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記憶解剖  作者: 天月ミツバ
第一章【解釈違いな物語】
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第九話『○×なんて、あなた次第』

 

 それは【知恵の間】なんて呼ばれるにはあまりにも知的には感じない空間だった。

 これは自称インテリ系な雅の勝手な偏見なのだが、知恵というからには難解な問題が出されて、その謎を解く――とかいった感じになるのではないかと想像していた。

 だが、実際のところはどうかというと――、


「さあて、始まるよ? 始まります! ぅうぅ、ん! 知恵の間ぁ!」


 おどけた道化――もとい、試験官である天邪鬼が喋り方すら忘れ、突然現れた観客に流暢に語りかける。

 観客が唐突に現れたのは百歩譲って鬼がいるという時点で何が起きてもおかしくないと考えていたから理解できる。ただ、それはそれとして、天邪鬼が反対のことを言わなければ、それはもう天邪鬼ではないのではないのか。

 それとも、今こうやって気が散っている雅のようにして、思考を鈍らせるのが目的なのだろうか。否、彼の表情からはそんな雰囲気は読み取れない。

 何故なら、彼はこの状況を楽しんでいる。そもそも、こんな空間に変化している以上、まともにやる気などあるわけがない。

 その行動の始めとして――、


 天邪鬼が乾いた笑みを浮かべる。まただ。また、変化が起きる。彼は何かを変化させるときには気味の悪い表情をする。それはまるで、いたずらの計画を立てている子供が思わず笑みをこぼすように。


 変化が訪れるのはそう遅くなかった。彼が思い浮かべてから三秒以内には音もせずに赤色の目立ちやすい、遠くからでも見えるステッキを作り出した。

 なんと、この空間では好きなものも自在に作り出すことが出来るというのか。


 そのステッキを彼は慣れた手付きで回転させ、そしてその先端を雅、砂糖、一葉の順に次々と向ける。


「さぁ、お客さん。まずは、あっちの席にすわったらどうかなぁ?」


 同様にステッキを彼は手の代わりに向ける。見ると、そこにはクイズ番組でよく見る解答席があった。

 こちらも、派手さと視認性を重視した色合いで出来ており、観客に対する気遣いがされている。


「埒が明きそうもないので取り敢えず、今は彼の誘導に従いませんか?」


 砂糖が雅と一葉に告げ、一同はしぶしぶ、用意された席へと進むことにした。


「ちょっと待った!」


 今度は荒々しい声が響く。


「色――見なよ? 分からないの、色? 君たちのイメージカラーに合わせてんだけど」


 確かに席のには中心にはピンク色の雅のヘアカラーに合わされた色がある。同じく、左方には砂糖の髪色に合った黒色が。そして右方には一葉に合った‥‥‥


「あ? なんで黒色が二つあるんだよ」


 ――右方も黒色だった。


「そ、れ、は‥‥‥あなたが決めるのです」


「はぁ?」


「同じ色が二つあるなら、どちらでも大丈夫です! そもそもとして、『鬼姫』様が望んでらっしゃるのはそこの桃色の髪の女だけ! あとはどうでもいいのさ。ま、俺から言えるとしたら、それはナンセンスだと思うがね。さっ、早く座りなよ! 時間は有限! 早くしないと冷めちゃうからねぇ!」


 ――どうでもいい――


 なんて傍若無人なのか。何故そんな思考回路の持ち主がこれまで統率がとれるのだ。


「あれ? 何か気に障ることでもあったかな? 別に反抗してもいいけど、困るのは君たちだからね?」


 そう言って彼は観客席を示した。


「一目瞭然ってわかるだろう? それでもやるってんなら、構いやしないけどね? ただ、ボクもいるってことも考えてね?」


 実力行使は元より考えにすら至らないが、数をどうにかできたとしても、あのデタラメな力を使われたら一溜まりもない。


「チッ、しゃあない。ここは諦めましょう」


 そんな中、提案から一番かけ離れたと思われた一葉が声をかける。それから、砂糖にハンドサインを送り、雅のもとへ全員を集め、「いいですか?」と輪になった三人にだけ聞こえる声で前置きし、


