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第7話【ここが、自分の場所】

妻コミュニティの入口画面は、思っていたより静かだった。


もっと、にぎやかなものを想像していた。通知がたくさん並んでいたり、誰かの挨拶が流れてきたり、歓迎のメッセージが表示されたりするのかと思っていた。


けれど、最初に出てきたのは、白い背景に淡いグレーの枠がいくつか並んだだけの画面だった。


【対象者:天城 蓮】


【登録配偶者コミュニティ】


【参加者情報を確認します】


その下に、小さく注意書きがある。


【本画面に表示される情報は、登録配偶者間の案内および管理上必要な範囲に限られます】


案内。管理。


その言葉は、さっき読んだ規約の冷たさをまだ引きずっていた。


美緒はベッドの上で膝を抱え直した。


部屋の明かりはつけたままだった。カーテンの隙間から、外の街灯の光が少しだけ入っている。テーブルには、昨日のイベントのパンフレットが置いたままだった。


そこに映っている天城蓮は、ステージの上の人だった。


画面の中にいる天城蓮は、対象者だった。


同じ人なのに、言葉が違うだけで遠さが変わる。


美緒は、画面を下へ送った。


【配偶者区分】


その見出しの下に、三つの項目が並んでいた。


【上位配偶者】


【中位配偶者】


【下位配偶者】


美緒は、そこで指を止めた。


上位。中位。下位。


分かっていた。妻たちの中に順番があることは、数字を見れば分かる。第1妻から第13妻までいるのだから、そこに差がないはずがない。


でも、言葉で見せられると違った。


上。中。下。


それは、家族というより、組織の区分に見えた。


美緒は、まず上位配偶者の欄を開いた。


【上位配偶者】


第1配偶者:久我 璃子

第2配偶者:鷹宮 怜奈

第3配偶者:朝比奈 紬


三人だけだった。


名前を見た瞬間、美緒は少し背筋を伸ばした。


久我璃子。


その名前は知っている。天城蓮の第一妻。元モデル。制度の顔のように扱われることもある人。雑誌の記事やネットニュースで、何度か見たことがある。


写真の中の久我璃子は、いつも落ち着いていた。若い妻が増えるたびに、理解ある第一妻として名前が出る。蓮を支えている人。妻たちをまとめている人。そういう言葉と一緒に語られていた。


美緒にとっては、遠い人だった。天城蓮にいちばん近い場所にいる人。


その下に、鷹宮怜奈の名前がある。元舞台女優。天城蓮と共演経験がある妻。子どもがいるらしい、という話を、どこかで読んだことがある。どこまで本当かは分からない。でも、上位欄にその名前があることだけで、噂が急に現実に近づいた気がした。


