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第42話 絶望を覆す力

 一方、はるなは王女と美咲を背に庇いながら、周囲の戦況へ視線を巡らせていた。


 《フィジカル・ブースト》によって強化された身体へ力を込め、《クイック・アクセル》によって緩やかになった視界の中で、迫る魔族兵たちの位置と動きを見定める。

 王女から託された剣を両手で握り直すと、二人の前から離れ過ぎない位置で剣先を正面へ向けた。


 はるなは王女と美咲を背に庇ったまま、一歩も位置を譲らず魔族兵たちを迎え撃つ。


「王女を狙え!」


 近衛騎士の隙を突いた一人の魔族兵が、王女へ向かって一直線に駆け抜ける。

 さらに左右から二人が回り込み、三方向から同時に襲い掛かった。


 はるなは正面から迫る魔族兵へ向かって地面を蹴ると、加速した身体で一気に間合いを詰めた。

 振り下ろされた剣を紙一重でかわし、その勢いを殺さないまま懐へ潜り込み、王女から借り受けた剣を胸元へ横一線に走らせる。


 魔族兵は悲鳴を上げる間もなく黒い靄となって崩れ落ちた。

 はるなは斬り抜けた勢いのまま身体を反転させ、左側から振り下ろされた二人目の剣を受け流す。


 刃の軌道を外された魔族兵の手首へ斬撃を走らせると、握力を失った手から剣が宙へ舞った。

 体勢を崩した相手へさらに踏み込み、肩口から胸元へ向けて斜めに斬り抜ける。


 二人目の魔族兵も黒い靄となって消滅した。

 三人目は怯むことなく咆哮を上げ、正面から力任せに斬り掛かってくる。


 はるなは半歩だけ踏み込み、相手の剣を正面から受け止めるのではなく、刃を滑らせるようにして力の方向を逸らした。

 勢い余って前へ流れた魔族兵と身体を入れ替え、その背後へ回り込む。


 振り返ろうとした相手の背中へ剣を走らせると、三人目も黒い靄となって静かに崩れ落ちた。


「まだいる!」


 近衛騎士の叫びに、はるなは視線だけを動かして新たな敵の位置を確かめる。

 右側から二人、左側から一人が近付き、その後方では狼型魔獣が地面を蹴って飛び掛かろうとしていた。


 はるなは最も近い右側の魔族兵へ一歩で間合いを詰め、振り上げられた剣を横から弾きながら喉元を斬り抜いた。

 返す動きで二人目の剣を受け流すと、そのまま身体を回転させ、胸元へ斜めの斬撃を浴びせる。


 左側から突き込まれた剣は半身になってかわし、伸び切った腕の内側へ入り込むと、腹部から胸元へ向かって剣を振り上げた。

 三人の魔族兵は王女たちへ近付くことさえできず、相次いで黒い靄となって消えていく。


 その直後、狼型魔獣が牙を剥きながら目前まで迫った。

 はるなは一歩も退かず、巨体が飛び掛かる瞬間に身体を低く沈める。


 魔獣の懐へ潜り込みながら首元へ剣を走らせると、狼型魔獣は勢いのまま数歩だけ駆け抜け、その身体を黒い靄へ変えて霧散した。


 はるなはすぐに王女と美咲の前へ戻り、二人を背に庇える位置で再び剣を構える。

 戦闘を続けても呼吸は乱れておらず、その剣先にも揺らぎはなかった。


「結城様……すごい……」

「まだ終わっていません」


 はるなは正面から視線を外さず、落ち着いた声で答えた。

 近衛騎士たちも一瞬だけはるなの戦いへ視線を向けたが、すぐに自分たちの持ち場へ戻る。


 王女は、迫る敵を次々と斬り伏せながらも決して深追いせず、必ず自分たちの前へ戻ってくるはるなの背中を見つめていた。

 借り受けた剣を握るその姿には迷いがなく、王女と美咲を守るための位置を最後まで崩していなかった。


 その頃、右翼では麻衣が残された魔族兵たちを追い詰めていた。