「こんな俺がまとめるのはおかしいかもしれませんけど、ひとまずそこは置いといてください。俺たちの目的はこの事態の収束。つまるところ、『鬼姫』だけ絞めるなり、話し合いなりすれば、片付く話なんです。これから先の層にいるやつらには過度に干渉せずに円滑に進めましょう。絶対にコイツよりヤバい性格のやつがいると思うんです。だけど、数さえなければ、俺が何とかして見せます。だから――」


「何時にもなく、真面目な雰囲気ですね。でも、私も一葉さんの意見に賛成です。ここにいる鬼と関わっていいことなんて一つもないです。だとすれば、可能な限り、不干渉を通すのが妥当ですよ」


 そこで砂糖が早口で状況を整理する一葉に口をはさむ。

 正直、彼女たちが言うことは何一つ間違っていない。そこで雅はこれ以上何を言えばいいのか分からなかった。


「OK、じゃあこのまま一葉さんの意見で行こう」


 その返答に目を軽く見張った一葉は何かを言おうとしたが、軽い溜飲音と共に言葉を飲み込んだ。そして、信頼に満ちた双眸で雅を見つめた。


 今度は天邪鬼の指示通りに着席することにした。指示通りというのは癪だから一葉の意見を基にという言うべきか。

 席の順は中心に雅、雅から見て右側が一葉、左側が砂糖が座る形となっている。冷静に考えてみると、右も左もどちらも変わらないはずだ。

 故に雅は腹の底から怒りが込み上げてきた理由がまるで分からなかった。それはそうとして、全員を平等に扱わないことだけは許容できる話ではないが。


「では、今度こそやります。第一問! 初っ端からサービス問題です! 優しすぎたらごめんね? 僕たちの能力についてです! 天邪鬼にはどんな能力があるでしょう?」


 ――分かるわけない。


 しかし、当の本人はどうやら本気で簡単だと思っているみたいで「簡単すぎたかな? マズイかな?」とボソボソと呟きながら、頭を抱えている。

 そりゃそうだ。自分の能力なんて知らないわけないだろう。それにしても、こんな問題でスタジアムは本当に盛り上がるのか? 静まり返ってより一層、不気味な雰囲気が増している。

 それに、頭を抱えている時点で司会者として失格だ。


「質問。話し合いはOK?」


 雅がおおよそのルールの確認をする。それに対して、天邪鬼は悩む素振りも見せず、


「OKです。だ、け、ど、カンニングはダメだからねぇ?」


 そう言って、天邪鬼が片目だけで雅を見据える。

 まさかとは思うが、この鬼は『とらっち』に入っている機能を知っているというのか?

 雅の考えていることがまるで見透かされているように感じる。


 ――見透かされている? 


 見透かされているといえば、先程からこちらの行動を読んだ上で行動を取られているような気がする。となると――、


 ――確かにこれは簡単すぎたみたいだ。


「一葉、ジェット。答えが分かったよ」


「本当ですか!」

「マジすか!」


 とそれぞれ反応を二人は取る。そして、雅が答えを説明すると――、


「「確かに、それだと合点がいきますね」」


 各々が思案を含んだ表情を少しの間浮かべた後で納得を得ることができた。一葉が理解することができたのが少し意外だったが。

 というより、この空間に来てから人を舐める傾向が出ているところが度々あるので早急に修正していかなければ。


「あぁ。言い忘れてましたが、全問題に共通の制限時間があります。五分、それが限度です。それを超えたら強制的に答えを何かしら答えていただきます。――あ、どうせなら面白い答えがいいですね。あまりにも面白ければ、答えにかかわらずポイントあげちゃうかも?」


