えたい!」


 麻衣は思わず小さく笑った。


「そのうち使えるようになるよ。美咲なら、きっと大丈夫」


 美咲が嬉しそうに笑っていると、応接室の扉が静かに叩かれた。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、先ほどとは別の侍女だった。

 侍女は四人へ一礼すると、丁寧な口調で告げる。


「王女殿下より伝言でございます。至急、大会議室までお越しいただきたいとのことです」


 四人は顔を見合わせた。

 麻衣は静かに立ち上がる。


「分かりました。案内をお願いします」


 侍女は深く一礼した。


「こちらへ」


 四人は侍女の後に続き、応接室をあとにした。

 王城の長い廊下を進み、いくつもの角を曲がっていく。


 廊下では騎士や文官たちが慌ただしく行き交い、時折、小走りで伝令が駆け抜けていった。

 城内を包む緊張感は、先ほどまでとは比べものにならない。


 数分ほど歩いたところで、侍女が足を止めた。


「こちらでございます」


 その先には、ひときわ大きな両開きの扉が静かにそびえていた。

 扉の両脇には近衛兵が直立し、四人の姿を認めると、一斉に敬礼する。


 近衛兵の一人が重厚な大扉へ手を掛け、静かに開いた。


「どうぞ、お入りください」


 四人は頷き、ゆっくりと大会議室へ足を踏み入れた。

 その瞬間、会議室にいた全員の視線が一斉に四人へ向けられる。


 室内には国王と王女をはじめ、騎士団長、宰相、各大臣、そして軍の幹部たちが一堂に会していた。

 誰一人として私語を交わす者はおらず、張り詰めた空気が会議室全体を支配している。


 騎士団長は四人の姿を認めると静かに席を立ち、一歩前へ進み出た。


「お待ちしておりました」


 騎士団長は一礼すると、国王のすぐそばに用意された席へ手を差し向ける。


「どうぞ、こちらへ」


 四人は騎士団長に案内され、静かにその席へ腰を下ろした。

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