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第21話 新幹線、いざ京都へ

 新幹線は定位置で止まり、しばらくしてドアが開いた。

 まず降車客が車内から降りてくる。

 先生は片手を上げ、生徒たちが前へ出ないように制した。


「降りる人が先だ。慌てなくていいぞ」


 スーツケースを引く乗客や小さな子どもを連れた家族が降り終えるまで、生徒たちはその場で待つ。

 車内から流れてくる冷たい空気と、ホームに残る初夏の熱気が混ざり合っていた。

 やがて人の流れが途切れると、先生が軽く頷いた。


「それじゃ乗車。座席番号を確認して、荷物は棚に上げること」


 生徒たちは順番に車内へ入っていく。

 麻衣たちも列に続き、指定された号車へ足を踏み入れた。

 車内には冷房の効いた空気が流れており、外の熱気が少しだけ遠のく。

 柔らかな照明と静かな空調の音が、ホームとは違う空間を作っていた。


「涼しい」


 美咲がほっとしたように息を吐く。

 優香がバッグを持ち上げると、麻衣も隣から手を添えた。


「荷物、先に上げるよ」

「手伝う」


 二人で棚へバッグを押し込む。

 奈緒も美咲のバッグを見上げた。


「それ、重くない?」

「お菓子が入ってるから」

「量を減らしなさい」


 呆れながらも手を貸し、荷物を片付ける。

 四人はそれぞれの席へ腰を下ろした。

 美咲が窓側に座り、その隣に奈緒。

 通路を挟んだ席には、麻衣と優香が並ぶ。


「やっと座れた」


 美咲が背もたれに身体を預ける。


「まだ出発前だけどね」


 奈緒が落ち着いた声で言う。

 やがて発車を知らせる音が流れ、ドアが静かに閉まった。

 新幹線が動き始めると、ホームに立つ駅員や見送りの人々がゆっくりと後ろへ流れていく。


「動いた」

「いよいよだね」


 初夏の光を受けた街並みが広がり、新幹線は滑るように走り出す。

 窓の外で流れ始めた建物を眺めながら、麻衣はわずかに笑みを浮かべた。

 新幹線は速度を上げていく。

 大きな揺れはなく、座席へ伝わる細かな振動と空調の音が一定に続いていた。


「速いねぇ」


 美咲が窓へ身を乗り出す。


「まだ加速してる途中だけどね」

「飛行機みたい」

「飛んではないけど」


 麻衣が軽く返すと、優香も窓の外へ視線を向けた。

 建物は次々と後方へ流れ、その速度に目が追いつかなくなる。

 周囲の席でも、それぞれの会話が自然に広がっていた。


 しばらくすると、美咲がおもむろに足元の紙袋を取り出した。


「さて」

「その『さて』は、嫌な予感しかしない」


 袋の中にはスナック菓子やチョコレート、グミ、クッキーがぎっしり詰まっている。

 優香が思わず笑った。


「持ってきすぎじゃない?」

「計画的だから」

「どこが?」

「三日分」

「三日で食べ切る量じゃないよ」


 奈緒の即答にも、美咲はまったく動じない。

 そのまま袋からチョコレートを取り出し、三人へ差し出した。


「はい」

「ありがとう」


 麻衣が一粒受け取り、優香と奈緒も続く。

 四人は自然に笑い合った。


 やがて先生の声が車内に響く。


「もうすぐ富士山が見える。天気もいいから期待できそうだ」

「おぉー!」


 車内のあちこちから歓声が上がる。


「あっ、見えた!」

「どこどこ?」


 流れる街並みの向こうに、雪の残る富士山がゆっくりと姿を現した。


「富士山だ……」

「きれい……」


 歓声とともに生徒たちはスマートフォンを構え、車内には短い撮影音が次々と重なった。

 麻衣も窓の外へ目を向ける。


「やっぱり大きいね」


 雪の残る山頂が青空にくっきりと浮かび、やがて少しずつ後方へ遠ざかっていった。

 住宅地や工場の合間には、ところどころ緑が混ざり始める。

 高架の隙間から田んぼが一瞬だけ見え、陽射しを受けた水面がきらりと光った。


「今の見えた?」

「一瞬だけ」


 奈緒が窓の外を目で追う。

 けれど次の瞬間には、田んぼはすでに後方へ消えていた。


「速すぎて、ゆっくり見られないね」

「新幹線だしね」


 麻衣が苦笑する。

 そのとき、車窓の向こうで視界がふっと開けた。

 それまで続いていた建物が途切れ、一面に水が広がる。


「あれ、海?」


 美咲が窓へ顔を近付ける。

 前方から先生の声が飛んできた。


「見えているのは浜名湖だ。左側、よく見ておけ」

「え、本当!?」


 一斉に視線が窓へ集まる。

 陽射しを受けた水面が、きらきらと揺れていた。


「思ったより大きい」

「湖っていうより海みたい」


 新幹線は広い水辺を一気に駆け抜け、浜名湖はすぐに後方へ遠ざかっていく。


