第18話【琴葉さんが悪いわけじゃない】
グループチャットでは、まだ琴葉への言葉が続いていた。
麻衣が、明るいスタンプを送る。
桐谷麻衣:
「まあでも、琴葉ちゃんが無事でよかった」
小野寺千紗:
「無事っていうか、選ばれたんでしょ」
すぐに麻衣が返す。
桐谷麻衣:
「千紗ちゃん、言い方」
小野寺千紗:
「事実じゃん」
三枝乃亜:
「今日は千紗さんの棘、多め」
小野寺千紗:
「普通でしょ」
白石琴葉:
「本当に、そんな感じじゃないから」
美緒は、その流れを見ていた。
千紗の言い方は、やっぱり少し嫌だった。
選ばれたんでしょ。
その一文は、琴葉の気遣いを雑に剥がしてしまうみたいだった。琴葉は詳しく言わないようにしている。自慢に聞こえないようにしている。呼ばれなかった美緒たちを、できるだけ傷つけないようにしている。
それなのに、千紗はそこへまっすぐ触る。
嫌だと思った。
でも、美緒は画面を見つめたまま動けなかった。
千紗が言ったことを、自分が一度も考えなかったと言えるだろうか。
言えない。
琴葉は選ばれた。少なくとも昨夜は、琴葉だった。美緒ではなく。乃亜でもなく。麻衣でもなく。千紗でもなく。
琴葉だけが、天城蓮から呼ばれた。
それは事実だった。
事実だから、痛い。
美緒はスマホを伏せようとして、できなかった。
また新しい通知が来る。今度はグループではなかった。白石琴葉からの個別メッセージだった。
美緒は一瞬、息を止めた。
開くのが少し怖かった。
琴葉から何を言われても、きっと自分はちゃんと返さなければいけない。優しくしなければいけない。祝える人の形をしなければいけない。
そう思うだけで、胸が重かった。
それでも、美緒は画面を開いた。
白石琴葉:
「美緒ちゃん、昨日は変な空気にしちゃってごめんね」
最初の一文で、また苦しくなった。
琴葉は悪くないのに。また謝っている。
琴葉は、いつもそうだった。自分のせいではないことまで、少しだけ自分の方に寄せてしまう。強く言わない。誰かを責めない。それでいて、相手が楽になる言葉を探そうとする。
だから、嫌えない。
白石琴葉:
「私、うまく話せなくて」
少し間が空いて、もう一通。
白石琴葉:
「美緒ちゃんにも、きっと来ると思う」
美緒は、その文字を何度も読んだ。
きっと来る。それは優しさだった。
琴葉は、美緒を慰めようとしている。自分だけが呼ばれたことを、少しでも軽くしようとしている。
分かる。分かるから、苦しい。
きっと来る。
その言葉は、来ていない人にしか向けられない。
琴葉には、もう来た。美緒には、まだ来ていない。
その差を、琴葉の優しさがそっと撫でてくる。撫でられた場所が、余計に痛んだ。
美緒は入力欄を開いた。
佐倉美緒:
「そんなことないです」
送信する。少し硬い。でも、それ以上の言葉が見つからなかった。
続けて打つ。
佐倉美緒:
「琴葉さんが悪いわけじゃないです」
これは本音だった。
本当に、琴葉が悪いわけではない。琴葉は自慢していない。見せびらかしてもいない。気を遣っている。
だからこそ、胸の中にあるものを琴葉のせいにできなかった。
琴葉が嫌な人だったらよかった。少しでも、こちらが傷つくような言い方をしてくれたらよかった。そうしたら、嫌いになれたかもしれない。
でも琴葉は、そうしない。ちゃんと優しい。その優しさの中で、少しだけ幸せそうだった。
それだけなのに、美緒は祝えなかった。
悪くない人を祝えない自分は、誰よりも嫌だった。
琴葉から、すぐに返信が来た。
白石琴葉:
「ありがとう」
それから、花を持ったキャラクターのスタンプ。
美緒は、そのスタンプを見たまま、しばらく動けなかった。
かわいい。琴葉らしい。そんなことまで思ってしまう。
嫌えない。本当に、嫌えない。
だから苦しい。
グループチャットの通知がまた重なった。麻衣が、場を変えるように明るい文を送っている。
桐谷麻衣:
「とりあえず、琴葉ちゃん無事でよかった会は今度やろ」
小野寺千紗:
「何でも会にする」
桐谷麻衣:
「会にしないとやってられないでしょ」
三枝乃亜:
「それはそう」
白石琴葉:
「そんな会、しなくて大丈夫です」
桐谷麻衣:
「じゃあ普通に飲むだけ」
小野寺千紗:
「結局飲むんじゃん」
会話は流れていく。
美緒はその中に入れなかった。
入ろうと思えば入れた。いつものように、短く返せばいい。よかったです。また行きたいです。無理しないでください。どれも、書ける。
書けるのに、書けなかった。
画面の中で、祝福の形をした言葉が流れていく。その流れを見ていると、自分だけが少し遅れているような気がした。
琴葉を祝えない場所に、ひとり残っている。
通知がまた来た。今度は乃亜だった。
三枝乃亜:
「大丈夫?」
たった一言だった。
美緒は、その文字を見て、少しだけ息を吐いた。
乃亜は気づいている。たぶん全部ではない。でも、何かには気づいている。
美緒が琴葉をまっすぐ祝えていないこと。千紗の言葉を嫌だと思いながら、自分の中にも同じものがあること。琴葉が優しいからこそ、逃げ場がないこと。
美緒は返信した。
佐倉美緒:
「大丈夫です」
送ってから、画面を見つめた。
嘘だった。たぶん、嘘だった。
でも、今はそれ以外を言えなかった。
大丈夫じゃないです。琴葉さんを祝えません。自分が嫌です。次は私が呼ばれたいです。
そんなこと、乃亜に言えるわけがなかった。
乃亜からの返信は、少し遅れて来た。
三枝乃亜:
「そっか」
それだけだった。
分かるよ、とは言わなかった。嫉妬してるんでしょ、とも言わなかった。気にしなくていいよ、とも言わなかった。
そっか。それだけ。
美緒は、その短さに少し救われた。
大丈夫じゃないことくらい、たぶん乃亜には分かっている。それでも乃亜は、大丈夫じゃないよね、とは言わなかった。
言葉にされたら、きっと自分で見てしまう。自分の中にあるものを。祝えない自分を。琴葉を嫌えないのに、琴葉が呼ばれたことを苦しく思う自分を。
乃亜はそこまで踏み込まなかった。その距離が、今の美緒にはありがたかった。
美緒はスマホを握ったまま、ベッドに背中を預けた。
グループチャットでは、まだ会話が続いている。麻衣が明るくしている。千紗が刺している。琴葉がやわらかく返している。乃亜がときどき空気を整えている。
そこに美緒もいる。第13妻として。下位妻の一人として。琴葉を祝う側として。
でも、美緒の心は少し遅れていた。
琴葉さんが悪いわけじゃない。
そう送った。それは本音だった。
本音なのに、送ったあと、胸の奥はさらに重くなった。
琴葉さんが悪いわけじゃない。
だから、悪いものは全部、自分の中にある。
美緒は画面を伏せた。
暗くなったスマホに、自分の顔がぼんやり映る。
第13妻。下位妻。琴葉を祝えない私。
そのどれもが、同じ顔をしていた。




