第48話 光と聖、規格外の資質
美咲は巨大な魔法陣の中央まで歩くと、ゆっくりと足を止めた。
「ここでいいんですか?」
王女は穏やかに頷く。
「はい。そのままお立ちください」
美咲は小さく深呼吸した。
「なんだか緊張するなぁ……」
麻衣は思わず苦笑する。
「そんなに構えなくても大丈夫。見てるだけだから」
美咲は麻衣を見て、小さく笑った。
「麻衣がそう言うなら安心かな」
法具の傍らには、白い法衣をまとった神官が一人控えていた。
神官は石柱と床へ広がる魔法陣を一通り確認すると、王女へ静かに頷く。
王女は法具の前へ進み、石柱の足元へ描かれた魔法陣へ静かに右手をかざした。
淡い光が指先から流れ込む。
次の瞬間、床一面へ刻まれた魔法陣が、一つ、また一つと順番に青白く輝き始めた。
低く澄んだ音が部屋の中へ静かに響き、石柱の表面へ無数の魔法文字が浮かび上がってゆっくりと流れ始める。
頂上のクリスタルも呼応するように、淡い輝きを放った。
「法具、起動」
王女が静かに告げる。
魔法陣から立ち上る淡い光がゆっくりと美咲の足元へ集まり、その身体を包み込んでいく。
美咲は少しだけ肩を震わせた。
「わっ……。なんだか、あったかい」
淡い光は美咲の周囲をゆっくりと巡りながら、石柱の頂へ吸い上げられていく。
頂上のクリスタルが一度だけ強く明滅し、王女と神官は静かにその様子を見守っていた。
大翔とはるなも息を呑み、法具から目を離さない。
麻衣も静かに石柱へ視線を向けていた。
やがて、石柱の表面を流れていた魔法文字が一斉に静止する。
部屋を満たしていた低い音も、すっと消えた。
王女は石柱へ視線を向ける。
「……え?」
思わず漏れた小さな声とともに、その表情から穏やかな笑みが消えた。
傍らにいた神官も、石柱へ浮かぶ文字を見つめたまま息を呑む。
「これは……」
震える声が静かな部屋へ響いた。
美咲は不安そうに王女と神官を見比べる。
「どうかしたんですか?」
大翔とはるなも互いに顔を見合わせた。
麻衣は石柱を見つめたまま、小さく目を細める。
神官は石柱へ浮かぶ魔法文字を何度も確認したが、表示は変わらなかった。
眉を僅かに寄せ、小さく息を呑んでから、ようやく王女へ向き直る。
「……結果に間違いはございません」
その声には、隠しきれない動揺が滲んでいた。
王女の表情も真剣なものへ変わる。
「結果を」
神官は静かに頷いた。
「光属性適性……最高位。聖属性適性……最高位」
部屋が静まり返った。
王女は目を見開く。
「光と聖、両方が最高位なのですか……?」
「はい。この二属性がともに最高位となる例は、王国の記録にもごく僅かしか残されておりません」
一度言葉を切ったものの、神官の表情から動揺は消えなかった。
王女はその様子に気付き、小さく眉を寄せる。
「まだ何かあるのですね」
神官はゆっくりと頷き、再び石柱へ視線を向けた。
「……魔力量です」
その一言で、部屋の空気が再び張り詰める。
神官は表示された数値をもう一度確認すると、ゆっくりと首を横へ振った。
「王国に残る記録にも、この数値は存在しません」
王女は思わず息を呑む。
「記録にも……ない?」
「はい。私も、この法具でこのような結果を目にしたのは初めてです」
美咲は周囲を見回した。
王女も神官も、先ほどまでとはまるで違う真剣な表情をしている。
「えっと……。つまり、私は何かやっちゃいました?」
不安そうな声だった。
王女ははっとしたように美咲へ顔を向け、優しく微笑む。
「いいえ。ご安心ください。これは決して悪い結果ではありません」
一拍置き、穏やかな声で続ける。
「むしろ、大変喜ばしい結果です」
神官も頷いた。
「佐藤美咲様。光と聖の両属性で最高位の適性を持つ方を、私は初めて拝見いたしました。王国の記録にも、ごく僅かな例しか残されておりません」
一度石柱へ視線を向ける。
「加えて、その魔力量に至っては記録に残る数値を超えております」
美咲は目をぱちぱちと瞬かせた。
「えぇっ!?」
思わず漏れた驚きの声が部屋へ響く。
大翔とはるなが顔を見合わせた。
表示された内容までは分からなくても、王女と神官の反応だけで、それが常識では考えられない結果であることは十分に伝わっていた。