「もう終わり?」

「あっという間だったね」


 軽い笑いが起きる。

 浜名湖を抜けると、窓の外には街と工場が交互に現れた。

 そのとき、車内放送が流れる。


『この列車は、ただいま三河安城駅を定刻どおり通過いたしました』


 落ち着いた声が車内に響いた。


「通過ってことは、止まらないやつだよね」

「のぞみだからね」


 奈緒が短く答えると、美咲が納得したように頷いた。


「じゃあ次が名古屋?」

「たぶん」


 そのやり取りのあと、四人は再び窓の外へ視線を向ける。

 しばらくして、車窓に大きな建物群が見えてきた。

 高層ビルが並び、その中でも形の異なる三つの塔がひときわ高くそびえている。


「何あれ……」

「大きい……」

「名古屋駅のビルじゃない?」


 優香が呟く。


「もう京都?」


 美咲が立ち上がりかけると、奈緒が即座に袖を掴んだ。


「まだ」

「え?」

「名古屋」

「降りる準備しないと」

「降りない」

「え?」

「ここでは降りない」


 奈緒が淡々と繰り返す。

 麻衣は思わず笑いをこらえた。


「京都じゃないから」

「紛らわしい!」


 美咲は不満そうに座り直す。

 新幹線は名古屋駅へ滑り込み、短く停車した。

 乗客が何人か降り、入れ替わるように新たな乗客が乗り込んでくる。


「結構降りるね」

「もう半分以上来てるってことか」


 やがてドアが閉まり、新幹線は再び動き出す。

 名古屋のビル群が後ろへ流れ、街並みは少しずつ落ち着いていった。


「あれ、今お城見えなかった?」


 美咲が窓の外を指差す。


「どこ?」


 奈緒が目を細める。

 遠くに、屋根が重なったような形が一瞬だけ見えた。

 低い位置に、小さく浮かぶようにその姿がある。


「本当だ……」


 優香が小さく呟く。


「清洲城じゃない?」


 麻衣が視線を向けたまま言う。

 次の瞬間には、城の姿は建物の陰へ消えていた。


「早っ」

「数秒しか見えなかったね」


 奈緒が苦笑する。

 美咲は満足そうに窓から離れた。


 新幹線はさらに西へ進んでいく。

 窓の外には畑や田んぼが増え、遠くには山の連なりが見え始めていた。


「なんか、さっきと全然違うね」

「この辺、関ケ原のあたりじゃないかな」


 奈緒が少し考えながら答える。

 山が少しずつ近付き、平地にも緩やかな起伏が混ざり始めた。


「囲まれてきた感じがする」

「地形的には、そんな感じだね」


 優香も窓の外を眺めながら頷く。

 やがて再び視界が開け、建物の数が増えるにつれて市街地の気配が近付いてきた。

 そのとき、前方から先生の声が掛かる。


「そろそろ京都だ。荷物をまとめておけ。忘れ物がないか確認するように」


 生徒たちが一斉に動き出す。

 棚からバッグを下ろし、座席の周りや足元を見渡した。


「忘れ物ない?」


 優香が三人を見回す。


「大丈夫」


 麻衣と奈緒がそれぞれ頷く。


「……あっ」


 美咲が小さく声を上げた。


「どうしたの?」

「お菓子、まだ残ってる」


 一瞬の沈黙のあと、三人が吹き出した。


「そこ?」

「心配するところが違うでしょ」


 美咲は紙袋を抱え直した。


「ちゃんと持って帰るから大丈夫」

「まだ初日だよ」


 奈緒の冷静な指摘に、再び笑いが広がった。

 その直後、車内放送が流れる。


『まもなく京都に到着いたします』


「着く!」

「まだ立たない」


 奈緒が即座に制止する。

 窓の外には市街地が広がり、線路の数も増えていく。

 新幹線はゆっくりと速度を落とし始めた。


「今度こそ京都?」

「今度は本当に京都」


 奈緒が頷く。

 やがてホームが見え始めると、車内のあちこちから弾んだ声が上がった。

 生徒たちは荷物を手にしたまま、窓の外を眺めている。


 新幹線はホームへ滑り込み、静かに停止した。

 しばらくしてドアが開く。


「それじゃ、順番に降りるぞ。荷物を忘れるなよ」


 先生の声に従い、生徒たちが通路へ並び始める。

 四人も顔を見合わせ、小さく頷いた。


「京都、到着だね」

「うん」


 美咲が嬉しそうに笑い、麻衣も笑顔で頷いた。

 四人は流れに続き、新幹線を降りる。


 ホームへ足を踏み出した瞬間、冷房の効いた車内とは違う、熱を含んだ空気が肌へ触れた。

 頭上には京都駅の案内表示が掲げられ、行き交う人々の声と新幹線の走行音がホームへ重なっている。

 麻衣は三人と並び、先生たちの待つ集合場所へ歩き出した。


 こうして四人の修学旅行は、京都の地で本格的に始まるのだった。

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