第七話『I like you.』
「それにしても、近くに行けば行くほど、めっちゃ大きいって分かるね」
村の中心地、そこには白を基調とし、所々に桃色の染色がされている城——『桃源郷』があった。
桃色という時点で派手だが、城の至る所に宝石のような装飾品が施されているというのだから、どんな強欲な鬼がいるか恐ろしい。
雅たち一向は一葉と合流し、この現状を作り出した元凶と思われる、鬼たちの親玉――『鬼姫』が住む根城へと向かっていた。
一葉とは特に大した言葉を交わした訳でもなく、一言、二言、状況の把握をしたくらいだ。
彼の話によると、鬼と一戦交えてたらしい。その結果、見事に勝利をつかみ取ったことで、自由の身となったそうだ。本人曰く、「ちょん、って一突きしたら倒れました」と言っていたので、城での活躍にも期待ができそうだ。
「ちょっと待ってください」
突然、一葉が物思いにふけながら歩いていた雅の体を手で制した。その様子を見た後ろで歩いていた砂糖は「どうしましたか?」と尋ね、一葉の横から顔を出し、彼の視線の先を見つめた。
そこには、鬼がいた。鬼の城なのだから、鬼が門番を務めるのは当たり前なのだが、未だにこの景色には流石に慣れなかった。
「城に警備がいますね。雅さん、捻じ伏せてきましょうか!?」
そう言うと、一葉は心晴れやかとばかりの笑顔でこちらへと振り返る。この表情と発言が相まって、どちらが鬼なのか、雅には誇張抜きで分からなかった。
「それって、本当に最善策なんですかね?」
「え?」
一葉の特攻宣言を聞いた砂糖が一葉に尋ねた。が、その言葉を聞いた一葉は自分の力を過信していたのか、全く頭になかったようで、声を漏らした。
「いや、実際にそれ見張りの鬼が仲間を呼ぶ前に抑えられるんですか?」
「まあ、気づかれずにやれれば、やれるかもしれない。だけど、砂糖の意見を聞いて思ったけど、話し合いが通じる可能性もあるかもな」
「え?」
一葉が仮に制圧が可能だと肯定した場合、雅は彼のことを止めるつもりだった。しかし、そのようなことにはならなかった。
というよりも、雅の予想は軽く覆された。あの一葉が冷静な判断ができるとは全く考えられなかった。
「そんなに意外そうな表情されたら、心外ですよ」
余程動揺していたのだろう。雅の顔からはあからさまな表情が浮かび上がっていたらしい。
「ごめんなさい」
雅からの謝罪を受け、一葉は頭をポリポリと掻いた。雰囲気を和ませる、彼なりの気遣いだ。
「——別に謝らなくてもいいですよ。それよりも、話し合いですよ。俺、さっき鬼に聞いて、色んな情報を知ったって言ったじゃないですか。つまり、話し合いが通じるってことじゃないですか?」
それは、暴力が前提条件だったんじゃないか‥‥‥と雅は思った。砂糖の方に同意を求めようとするも、「いつも通りだ」と言わんばかりに、苦笑いで誤魔化された。とはいえ、他にいい意見もないので彼に任せることにした。
「とにかく、ここは俺に任せてくださいよ」
自信満々に胸を張って一葉が主張する。本人もやる気は十分どころか十二分にあった。
「分かったよ、一葉さんに任せるね。‥‥‥でも極力、暴力はダメだからね? あと、ヤバくなったら、逃げてね?」
「‥‥‥分かりました、ご期待に沿えるように頑張ります」
渋りながらも、一葉は了承したのを雅は見届け、一安心する。そんな所が彼が村の門番として重宝される魅力の一端なのだろうか。
「じゃあ、行ってきますね」
遠足に行く子供が親に言うように雅たち一向に宣言し、鬼の元へ一葉は向かう。絶対に彼なら何とかしてくれるとは思うが‥‥‥。
「そんなに一葉が心配ですか、雅さん」
狼狽する雅が気にかかったのだろうか、砂糖が雅に問う。
「一葉は雅さんに心配されるほどヤワじゃないですよ。それは雅さんもお分かりでしょう? それなのに彼を心配するだなんて‥‥‥それってどういう意味でしょうね?」
「‥‥‥いや、そういうのじゃないから!!」
言葉を濁した砂糖の言葉を嚙み砕いて理解するのに、僅かコンマ三秒。つまるところ、彼女はこう言いたいのだ。
「あなたが気にする必要なんてないのに、気にするなんてそれってもしや、彼のことが‥‥‥」と。
発言の真意に気づいた雅を砂糖は雅の心中を見透かした様子でクスクスと笑う。
「分かってますって、ちょっとした冗談、ですよ。雅さんが一葉のこと好きになるはずないですしね。‥‥‥でも、そんなに否定するってこ・と・は‥‥‥」
「断じて!」
「ですよねー」
全く、酷い勘違いだ。彼のことを何も知らないのに好きになるわけがない。顔が三年の間にちょっと良くなったからといって、そうはいかない。
というより、そうやって迷惑なことばかり軽口を叩いてばかりいたら、また彩花ちゃんの電話ルートに行くというのに‥‥‥。
「――あ」