はるなは石柱へ視線を向けたまま、小さく息を呑んだ。
普段の落ち着いた表情は消え、表示された魔法文字を見つめたまま言葉を失っている。
神官の言葉を聞いた美咲は、一瞬きょとんとした。
次の瞬間、ぱっと表情を輝かせる。
「やったーー!」
両手を上げ、その場でぴょんと飛び跳ねた。
王女も神官も、その突然の反応に思わず目を丸くする。
麻衣は思わず笑みを浮かべた。
「おめでとう」
「うん!」
美咲は満面の笑みで大きく頷く。
「じゃあ、もう魔法使えるんだよね? よーし、早速!」
嬉しそうに両手を前へ突き出した。
「クリーン!」
部屋は静まり返った。
何も起こらない。
「あれ?」
美咲は首を傾げる。
もう一度大きく息を吸った。
「クリーン!」
やはり何も起こらなかった。
美咲は両手を見つめたまま肩を落とす。
「……出ない」
麻衣は額へ手を当て、小さくため息をついた。
「まだ使えるわけないでしょ! 魔力があるのと、魔法が使えるのは別だから」
美咲は勢いよく麻衣を振り返る。
「えぇぇぇ!? 聞いてないよー!」
その本気の抗議に、王女が思わずくすりと笑う。
神官も口元を緩め、小さく笑みを浮かべた。
大翔は苦笑しながら肩をすくめる。
「早すぎるだろ」
はるなも口元へ手を添え、小さく笑った。
「私も最初は、すぐ魔法が使えると思っていました」
「え? 結城さんも?」
「はい」
はるなが照れくさそうに微笑む。
「教官にも同じことを言われました」
その言葉に、美咲も思わず吹き出した。
「あははっ! 私だけじゃなかったんだ!」
大翔も小さく笑う。
王女も神官も穏やかに口元を緩め、部屋にはいつの間にか自然な笑いが広がっていた。
ひとしきり笑いが落ち着くと、神官は一歩前へ出た。
「佐藤美咲様」
美咲は姿勢を正す。
「は、はい!」
神官は穏やかに頷いた。
「本日判明したのは、あくまでも魔力と適性です。魔法を扱うためには、これから魔力操作を身につける必要があります」
美咲は小さく肩を落とした。
「やっぱり訓練なんですね」
「はい。ですが、その資質であれば、習得まで長い時間は必要ないでしょう」
神官は優しく微笑む。
その言葉に、美咲の表情がぱっと明るくなった。
「本当ですか!」
「ええ。基礎から順を追って学べば、必ず扱えるようになります」
美咲は嬉しそうに拳を握る。
「よーし! 頑張ります!」
王女も穏やかに微笑んだ。
「それでは、魔力操作をご指導できる者を手配いたしましょう」
その様子を見ていたはるなが、おずおずと口を開く。
「でしたら……」
全員の視線が集まった。
「私も、一緒に魔力操作を教わってもよろしいでしょうか」
王女は少し驚いたように目を瞬かせる。
「結城様も、ですか?」
はるなは少し照れくさそうに微笑んだ。
「はい。まだ自信がありませんので、この機会にもう一度基礎から学びたいんです」
一度言葉を切り、小さく息を吸う。
「それと、もし可能でしたら、剣術のお相手もお願いしたいんです。今の自分の実力を知って、足りないところを学びたいと思っています」
王女は穏やかに頷いた。
「承知いたしました。剣術につきましても、後ほど手配させていただきます」
王女は大翔へ視線を向ける。
「久我様はいかがなさいますか?」
大翔は軽く首を横へ振った。
「俺は遠慮しておきます。必要になったら、その時にお願いします」
王女は静かに頷く。
「承知いたしました」
最後に麻衣へ視線を向ける。
「麻衣様はいかがなさいますか?」
麻衣は小さく首を横へ振った。
「私は大丈夫です」
王女は穏やかに微笑む。
「分かりました。それでは、佐藤様と結城様のお二人分を手配させていただきます」
神官も一礼した。
「準備が整いましたら、お迎えに参ります」
美咲は嬉しそうに両手を握り締める。
「よろしくお願いします!」
はるなも静かに頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
王女は二人へ優しく微笑み返す。
美咲は嬉しそうに笑い、はるなも静かに頷いた。
その二人の様子を見つめながら、麻衣は小さく口元を緩めた。
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