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第35話 異世界召喚と王女の願い

 召喚の間。

 光が消え、四人は石造りの床へ立っていた。


「麻衣! 怪我してない!?」


 美咲は周囲を見るより先に麻衣の肩へ手を掛け、慌てて全身を見回した。


「え? そこ!?」


 麻衣が目を丸くする。


「だって、また巻き込まれたじゃん!」

「私は大丈夫。ほら、怪我もしてないから」


 麻衣は苦笑しながら頷く。

 それを確認してようやく、美咲は小さく息を吐いた。


「……よかった」


 そのやり取りを横目に、結城はるなが周囲を見回す。


「ここ……どこ?」

「城……か?」


 久我大翔は高い天井と石造りの壁へ視線を巡らせた。

 麻衣も足元に残る魔法陣を見下ろしたあと、静かに周囲を確認する。


「ちょっと待って……」


 ようやく落ち着きを取り戻した美咲の視線が、麻衣とはるな、大翔の間を忙しく行き来した。


「ここどこ? 私たち、八坂神社にいたよね?」

「いたね」


 麻衣が落ち着いた声で答える。


「じゃあ、なんでそんなに冷静なの!?」

「慌てても仕方ないから」

「そういう問題じゃないよ!」


 美咲がもう一度麻衣の腕をぎゅっと掴んだ、その時だった。

 召喚の間の奥にある重厚な扉が、ゆっくりと開いた。

 左右へ近衛騎士が整列し、その中央を一人の少女がゆっくりと歩み出た。


 年の頃は十六、七歳ほど。

 白と青を基調とした気品あるドレスをまとい、その立ち居振る舞いから高貴な身分であることが一目で分かる。

 少女は四人の前まで歩み寄ると、静かに一礼した。


「突然のことで驚かれていることと存じます。私は、この国の第一王女、アリシア・フォン・アルフォードと申します。まずは、このような形で皆様をお招きしてしまいましたことを、お詫び申し上げます」


 王女は顔を上げ、四人を順に見渡した。


「詳しい事情につきましては、国王陛下より直接ご説明いたします。どうか謁見の間までお越しください」


 そう言って右手で廊下の先を示す。

 麻衣は静かに頷いた。


「分かりました」


 大翔も小さく頷く。


「事情を聞かせてもらおう」


 はるなも軽く頭を下げた。


「お願いします」


 美咲は三人の顔を見比べ、不安そうに小さく息を吐く。


「……分かった」


 王女は安堵したように微笑んだ。


「ありがとうございます」


 王女を先頭に、近衛騎士に囲まれながら四人は召喚の間を後にした。

 石造りの長い廊下には赤い絨毯が敷かれ、壁には歴代国王と思われる肖像画や、美しい装飾が施された燭台が規則正しく並んでいる。


 美咲は落ち着かない様子で辺りを見回した。


「……本当にお城なんだ」


 大翔は静かに周囲を見渡しながら、小さく息を吐く。


「間違いない」


 その表情には、どこか懐かしさが滲んでいた。

 はるなも周囲を見つめながら、小さく頷く。


「夢じゃ……ないんだね」


 麻衣だけは終始無言のまま歩いていた。


 やがて、一行は巨大な両開きの扉の前で足を止める。

 近衛騎士が左右へ分かれ、ゆっくりと扉を開いた。

 その先には、広大な謁見の間が広がっていた。


 王女が一歩前へ出る。


「国王陛下」


 その呼びかけに応えるように、玉座に座る国王がゆっくりと頷いた。

 四人は王女に促され、玉座の前で立ち止まる。

 国王が口を開こうとした、その時だった。


「へ、陛下!」


 謁見の列に並んでいた一人の騎士が、四人を見たまま目を見開いた。


「ま、まさか……!」


 騎士は思わず一歩前へ出る。

 その視線は真っ直ぐ麻衣へ向けられていた。

 麻衣もその姿を見て、小さく目を細める。


(あの時の異世界人……。)