 流石のエンタメ思考でクイズとしてはどうかとは思うが、そのルールはありがたい。


「ということで、初っ端からその心配はないと思うけど、答えまとまったんだよね?」


「えぇ」


「では、あなたを代表者として決まった答えをお答え下さい!」


 いつの間にか、代表者として決まった雅。

 だが、二人の反応は何もなく、雅を代表者として認めるとのことらしい。単に押し付けられるのが嫌だった可能性を考えられなくもないけどね。


「天邪鬼の能力、それは人の心を読むこと――でしょ?」


 それとなく不安に感じるニュアンスを含む答えが出る。


「――正解。ま、これくらいは当然のことだよね。ちなみに君たちが来てから、今まで能力は使ってないから安心していいよぉ?」


 サラッと、衝撃の事実を露呈しているが、おそらくここまでの行動は普段から心を読み取っている経験上から推測しているのだ。

 ところでスタジアムの雰囲気はというと、「あいつら何も知らないのにどうやって‥‥‥」とか、「なかなかやるじゃねぇか――」とざわめく様子が所々で見られるようになった。

 彼らにとって、雅たちは一問も答えられずに終わると考えていたのか、反響が大きい。


「今はまだ、こんな盛り上がりだけど、段々と勢いが増していくはずさ。さて、次々いくよ?」


「――本当に心読んでないんですよね?」


「あぁ、勿論」


 天邪鬼の能力はきっと雅が持っていたら、任務がもっと楽になるかもしれない。羨ましい。

 そう羨望の眼差しを向けると、天邪鬼は苦笑いで返す。ギブミー、アビリティ。


「さて、第二問。これはなに?」


 そう言って、雅たちが考えている間に作られていたモニターが画像を映す。

 何やら、スイーツの画像のようだが? 


「――ういろう」


 途端に、小さな声が響く。何が起きたのか理解するのが分からない雅。同じく一葉も声の出どころが分からず周りを見回している。


「え? 答えるの早くない? どんだけ好きなの、甘味?」


 その中で、天邪鬼が状況を真っ先に把握した。この時だけは司会者らしさがあったと思う。


 彼が言うには答えが回答者から出ているというのだ。しかし、それは雅でもなく、一葉でもない。それすなわち、


「ジェットは昔から変わってないね」


 消去法で残ったのは大の甘党である砂糖ということが確定した。


「‥‥‥このタイミングで聞くのはあれかもしれませんけど、なんでさっきから砂糖のことをジェットって呼んでるんですか?」


 本当に今ではないが、ついにあだ名の弊害が出てしまった。


「一葉さん、これはあだ名、ですよ。ジェット‥‥‥かっこいい響きだと思わないんですか?」


「確かにカッケー‥‥‥」


「でしょう? なら、聞くのは無粋ってやつですよ」


 何やら二人の間で中二病トークが始まっているが、分かり合えたみたいで良かった。


 突如、スタジアムが笑いで包まれる。


「おやおや、答えが直ぐに答えられて、不安を覚えていましたが、笑いが生まれたのならこれもまた一興ってやつ。良かった、良かった」


 天邪鬼がわざとらしく、場の雰囲気をさらに盛り上がようとする。

 鬼というのはみんなこんな性格ばかりで無自覚にドジをやらかすのだろうか。


「次、答えられたら終わり――、か。‥‥‥早いもんだね」


 今度は天邪鬼が何やら遠くを見つめて寂しげな表情をする。難しい問題を用意したと思っていたら、一瞬で解かれる。この流れが続かれたら、エンターテイナー泣かせにも程がある。同情しなくもない。


「次はどうせなら、とっておきを――」


 とっておきとやらがあるらしい。これはとうとう、絶体絶命か?


