第36話 世界の真実より、麻衣の無茶
「まず、お伺いいたします。先代魔王が討たれてから、何年が経過しておりますか?」
国王は即座に答える。
「二十年だ」
麻衣は静かに頷いた。
「では、先代魔王の娘が魔王となり、人族へ宣戦布告するまでの期間は?」
「約十八年になる」
「ありがとうございます」
麻衣は続けた。
「では、その十八年間、人族は魔国に対して何をしていたのでしょうか?」
その一言に、謁見の間の空気が変わる。
重臣たちは顔を見合わせたが、誰も口を開こうとはしない。
国王は重く息を吐いた。
「……魔王を失った魔国へ軍を進めた。各地の抵抗勢力を討伐し、領土を接収した。魔族の集落を制圧し、捕らえた者を収容したこともある。報復として処刑された者も……いた。二十年近くにわたり、人族は魔国への侵攻を続け、多くの亜人種が迫害を受けた。……それが事実だ」
麻衣は表情を変えず、小さく頷いた。
「もう一つ、お伺いいたします」
「申してみよ」
「先代魔王が健在だった頃、人族と魔国は戦争状態にあったとはいえ、その実態は互いに大規模な侵攻を控えた、いわゆる冷戦状態ではありませんでしたか?」
「……そのとおりだ」
国王は静かに答えた。
麻衣はさらに問いを重ねる。
「では、先代魔王は幾度となく停戦を申し出ていませんでしたか?」
再び沈黙が流れる。
やがて、国王は静かに口を開いた。
「……申し出はあった。停戦協定。不可侵条約。国交樹立。先代魔王は幾度となく和平を求めてきた。しかし、それらは当時の国王……先代、そして先々代の時代に、すべて退けられた」
重臣の一人が苦しげに目を伏せる。
国王はその様子を見ながら、言葉を続けた。
「そして、魔王が討たれた後、混乱した魔国へ軍を進めたのも、先代、先々代の治世で行われたことだ。私はその時代の王ではない。だが、その歴史を受け継ぐ者として、過去の過ちから目を背けるつもりはない」
麻衣は静かに頭を下げた。
「ご回答、ありがとうございました」
謁見の間は再び静寂に包まれる。
その静寂の中、はるなの口から、誰にも聞かせるつもりのなかった一言が漏れた。
「……ラッセル王太子殿下」
国王の表情が変わる。
「今……何と申した」
はるなの肩が小さく震えた。
「え……」
自分が口にした言葉に気付き、慌てて口元を押さえる。
麻衣は小さく目を閉じた。
(しまった……。)
国王は静かに、しかし鋭い眼差しではるなを見据える。
「なぜ、その名を知っている。その名は、王家でも限られた者しか知り得ぬ名だ」
はるなは返答に詰まり、助けを求めるように麻衣を見る。
麻衣は一歩前へ出た。
「陛下。その件につきましては、現時点では仮説の域を出ません。確証が得られておりませんので、今ここで申し上げることは控えさせていただきたく存じます」
国王は麻衣をじっと見つめる。
「……仮説、か」
「はい。ですが、その仮説が正しければ、この世界を救う上で極めて重要な意味を持つ可能性があります」
国王はしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「分かった。その話は、確証が得られた時に聞こう」
麻衣は静かに一礼する。
「ありがとうございます」
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「陛下。最後に、もう一つだけ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
国王が静かに促す。
麻衣は一呼吸置き、真っ直ぐ国王を見つめた。
「陛下は、魔王とはどのような存在であったとお考えでしょうか?」
突然の問いに、国王はわずかに眉をひそめる。
「……魔王とは。魔国を統べる王ではないのか」
麻衣は小さくため息をついた。
「やはり、ご存じありませんでしたか」
王女も重臣たちも困惑した表情で顔を見合わせる。
