第47話 魔力適性測定と百五十年前の法具
翌朝。
四人は王女とともに朝食を囲んでいた。
和やかな雰囲気の中、ふと何かを思い出したようにはるなが顔を上げる。
「そういえば……」
王女が首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「この国には、魔力適性を調べる法具がありましたよね?」
王女はすぐに頷いたものの、不思議そうに四人を見渡す。
「はい。現在もございます。ですが……皆様には不要では?」
すると、美咲がそっと片手を挙げた。
「私が必要なんです」
王女はにこりと微笑んだ。
「はい。承知しました。すぐに準備させますね」
その返事に、麻衣が少し心配そうに美咲を見る。
「美咲。別に魔力なんてなくてもいいから。気にしないで」
美咲はきょとんとしたあと、ぶんぶんと首を横へ振った。
「違うよ! 魔力があったら、麻衣にクリーンとかヒールとか教えてもらえるじゃん!」
少し身を乗り出し、にやりと笑う。
「優香や奈緒に『覚えた!』って見せられるでしょ?」
麻衣は呆れたようにため息をついた。
「そこなの?」
はるなが思わず笑う。
「便利ですよ~! 特にクリーンとウォーターは! 女子の味方です!」
美咲はぱっと表情を明るくした。
「じゃあ、クリーンとかウォーターで!」
あまりにも早い方向転換に、麻衣は額へ手を当てる。
「そこ、切り替わるんだ……」
大翔は思わず吹き出し、王女もつられて小さく笑った。
朝食を終えた四人は、王女から「法具の準備に少々お時間をいただきます」と告げられ、一度客室へ戻っていた。
中央の応接室へ入ると、それぞれが椅子へ腰を下ろす。
しばらく静かな時間が流れたあと、はるなが小さく口を開いた。
「一つ、気になっていることがあるんです」
三人がはるなを見る。
はるなは少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「私は前世の記憶を取り戻して、まだ一か月しか経っていません」
一度だけ自分の手を見る。
「魔法は少しずつ思い出してきていますけど、剣術にはまだ自信がありません。身体も前世とは違いますし、思うように剣を振れないこともあります」
麻衣は小さく頷いた。
「それなら、まずは今の実力を見てもらった方がいいね」
はるなが顔を上げる。
「まずは騎士団の上級者と一度手合わせして、今の実力を見てもらおうか。それで課題が分かれば、その後どうするか考えればいいよ」
大翔も静かに頷く。
「それがいいかもな」
はるなも安心したように微笑んだ。
「そうですね……。最初は、それでお願いします」
少しだけ間を置き、はるなは真っ直ぐ麻衣を見つめる。
「でも、その後は……できれば、麻衣さんに教えていただきたいです」
麻衣は目を丸くした。
「え? 久我くんじゃないの?」
はるなは静かに首を横へ振る。
「もちろん、久我くんもすごいと思います。でも、私は勇者です。だから、勇者の剣術を学ぶのが一番だと思うんです」
麻衣は困ったように苦笑した。
「うーん……。勇者の剣術って言われてもなぁ」
はるなが首を傾げる。
麻衣は肩をすくめた。
「私の剣術、勇者養成機関のものじゃないんだけど?」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「えっ?」
はるなが思わず声を上げる。
「そうなんですか!? てっきり勇者養成機関の剣術は、歴代勇者が受け継いできた型なんだと思っていました」
麻衣は苦笑いを浮かべた。
「私は勇者養成機関なんて行ってないし、そんな機関があることも今初めて知ったよ」
三人が息を呑む。
麻衣はその反応を見ながら続けた。
「私の剣は、いろいろな剣術を参考にしながら、自分なりに組み上げた剣なんだ」
はるなは驚いたまま、麻衣を見つめていた。
四人が話を終えた頃、応接室の扉が静かに叩かれた。
「失礼いたします」
侍女が一礼する。
「法具の準備が整いましたので、ご案内いたします」
四人は立ち上がり、侍女の案内で城の奥へと歩き始めた。
