第49話 それぞれの訓練、それぞれの想い
王女の手配により、はるなと美咲の魔力操作の訓練が始まった。
訓練場の中央では、神官が二人へ向かって穏やかに説明を始める。
「魔法を扱うためには、まず自分の魔力を感じることが大切です。最初から魔力を感じられる方は、ほとんどいらっしゃいません。焦る必要はありませんので、まずは目を閉じてください」
はるなと美咲は並んで静かに目を閉じた。
神官は二人を見守りながら続ける。
「呼吸を整え、身体の内側へ意識を向けてください。心臓の鼓動でも、血液の流れでも構いません。身体の奥にある、普段は意識しない感覚を探すつもりで集中してみてください」
静かな時間が流れる。
次の瞬間、はるなの身体の周囲へ淡い魔力が自然と集まり始めた。
神官は思わず目を見開く。
「……お見事です」
はるながゆっくりと目を開く。
「できました」
神官は感心したように頷いた。
「結城様は、すでに魔力操作の基礎を身につけておられるのですね」
はるなは少し照れくさそうに笑った。
「……結構、器用なんです」
神官も穏やかに微笑む。
「それでしたら、基本訓練は必要ございません」
一方、美咲は目を閉じたまま難しい顔をしていた。
「…………」
しばらく沈黙が続く。
やがて美咲はゆっくりと目を開いた。
「……何も分かりません」
神官は優しく微笑んだ。
「それで大丈夫です。ほとんどの方は、そこから始まります。魔力とは、最初は感じようとして感じられるものではありません。これから少しずつ、その感覚を身につけていきましょう」
美咲は少し安心したように息を吐く。
「そうなんですね」
「はい」
神官は静かに頷いた。
「では、もう一度試してみましょう」
美咲は大きく頷いた。
「よろしくお願いします!」
魔力操作に問題がないことを確認したはるなは、少し離れた場所で待っていた上級騎士との手合わせへ移った。
美咲はそのまま神官の前へ残り、何度も目を閉じながら魔力を感じようとしている。
さらに少し離れた場所では、麻衣と大翔が二人の訓練を静かに眺めていた。
麻衣は美咲とはるなの様子を見守っていたが、ふと隣へ視線を向ける。
大翔も訓練場を見ていたものの、どこか遠くを見るような表情で静かに考え込んでいた。
その横顔を見た麻衣は、小さく息をつく。
「久我くん」
大翔はゆっくりと顔を向けた。
「ん?」
麻衣は真っ直ぐ大翔を見つめる。
「一人で行こうなんて思ってるんじゃない?」
一瞬だけ、大翔の表情が固まった。
「……何のことだ?」
視線を逸らしながら、とぼけるように答える。
麻衣は小さく苦笑した。
「図星みたいだね」
大翔は肩をすくめる。
「相変わらず鋭いな」
少しだけ沈黙が流れた。
麻衣は考えるように視線を落とす。
「前世……」
小さく首を傾げた。
「ああ、久我くんの場合は未来になるのかな?」
大翔は苦笑する。
「どうなんだろうな。今の俺がこの世界へ来た以上、大学三年の時に起きた召喚が、同じようにもう一度起きるとは思えないけど」
麻衣も静かに頷いた。
「そうだね。そこは私にも分からないか」
大翔は再び訓練場へ視線を向けた。
麻衣はその横顔をしばらく見つめたものの、それ以上は何も言わなかった。
神官の指導は、その後も続いた。
美咲は何度も目を閉じ、教えられたとおりに呼吸を整えながら身体の内側へ意識を向ける。
「焦る必要はありません。魔力は無理に探すものではなく、自然と感じ取れるようになるものです」
神官の穏やかな声が響く。
美咲は小さく頷き、再び集中した。
数分が過ぎる。
「……あれ?」
美咲がゆっくりと目を開いた。
「何かございましたか?」
神官が優しく尋ねる。
美咲は少しだけ首を傾げた。
「気のせいかもしれないんですけど……身体の奥が、少しだけあったかいような気がしました」
神官は穏やかに微笑んだ。
「それで結構です。その感覚を忘れないよう、少しずつ繰り返していきましょう」
美咲の表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか!」
「はい。最初の一歩としては十分です」
美咲は嬉しそうに拳を握った。
「よかったぁ……」
その頃、少し離れた場所では、はるなが木剣を手に上級騎士と向かい合っていた。
「それでは、参ります」
はるなが一礼する。
上級騎士も静かに木剣を構えた。
「いつでも」
はるなが地面を蹴る。
素早く間合いを詰め、連続して木剣を振るった。
上級騎士は落ち着いてその剣を受け流し、隙を見て軽く打ち返す。
はるなは素早く距離を取り、再び構え直した。
その後も何度か剣を交え、やがて上級騎士が木剣を下ろした。
「ありがとうございました」