朝比奈紬。この人のことは、あまり知らなかった。けれど、第3配偶者と書かれているだけで、自分とは違う場所の人だと分かる。


三人の名前は、静かに並んでいた。説明はない。写真もない。ただ、名前と番号があるだけ。それなのに、その三行だけで、画面の上の方が重く見えた。


美緒は、戻るボタンを押した。


次に、中位配偶者の欄を開く。


【中位配偶者】


第4配偶者:篠原 芽衣子

第5配偶者:相良 真帆

第6配偶者:藤堂 香澄

第7配偶者:水原 沙知

第8配偶者:成瀬 莉央


五人の名前が並んでいた。


美緒は、知らない名前を一つずつ追った。


どの名前にも、まだ顔がない。けれど、自分よりずっと前からそこにいる人たちなのだと思うと、胸の奥が少しだけ縮んだ。


第4。第5。第6。第7。第8。


この人たちは、上位ではない。でも、下位でもない。呼ばれることがある人たちなのだろうか。蓮の近くに行ける人たちなのだろうか。


美緒には、まだ何も分からない。分からないのに、遠く見えた。


イベント会場の客席で見上げた天城蓮とは違う遠さだった。同じ画面の中にいるのに、距離がある。


それが、少しだけ怖かった。


美緒は、もう一度戻った。最後に、下位配偶者の欄を開く。


表示された瞬間、胸が少しだけ変な鳴り方をした。


【下位配偶者】


第9配偶者:桐谷 麻衣

第10配偶者:小野寺 千紗

第11配偶者:白石 琴葉

第12配偶者:三枝 乃亜

第13配偶者:佐倉 美緒


自分の名前があった。


美緒は、何度もその名前を見た。


登録完了通知でも見た。妻コミュニティ招待でも見た。規約画面でも見た。


それでも、妻一覧の中に置かれている自分の名前は、また違って見えた。


第13配偶者:佐倉美緒。


そこに、確かにある。


嬉しい。本当に嬉しい。


けれど、同じくらい、自分の位置も見えた。


第9。第10。第11。第12。第13。


下位配偶者。上でもない。中でもない。下。しかも、その中で一番最後。


凛に言った時は、その響きが少しだけ特別に聞こえた。12人の次。誰も知らない新しい妻。まだ公表されていない秘密の場所。


でも、一覧の中に置かれると違った。


第13は、12の次で、それ以上でも、それ以下でもなかった。


美緒は、スマホを持つ手を少し下ろした。


下位でも、妻は妻だ。


心の中で、そう言った。声には出さなかった。出したら、少し負けたような気がしたから。


下位でも、妻は妻だ。13番目でも、あの人の妻なんだ。


その言葉を、自分の中で何度も繰り返した。そうしないと、さっきまでの嬉しさが少しずつ薄くなってしまいそうだった。


第13妻。


その響きは、まだ特別であってほしかった。ただの一番下ではなくて。ただの新しい登録者ではなくて。


誰も知らない秘密の妻。そう思いたかった。


美緒は、もう一度画面を見た。


第13配偶者:佐倉美緒。


天城という名前はない。写真もない。特別な説明もない。


でも、その行だけは、たしかに自分のものだった。


美緒は指先で、画面に触れた。


名前に触れたところで、何かが変わるわけではない。それでも、触れたかった。自分が本当にそこにいるのか、確かめたかった。


しばらくして、画面が暗くなりかけた。


美緒は慌てて指で画面をなぞり、表示を戻した。


消えてほしくなかった。妻一覧にある自分の名前が。たとえ一番下に近くても。たとえ下位と書かれていても。


それは、美緒がずっと欲しかったものの形だった。


誰かに選ばれた証。その他大勢ではなくなった証。あの人の人生のどこかに、自分が置かれた証。


美緒は、画面を閉じなかった。


上位配偶者。中位配偶者。下位配偶者。


そして、その一番下に近い場所にある自分の名前。


第13配偶者:佐倉美緒。


美緒は、胸の奥で少しだけ痛むものを感じながら、それでも目を逸らさなかった。


ここが、自分の場所なのだと思った。


まだ、そう信じたかった。


けれど、画面の中の自分の名前を見ているうちに、その場所が少しだけ苦しくなってきた。


第13配偶者:佐倉美緒。


そこにあることは嬉しい。けれど、そこにしかないことが、少し苦しい。


美緒はスマホを持ったまま、ベッドに背中を預けた。


上位配偶者。中位配偶者。下位配偶者。


その三つの言葉が、頭の中で何度も並び替えられる。


第13妻。


凛に報告した時は、その響きが、もっと柔らかかった。


やっと結婚できたよ。


そう言った時、自分はただ、天城蓮の妻になれたことだけを見ていた。


でも、妻一覧の中では違った。第13は、ただ第12の次だった。そして、第14が来れば、その前になる数字だった。


美緒は、画面を閉じようとした。


その時、スマホが小さく震えた。


配偶者用アプリの上部に、細い文字が表示される。


【下位配偶者グループへの招待が届いています】


美緒は、指を止めた。


下位配偶者グループ。


さっき見たばかりの言葉だった。


下位。


その二文字は、やっぱり少し痛い。妻なのに。あの人の妻になれたのに。その最初につく言葉が、下位。


美緒は通知を開いた。


【下位配偶者グループへの招待が届いています】


【本グループは、第9配偶者〜第13配偶者間の連絡、相談、案内共有を目的とした非公開グループです】


【参加にはグループ規約への同意が必要です】


第9配偶者から第13配偶者。


さっき一覧で見た名前が、頭に浮かんだ。


桐谷麻衣。小野寺千紗。白石琴葉。三枝乃亜。佐倉美緒。


上位妻や中位妻の名前は、遠かった。画面に並んでいるだけで、どこか別の階にいる人たちのように見えた。


でも、第9から第13なら。


同じように非公表で。同じように天城姓を名乗れず、同じように外では佐倉や桐谷や小野寺のままで。同じように、呼ばれるのを待っている人たち。


美緒は、少しだけ息がしやすくなった。


一人ではないのかもしれない。

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