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第24話 午後五時、鴨川

 電車は嵐電天神川駅へ到着した。


「ここで地下鉄に乗り換えだね」


 四人は電車を降りると、駅を出て京都市営地下鉄東西線の太秦天神川駅へ向かった。

 乗換駅同士が近いこともあり、迷うことなく地下鉄の入口へたどり着く。


「乗り換えが近くて助かる。修学旅行生も多いね」


 ホームへ着くと、ほどなく地下鉄が到着した。

 車内は観光客や修学旅行生でにぎわっており、四人は並んで立ったままホテルの最寄り駅へ向かう。


 地下鉄を降りて地上へ出ると、優香がスマートフォンを取り出した。


「ここからホテルまで歩きだね。地図は私に任せて!」


 そう言って先頭を歩き始めた優香のあとを、三人が自然に追い掛ける。

 地図を確認しながら迷いなく進んでいるように見えたが、数分ほど歩いたところで奈緒が周囲を見回した。


「……ねえ、ホテルがありそうな方じゃなくない?」

「確かに、ちょっと違うかも」


 美咲にも指摘され、優香は足を止めてスマートフォンを見直した。

 画面を指で動かし、地図の向きを確認したところで、その表情が固まる。


「あれ……あ」

「どうしたの?」

「地図だけ回してた……」

「つまり?」

「……反対方向」

「ええーっ!?」


 三人の声が重なり、わずかな沈黙のあとに笑いがこぼれた。


「もう! スマホあるあるじゃん!」

「ごめーん!」


 優香は両手を合わせて謝ると、今度こそ間違いがないよう画面と進行方向を交互に確認した。


「今度はちゃんと合ってる!」

「本当?」


 奈緒が半信半疑のまま、優香のスマートフォンを覗き込む。


「青い矢印もちゃんと前を向いてる!」

「最初から確認しようよ……」


 四人は笑いながら来た道を引き返す。

 その少し後ろを歩く麻衣も口元を緩めていたが、先ほど写真を撮った男子生徒の視線は、まだ意識の片隅に残っていた。


 十分ほど歩くと、一棟の大きな和風ホテルが姿を現した。

 正面玄関には、『ホテル杉総』の文字が大きく掲げられている。


「着いたー!」


 優香が大きく伸びをし、奈緒も凝りをほぐすように肩を回した。


「思ったより歩いたね。でも、無事に着いてよかった」

「優香が途中で反対方向に行かなければ、もう少し早く着いてたけどね」

「うっ……ごめんなさい」


 苦笑いを浮かべる優香を見て、奈緒が楽しそうに笑う。


「まあ、スマホあるあるだから。地図だけ回って、自分が動いてないやつ」

「それそれ!」


 三人は笑いながら自動ドアをくぐり、麻衣もあとに続いた。

 広々としたロビーには制服姿の生徒が大勢集まっており、学校ごとに整列する集団や、売店を覗く生徒たちの声が重なっている。


「思ったより大きいホテルだね。二校同時に泊まるって聞いてたけど、本当に広い」

「これなら迷子になりそう」


 優香が辺りを見回すと、奈緒が笑いながら言う。


「まずは迷わないで部屋まで行こうね」


 ロビーの一角には学校ごとの受付が設けられ、学校名を書いた案内板の前には、担任や学年主任たちが立っていた。

 麻衣たちの姿に気付いた担任が、名簿を片手に持ったまま手を振る。


「おっ、いたいた。加山班、全員そろってるな?」

「「「「はい!」」」」

「よし」


 担任は名簿にチェックを入れ、部屋番号が書かれた案内を取り出した。


「時間どおり到着だな。荷物は各自で持って、そのまま部屋へ向かえ。荷物を置いたら少し休憩していいが、午後四時になったら一階の大広間へ集合だ。夕食前の諸連絡をするから遅れるなよ」

