第八話『~桃源郷攻略戦~【知恵の間】』
雅がいなければダメ。それが一葉が持ち帰った言葉であった。
「いやー、俺も最初は何のことかさっぱりだったんですけど、『桃色の髪の女と一緒に来い』って何度も執拗に言われたもんで‥‥‥これはもう避けられませんよ」
――どういうことか。何故、鬼が雅を求めているのか。あり得るとすれば‥‥‥番⁉
「あー、そう言えば。さっき檻から出る前に『鬼姫』ってやつが番を探しているとかいう噂話してました。いやぁ、ね? まさかとは思いますけどね」
そこへ雅の考えを後押しするかのように一葉から追加の情報が添付される。――雅、貞操の危機。
「でも、雅さん。安心してください。『鬼姫』っていうからには女性でしょう。つまり、そういうことです」
微々たる励ましを砂糖がしてくれたが、励ましにはならない。
そういうことじゃなくて、結婚はよく分からない人‥‥‥鬼? とはしたくないんだよ!
そもそも論、砂糖が言っても説得力があるわけないだろう。
雅から悲愴な雰囲気が漏れていたのか、慌てた一葉が「それより――、」と話を差し替える。
「雅さんは俺が守るとして、雅さんはその方針でよろしいですか? 多分、城には入れそうなんで」
雅に出来ることがあるなら協力は惜しまない。そのためにも、こんなところで躓いている暇なんてない。
「うん。ここで私が駄々こねて進めないってのも自己中だしね。何より‥‥‥一葉さんが守ってくれるんでしょ?」
後半だけはお茶を濁すかどうか、迷ったが結果的に最後まで言い切ることにした。その結果――、
「勿論です! 俺は門番です。人を守るのは当然のこと!」
目に見える程、やる気に満ちてくれた。それもそのはず、彼は雅のことを好いているのだ。
当の本人は隠し切れているつもりなのだろうが、雅を始めとした砂糖、ほか彩花までもが雅に対する好意を抱いていることは分かり切っていたのだった。
「意見はまとまったようで良かったです。そこまで心配はしていませんでしたけど。――さて、行きましょうか」
砂糖が全体のまとめ役として動く。ついに攻略戦が始まる。
ところが、一葉がここを離れるまでに約十分程度、やる気があり過ぎるあまり話も聞かず、動かなかったため、雅の好感度が落ちてしまったのはまた別のお話。
そこにいたのは一、五メートルくらいの強そうな黒い鬼だった。
「うむ。約束をまさか、しっかりと守るとはな! 約束は大切だからな!」
ガハハと野太い笑い声を上げながら、一葉を称賛する。どうやら、鬼にも礼儀はあるらしい。ならば、初対面に会った鬼もそこのところしっかりとして欲しかったところだが。
「あぁ、分かっとる! そんな睨まんでも、ここは通すとも。 なんつったって、姫さん直々のお望みだからな!」
「なぁ。その姫さん――、『鬼姫』ってやつは一体どんなやつなんだ?」
機嫌の良さそうな鬼を狙って、そこへ一葉がこの事件の核心を突きそうな質問をする。『鬼姫』が何者かも分かっていないのに会いに行くというのは危険性が高い。そのため、一葉が問いかけたことを誰も止めようとしなかった。
ただ、その質問を耳にした鬼の表情は芳しくなかった。鬼はすぐさま、口を開き――、
「それは言えない」
「何でだよ!」
「姫さんがそれを望んでいるからだ」
間髪を入れずに平然と鬼が答える様子を見て、一葉が憤怒の形相を浮かべる。
脅しをかけるつもりで接する一葉の様子を見ても、鬼は動じない。それほどまでに、『鬼姫』への忠誠心が強いのか。それとも単に、一葉など取るに足らない程に恐ろしいのか。
「まぁ、別にいいじゃないか。この城を最後まで登り切れば、分かることじゃねぇか!」
「いや。そういうことじゃ‥‥‥まあ、もういいか。吹っ掛けて悪かった」
その鬼の大胆不敵な態度に一葉は顔をしかめて諦観する。