「第三問、あなたたちは今、前を向いていますか? この問題は全員がお答えください。無論、相談は禁止です」


「――。はい?」


 意味が分からない。これはクイズでも、何でもないではないか。いつの間に彼がカウンセラーへとジョブチェンジしたというわけでもあるまい。

 しかし、答えないというわけにもいかない。前を向いているか? そんなこと悩むことでもない。そのままの答えを言うのみだ。


「ではお答えください。じゃあそこの男から順に」


「男って。‥‥‥俺ね。前を向いてるに決まってんだろ」


 普段の習慣から無視を貫き通しずらい一葉が無視し、答える。


「なるほど。それでは桃色の女」


 てきぱきと確認作業を進めるかのように応答に天邪鬼が答えていく。

 雅も同様にして、答える。


「向いてます!」


「なるほど、なるほど」


 そして、砂糖の番が回ってきて。


「‥‥‥向いています」


 心なしか、憂慮を感じる視線が雅へと向けられていた――、気がする。が、直ぐに下を向いてしまったので確認する手段はなくなってしまった。


「ふーん、そっか。そう思うなら、そうなんでしょうね」


 その言葉を他人事のように消費する天邪鬼が呟く。


 直後、変化が訪れ――、


 部屋がその回答を不正解だとあからさまに見せ示すかのようにクイズに出てきそうな効果音と共に赤いランプが点滅し、白い煙が噴き出す。


「うん、噓つきだよね。能力なんか使わなくても分かるよ。君の顔、ぐちゃぐちゃだし」


 解答を終えてからずっと下を向いていた砂糖の顔を覗き込めば、そこには顔を真っ青にして汗をかいている砂糖がいた。


 それを嘲笑うかのように天邪鬼が脳に響くようなキリキリとした笑い声を上げ、


「良くないよー? 自分の見栄の為に仲間の足を引っ張るなんて。それが利敵行為だって分からないのかな?」


 指で頬をポリポリと掻きながら、こちらへと同情している様子を見せる。

 最も、こんなものは同情とは言えず、単なる煽りに過ぎない。

 人の神経に最も触れるような言い方をして、傷つかないものなどいるものか。それも、今の自分の在り方について否定されるというのなら尚更だ。

 だから、吐き気する物言いに反発しないなんてことあるわけもなく。


「テメェ。ふざけてんじゃねぇぞ。○×なんて、自分次第なんじゃねぇのかよ、お前が言い切れるわけねぇだろ。砂糖を見くびんじゃねぇ」


 静かな声だった。波一つない凪のような感情の起伏。その声が稲妻のように広がり、全員の身動きを封じる。ただ一人、その原因を作り出した鬼を除いて。


「なんなのさ、こんなことしたら、場内にいるみんなが怖がっちゃうでしょう? 落ち着きなさい?」


「テメェの魂胆には乗らねぇよ。まあ散々とやってくれたよな」


 拳をポキポキと鳴らしながら天邪鬼へと一葉が迫っていく。ただ、止めることはできなかった。

 それは体だけでなく、口までもが動かなくなったからだ。


「本当に勘弁してくれないかな? こっちも荒事にはしたく‥‥‥ん?」


 実力が一葉よりあるようには見えない天邪鬼だが、何かしらの秘策でもあるのだろうか。と、考えているところで彼の口が止まる。

 止まるというよりも、痙攣して上手く喋れなくなったという方が適切だ。


「いや‥‥‥もう降参。降参です。本当にすみませんでした」


 一体、一瞬の間で彼の中でどんな心変わりが起きたというのか。今までの鬼を見るに彼らは各々、何かしらの信念を持っており、命よりも大切にしているといった価値観だった。それを容易に捻じ曲げる存在などあるはずがなかった。それが顔なじみであるならば、なお。


「は? 謝れ。謝るなら、砂糖に直接だ。土下座して謝れよ」


 そこにいる鬼を生きる者としてではなく、『モノ』として見る一葉が髪を掴んで謝罪を迫る。


 すっかり怖気づいてしまった天邪鬼は四足歩行で砂糖のもとへと近づき、


「すみませんでした」


 額を床に擦り付け、許しを請うかのように何度も謝る。だが、その態度が気に食わない一葉は次々と指図していく。土下座から始まった謝罪が徐々にエスカレートしていき、二段階上がった今は、首を絞めるといった虐待を取ろうとする。


「待って、待ってよ」


 雅が天邪鬼が見る姿もなくなる前に体の自由を取り戻す。流石に暴力までというようになったら、やっていることが正しいと言えない。現に、天邪鬼の顔は痣だらけで砂糖とは別の形で顔が青くなっていた。