「「「「はい!」」」」


 四人はそろって返事をすると、担任から案内を受け取った。


「三〇五号室だ」

「四人とも同じ部屋だね」

「やった!」


 優香が嬉しそうに笑う。


「じゃあ行こう!」


 四人は荷物を持ち直し、エレベーターへ向かって歩き出した。


 部屋へ荷物を置いて一息つくと、集合時間の午後四時までは、まだ三十分ほど残っていた。

 麻衣は小さく息を吐き、ベッドへ腰を下ろしかける。


「私は少し休んでる」

「ダメーー!」


 奈緒が勢いよく立ち上がった。


「せっかくこんな大きなホテルなんだから、じっとしてるのはもったいないでしょ!」


 両手を高く上げ、弾んだ声を上げる。


「探検だぁ~!」

「ええ……?」


 麻衣は困ったように奈緒を見上げた。


「部屋で休もうよ」

「却下!」


 奈緒は迷うことなく即答する。

 その横では、優香もすでに館内案内へ目を向けていた。


「売店あるかな? お土産も見たい!」

「探検はいいけど、集合時間だけは忘れないでね」


 美咲は苦笑しながら立ち上がる。

 奈緒は大丈夫だと言わんばかりに胸を張り、麻衣へ手を伸ばした。


「ちゃんと四時前には戻るから! ほら、麻衣も行くよ!」

「え、ちょっ……」


 奈緒に腕をつかまれ、麻衣は抵抗する間もなく立たされる。


「休憩は夕食のあと! 今は修学旅行を楽しまなきゃ!」

「はいはい……」


 麻衣は諦めたように返事をすると、三人に続いて部屋を出た。


 廊下には同じように移動する生徒たちの足音が重なり、遠くから楽しそうな笑い声も聞こえてくる。

 館内案内を見ながら歩いてみると、曲がり角の先にも似たような廊下が続いており、どこか方向感覚が曖昧になる造りだった。


 売店を覗けば、棚いっぱいに並んだ土産菓子やキーホルダーの前に、生徒たちの人だかりができていた。


「これ見て、八ツ橋だけでこんなに種類ある!」

「限定って書いてあると気になるよね」

「あとでゆっくり買いに来ようか」


 三人の声が自然に弾む。

 さらに館内を歩いていくと、大浴場の案内板が見え、優香が目を輝かせながら足を止めた。


「わっ、温泉が四つもある!」

「男女それぞれ二つずつなんだ」


 美咲も案内板を見上げ、感心したように頷く。


「夕食のあと、どっちに入る?」

「全部入りたい!」

「一日じゃ無理だから」


 美咲がすかさず突っ込み、奈緒が声を上げて笑った。

 麻衣も三人のやり取りにつられて笑い、館内探検を楽しんでいた。


「あっ!」


 不意に、美咲が腕時計を見て声を上げる。


「集合時間!」

「え、もう?」


 優香も慌ててスマートフォンを確認した。


「急げ急げ!」


 奈緒が先頭に立って駆け出す。


「走らないの!」

「はーい!」


 返事だけは元気な奈緒に苦笑しながら、四人は来た廊下を戻っていく。

 少しだけ息を弾ませながら、一階の大広間へ向かう生徒たちの流れに合流した。


 一階の大広間には、すでに多くの生徒が集まっていた。

 各クラスごとに整列して担任の指示を待っていると、やがて学年主任が前へ立つ。


「それでは、本日の連絡事項を伝えます」


 会場が静かになった。


「夕食は午後六時三十分から、一階『松の間』です。入浴時間は学校ごとに割り当てていますので、時間を確認して利用してください。館内には他校の生徒も宿泊していますから、迷惑にならないよう行動すること。午後十一時消灯、午後十時三十分には各自の部屋へ戻ってください」


 学年主任の説明が終わると、最後に担任が前へ出た。


「次の集合は午後六時三十分、夕食会場だ。それまでは自由時間とする。ホテル内で過ごしてもいいし、ホテル周辺を散策しても構わない。ただし、外へ出る場合は必ず受付で行き先を伝え、許可を受けること。鴨川を見に行く程度なら問題ないが、遠くへ行くのは禁止だ。班行動を守り、単独行動はしないこと。以上、解散」

「「「「はい!」」」」


 生徒たちは思い思いに立ち上がり、部屋や売店へ向かい始めた。

 麻衣たちも大広間を出てロビーへ戻ると、ホテル正面の自動ドアが開き、新たな修学旅行生たちが入ってきた。


「次の学校だ」


 美咲が振り向く。

 観光バスから降りてきた制服姿の生徒たちが、先生の案内を受けながら受付へ向かっていた。


「あっ!」


 その中の一人の男子生徒が麻衣たちに気付き、笑顔で手を振った。


「こんにちは!」

「わっ!」


 優香も相手に気付き、笑顔で手を振り返す。


「さっきはありがとうございました!」

「こちらこそ!」


 男子生徒は仲間とともに四人の近くまで来ると、同じホテルのロビーを見回した。


「まさか同じホテルになるなんて思いませんでした」

「本当だよね」


 奈緒も驚いたように笑う。


「すごい偶然」

「二校同時に泊まるって聞いてたけど、まさか会ったばかりの人たちとは思わなかった」

「僕たちも今着いたところなんです。これから説明を受けます」


 男子生徒は学校ごとの受付が並ぶ方を指差した。


 美咲たちが相手の生徒たちと話している間に、麻衣は制服のポケットから小さなメモ帳を取り出した。

 三人からわずかに身体の向きを外し、ペンを走らせて二行だけ書く。

 紙を切り離して折りたたむと、そのまま制服のポケットへしまったが、誰も麻衣の動きには気付かなかった。


 麻衣が顔を上げる。

 視線の先には、オルゴール博物館の前で写真を撮ってもらったとき、目が合った男子生徒が立っていた。

 再び二人の視線が重なったが、互いに言葉を交わすことはなかった。


 やがて会話が終わり、それぞれの学校が別の方向へ歩き始める。

 二つのグループがすれ違う瞬間、麻衣は歩みを止めることなく、ポケットから取り出した紙を男子生徒の掌へ滑り込ませた。

 男子生徒の指がわずかに動き、折りたたまれた紙はその手の中へ隠れる。


 周囲の生徒も、美咲たちも、そのやり取りには気付いていない。

 麻衣は振り返ることなく、三人のあとを追って歩いていった。


 麻衣たちの姿がロビーの人波へ紛れると、男子生徒は周囲を確かめながら、受け取った紙をそっと開いた。

 そこには、待ち合わせの時間と場所だけが記されていた。


 17:00

 御池大橋西詰・鴨川河川敷

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