第31話 清水の舞台、その先に
バスは東山方面へ向かってゆっくりと走っていた。
車窓には格子戸の町家や土産物店が並び、店先には色鮮やかな和小物や八つ橋の看板が目を引く。
歩道には修学旅行生や海外からの観光客の姿が絶えず行き交い、着物姿で街歩きを楽しむ人たちの姿も見えていた。
「人、多いね」
優香が窓へ顔を近づける。
「午前中より増えた気がする」
美咲も窓の外へ目を向けた。
「この辺りが一番有名な観光地だからじゃない?」
奈緒が行程表を見ながら答える。
「清水寺に、産寧坂、二年坂、それに八坂神社も近いし」
「自由行動もこの辺なんだよね」
優香が嬉しそうに笑う。
「お土産屋さんもいっぱいありそう」
「見るのはいいけど、集合時間は忘れないでよ」
美咲が笑う。
「分かってるって」
優香は胸を張る。
「……たぶん」
「最後の一言が一番不安なんだけど」
奈緒が苦笑すると、車内へ小さな笑いが広がった。
麻衣も窓の外へ目を向ける。
古い町家の隣にはコンビニやカフェが並び、昔からの街並みと今の暮らしが不思議なくらい自然に溶け込んでいた。
京都は何度も写真で見てきた街なのに、実際に歩く人たちの姿を眺めていると、その景色はまったく違って見える。
やがてバスは速度を落とし、清水寺近くの駐車場へ入った。
先生がマイクを手に取る。
「降りる準備をしてくれ。このあとは清水寺の見学だ。見学が終わったら班ごとの自由行動。集合場所と時間、忘れてないな? 遅れないように行動すること!」
「「「「はい!」」」」
車内が一斉に動き始める。
荷物をまとめ、生徒たちは順番に席を立った。
四人もデイバッグを背負い、列に続いてバスを降りる。
外へ出ると、石畳の坂道を大勢の観光客が行き交っていた。
両側には土産物店や甘味処が軒を連ね、焼きたての煎餅や八つ橋の甘い香りが風に乗って漂ってくる。
店先には色鮮やかな和柄の小物や清水焼の器が並び、修学旅行生や海外からの観光客が足を止めながら品定めを楽しんでいた。
「本当にすごい人だね」
優香が周囲を見回す。
「今日で一番賑やかかも」
美咲も思わず辺りを見渡した。
「京都に来たって感じがする」
麻衣は人波の先へ目を向ける。
その向こうに見える朱色の仁王門は、遠くからでも自然と目を引いた。
「行こうか」
麻衣の声に三人も頷く。
四人は人の流れへ加わるように石畳を踏みしめ、賑わう参道を歩き始めた。
「見て見て、あのお店かわいい」
優香が指差した先には、小さな和雑貨が所狭しと並んでいる。
「自由行動になったら寄ってみたい」
「最初から寄り道してたら時間なくなるよ」
奈緒が苦笑する。
「ちゃんと順番を決めて回ろう」
「分かってるって」
優香は笑いながらも、店先へ並ぶ商品を名残惜しそうに眺めた。
「でも、お土産は最後の方が荷物にならなくていいかもね」
美咲がそう言うと、優香は「あっ」と声を上げる。
「確かに。最初に買ったらずっと持って歩くことになるし、それなら最後にまとめて見ようかな」
「その方が楽だと思う」
麻衣も頷いた。
四人は人の流れに合わせながら坂道を上っていく。
店先から聞こえる呼び込みの声や楽しそうな笑い声が重なる中、朱色の仁王門が一歩進むごとに存在感を増していった。
やがて視界が開け、仁王門が四人の目の前へ大きく姿を現した。
鮮やかな朱色の柱は青空に映え、重厚な屋根を支える太い梁が門全体へ力強い印象を与えている。
その向こうには三重塔の屋根が木々の間からのぞき、清水寺らしい景色が少しずつ姿を現していた。
「近くで見ると、本当に大きいね」
優香が門を見上げる。
「思っていたより朱色が鮮やかだね」
美咲も目を細めた。
「遠くから見た時より迫力がある」
麻衣も静かに見上げる。
「ここまで来ると、いよいよって感じがする」
門の前では、多くの観光客が記念写真を撮り、順番に境内へ入っていく。
「私たちも行こうか」
麻衣がそう声を掛けると、三人も笑顔で頷いた。
四人は人の流れに合わせ、朱色の仁王門をくぐった。