 住宅街で魔族ヴァルグを討伐した際、自分を尾行していた異世界人の男だった。

 騎士は麻衣の前まで歩み出ると、深々と頭を下げた。


「あなたは……! いつぞやの魔導士様!」


 謁見の間が静まり返る。

 国王も王女も重臣たちも、突然の出来事に驚きの表情を浮かべた。


「騎士団長、お知り合いなのですか?」


 王女が戸惑いながら尋ねる。

 騎士団長は頭を下げたまま答えた。


「はい。このお方こそ、先日ご報告申し上げた、魔国四大将軍の一人、ヴァルグを討伐し、私を救ってくださった恩人でございます」


 その言葉に、謁見の間がどよめく。


「あの報告の……」

「魔導士とは、この少女のことだったのか」

「信じられぬ……」


 大翔とはるなも突然の出来事に目を見開いていた。


「知り合い……なのか?」


 大翔が小さくつぶやく。


「騎士様が、あそこまで頭を下げるなんて……。麻衣さん、一体何を……」


 はるなは驚いた表情のまま麻衣を見つめる。

 美咲は騎士団長の話など耳に入っていなかった。

 真っ直ぐ麻衣を見る。


「麻衣」

「……はい」

「何したの?」


 麻衣は視線を逸らす。


「いや、その……。ちょっと色々」

「ちょっとじゃないよね?」


 鋭い視線を受け、麻衣は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 騎士団長も思わず苦笑する。


「お気持ちはよく分かります。ですが、本当に命の恩人なのです」


 美咲はじっと麻衣を見つめたまま、小さくため息をつく。


「……あとでちゃんと聞くからね」

「はい……」


 麻衣は観念したように肩を落とした。

 そのやり取りを見て、王女は思わず口元を押さえて笑みをこぼす。

 重苦しかった謁見の間に、小さな笑いが広がった。


 国王は小さく咳払いをする。


「……話を戻そう」


 謁見の間は再び静まり返った。

 騎士団長も一歩下がり、元の位置へ戻る。

 国王は改めて四人を見渡した。


「突然、このような形でそなたたちをこの世界へ招いてしまったこと、まずは詫びよう。本来であれば、このような禁忌を犯すつもりはなかった」


 国王は一度言葉を切る。


「この世界では、古来より人族に勇者が生まれてきた。勇者は人族へ危機が訪れるたび現れ、幾度となく世界を救ってきた存在だ。先代勇者は、魔王を討ち、この世界へ平和をもたらした」


 国王の表情が曇る。


「しかし、その戦いを最後に、人族から勇者は一人も生まれなくなった。我らは長く待った。次なる勇者の誕生を。だが、勇者が現れることはなかった」


 王女は静かに俯き、重臣たちも重苦しい表情を浮かべる。

 国王は続けた。


「魔国もまた、魔王を失ったことで一度は空中分解寸前まで追い込まれた。しかし、先代魔王の娘が新たな魔王となり、散り散りとなっていた魔族を再び一つへまとめ上げた。そして父を討たれた報復を掲げ、人族へ宣戦を布告した」


 謁見の間は静まり返る。


「我らも全軍をもって迎え撃った。兵力は十八万だった。しかし、敗れた。王都を守る最後の防衛線も突破され、魔国軍は今、この王都へ向けて進軍している」


 国王は四人を真っ直ぐ見据えた。


「もはや我らに残された手段はない。藁にもすがる思いで、禁忌とされてきた異世界召喚を執り行った。どうか、この世界を救うため、力を貸していただきたい」


 国王の説明が終わる。

 謁見の間は重苦しい静寂に包まれていた。

 誰もすぐには口を開かなかった。


 その沈黙を破ったのは、はるなだった。


「……娘?」


 小さくつぶやくと、ゆっくりと久我大翔へ顔を向ける。


「ねえ、久我くん」

「ん?」

「魔王に……娘いたの?」


 大翔は一瞬きょとんとした。


「……え?」


 次の瞬間、大翔の声が謁見の間へ響いた。


「えぇぇぇっ!? 今、そこ!? 王都が落ちるって話だったよな!? そこ気になるの!?」


 はるなは真顔のまま頷く。


「ええ。今だから、そこ」

「いや、もっと優先して気にすることあるだろ!」


 はるなは首をかしげる。


「でも、気になる」

「気になるけど!」


 重臣たちの何人かが、怪訝そうな視線を大翔へ向けた。

 なぜ魔王の娘について、この青年へ尋ねるのか。

 しかし、当の二人はそんな周囲の反応に気づく様子もない。


「でも、やっぱり気になります」

「だから、そこじゃないって!」

「でも……」

「『でも』じゃない!」


 その様子を見ていた麻衣が、小さくため息をついた。


「結城さん」

「はい?」


 はるなが振り向く。

 麻衣は苦笑しながら静かに口を開く。


「お気持ちは分かりますが……。いろいろとバレバレですが、いいんですか?」


 一瞬、はるなの動きが止まる。


「…………あ」


 自分が何に反応し、誰へ向かって問い掛けていたのか。

 その意味を理解した瞬間、頬がみるみる赤く染まっていく。


「は、はい……」


 はるなは恥ずかしそうに俯いた。

 その様子を見ていた麻衣が、小さく笑う。


「……うちらと一緒だね」


 美咲は首をかしげる。


「私達?」


 麻衣は苦笑しながら美咲を見る。


「さっき、美咲も騎士団長さんの話より先に、私へ『何したの?』って聞いたでしょ?」

「あっ……」


 美咲は少し考えたあと、小さく笑った。


「……確かに。人のこと言えないか」


 張り詰めていた謁見の間の空気が、ほんの少しだけ和らいだ。


 麻衣は一歩前へ出る。

 そして、スカートの裾を両手で軽くつまみ、流れるような動作で美しいカーテシーを披露した。


 国王をはじめ、王女や重臣たちは、そのあまりに自然で洗練された所作に思わず息をのんだ。

 騎士団長も驚いたように目を見開いていた。

 麻衣はゆっくりと顔を上げる。


「国王陛下。恐れながら、一つお願いがございます」

「申してみよ」


「この場におきましては、身分や立場にとらわれず、率直に意見を申し上げてもよろしいでしょうか。たとえ、それが陛下にとって耳の痛い内容でありましても、この場での発言を理由に、お咎めなきことをお約束いただきたく存じます」


 重臣たちの間へ小さなどよめきが広がる。

 国王は麻衣から視線を逸らすことなく、静かに頷いた。


「よい。この場での発言について、一切の無礼は問わぬ。思うところを、そのまま申してほしい」


 麻衣は再び深く一礼した。


「ありがとうございます」


 一呼吸置き、麻衣は真っ直ぐ国王を見据えた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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