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記憶解剖  作者: 天月ミツバ
第一章【解釈違いな物語】
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第十話『~桃源郷攻略戦【力の間】~』

 

 わびさびの雰囲気なんて城に合わないなんて思ってた自分も今はその空間に助けられた気がした。


 薄暗い空間にただ一つポツンと存在する照明。それが今の自分とは正反対に見えて、何とも憎たらしかった。

 二人には気遣いをされ、落ち着くための時間を一人だけで取らせてもらっている。自分は他人を不快にさせるだけの足手纏いなのではないか、そんな風に思えて。

 だから、今も自制することのできない未熟な心が忌々しかった。


「雅さん、砂糖。すみませんでした。これからの活躍で巻き返しますので期待してください」


 だから、迷惑をかけた分、役立てることを二人には証明しなければ――。


「一葉さん――本当に大丈夫なんだね?」


 少女が腰に手をあて、一葉の顔を心配そうに覗いてくる。


 しっかり、自分の存在意義を伝えなければ――。


「勿論です。しっかりと解決しました! ですから、行きましょう。迷惑かけた分をしっかり返します。損だけは絶対させませんから――」


 しかし、一葉の目は半開きだ。目をしっかり開けたまま説明などできない。見たくない、現実なんて。

 見限らないで欲しい。そう思うのは自分勝手だろうか。まだ自分は活躍できる。自分さえいれば例え、戦闘になっても彼女らを守ることができる。だから、まだ――。

「ねぇ、その損得勘定やめない?」


 それは一葉が今まで見たことない、心を決めたような曇りなき眼を持った雅の姿だった。


「――え?」


 驚いて、閉じかけていた目を最大まで見開く。そのせいで一葉は目を思わず痛めるが、目を押さえる一葉を気にせず雅は続ける。


「確かに一葉さんはやり過ぎなところまで手を出してしまったのは事実。目は背けられないよ」


 雅の言葉、一文字、一文字が心が塞がらない傷に丁度、突き刺さる。目を背けさせて欲しい。それも好きな少女から言われて、耐えられるはずなどあるものか。


「だけど、それよりも損得勘定で判断するのは良くないと思う。確かに私だって完全に損得勘定なしで行動しているかって言ったら、――噓になる」


 意外だった。どんな人に対しても、平等な態度で接している様子しか見ていない一葉からすると青天の霹靂だ。


 雅は「だけど――、」と続ける。


「自分の価値を自分の物差しで測って勝手に自責するのはもっと嫌。自分の価値を自分で決めつけないで。自分で自分の評価なんて分かりっこないよ。‥‥‥結局、何が言いたいのかって、自分でもよく分からない。でも、これだけは言わせて。自分の物差しで測るくらいなら、他の人に測ってもらった方がいい。自分よりもきっと公正に判断してくれるし、価値をきっと見極めてくれるから」