このまま質問攻めをし続けても、答えが返ってこないことはこれまでの彼の行動で明確に示されている。
そうすると、一葉の心中はおおよそ察せることができ、一葉の取る態度は至極、当然なものであった。
「ここで話してても、埒が明かないというのは全員分かったでしょうし、先を急ぐことにしましょう。どのみち、一葉さんが全部何とかしてくれるに決まってます」
「おいおい、俺頼みなのかよ。つっても、この中じゃあ、戦えるのは俺だけだしな‥‥‥」
このメンバーはそもそもとして、一葉頼りの特攻隊で構成されたため、一葉抜きではとてもじゃないが、鬼に太刀打ちなどできっこない。そうなったら、一方的に狩られるのを待つのみだ。
「――? ‥‥‥あっ!」
チーム全体の意思表明が明確にされたところで、間抜けそうな声が辺りに響いた。鬼の声だ。
「ったく――、なんだよ、急に。お使いでも忘れたのか?」
鬼に否定され続け、機嫌を悪くした一葉がおちょくるような発言をする。しかし、鬼はやはり動じない。その様子を見てさらに苛立ちを覚える一葉。但し、返答は別の形として、しっかりと返ってきた。
「いっちばん大切なことを忘れてた。この城、最後まで到達するには試験があるんだってことを伝え忘れてた!」
「お前、それ一番最初に言えよ!」
「まぁまぁ、別に隠してたわけじゃないんだし――」
「直前まで忘れてた本人に言われたくねぇわ! 大体、そのまま俺達が行ってたらどうするつもりだったんだよ!」
「――――」
と、そこで鬼が黙り始め、一同は鬼の間抜けさに一周回って困惑し始める。もしや、このまま無視しても、大丈夫なのではないか――、と。
「とにかく、だ。正直なところ、これを別に忘れてても、中で説明がされてたさ。だが、ワシが忘れていたことは事実。すまんかったな」
しっかりと謝るときは謝る。これも、『鬼姫』の教育の成果なのだろうか。改めて、『鬼姫』だけは頭がキレる相手だと注意するべきと思った。
「改めて、説明をしよう」
鬼が「コホン」と咳払いし、ようやく、落ち着いた雰囲気になる。その雰囲気に飲まれ、一同も思わず息を吞んだ。
「この城は見ての通り、五層で形作られている。無論、最上層が『鬼姫』様のいらっしゃるところだ。それまでに四つの層、そこで試練がそれぞれ行われる」
「四‥‥‥多いな」
四つという中々の多い試練の数に一葉が小さく、反応をする。砂糖と雅もおおよそ同じような反応をして一葉に同意する。
「第一階層は‥‥‥ん? あぁ、そうだった。これ以上は言っちゃダメだった。危ない、危ない」
「またかよ⁉ おいおい、しっかりしてくれよ。――ってか、そんぐらい教えろよ!」
「駄目だ」
「チッ」
最早、お馴染みの流れに答える気もわかず、最低限の舌打ちで一葉は生真面目な返答に悪態をつく。
確かにその気持ちは分かるが、目に見えるレベルは良くないと思った。
「では、これで説明を終わりにする。ぐっどらっく!」
「え? 終わり?」
唐突に終わった説明に鬼に負けず劣らず、一葉が間抜けそうな声を漏らし、その声を置き去りにするかのように流れのまま、雅たち一行は城内へと踏み入れていくのだった。
城内は思ったよりも質素な装飾だった。外見からは想像できないものとなっており、この空間だけ、他からくり抜いてきたのではないかと考えるのが道理なほどである。
部屋全体は時代背景にあった和風な造りであり、床には畳が敷かれていた。城というにはあまりにも質素で拍子抜けだった。
「お帰りください、私の部屋へ」
そこにいたのは普通の中学生くらいの身長の黒髪の鬼の少年だった。二つの角を持ち、濁った緑色の瞳がはまっている。そして、その表情は何とも言えないような歪みがあり、まるでこちらの心中を覗いているようで、気味が悪い。
そこにいるだけで自分の根幹を失いそうになる――そんな、あまり長居したくない雰囲気を醸し出していた。