はるなが一礼する。
上級騎士も静かに頷いた。
「剣筋は綺麗です。基礎もよく身についております。今回は身体強化魔法を使わず、基礎だけでお願いしましたが、それでも十分な実力をお持ちです」
はるなは静かに耳を傾ける。
上級騎士は穏やかに笑みを浮かべた。
「身体強化魔法との組み合わせでは、もう少しで私は凌駕されるでしょう。ですが、今のお身体では長時間の戦闘はまだ厳しいと思われます。体力と持久力が身につけば、その差もすぐに埋まるでしょう」
はるなは少し照れくさそうに笑った。
「ありがとうございます。もっと鍛錬します」
その間も、大翔は訓練場へ視線を向けていた。
しばらく黙っていた大翔が、小さく口を開く。
「もし向こうがまだ残っているなら……」
言葉はそこで途切れた。
大翔は一度視線を落とし、自嘲気味に笑う。
「俺が姿を現せば、もしかしたらこれ以上の戦火は防げるのかもしれない……なんて、考えたりしてる」
麻衣は静かに大翔を見つめた。
「だから、一人で行こうとしてたんだ」
大翔は否定せず、小さく苦笑する。
麻衣は穏やかな口調のまま続けた。
「でも、久我くんを知っている人にたどり着くには、多分一人じゃ難しいよ」
少しだけ間が流れる。
麻衣は真っ直ぐ大翔を見つめた。
「それに、一人で行く必要もない」
大翔は返事をしなかった。
ただ、握っていた拳を静かに握り直す。
やがて神官が美咲へ声を掛けた。
「本日の訓練は、ここまでにいたしましょう」
美咲は大きく息を吐き、ほっとしたように笑う。
「少しだけ分かった気がします!」
神官は穏やかに頷いた。
「それで十分です」
少し遅れて、手合わせを終えたはるなも戻ってきた。
美咲は嬉しそうに手を振り、はるなも穏やかに微笑んで小さく頷く。
麻衣は二人を見比べ、小さく口元を緩めた。
「美咲も、少し進歩したね」
美咲の表情がぱっと明るくなる。
「ほんと!?」
麻衣は静かに頷いた。
「うん。ちゃんと魔力を感じられるようになってた」
美咲は嬉しそうに笑う。
「やった!」
麻衣は視線をはるなへ向けた。
「結城さんも順調だったね」
はるなは少し照れくさそうに微笑む。
「ありがとうございます。まだまだ体力が足りませんけど」
麻衣は小さく頷いた。
「そこは焦らなくていいよ。身体はちゃんと鍛えれば応えてくれるから」
嬉しそうに笑う美咲と、静かに頷くはるなの姿を見つめながら、麻衣は穏やかに口元を緩めた。
訓練を終えた一行は、王女の案内で城内の食堂へ向かった。
大きな窓から柔らかな陽光が差し込み、長い食卓には色とりどりの料理が並んでいる。
それぞれ席へ着き、昼食が始まった。
美咲は最初の一口を口へ運ぶと、ぱっと表情を明るくした。
「おいしい!」
その無邪気な声に、王女も思わず微笑む。
「お口に合いましたようで何よりです」
和やかな雰囲気の中、王女は美咲へ視線を向けた。
「佐藤様、本日の訓練はいかがでしたか?」
美咲は少し照れくさそうに笑う。
「難しかったです! まだ全然ですけど、最初よりは分かった気がします!」
王女も穏やかに微笑んだ。
「それは何よりです」
続いて王女は、はるなへ視線を向ける。
「結城様はいかがでしたか?」
はるなは静かに姿勢を正した。
「課題がよく分かりました。特に体力不足を実感しました」
麻衣はそんな二人を見て、小さく口元を緩める。
「初日としては十分だったよ」
その言葉に、美咲は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
大翔は苦笑しながら肩をすくめる。
「今日は完全に付き添いだったな」
麻衣は小さく笑った。
「私も今日は見てただけだけどね」
少しだけ間を置き、大翔へ視線を向ける。
「でも、そのうち嫌でも出番が来るよ」
大翔は苦笑を浮かべた。
「それ、あんまり嬉しくないな」
その返事に四人は思わず笑い合った。
王女はその様子を見つめ、柔らかく微笑む。
「皆様は本当に仲が良いのですね。少し羨ましく思います」
その言葉に、美咲は少し照れくさそうに笑い、はるなも静かに微笑んだ。
やがて昼食も終わりに近づいた頃、食堂の扉が静かに叩かれる。
「失礼いたします」
侍女が一礼し、王女へ向き直った。
「王女殿下。ご報告がございます」
王女は侍女の表情を見ると、小さく頷いた。
その瞳から、穏やかな色が静かに消えていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
少しでも「面白かった」と思っていただけましたら、ブックマーク・★評価・リアクション・一言感想のどれか一つでもいただけると、とても励みになります。
ありがとうございました!