仁王門の先には初夏の陽射しに照らされた境内が広がり、香炉から立ち上る線香の香りが風に乗って漂っていた。
お守り授与所には列ができ、修学旅行生や海外から訪れた観光客の間をさまざまな言葉が飛び交っている。
「人、すごいね」
優香が辺りを見回しながら目を丸くする。
「さっきの坂より多いかも」
「お守りを買うだけでも並びそう」
美咲が列の先へ目を向けた。
「修学旅行生もいっぱいだけど、海外から来た人も多いね」
「さすが清水寺だね。京都でも特に有名な場所だから」
奈緒が小さく頷く。
四人は人の流れに合わせながら境内を進んでいく。
正面には鮮やかな朱色の三重塔が高くそびえ、その隣には本堂へ続く道が伸びていた。
屋根の反りや細かな組木は近くで見るほど精巧で、青空と新緑の中で朱色がひときわ鮮やかに映えている。
「うわぁ……」
優香が思わず立ち止まる。
「近くで見ると想像よりずっと大きい! 首が疲れそう……」
思わず笑いながら見上げる優香につられ、美咲も空を見上げた。
「本当だ。写真ではここまで大きく見えなかった」
「これ、本当に木だけで建てたのかな」
奈緒が感心したように呟く。
「昔の人が建てたと思うと、本当にすごい」
麻衣も塔を見上げた。
太い柱には長い年月を重ねた木の風合いが刻まれ、写真だけでは伝わらなかった重厚感が感じられる。
「あとでここでも写真撮ろう!」
優香が笑顔で振り返る。
「自由行動になってからね」
「分かってるって」
奈緒に返され、優香は肩をすくめながら笑った。
その様子を見て、美咲と麻衣も思わず笑みを浮かべる。
四人は再び歩き始め、本堂へ続く参道を進んでいった。
前を歩いていた団体が左右へ分かれた瞬間、四人の前から人影が途切れ、一気に視界が開ける。
「……あっ」
優香が足を止めた。
目の前には、清水の舞台が初夏の青空へせり出すように大きく広がっていた。
幾本もの太い柱が舞台を支え、その先には京都の街並みがどこまでも続いている。
「えっ……すごい」
四人は自然と舞台の欄干へ歩み寄った。
眼下には青々とした木々が広がり、その向こうには瓦屋根が幾重にも連なっている。
遠くには京都タワーが小さく見え、そのさらに向こうには山並みが街を囲むように続いていた。
「こんなに見えるんだ……」
美咲が思わず息をつく。
「写真で見てた景色より、ずっと広い」
「高っ……下を見るとちょっと足がすくむ」
優香がそっと欄干の下をのぞき込む。
「落ちないでよ」
奈緒が苦笑する。
「分かってるって」
優香は笑いながら一歩だけ後ろへ下がった。
麻衣も欄干へ手を添え、舞台の下へ続く柱組をのぞき込む。
太い柱が幾重にも組み合わされ、四人の立つ舞台を下から支えていた。
「こんな柱で全部支えてるんだね」
麻衣が静かに呟く。
「一本だけでも、何人で運んだんだろう」
奈緒も下へ視線を向ける。
「想像もつかないね」
美咲が感心したように頷いた。
舞台を吹き抜けた風が頬をなで、歩き続けていた体の熱を少しずつ冷ましていく。
眼下の木々がさらさらと葉を揺らす音に耳を傾けながら、四人は京都の街並みを見つめ続けた。
「また来たいな」
優香がぽつりと呟く。
「今度は桜の時期とか」
「紅葉もきれいって聞くよ」
美咲が笑顔を向ける。
「季節が変わると、景色も全然違うんだろうね」
麻衣も頷いた。
「その景色も見てみたい」
「その時は、もっとゆっくり回りたいな」
優香が笑う。
「個人で来るなら、時間は気にしなくていいでしょ」
奈緒がすぐに返す。
「それもそうか」
優香が照れ笑いを浮かべる。
四人は顔を見合わせ、思わず笑った。
笑い声が舞台を吹き抜ける風へ溶けていく。
そしてもう一度、誰からともなく欄干の向こうへ視線を向けた。
誰も急ごうとはしない。
この景色を、少しでも長く目に焼き付けておきたかった。
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