第23話 嵐山での出会い
「すいませーん!」
背後から声を掛けられたが、観光客への呼び掛けだと思った四人は、そのまま歩き続けた。
人通りの多い場所だけに、自分たちが呼び止められたとは考えなかった。
「ねえ、このあとどうする?」
美咲が前を向いたまま尋ねると、優香が人の流れを確認しながら答える。
「まだ時間あるし、もう一か所くらい行けると思うけど――」
「すいませーん!」
二度目の声に、優香が足を止めた。
「……今の、私たち?」
奈緒も振り返ったが、半歩先へ進んでいた美咲だけは慌てて三人のもとへ戻ってきた。
「え、何?」
四人が声のした方へ目を向ける。
そこにいたのは、男子二人と女子二人の見知らぬ高校生だった。
最初に声を掛けたらしい男子生徒が、スマートフォンを手に申し訳なさそうに頭を下げる。
「あ、すみません。急に呼び止めちゃって」
「いえ、大丈夫です」
「写真、撮ってもらってもいいですか?」
優香は奈緒と目を合わせ、互いに頷いた。
「はい、いいですよ」
「助かります、ほんと」
男子生徒は仲間へ声を掛け、オルゴール博物館と入口付近のモニュメントを背に並び始めた。
優香はスマートフォンを受け取ると、画面に映る四人の位置を確認する。
「もう少し右へ寄ってもらえますか? その方が建物も入るので」
「この辺ですか?」
「はい。そこで大丈夫です。撮りますね」
「お願いします」
優香が撮影の準備をしている間、麻衣は並んでいる四人へ何気なく目を向けた。
声を掛けてきた男子から隣の女子へ視線を移すと、その女子が一瞬だけ麻衣を見た。
すぐに目を逸らされたものの、その動きだけが妙に気に掛かった。
さらに視線を移したところで、端に立っていたもう一人の男子生徒に目が止まる。
見覚えはないはずなのに、どこかで会ったような感覚があった。
男子生徒も麻衣の方へ顔を向け、二人の視線が重なる。
ほんの一瞬だけ見つめ合ったあと、互いに相手から目を逸らした。
「撮れました」
優香の声に、麻衣は男子生徒から視線を外した。
スマートフォンを受け取った男子生徒は画面を確認し、困ったように笑う。
「あ、すみません。もう一枚だけいいですか? 今の、ちょっと目を閉じてるかも」
「あー、あるある」
美咲が笑う。
「いいですよ」
「ありがとうございます。じゃあ、もう一回お願いします」
四人が再び並び、優香がスマートフォンを構える。
「撮りますね」
シャッター音が鳴る。
今度は全員が目を開けていることを確認し、優香はスマートフォンを返した。
「今度は大丈夫です」
「ありがとうございます」
男子生徒は撮れた写真を確認すると、満足そうに頷いた。
そのままスマートフォンをしまいかけたが、麻衣たちを見て手を止める。
「よかったら、そちらの写真も撮りましょうか?」
四人は顔を見合わせた。
「どうする?」
「せっかくだし、お願いしようよ」
「うん、撮ってもらおう」
優香が自分のスマートフォンを差し出す。
「お願いします」
「はい、任せてください」
麻衣たちは博物館を背にすると、普段写真を撮るときと同じ距離で並んだ。
男子生徒が画面を確認しながら、片手を軽く上げる。
「もう少し詰めてもらえますか? はい、そのままで」
「いくよー」
美咲の声に合わせ、四人の表情が揃って緩む。
シャッター音が鳴り、男子生徒は撮れた写真を確かめてからスマートフォンを返した。
「撮れました」
「ありがとうございます」
画面を覗き込んだ美咲が、嬉しそうに声を上げる。
「いいじゃん、これ」
互いに軽く頭を下げ、二つのグループはその場を離れる。
「ありがとうございました。修学旅行、楽しんでください」
「そちらも」
観光客の流れに分かたれ、二つのグループの距離が開いていく。