 傍から見れば、雅が自分の本音を暴露しているだけに見えるかもしれない。

 それでも、今の一葉にはその言葉が響いた。彼女は確かに説明するのは下手だ。意中の相手だと言えど、それをお世辞抜きで肯定するのは難しい。

 しかし、彼女には噓偽りのない言葉であるということを信じさせる天性の魅力のようなものがあるのだ。――ただ、一葉が惚れ込んでいるというのもあると思うが。


「――分かりました。これからは客観的に見るようにします。砂糖、迷惑をたくさんかけた。‥‥‥本当にすまなかった」


 一葉が腰を直角に曲げ、謝罪すると、砂糖は少し困惑した顔付きになり、


「あの時はみんな必死でしたし、私も少し言い過ぎました。――ですから、両成敗ということにしておきましょう」


 すると、砂糖が片手を自分の顔の前でひらひらと振る様子を見せる。一葉が怪訝そうに見つめていると、砂糖は溜息をつき、


「ビンタ、ですよ。私がしたように一葉さんもしてください。――どうぞ」


 そう言い、砂糖は傷一つない、若さ特有の艶のある顔を一葉の方へと近づけてくる。正直言って、無理だ。女子供を傷つけるなんて。


 そんな一葉が押し込まれていく様子を見つめる雅はもとの優しそうな顔つきに戻り、


「調子が戻ってきてくれて良かった」


 花が咲くような笑顔を見せた。その笑顔で一葉の心に染み付いた汚れも消え去ったように感じた。




「おいおい。お前さぁ、そんなもんじゃねぇだろ? あん?」


 鬼のような形相でこちらを見下ろすのは角を一つ持った赤鬼だ。鬼のような形相は決して、比喩ではない。


 何故、一葉が見下ろされている状況かというと――、


「ちゃんとやってくんねぇと、しけちまうぜ。‥‥‥それとも、俺なんかには本気を出すまでもないってか? あ?」


 襟を掴まれ、成す術もなくひたすらに殴られて続ける一葉がそこにはいた。


 事の発端はというと、この階層に到着してからすぐのこと。

 雅に失態を取り返すため、第二層である【力の間】を挑んだところに戻る。

 いつものように先手必勝で鳩尾を狙う一葉。

 仕留めた、と思いきや、鬼に見透かされていたかのように横に避けられ、体勢を崩したところを狙われ‥‥‥今に至る。


 顔面をひたすらに殴られる。赤鬼の拳は一発、一発が石のように硬く、拳とは思えない打撃を生み出していた。

 しかし、赤鬼は一葉の体に攻撃する気配はなく、一層での一葉の行動の意趣返しをされているような状況である。


「クソが‥‥‥くっ――」


 息を吸う暇すら与えられず、横暴は止まらない。せめて、チャンスさえあればいいのだが‥‥‥。


「期待外れ。ガッカリだ、見ろよ」


 そう言って、赤鬼は一葉を死体のように床へと投げ捨てる。そして、雅たちのいる右の方を指差す。


 そこには、今日一日、ずっと血の気が引いているような気がする砂糖と顔を両手で覆った雅の姿があった。


 それが一葉にとっては殴られることよりも辛かった。顔を覆うということは見ていられないと判断されていること、他ならない。

 それは門番としての資格を大きく揺るがすことだった。一葉の考える門番は勇気を与える仕事だ。人を絶望させ、何一つ、笑顔に出来ないなど、門番には相応しくない。


 さらに、一葉へ追い打ちを与えるかのように、鬼は淡々と説明する。


「お前は何一つ守れない雑魚だ。いや、お前は雑魚以下だよ。雑魚でも勇気くらいは持ち合わせているやつはいる。それなのにオメェ、どういうことだよ。お前は――」


 全部分かってる。分かり切ったことを口に出され、傷口をなぞられるのが嫌だった。最後まで、自分が今、何をしているのかを考えさせられる含みを入れた言い方が最高に苦しかった。


「お前、何したいの?」


 だから、一葉の体は動かずにはいられなかった。自分が間違っていないと行動で示すために。相手を黙らせるために。


 再び、一葉の腕が鳩尾へと向かう。今回はしくじらない。今度は両手を用いて、鬼の急所を確実に。

 だが、その狙いも横に腰を少し動かすだけの動作で軽く避けられる。勢いをつけすぎたあまり、再び、一葉は体勢を崩す。しかしながら、鬼は少しの隙も見逃さない。片手で気だるげに軽く、一葉の腹を鋭い爪のついた指先で弾く。そのまま再び、壁へと一葉は衝突する流れに。


 圧倒的、力不足――、というわけではない。一葉も分かっている。自分が本調子を出せずにいることくらい。本気でやれば、鬼の相手ぐらい造作もないというのに。


 脇腹が出血せずに済んだのは運がいい、という訳ではないのは一葉には理解していた。鬼に何度も、情けをかけられ、急所を避けられ、相手にする価値がない。そこまでされて、何を悠長にしていられるか。


「おいおい、勝てねぇのにまだ立ち向かうっつうのかよ。そろそろ止めたらどうだ? お前、勝つ気がないだろ」


「――あ?」


 意味が分からない。さっきからこっちは本気でやっているというのになんだ、と。


「言葉の意味も分からないようなら無理だ。やめろって。お前じゃ無理なの。――だって、お前は一階層で見せた煌めきがないんだからな」


「何、を‥‥‥」


 第一階層【知恵の間】で確かに一葉は燃え滾る怒りのままに全力で拳を振るうことが出来た。

 無論、拳を振るっていた際の意識はなかったので確証はないのだが、それは一葉の拳の痛みが証明していた。

 拳を上手に振るうのであれば多少ばかり、拳の痛みも軽減することはできる。

 だが、拳が一葉の行った行いの重さを主張するかのように骨に染みるような鈍い痛みを放っていた。

 間違いなく、あの瞬間の迷いなく拳を振るい続けていた一葉は確かに輝いていた。


「俺はただ、見たいだけなんだよ。――お前が見せる、最高の一撃を」


 無理だ。今の一葉に一体何ができるというのか。


「――。一葉さん」


 ふと、思考で染まった脳を美しい声が頭の中を洗い流す。


「頑張って!」


 雅は多くを語ることはなかった。だが、その言葉、その言葉でいい。――

 雅の応援に一葉は口を開かない。その代わり――、


「いい顔だ。やっぱり、女か? ま、その顔を見れば十分、か」


 戦意を取り戻し、いつも通りの無邪気な笑顔で一葉は返事をした。


「来いよ、馬鹿野郎!」


 鬼は初めて、子供のような笑みで両手を広げ、一葉の拳を受け止めようと体勢をとる。本来ならば、正々堂々など唾棄すべき考えだろう。だが、一葉には鬼を無下には扱えなかった。それは――、


「惚れた女の前でカッコつけない訳にもいかないからな!」


 だから、この一撃で仕留めてみせる。利き手である右手以外の力を全て抜き、拳の先端へと力を集中する。元より、一葉は細かく何度も連打するタイプではない。だからこそ、ちまちま考えているなど、性に合うはずなどなかったのだ。


「ありがとよ、これで一枚剝けた気がするぜ」


 カタツムリのように遅い歩みで一葉は鬼へと迫る。右手以外には力を込めていないので、脚は素人とかいうレベルの遅さではない。どんな素人であろうと、今の一葉を狙えば、勝てることだろう。

 だが、鬼はそれをしない。鬼はこの一撃を楽しみに待っているのだ。まるでプレゼントをもらう前の子供のように。


「すまねぇけど、俺は勝つ。カッコつけの踏み台にさせてもらうぜ」


「勝ち誇るにはまだ早いがな!」


 一葉の拳が遂に両手を構えた鬼の手へと届く。それに対し、鬼は全身の筋肉に力を込め、守りへと一点集中。


「うおおぉぉぉ――!」


 一葉の叫ぶ声が段々と大きくなり、その声につれて、威力は拡大していく。間違いなく人生史上、最高に己の力に向き合った瞬間だった。


「――。――!」


 鬼は一葉の強まる拳を抑えるため、声を出さない。だが、声を出さなくても分かる。表情が全て、語りたいことを物語っているのだから。


 鬼の肉体は確かに強靭だ。しかし、一葉の拳は更に上を行く。拳と肉体がぶつかり合い、火花が散り、風が荒れ狂う。


「惜しいな、終わるのは案外早いもんみてぇだ。――お前のこれからの活躍も期待してるぜ」


「勝手に期待してろ。俺はやりたいことをやる。――それだけだ」


 拳によって起きた荒れ狂う風と共に心の陰りが晴れ渡った瞬間だった。


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