 それでも、一葉が聞く耳を持たず、手を止める素振りを見せない。


「待ってよ! 落ち着いて、一葉さん! ―—一葉!」


 馬耳東風だというなら、聞くまで続けるだけ。そう考え、繰り返しても、止まらない。そして、一葉の拳が天邪鬼の鼻を砕く寸前、


「やめなさい!」


 色白で暴力とはかけ離れているような艶のある手が一葉の方へ叩き込まれる。鈍い音が続いていた状況だったため、軽い音がよく耳へと届いた。きっと、我を失った彼ですら。


「は?」


 自我を無くしていた間の記憶がすり落ちていたような反応を一葉が取った。それから、自分の掌を見て、妙に痛んでいることを確認する。そして、力なく倒れていた天邪鬼を発見する。


「一葉さん」


「――雅さん? 何でコイツが倒れて‥‥‥」


「ねぇ。なんで、そこまでしたの‥‥‥私はそんなこと頼んでなんかない!」


 悲愴な叫び声が現実を叩き込むかのように一葉へと向けられる。


「え、いや。なに言ってるんだよ? まるでそりゃコイツがこんな目にあったのが俺のせいみたいな‥‥‥あっ」


 再度、自分の掌を確認する。手にはおびただしい量の出血が確認できる。ただし、それは一葉のものではないことは一目瞭然。目の前の惨状を見て、責任を逃れることなんて出来るはずなかった。


「雅さん、砂糖。俺、一体何してたんですか」


 声だけでなく、全身が震え、顔は泣きそうなのに笑っているという歪んだ表情をみせ、彼は問う。


 彼は門番だ。本来の目的は危険から人々を守ること。村人の心を蝕めていた鬼から守ったと言えば、聞こえはいいかもしれない。

 ただ、力ずくで解決することだけが門番の仕事かというと違う。村には砂糖や彩花以外にもきっと子供たちはいたことだろう。

 村を守る門番は子供にとっての憧れ。いわば、テレビでヒーローを見て憧れるのと同じ理論だ。それ故に、力でねじ伏せるだけでなく、象徴として導くようにみんなの見本である必要がある。

 容赦なく一方的に狩っていた姿を見たら、子供たちはどう思うのか。

 そんな場合を考えないときがないわけない。


「あっぅ、あぁぁぁあ」


 何も考えられない。何も考えたくない。そんな考えが湧くのはいたって当然のこと。人間の頭はそういう風に出来上がっているのだから。だから、一葉の気が狂ってしまうのも仕方がない。


 そんな中で天邪鬼が床を這い寄ってくる。まさか復讐か、と思われたが、そんな気力があるようには見えなかった。ただ、何かを伝えたそうに。


「あァ。君たち、合格でいいヨ。結果的にはまァいい感じの試験になったから」


 絞り出したような声で成否を伝え、音のしないフィンガースナップをし、スタジアムが元のわびさびを感じる空間へと戻る。

 どうやら観客すらも、映像のようなものだったらしく、跡形もなく砂のように消えていった。

 そう考えると、空虚な一人芝居をしていた天邪鬼が可哀想に思える。


「あァ、あともう一つ。これを」


 そう言って、天邪鬼が震える手で差し出したのは常盤緑色の玉だった。初対面で感じた吸い込まれるような雰囲気を漂わせている。まさか、天邪鬼の眼球だとか言うのではなかろうか。


「これは【知恵の間】の合格の証。あと二つ集めれば、『鬼姫』様に会えるよ。ただァ‥‥‥そんな心構えで攻略できるほど甘くはないかなァ」


 そう言って天邪鬼は弱々しかった力が尽き、目を閉じて倒れた。

 息の根が止まってしまったのではないか、と思い、胸に手を当てたが普通に心臓は動いていたのでそこは安心した。どうやら、疲れてしまったらしい。


「一葉さん、ジェット。一回、落ち着かせようか」


 このまま次の層へと進めても、勝ち目どころか、命すら危うい可能性がある。そんな最悪の場合を考えて休息は取るべきだった。


「俺は何がしたかったんだよ」


 それは攻略へ一番助力した男がこぼしたとは思えない弱音だった。


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