第34話 八坂神社の異変と…。
朱色の門をくぐると、八坂神社の境内にはゆったりとした時間が流れていた。
参道には制服姿の修学旅行生や家族連れ、海外からの観光客が行き交い、それぞれ思い思いに境内を巡っている。
初夏の風が木々の葉を揺らすたび、木漏れ日が石畳の上でゆっくりと形を変えた。
「思ってたより広いね」
美咲が辺りを見回す。
「清水寺とはまた雰囲気が違うね」
奈緒も歩きながら周囲へ目を向けた。
「神社って感じがする」
優香は朱色の社殿を見上げ、感心したように声を漏らす。
四人は参道を進み、本殿の前までやって来た。
鮮やかな朱色の社殿は初夏の青空によく映え、重厚な屋根の下では多くの参拝客が順番に手を合わせている。
「わあ……写真で見るよりずっと大きい」
優香は足を止め、自然と屋根の先まで視線を向けた。
「細かい飾りもすごくきれい」
美咲は柱や彫刻へ目を向ける。
「こういうの、近くで見ると迫力あるね」
麻衣も社殿を見上げながら頷いた。
「せっかくだし、お参りしていこう」
その言葉に三人も頷き、列の最後尾へ並ぶ。
前の参拝客が鈴を鳴らすたび、澄んだ音色が境内へ心地よく広がっていく。
やがて四人の番が回ってきた。
賽銭を納め、麻衣が鈴緒を握って鈴を鳴らすと、澄んだ音色が境内の空へ吸い込まれていく。
四人は揃って二礼し、二度柏手を打った。
乾いた音が重なって響き、最後にもう一度深く礼をする。
顔を上げると、境内を吹き抜ける風が、歩き続けて少し火照った頬をやさしく撫でていった。
「なんだか落ち着くね」
美咲が息を吐く。
「うん。さっきまで賑やかな通りを歩いてたのに、ここへ来ると気持ちまで変わるね」
麻衣も自然と笑みを浮かべた。
「分かる。同じ京都でも、お寺と神社で空気が全然違う」
奈緒も辺りを見回す。
「まだ自由行動は途中だけど、もう来てよかったって思える」
優香が満足そうに笑う。
「まだ見るところはあるよ」
美咲が笑って返す。
「その前に食べるところもね」
麻衣が冗談交じりに言う。
「それは大事!」
優香が即答し、その場に笑い声が広がった。
四人は本殿をあとにし、境内の奥へ歩き始める。
本殿の周りには小さな社が点在し、一つひとつ丁寧に手を合わせる人の姿があった。
参道から少し外れるだけで、人々の話し声は遠のいていく。
風に揺れる木々の葉音と、どこかから聞こえてくる鳥のさえずりが耳へ心地よく届いた。
「あっ、案内板」
優香が足を止める。
境内図には『祇園の御神水』と書かれた案内があり、本殿の東側を示していた。
「こっちみたいだね」
麻衣が案内を確認する。
「そんなに遠くなさそう」
美咲も隣から境内図をのぞき込んだ。
四人は案内に従い、本殿の東側へ続く石畳を進んでいく。
耳を澄ますと、近くから水の流れる音がかすかに聞こえてきた。
「聞こえる」
美咲が足を止める。
「御神水かな」
麻衣も音のする方へ視線を向けた。
その先には小さな水口があり、澄んだ水が絶えることなく流れ落ちている。
何人かの参拝客が足を止め、流れる水を眺めていた。
「ここが祇園の御神水なんだ」
優香が感心したように辺りを見回す。
「思っていたより落ち着く場所だね」
奈緒も穏やかな表情を浮かべる。
麻衣が流れ落ちる水へ目を向けた時、人混みの向こうに見覚えのある制服が見えた。
「……あれ?」
麻衣の声に、美咲が振り返る。
「どうしたの?」
麻衣が視線を向けた先には、久我大翔、結城はるな、神楽早苗、朝倉悠真の四人が立っていた。
ほぼ同じタイミングで、朝倉もこちらへ気付く。
「あれ?」
朝倉は一瞬目を丸くしたあと、すぐに表情を和らげて手を振った。
「また会いましたね!」
その声に、大翔たちもこちらを振り向く。
「あっ、本当だ」
早苗が驚いたように声を漏らし、はるなも四人の姿を認めて目を見開く。
大翔は麻衣たちを見つけると、苦笑しながら肩をすくめた。
「また会うとは思わなかった」
朝倉が軽く会釈をしながら歩み寄り、大翔たち三人もそのあとへ続く。
修学旅行が始まってから、これで何度目かの偶然の再会だった。
「本当に何度も会うね」
美咲が笑いながら言う。
「修学旅行って、広いようで狭いのかも」
朝倉も苦笑した。
「そっちはもう清水寺を見てきたの?」
優香が尋ねる。
「うん。さっきまで清水寺を回ってて、今は御神水を見に来たところ」
朝倉が頷く。