麻衣は静かに口を開いた。
「魔王は、生まれながらの魔王ではありません」
一拍置き、麻衣は続ける。
「初代魔王も、最初は今の私たちと同じだったんですよ」
謁見の間は静まり返った。
「異世界から召喚された、一人の人間です」
その一言に、謁見の間の空気が凍りついた。
「約千年前。亜人たちは、自らを救うため、禁忌である異世界召喚を行いました。そして、その召喚に応じ、この世界へやって来た一人の異世界人。その人物こそが、後に『初代魔王』と呼ばれる存在です」
はるなは勢いよく大翔へ顔を向けた。
「……え?」
大翔は目を見開いたまま、その場で固まっていた。
わずかに口を開きかけるものの、声は出ず、その表情だけが次第に強張っていく。
麻衣の言葉を否定することも、問い返すこともできないまま、ただ黙って立ち尽くしていた。
「久我くん……?」
はるなが不安そうに声を掛ける。
大翔はすぐには返事をせず、やがて小さく息を吐いた。
「……いや、大丈夫だ」
そう答えた声にも、いつもの落ち着きはなかった。
国王は言葉を失っていた。
王女は息をのみ、重臣たちは互いに顔を見合わせる。
「そんな記録は聞いたことがない……」
「初代魔王が異世界人だと……」
「信じられぬ……」
騎士団長も驚きの表情で麻衣を見つめていた。
美咲もまた、周囲とは違う戸惑いを浮かべながら、麻衣から目を離そうとしない。
国王はゆっくりと麻衣へ視線を向ける。
「……そなたは、一体何者なのだ」
麻衣は国王の視線を静かに受け止めた。
すぐに答えることはせず、肯定も否定もしないまま、ただ穏やかに微笑む。
王女も重臣たちも、答えを待つように麻衣を見つめている。
しかし、麻衣は何も語らず、謁見の間には再び重い静寂が落ちた。
国王は麻衣を見つめたまま、ゆっくりと息を吐く。
「……今日はここまでとしよう。突然この世界へ招かれたそなたたちも、心の整理がついておらぬだろう。客室の準備が整うまで応接室を用意するゆえ、まずはそこで休んでほしい」
王女が一歩前へ出る。
「皆様、こちらへ」
麻衣は一礼した。
「ありがとうございます」
大翔とはるなも続いて頭を下げ、美咲も慌てて一礼する。
四人は王女の後に続き、謁見の間を後にした。
重厚な扉が閉じ、低い音が廊下へ響いた。
王女に案内された先は、来賓を迎えるための応接室だった。
部屋へ入ると、侍女たちが四人分の茶器を卓上へ並べ、湯気の立つ紅茶を注いでいく。
「客室の準備が整いましたら、お迎えに参ります。それまで、こちらでおくつろぎください」
王女は四人へ一礼する。
侍女たちも頭を下げ、王女とともに部屋を後にした。
応接室の扉が閉まり、廊下を進む足音が少しずつ遠ざかっていく。
美咲は閉じられた扉へ顔を向けたまま、足音が聞こえなくなるまで待った。
廊下から音が消えると、麻衣へ向き直る。
「麻衣」
麻衣も美咲へ顔を向けた。
「うん」
麻衣は息を吸い、大翔とはるなへ視線を向ける。
「じゃあ、順番に話すね。まず、この世界のことから――」
「違うよ」
美咲が間を置かずに言葉を遮る。
麻衣は口を開いたまま止まった。
「……え?」
美咲は麻衣を真っ直ぐ見つめる。
「そこじゃない。騎士団長さん。命の恩人って何? ヴァルグって誰? 何をしたの? 『ちょっと色々』じゃ全然説明になってないよね?」
麻衣は二度瞬きをして美咲を見た。
「え? そこなの?」
美咲は迷うことなく頷く。
「そこ。だって、あの騎士団長さん、麻衣を見た瞬間に頭を下げてた。命の恩人って言ってたし。当たり前でしょ? また危ないことしたんじゃないの?」
麻衣は額へ手を当てた。
「……そっちが先なんだ」
美咲は首をかしげる。
「うん」
麻衣は苦笑して肩の力を抜いた。
「……分かった。じゃあ、あの騎士団長さんと会った時の話からするね」
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