ふと気がつけば、いつの間にか雅は軽口が叩けるようになっていた。これは彼女なりの気遣いだったのだろうか。先程までの行動、全てとは断言出来ないが、彼女はふざけてなどいなかったのだ。逆に彼女の方が周りを見ていて気が張っているのではないか。となると――、
「ジェット、ちょっと来て」
猫をおびき寄せるかのように雅は手で砂糖を招く。その仕草に釣られるかのように、にじり寄る砂糖に耳元でこう囁いた。これは先程までの『お返し』だ。
「ジェットは、彩花ちゃんのどんなところが好きなの?」
――秘儀 恋バナ(一方的)。
「へ? ‥‥‥いやいや! こんな大事なときに限って、何言ってるんですか!?」
確かにその通りだろう。だがしかし――、
「人の振り見て我が振り直せ! 聞き馴染みはないかも知れないけど‥‥‥。ま、教訓みたいなもの!! つまり、こういう大切なときにこそ、自分のことを振り返ることが大切なの!」
「それが一体、何故こうなるんですか⁉」
「まぁ、いいから、いいから。こんなこと言うのはあれだけど、私たちに今出来ることなんて一つもないんだから、リラックスするべきだよ。ね?」
「それは彩花のことじゃなくても!!」
雅ののらりくらりとした発言に混乱する砂糖。しかし、声のボリュームがきちんと抑えられているところ、しっかりとしているところが垣間見える。
「‥‥‥って、言っても、雅さんは一度言ったこと、絶対に取り消しませんもんね。‥‥‥何言っても無駄、かぁ」
とうとう、観念したのか砂糖は両手で降参の合図をする。それから、息を軽く吸い、
「始まりは、あの花でした」
――回想が始まった。
「私の幼い頃‥‥‥具体的には五歳くらいですかね。仲のいい、友達と呼べる人なんて誰もいなくて、基本的には毎日、村の外で遊びまわる日々でした。例を挙げれば、『澱みの森』とかもそこに含まれてたり」
湿邪持ちである雅を大いに苦しませた湿度が異常に高い、薄暗く奇妙な森のことだ。以前、ここで任務を行った際に訪れ、雅に物凄い印象を与えた。そのインパクトのせいで、今の今まで一度も忘れることなどなかった。まあ、それはそれとして、他にも要因はあるのだけど。
「いつものように私は遊んでいたんです。だけど、その日はいつもとは違う方向に行ったんです。いつも同じ場所なんて、飽きるに決まってますしね」
それはそうだ。一人で同じ場所なんて耐えられない。今の時代のように娯楽と呼べるものなど一つもないのだから。
「村から大体、どのくらい歩いたんでしょうかね。森を超えて、小さな川を超えて‥‥‥まぁ、色々通ったんですよ。結局、気分を変えても、普段通りでした。で、うんざりした上、疲れてきたので帰ろうとして方向転換しようとしたその時、目にカラフルな景色が映り込んだんです」
雅の立て札と同じノリだったというのか。
「このまま、帰っても特に何もありませんし、『見間違いでもいいから、確かめよう』そう思って、私はカラフルな景色を目指して木々をかき分け、森を抜けました。すると、そこには――」
砂糖が見せ場と言わんばかりに言葉を溜める。
彼女の語り方に思わず雅は息を飲む。彼女は引き込ませ方が上手だった。その様子を見て、満足いったのか、確かめてから砂糖は話の続きを再開する。
「そこには、青から始まって黄、赤、と思いつく限りの色は全部あるんじゃないかと思うくらいの色とりどりの花が広がっている花園があったんです。‥‥‥あ、その顔は雅さん、気になるんですね? 後で彩花も含めて一緒に行きましょうか」
そう言って上機嫌に雅の気持ちを汲み取って、提案してくれた。語り出す前はあんなに渋っていたが、語り出してからは全く先程までの雰囲気など見る影もない。それほどまでに、彼女は彩花のことが好きなのだ。
「ま、そんな花々、私の眼には入りませんでしたけどね。え? なんでかって? それは‥‥‥」
またまた、砂糖が演出してくる。演出家など、どうだろうか。あまり詳しくはないが、本人は気に入るかもしれない。
「その中心にはまだ何色にも染まっていない純白な花が咲いていたからですよ」
いかにも砂糖が好みそうな、キザったらしい表現だ。――彩花のことだろう。
「要するに彩花との出会いがこれです。それからというもの、私は一目惚れですよ。甘い蜜に吸い寄せられる虫のようにふらふらと彩花のもとへ行くんですけど、そのとき彩花も気づいて、私になんて言ったと思います?」
「分からないけど、花のこととかじゃないの?」
「正解はというと、『一緒に見る?』ですよ! 可愛いらしいですよね!?」
予想を大きく裏切られたが、予想が出来なかったかと言われると、そこまでではない。
おそらく、この頃から彩花は猫をかぶっていたに違いない。
花園彩花という少女は両親がいない。俗に言う、捨て子である。そんな彼女は誰からも愛されることがなかったため、当然、家族にも興味がなく、周囲の人間ともドライな関係を結んでいた。無論、それは砂糖も例外ではなかった。