「私たちも同じだよ。産寧坂で寄り道しすぎちゃったけど」
美咲が笑顔で答える。
「それは優香だけでしょ」
奈緒がすぐに突っ込む。
「えー? みんなも楽しそうに見てたじゃん」
優香が少し頬を膨らませる。
「見るのと立ち止まるのは違うから」
奈緒が苦笑すると、その場に笑いが広がった。
朝倉も二人のやり取りに吹き出す。
「仲いいですね」
朝倉が感心したように笑う。
「麻衣とは幼馴染だからね。奈緒と優香も中学からずっと一緒なんだ」
美咲が自然に答えた。
「なるほど」
朝倉が納得したように頷く。
その言葉に、大翔とはるなが小さく顔を見合わせた。
麻衣は二人の様子に気付いたが、何も言わず穏やかな表情を保っていた。
「そっちは、このあと御神水を見るの?」
麻衣が大翔たちへ視線を向ける。
「ああ。せっかくだから寄っていこうと思ってな」
大翔が頷く。
「じゃあ一緒だね」
美咲が笑顔を向ける。
八人は御神水の前へ進み、絶え間なく流れ落ちる水を順番に眺めていった。
「きれいな水だね」
優香が水口をのぞき込む。
「本殿の下から湧き出てるんだって」
奈緒が案内へ目を向けながら答える。
「そんな場所が本当にあるんだ」
早苗も興味深そうに水を眺めた。
先に見終えた優香、奈緒、朝倉、早苗が少し離れ、美咲と麻衣、はるな、大翔が御神水の前へ残る。
澄んだ水音が響く中、はるなが不意に息を呑んだ。
「……え?」
小さく漏れた声に、大翔と麻衣が同時にはるなの方を見る。
はるなの足元には淡い光が浮かび上がり、複雑な紋様が幾重にも重なりながら円を描くように広がっていた。
「久我くん……!」
震えた声ではるなが呼ぶ。
足元を見た大翔の表情が変わった。
「召喚か!?」
麻衣も魔法陣を見た瞬間、険しい表情になる。
「違う……認識された」
「はるな!?」
数歩先へ進んでいた早苗が異変に気付き、優香たちも一斉にこちらを振り返った。
その直後、胸を締め付けるような圧迫感が麻衣の全身を駆け抜ける。
「っ……!」
御神水も石畳も、隣にいる美咲の姿も何一つ変わっていない。
それでも境内を満たしていた参拝客の話し声は途切れ、周囲から音だけが奪われていた。
麻衣は自分たちが現実から切り離されたことを悟り、魔法陣へ鋭い視線を向ける。
「閉鎖空間……!」
「麻衣!」
奈緒が叫び、優香とともにこちらへ駆け戻ろうとする。
朝倉と早苗もあとへ続こうとしたが、優香たち四人の姿は揺らぐ景色の向こうへ遠ざかり、呼び掛ける声も急速に薄れていった。
麻衣は一瞬だけ目を閉じ、誰にも気付かれないほどわずかな魔力を足元へ流す。
(……《時空アンカー》、固定)
次の瞬間、はるなの足元から一筋の光が石畳を滑るように伸びた。
光は一直線に麻衣の足元へ到達し、そこへ新たな魔法陣を描き出す。
「まさか……!」
二つの魔法陣は互いに呼応し、重なった紋様が輝きを増していく。
隣にいた美咲の身体がぐらりと揺れ、麻衣は反射的に手を伸ばした。
「麻衣!?」
美咲が目を見開き、鋭い表情で周囲を見据える麻衣へ顔を向ける。
「美咲、その場を動かないで!」
麻衣の声に押されるように、美咲は一歩下がろうとした。
しかし足は動かず、淡い光が麻衣の魔法陣とつながりながら、美咲の足元まで広がっていく。
「え……麻衣!」
美咲は足元の光を見たあと、反射的に麻衣へ手を伸ばした。
麻衣も美咲へ向かって腕を伸ばす。
「こっちへ!」
互いに伸ばした指先が触れた瞬間、二つの魔法陣が同時に強く輝いた。
重なり合っていた光が一つになり、足元から眩い光の柱が立ち上る。
「くっ……!」
麻衣は強い光に目を細める。
大翔はとっさにはるなの肩を抱き寄せた。
「はるな!」
「う、うん!」
はるなも大翔の腕を掴み返す。
光はさらに強さを増し、麻衣、美咲、はるな、大翔の足元を包み込んでいった。
石畳が砕けるように消え、御神水の流れも、木々の緑も、八坂神社の境内も白い光の中へ溶けていく。
「麻衣!」
美咲は麻衣の手を強く掴み、麻衣もその手を力強く握り返した。
「大丈夫!」
麻衣が短く言い切ると、その声が終わるより早く世界が反転した。
上下の感覚が失われ、身体が光の中へ引き込まれていく。
耳鳴りだけが遠く響き、次の瞬間、それさえも消えた。
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