 指揮官を失った部隊は統率を取り戻せず、最後まで抵抗を続けようとする者と、生き残るために逃げ出そうとする者に分かれている。


「まだ終わっていない!」


 一人の魔族兵が剣を掲げ、崩れかけた仲間たちを鼓舞しようと声を張り上げる。

 しかし、その声へ応じて隊列を組み直そうとする者はいなかった。


「逃げろ!」

「勝てる相手じゃない!」

「隊長もやられた!」


 悲鳴にも似た叫びが飛び交い、ある者は街道脇の林へ逃げ込み、別の者は来た道を引き返そうとする。


 麻衣は逃げ惑う兵士たちの動きを冷静に見渡し、視線と足の向きから、それぞれが選ぼうとしている逃走経路を読み取っていた。

 右側の林へ向かった兵士よりも早く木々の手前へ回り込み、進路を塞ぐように懐へ踏み込む。


 振り向きざまに振るわれた剣を受け流し、横一線の斬撃で黒い靄へ変えると、麻衣はその場に留まらず、街道の後方へ逃げようとしていた別の兵士へ向かって地面を蹴った。

 逃げ切れると思っていた魔族兵が背後の気配に気付き、恐怖に顔を歪めながら振り返る。


 その視界へ蒼白い斬光が走り、兵士は剣を構える暇もなく黒い靄となって消滅した。


「どこにいる!」

「見えない!」

「速すぎる!」


 麻衣の位置を見失った魔族兵たちは互いに背中を合わせようと動くものの、その隊形が整うより早く、隙間から麻衣が踏み込んでくる。

 一人の剣を下から弾き上げ、その開いた胴へ斬撃を走らせると、返す刃で隣にいた兵士の胸元を薙ぎ払った。


 後方へ逃れようとした者も、振り返ったときには麻衣がすでに間合いへ入り込んでおり、その身体へ斜めの斬線を刻まれていた。

 蒼白い斬光が戦場を縦横に駆け抜けるたび、右翼に残っていた魔族兵の姿が減っていく。


 やがて金属音も怒号も途絶え、最後まで剣を握っていた魔族兵が黒い靄となって消滅した。

 麻衣は足を止めると、《エーテルソード》を構えたまま周囲へ視線を巡らせる。


 林へ逃げ込んだ敵はおらず、生き残っている魔獣の気配も感じられない。

 右翼部隊が完全に沈黙したことを確かめると、麻衣は小さく息を吐き、右手に握っていた《エーテルソード》を下ろした。


 蒼白い刀身は無数の光の粒となってほどけ、朝日に溶け込むように静かに消えていった。


 左翼でも、戦いは終わりを迎えようとしていた。

 最後まで抵抗を続けていた魔族兵が雄叫びを上げ、大翔へ向かって渾身の力で剣を振り下ろす。


「うおおぉぉっ!」


 大翔は半歩だけ身体をずらして刃をかわし、勢い余って前へ流れた相手の腕を取る。

 振り下ろした力をそのまま利用するように身体をひねると、魔族兵の身体は宙を舞い、背中から地面へ叩き付けられた。


 魔族兵が苦痛に顔を歪めながら起き上がろうとしたところへ、大翔は首筋へ加減した手刀を落とす。

 相手はその場で意識を失い、握っていた剣を手放した。


 大翔が周囲へ視線を巡らせると、街道には武器を失って気絶した者や、抵抗を諦めて膝をついた魔族兵たちが残されている。

 麻衣から頼まれたとおり、捕虜として確保できる者はすべて生かしたまま戦闘能力を奪っていた。


 新たに向かってくる敵がいないことを確認すると、大翔は小さく息を吐いて拳を下ろした。


 はるなも王女と美咲を背に庇ったまま、最後まで周囲への警戒を解かなかった。


「……敵影はありません!」


 近衛騎士の一人が周囲を確認し、戦場全体へ届く声で報告する。


 はるなはその言葉を聞いてもすぐには剣を下ろさず、林の奥や倒れた近衛騎士の間へ視線を巡らせ、新たな敵が潜んでいないかを確かめた。

 数秒の静寂が流れ、本当に敵の気配が消えたことを確認してから、ようやく剣先を僅かに下げる。