「おい! 話がちげぇだろ⁉ そっちが来いって言っただろ!」
そんな雰囲気をぶち壊すかのように切り込み隊長を務めたのは一葉だった。その言葉を聞き入れた鬼はやはり平常心を保っていた‥‥‥というよりも、のらりくらりとかわしていた。
「怒れば? 怒ることはいいことだ! 私は天邪鬼。歓迎いたしませんよ‥‥‥フフフ」
気味の悪い笑みを浮かべて彼は名乗る。しかしながら、一葉はそれどこではなかった。怒りを増幅させられ、一葉の許容範囲はとっくにキャパオーバーしており、怒髪天を衝く勢いだった。
「ちょっと、待って! あなたは天邪鬼――、なんだよね?」
そこへ雅が一葉の怒りを抑えるために鬼へと語りかける。この確証が合っていれば、多少は怒りが鎮まるかもしれないのだから。
その雅の問いかけに鬼は更に顔を歪ませる。そして――、
「いいえ! 私は天邪鬼ではない!」
「ですって、雅さん。じゃあ、こいつは何者なんだよって話ですよね」
「いや。これが天邪鬼なんだよ」
「「――へ?」」
問いを否定されたにもかかわらず、肯定した雅の反応に一葉と砂糖の二人が呆気にとられる。それもそのはず、鬼の知識など知るはずもない。もっとも、雅も偶然知っていただけなので、知識がなかったら、翻弄されて二人と同じ道を辿っていたに違いない。
「天邪鬼は言おうとしていることと反対のことを話すの」
要点だけを短く話したつもりだが、理解してくれただろうか。
「すみません。全然分からないです!」
迷いなく思考を放棄した一葉が声高らかに叫ぶ。そこへ、砂糖は「こいつマジか」という表情を浮かべる。――が、すぐさま頭を振って切り替え、「つまり――、」と雅の代わりに説明を始める。
「先程の『天邪鬼じゃない』だったら、『天邪鬼です』ってことを表す‥‥‥ってことですよね。雅さん?」
その問いかけに雅は顎を少し引いて肯定する。一方で一葉の方はというと――、
「うん。成程ねー。分かったわー」
棒読みで理解したフリを貫き通すのだった。
「そろそろ始めない? 『知恵』の試練をさぁ!」
これまで先延ばしにされた天邪鬼がうんざりしたかのように声を張る。
四つある内の一つ目の試練。最初はどうやら、『知恵』が試されるらしい。
正直なところ、一葉は役に立ちそうになかった。それでも、期待を込めて一葉にアイコンタクトをしてみる。
一葉もこちらの視線に気付いた。そして、雅に下手くそなウィンクで返してきた。やはり、期待は裏切られたようだ。あと、ウィンクは練習した方がいい。
だとすれば、砂糖はどうだろうか。この雅がいない三年間、彼女はかなりの変化を遂げた。
それならば、学力の上昇も期待できるのではないだろうか。
「あ―、雅さん。私にはあまり期待しないでくださいね」
その希望も、見越されたかのように本人からの先手で打ち砕かれてしまった。無念。
再び、雅の視線は天邪鬼へと戻る。
「試練はクイズ形式さ! 激ムズだろう? クイズは全五問。三問不正解で君たちの負け。準備は待たないけど、声かけないで」
「これって、もはや反対の言葉になってるんですかね。色々と、あべこべじゃないですか?」
天邪鬼からの説明が終わったところで砂糖が雅に耳打ちする。生温かい息が少しかかり、くすぐったかったが、ひかれないようにポーカーフェイスを維持する。
「私もそれ思うけど、言ったらそれ多分、めっちゃ反感を買うだろうからやめてね」
雅にだけ聞こえるような声で囁いてくれて助かった。慎重に言葉を選ぶことがどれだけ大切なのか雅にはよく分かっているのだから。ともあれ、何も触れなくてよか‥‥‥
「お前、さっきから言ってることあべこべ過ぎるだろうが! 天邪鬼だか何だか知らねぇけど、分かりやすく統一しろや! 全部に否定形つけたら変な文章になるだろうが!」