「でも、今考えたら、あれって偽りの優しさだったんですかね? ただ、私はその言葉で救われましたけどね。だけど、私一つだけ確信が持てるんです。それでも、あの時の言葉には所々、本心が混じっていたんじゃないかって」
確かにそうでなければ、今までの関係性もおかしいとしか言えない。きっと仲良くしたいというのは嘘ではなかったのだろう。
「話は戻りますが、それからというもの、毎日ここへ通い詰めました。彩花に会いたいのが本心でしたけど、あの花畑は見てて飽きませんからね。で、ある日、彩花の方から問いかけてきたんです。こんな質問でした。『あなたは何で毎回わたしのところに来るようになったの?』って。それに私は『君と仲良くなりたいから』って答えたんです。それを聞いた彩花は目を何度もつぶって、それから今まで一度も見せなかった笑みを見せました。それはもう、今まで閉じていた蕾が花を咲かせたように。で、彩花はこう返したんです。『—―変なの!』って。私、そんなに変でしたかね⁉」
「それは多分、照れ隠しだよ」
「そうですか‥‥‥確かにそう考えると辻褄が合いますね。ありがとうございます」
砂糖は真剣な表情で熟考した後に結論を述べた。そういうところが抜けているのが、何ともじれったいところだ。
「それから、『わたしは花園彩花って名前。そう呼ばれてるんだ』って初めて自己紹介してくれました。だから、私も同じように自己紹介しました。すると、彩花は私の手を無言で掴んで、案内してくれたんですよ。そのまま、されるがままにまた森を抜けていくと、何もない一面の平原、その中心に佇むただ一つの花――それは綺麗な桜が咲いていました。雅さんもあの桜の美しさはご存知でしょう?」
実際に見た人にしか分からない神秘がそこにはある。雅はその桜――いや、『大桜』を見た時、最初に思いついたのがその感想だった。大きさは人間の数倍大きく、世界最大の大きさを誇るくらいだった。というよりも、超えているかもしれない。その大きさの割には今まで見たものの中で儚かった。おそらく誰からも見られることもなく、数百年以上生き続けていたのではないだろうか。あの桜がおそらく、『双鈴の花園』に伝わる伝説の花と呼ばれるものだったのだろう。間違いなく、全てを魅了している特徴を持っている。
「それだけでは終わりませんよ。そこには二つの鈴が桜に結んであったんですけど、一つは黄金色の鈴、もう一つは白銀色の鈴。そこから、彩花は両方の鈴を取って、私に片方を渡しました。彩花曰く、『これが仲良しの証だからね』と」
そう言って、取り出したのは例の白銀色の鈴だ。ただ、雅にも見覚えがある。それは以前、彩花ちゃんから託された一つの鈴。
「彩花から聞きました。鈴を雅さんに託したって。私はその鈴、雅さんが持つのに相応しいと思います」
「怒らないの?」
恐る恐る、雅は問いかける。友情の証と聞かされたときは肝を冷やした。そんな大切なものを私に渡すなんて、と。
「怒る? 怒るわけないじゃないですか。だって、その鈴を持つに相応な実績が雅さんにはあります。それに私は彩花の判断が間違いじゃないと思ってます。元々、鈴を落とした私がどうこう言える話ではないですよ」
どうやら、本気で彼女は雅のことを認めているらしい。これは謙遜でもなく、彼女の振る舞い方が証明している。なんせ、彼女は噓なんてつけるような性格ではない根が優しい少女なのだから。
「また脱線してしまいましたね。とにかく、そこで私たちはようやく、友達になりました。そこから、何回も色んなところへ遊びに行っては、なんやらで段々と仲を深め、彩花への想いが強くなっていったって感じですかね。でも、端的に言えば、一目惚れです。勿論、性格があってこその彩花ですけどね。‥‥‥以上です。ご清聴ありがとうございました」
彼女が彩花と出会った一連の流れが遂に終幕した。
熱意の入った説明、だが、きっと彩花がこの熱演を聞いたとしても、適当にはぐらかすだけなのだろう。そう考えると、彼女の恋はまだまだ道半ばなのだろうと実感した。
「いつか結ばれるよ、きっとね。願ってるから、私」
「ありがとうございます。でも、どうでしょうね」
先程までの自身はどこへ行ったのやら、その言葉は風に吹かれるように軽かった。
「いや、でも――」
「えー!? そりゃ、ないって!」
雅が「そんなことない」と反論しようとした瞬間、一葉の向かった方から大きな声が響いた。と、いうか一葉の声だ。
「ちょい待って、呼んでくるから!」
素っ頓狂な返事から数秒後、頭を悩ませていた一葉が鬼になにやら説明している。
その直後、目にもとまらぬ速さで一葉がこちらへダッシュで向かってきた。
「何か、よく分からないんですけど、雅さんがいないとダメらしいです!」
一葉の言葉を聞いて、正直、頭を悩ませた。これは、奇妙な出来事に巻き込まれそうだ。
そう思い、雅は空を見上げ、少しの間、現実逃避するのだった。
「あー、これは体調の悪い時に見る夢みたい」