 振り返って王女と美咲の身体へ視線を走らせ、二人に怪我がないことを確かめると、はるなは張り詰めていた息を小さく吐き出した。


「ありがとうございます……」


 王女が胸を撫で下ろしながら礼を告げる。


「ご無事で何よりです」


 はるなは穏やかに微笑み、借り受けた剣を下げたまま静かに答えた。


 その頃、右翼から麻衣も歩いて戻ってきていた。

 制服には戦場を駆け抜けた際の土埃が付いているものの、目立った傷や汚れは見当たらない。


 その姿を見つけた近衛騎士の一人が、思わず息を呑む。


「もう……終わったのか……」


 つい先ほどまで激戦が繰り広げられていた右翼には、立っている魔族兵は一人もいなかった。


 麻衣は静かに大翔の前で足を止め、周囲へ倒れている魔族兵たちを見回す。


「ありがとう、久我くん」

「ああ」


 大翔は確保した捕虜たちへ視線を向けたまま、小さく頷く。


「捕虜は確保してある。逃げる者もいない」

「助かる」


 短く答えた麻衣は、続いてはるなへ視線を向けた。


「結城さんもありがとう。二人とも無事?」

「はい。美咲さんも王女殿下も、お二人ともご無事です」


 そう答えたはるなの表情も、ようやく柔らかくなる。


 麻衣は二人の姿を自分の目でも確かめ、胸の奥で張り詰めていたものが解けるように、小さく息を吐いた。


「ありがとう、結城さん」

「いえ」


 はるなが微笑む。


「守るよう頼まれましたから」


 その言葉を聞いた美咲も、ほっとしたように笑みを浮かべた。


「結城さん、本当にありがとう」

「どういたしまして」


 短いやり取りだったが、それだけで十分だった。


 近衛騎士たちは戦場に残された光景と、目の前に立つ三人を何度も見比べていた。

 つい先ほどまで自分たちが命を懸けても押し返せなかった魔国軍が、今では完全に沈黙している。


 その前方と右翼では魔族兵が一人残らず討ち倒され、左翼では武器を捨てた魔族兵たちが降伏している。

 一人の近衛騎士は剣を握ったまま立ち尽くし、別の騎士はゆっくりと首を横へ振った。


「私たちが総掛かりでも押し返せなかった相手を……たった三人で……」


 誰も否定できなかった。

 目の前に残る戦場そのものが、その事実を物語っていた。


 王女も麻衣、大翔、はるなの三人へ視線を向けた。

 年齢の近い三人を前に、しばらく言葉もなくその姿を見つめ続ける。


 昨日、国王から聞かされた絶望的な戦況とは対照的に、目の前では三人が二百を超える魔国軍を短時間で退けていた。

 王女はやがて三人の前まで歩み寄ると、深く頭を下げた。


「皆様のおかげで、多くの命が救われました。心より感謝申し上げます」


 麻衣は大翔とはるなの顔を見た。

 二人も静かに頷く。


 それを確認してから王女へ向き直り、小さく首を振った。


「いえ、まだ終わっていません。捕虜から話を聞いて、魔国軍がどうしてこの場所を狙ったのか確認した方がいいと思います」

「……分かりました」


 王女が頷くと、近衛騎士たちも我に返ったように動き始める。


「負傷者を確認しろ!」

「捕虜を拘束しろ!」

「周囲の警戒を続けろ!」


 指示を受けた騎士たちは一斉に駆け出し、負傷者の救護や捕虜の拘束、周囲の警戒へ散っていく。


 戦場には金属の触れ合う音や騎士たちの声が再び響き始めた。

 朝の光は静かに王都郊外の街道を照らし、その下では激戦の痕跡を残しながらも、着実に戦後処理が進められていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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