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第32話 音羽の滝で願いを込めて

今回はちょっと短いです。

 しばらく景色を眺めていると、人混みの向こうから先生の声が聞こえてきた。


「各班、そろそろ移動するぞ」


 その声に、生徒たちは名残惜しそうに舞台をあとにし始める。


「もう少し見ていたかったなぁ」


 優香が小さく肩を落とした。


「また来ればいいよ」


 麻衣が笑う。


「うん」


 優香も笑顔で頷いた。


 四人は人の流れに合わせ、本堂の横をゆっくりと歩き始める。

 石畳を進むにつれ、どこからともなく水の流れる音が聞こえてきた。


「水の音?」


 美咲が耳を澄ませる。


「音羽の滝じゃないかな」


 奈緒が前を見ながら答えた。


「もうすぐだね」


 木々の間を抜けると、多くの人が集まる場所が見えてくる。

 岩肌から三筋に分かれて流れ落ちる水が陽射しを受けて白く輝き、その前では柄の長い柄杓を手にした参拝者たちが順番を待っていた。


「ほんとに三本ある!」


 優香が目を輝かせる。


「思ってたより勢いがあるね」


 麻衣も澄んだ水の流れを見つめた。

 絶え間なく流れる水音が、境内のざわめきへ溶け込んでいる。


「どれを飲めばいいんだっけ?」


 優香が首をかしげる。


「三本それぞれ意味が違うんだよ」


 奈緒が答えた。


「学業成就と恋愛成就、それから延命長寿だったよね」


 美咲が続ける。


「でも、一本だけ選ぶんだっけ?」


 麻衣が尋ねる。


「うん。欲張って全部飲むのは良くないって言われてるよ」


 奈緒が頷いた。


「危なかった……」


 優香が真顔で呟く。


「全部飲むつもりだったの?」


 美咲が思わず吹き出す。


「せっかくなら全部ほしいじゃん」

「優香らしい」


 麻衣が笑う。


「欲張りすぎ」


 奈緒も笑って返した。


 四人の笑い声が、滝の音へ溶け込んでいく。

 列は少しずつ前へ進み、使用を終えた柄杓は消毒装置へ戻され、参拝者は消毒済みのものを順番に使っていた。


「ちゃんと消毒してるんだ」


 優香が少し驚いたように目を丸くする。


「昔からある場所だけど、今のやり方も取り入れてるんだね」


 麻衣は柄杓と滝を見比べながら、小さく頷いた。


 やがて四人の順番が回ってきた。

 近くまで来ると、水しぶきが風に乗って頬へ届き、歩き続けて火照った体を心地よく冷ましてくれる。


「思ったより冷たい」


 優香が嬉しそうに笑う。


「近くに来るだけで涼しいね」


 麻衣は消毒済みの柄杓を受け取ると、三筋の水へ視線を向けた。


「決めた?」


 美咲が小さく尋ねる。


「うん」


 麻衣は一つ頷き、選んだ一筋へ柄杓を差し出した。

 冷たい水を一口飲むと、歩き続けて渇いていた喉へ心地よく染み込んでいく。


「思ってたより冷たいね」


 麻衣は小さく笑い、使い終えた柄杓を消毒装置へ戻した。


「次、私!」


 優香が嬉しそうに一歩前へ出た。

 三筋の水を見比べたまま腕を組み、真剣な表情になる。


「まだ迷ってるの?」


 奈緒が苦笑する。


「だって一本だけなんだよ? どれも選びたいじゃん」

「さっき欲張ると良くないって聞いたよね」


 美咲が笑う。


「分かってるけど、こういうのは悩むの!」


 優香はしばらく迷ったあと、意を決したように一筋へ柄杓を差し出した。

 水を受けて一礼し、口へ運ぶと、すぐに満足そうな笑顔を浮かべる。


「おいしい!」

「味は変わらないと思うけど?」


 奈緒が笑いながら言う。


「違うの! こういうのは雰囲気込みだから!」


 その言葉に、美咲と麻衣も思わず笑った。


 続いて美咲は三筋の水を見比べ、穏やかな表情で一つを選んだ。

 冷たい水を口へ運ぶと、ほっと息をついて微笑む。


「水なんだけど、ここで飲むと何だか落ち着くね」

「分かる」


 麻衣も静かに頷いた。


 最後に柄杓を手にした奈緒は、三筋の水へ目を向けると、ほとんど迷わず一つを選んだ。

 一口飲んで静かに息をつく奈緒へ、優香が待ちきれないように尋ねる。


「どう?」

「癖がなくて飲みやすい。でも、水そのものより、この場所で飲むから特別に感じるんだろうね」

「なるほどね」


 優香が納得したように頷く。


「それくらいは感じるよ」


 奈緒が少し照れたように笑うと、三人も自然と笑みを浮かべた。


 誰がどの願いを込めて水を選んだのかは、互いに尋ねなかった。

 四人は使用した柄杓を消毒装置へ戻し、三筋の水へ軽く頭を下げる。


 音羽の滝をあとにし、四人は石段を上り始めた。

 途中で美咲が足を止め、振り返った先で陽射しを受けて輝く三筋の水を見つめる。


「来てよかったね」

「うん」


 麻衣が静かに頷いた。


「舞台もすごかったけど、この水の音も忘れられそうにない」


 優香が笑顔で言うと、美咲と奈緒も頷いた。


 四人は流れ続ける音羽の滝をもう一度だけ目に焼き付け、再び歩き出した。

 人の流れへ加わるよう石畳の道を進み、賑わう産寧坂へ向かっていく。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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