麻衣は一度だけ振り返り、先ほど視線が重なった男子生徒の背中を見つめた。
(……気のせいじゃない気がする)
そう思いながらも、今は確かめる方法がない。
麻衣は三人の方へ向き直り、歩調を合わせた。
「駅行こっか」
美咲の一声で、四人は再び人の流れへ入っていった。
一方、麻衣たちと別れた四人も、観光客の間を縫うように歩いていた。
「いやー、助かったな。あれ、自撮りじゃ無理だっただろ」
先ほど声を掛けた男子生徒がスマートフォンを確認しながら笑う。
「それ、撮る前にも言ってたぞ」
「でも、マジでいい感じに撮れてるって」
「ちゃんと全員入ってる?」
「うん。今度は目も閉じてない」
後ろを歩いていた女子生徒たちも画面を覗き込み、撮れた写真について話している。
麻衣と視線が重なった男子生徒は会話へ相槌を打ちながら歩いていたが、意識から先ほどの光景を追い出せずにいた。
見覚えのない相手だった。
それなのに、麻衣と目が合った瞬間だけが、なぜか頭から離れない。
「……どうした?」
隣を歩く友人に尋ねられ、男子生徒は前を向いた。
「いや、別に」
その直後、後ろを歩いていた女子生徒の一人が、不意に口を開く。
「さっきの子たち、何かちょっと変というか……変わった感じがしませんでしたか?」
「変って何だよ」
「うまく言えないんですけど……普通の子たちとは少し違う感じがしました」
「何が違ったの?」
問い返されても、女子生徒は答えられずに首を傾げる。
男子生徒も反応しかけたが、自分にも説明できないため何も言わなかった。
「それより、次どうする?」
「まだ時間あるだろ」
「もう一か所くらい回れるね」
「じゃあ、このまま行こうぜ」
話題は次の目的地へ移り、四人は観光客の流れに沿って歩き続ける。
それでも男子生徒の頭には、麻衣と視線が重なった一瞬だけが残っていた。
麻衣たちが駅へ着くと、ちょうど電車がホームへ滑り込んできた。
「タイミングいいね」
「待たずに済んだね」
四人は並んで車内へ乗り込み、空いていた席へ腰を下ろす。
発車を知らせるベルが鳴り、電車は住宅街の中を走り始めた。
同じような建物が窓の外を流れ、駅をいくつか過ぎたところで観光施設の看板が見えてくる。
「あっ、見て」
優香が窓の外を指差した。
「あれ、映画村じゃない?」
「本当だ。それっぽい」
奈緒も窓へ顔を寄せる。
「行ってみたかったなぁ」
「自由行動だけじゃ時間が足りなかったもんね」
「忍者ショーとかあるって聞いたよ」
「撮影用のセットも見て回れるんでしょ」
美咲は窓の外へ流れていく建物を見送り、名残惜しそうに息を吐いた。
「今度は映画村だけを目的に来ようよ」
「いいね、それ」
「一日いても足りなさそう」
三人の声が弾む。
その横で、麻衣だけは会話へ加わらず、窓の外を眺めていた。
「……麻衣?」
美咲が顔を覗き込む。
「ん?」
麻衣は一拍遅れて返事をした。
「さっきから静かだけど、どうしたの?」
「別に」
短く答えたものの、奈緒は麻衣の顔を見て口元を緩める。
「怪しい。何か考えてる顔してる」
「分かりやすいよね」
優香も麻衣へ身体を向けた。
「もしかして、さっき写真をお願いしてきた人たち?」
「……違う」
「今、間があったでしょ」
三人が揃って笑う。
「じゃあ何?」
「教えてよ」
重なる問い掛けに、麻衣は窓の外へ視線を逃がした。
「……何でもない」
「その『何でもない』が一番怪しいんだけど」
美咲が笑いながら麻衣の肩を軽くつつく。
麻衣は苦笑して受け流し、再び流れる街並みへ目を向けた。
目が合っただけのはずだった。
懐かしいとは違うが、無関係な相手だとも思えない。
思い出そうとすると輪郭がぼやけ、名前も理由も浮かばなかった。
それでも、あの男子生徒の姿だけが何度も意識へ戻ってきた。