――爆発した。
一葉が言葉を一文字、発するごとに砂糖の顔色がどんどん青白くなっていった。それはもう、血管が見えるのではないかと心配するレベルに。
その間、雅はというと天邪鬼の方向をひたすら見つめていた。
何があっても、すぐさま対応できるようにするためだ。
既にこの空間は雅の知るものと、大きくかけ離れている。何があったって不思議ではない。その判断が取れるのは雅だけだ。みんなを守れるのは雅だけなのだから。
「そこまで言うなら、自身がおあり? 自分の心配をした方が身の為、我が為、君の為! やれるものならやってみぃ‼」
リズムよく煽り、一葉の激情を搔き立てる。その言葉に一葉は「何だとてめ――、」と手を伸ばして首根っこを掴もうとする。
想像していた異変とは異なったが、結果的ににいち早く暴挙に気付いた雅は口を開――、
「暴力はいただけないなあ?」
他の誰よりも早く、鬼はぶっきらぼうに言い放ち、同時に指でパチンと軽い音を立てる。
――途端、雅の視界が揺らめく。――否、それは雅に限った話ではない。砂糖と一葉も脚を押さえて、平衡感覚を保とうとしていた。
しかし、何かがおかしい。視界が歪むのならば、頭をおさえるのが普通‥‥‥。まさか――、
「そこのお姉さん、ご名答! その調子だと本番でもガンガンいけそうだねぇ?」
前に雅は建物の内装が入れ替わっているのではないかと考えていたが、こういうことだったのだ。
この層は内装の見た目を自由自在に切り替えることができる。
よって、今起きているのは変化の過程で定まらない視界による不快感――拒絶反応のようなものだった。
その中で唯一、平然と立っていられる天邪鬼はこの部屋の番人ということをよく表しているようで不気味だった。
パチン――、
再び軽快な音が響く。視界が正常に矯正されていく‥‥‥。ただし、今度は暗闇の中。
「はぁはぁ。‥‥‥なんだ? 元に戻ったのか?」
流石の生命力で声を最初に上げる一葉。だが、体調はあまり心もとなさそうだ。
「レディースエーンドゥジェントルマーン!」
キリキリと鋭い声が辺り一面を満たす。その呼び声に応じるかのように照明が照らされて、状況が明瞭にされる。
「なんなんですか、これ?」
一葉の次に立ち上がったのは砂糖。流石、子供の頃から遊びまわっていただけはある。そうなると、雅だけが情けなくなる。しかしながら、まだ立ち直れないのが現実だ。
砂糖のリアクションからして、かなり変な空間へと様変わりしたらしい。
直後――、雅の両目の視界が急激にピントがあったように治る。それから、唐突にその違和感を感じ取った。
「――ん⁉」
我ながら、あまり面白くはない反応であったと思うが、そこは気にするべきではない。今は眼下の異変を。
見るだけで心を落ち着かせる優しい淡い緑の畳、それはツルツルとした白い床に。
白色の薄く、目を凝らせばその先の風景も見えるのではないかと思うくらいには艶のあったふすまは黒色の光を遮断する鉄製のドアへ。
そして安堵に浸れる空間はこちらを見下ろす観客の声によって雰囲気をこれでもかとまでに破壊されていた。
ここはTVの収録、か? そう思うのも束の間。再度、けたたましい声が響き、共鳴するかのように声が届く。熱狂に包まれた空間――、クイズ番組のようなスタジオに模様替えされていた。
「って言っても、二人にはこの空間が何のことか、そりゃ分かる訳がないよね」
一人で納得している雅をよそに二人はこの空間を何度も見回して、瞠目していた。
どこを見渡しても、そこら中に自分たちの時代には存在しないものしかない。そんな中でどう判断すればいいのかを求めるのは困難。皮肉にも見知ったものは観客席の鬼しかいない。
「イッツ、ショータイム!」
フロアが沸く。――熱が世界を満たした。
【知恵の間】開始――。