いくつもの廊下を進み、重厚な扉の前で侍女が足を止める。
ゆっくりと扉が開かれた。
そこは広い石造りの部屋だった。
床一面には幾重もの魔法陣が展開され、淡い青白い光を放っている。
その中心には五メートルほどの石柱がそびえ立ち、その頂には透明なクリスタルが静かに輝いていた。
法具の前では、王女が穏やかな笑みを浮かべて四人を迎える。
「お待ちしておりました」
王女は法具へ軽く手を向けた。
「こちらが、魔力適性を調べる法具です」
「……大きい」
美咲が思わず声を漏らした。
「え? 私、ダチョウの卵くらいのクリスタルを『触ってください』って言われるんだと思ってた」
両手を二十から三十センチほど離し、そのくらいの大きさを表してみせる。
麻衣は思わず吹き出した。
「どこぞの冒険者のアニメじゃないんだから。そんな簡単なものじゃないよ」
「そ、そういうものなんだ……」
美咲は苦笑しながら、改めて法具を見上げた。
麻衣も静かに法具へ視線を向ける。
石柱も、床いっぱいに広がる魔法陣も、頂で静かに輝くクリスタルも、麻衣の記憶にある姿から何一つ変わっていなかった。
「……まだ使ってたんだ」
ぽつりと漏れたその一言に、王女が不思議そうに首を傾げる。
「この法具をご存じなのですか?」
麻衣は自然に頷いた。
「うん。これ、私が作ったものだから」
言葉を口にした瞬間だった。
「あっ……」
麻衣の表情が固まる。
しまったと言わんばかりに口元を押さえた。
部屋の空気が、一瞬で止まる。
王女は目を見開いたまま、麻衣を見つめていた。
「……お作りになった、とおっしゃいましたか?」
麻衣は苦笑いを浮かべるしかなかった。
王女は一度法具へ視線を向けてから、ゆっくりと麻衣へ戻す。
「この法具は、百年以上前、第十六代勇者セリア・グラハート様がお作りになられたものと伝えられております」
その瞳には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。
美咲はきょとんとしたまま、麻衣と王女を交互に見つめる。
はるなは小さく息を呑み、大翔は額へ手を当てて苦笑した。
麻衣は居心地が悪そうに頬をかいた。
「あー……」
小さく漏れた声だけが、静まり返った部屋へ響く。
王女は麻衣と法具を何度も見比べていた。
「ご、ごめんなさい。今のは言い方が悪かったです」
「言い方、ですか?」
王女が不思議そうに首を傾げる。
「『まだ使ってた』じゃなくて、『まだこういう形を使ってるんだ』って言いたかったんです」
麻衣は慌てて言い直し、照れくさそうに頭をかいた。
「向こうの学校で文化祭があるんです。その時、気象観測をテーマにした展示をやって、入口に置く観測塔の展示物を担当したことがあって……」
法具へ視線を向ける。
「石柱の形とか、上に付いている部分とか、全体の雰囲気がすごく似ていたんです。それで自分が作った展示物を思い出して、つい『私が作ったもの』みたいな言い方になっちゃって」
困ったように笑う。
「ごめんなさい。紛らわしいこと言っちゃって」
王女はもう一度、巨大な法具を見上げた。
「観測塔……ですか?」
「はい。向こうでは魔法ではなく、機械を使って風向きや雨、気温なんかを観測する装置があるんです。見た瞬間、それを思い出しちゃって」
王女は何度か瞬きを繰り返した。
「なるほど……。異世界には、そのような技術もあるのですね」
そう答えたものの、王女の視線はもう一度だけ麻衣と法具の間を往復する。
どこか腑に落ちない様子を残していたが、それ以上問い返すことはなかった。
隣では大翔が小さく苦笑し、はるなも僅かに表情を緩める。
美咲は麻衣の横顔を見た。
一瞬だけ目が合う。
麻衣は困ったように笑っていた。
美咲は思わず口元へ手を当てる。
「ふふっ……」
声を殺して小さく笑う。
麻衣はようやく小さく息を吐いた。
王女は改めて法具へ向き直る。
「それでは、本来の目的へ戻りましょう。佐藤美咲様、法具の中央へお進みください」
「はい!」
美咲は笑顔で返事をすると、巨大な魔法陣の中央へ歩き出した。




