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記憶解剖  作者: 天月ミツバ
第一章【解釈違いな物語】
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第五話『鬼畜の所業』

 

 目が覚めるとそこは檻の中だった。しかし、肝心の罪状に身に覚えがないことが気にかかった。

 周囲を見回してみると、人の気配が一人もしない。これは俗に言う流刑に当たるのだろうか。


「――おいおい、それは無いだろ」


「いやいや。姫様によると、この村には特別な用事があるらしいんだよ。もしかしたら、番を探しに来たかもしれないだろ?」


 檻の外から風邪気味のような声色が近づいているのが聞こえる。その声を頼りに、一葉は声の発生源の方向へと助けを求める。


「おーい、そこのお二人さん。ちょいと助けて頂けないでしょうか。目覚めたら、急にここに居たもの、で?」


 しかし、助けを求めるための、はつらつとした声も目の前のあからさまな異変によってかき消されてしまった。


「――お、に?」


 目の前にいた生物は二足歩行であるものの、肌の色は赤もしくは青色であり、歯の代わりに鋭利な牙が生えている。その中でも何より突出した特徴は――頭上に生えている一、あるいは二本の角だった。


「――あ? お前、その特徴は人間、か?」


「おいおい、兄弟それはないだろぉ? 俺たちに『姫様』から課されていたことがいったいどんなことだったのかを忘れたってのかぁ?」



 ひとまず、肌色の違いで取り敢えず状況を分かりやすくすると、閉じ込められている一葉に対して疑問を問いかけた間抜けな雰囲気を漂わせる赤鬼と、それに対して呂律が回って二日酔いのような口調で話す青鬼が冷静に指摘するという状況になっている。


 個人的な第一印象としては、赤鬼よりも酒を大量に飲んでいる気配にも関わらず、冷静な判断を取ることのできる青鬼が恐ろしかった。

 普段、村の門番を勤めている一葉にとって戦闘時の判断が瞬時に出来る者こそ手強い生物はいないという経験則がある。それに加えて、酒を飲むということはある程度、本来より酔いによって力を発揮することが出来るはずである。それがノーリスクで行えるというのも注意せねばならないだろう。


「あー、そんなこともあったな。というか、こんな小さな村を占領したところで『姫様』は一体何がしたいんだろうな」


「おーい、だからその話もさっきしたばかりだろぉ。本当にお前どうしたってんだぁ?」


 相変わらず気の抜けた質問をしている赤鬼。だが、先程からちょくちょく会話に出ている『姫様』という言葉が気になる。いや、それよりも――。


「村が占領されているってのはどういうことだよ!」


 その大声にようやくこちらのことを思い出した鬼たちが再び関心を示す。


「おうおう、兄ちゃん。俺たちを目の前にしてるっつのに、その威圧的な態度‥‥‥気に入ったぜ? よし、そんな兄ちゃんに提案してやるよ。――兄ちゃん、俺たちについて来ないか?」


 関心を示したかと思えば、最初に飛んできたのはぶっ飛んだ内容だった。どうやら、一葉の好戦的な態度が鬼と共通していたのだろう。


「――すまない。俺はあんたらについていく気はないよ。なんつったって、俺はこの村、まぁ名前もない小さな村なんだけど。とにかく、俺はこの村の門番だ。門番たるもの、絶対に一度決めた意思だけは絶対に貫き通させてもらうぜ」


 きっぱりと彼らの誘いを断った。それが一葉自身の命に関わることだったとしても、一葉は必ず断る。いざという時の門番、実力あってこそである。その実力を彼らに示して見せよう。何れにせよ、この村を取り返すためには前座に過ぎないのだから。


「ほう――。飽くまでも自らの考えを貫き通すというのだな?」


 そう、意気込む一葉に対し、青鬼が重い振動を響かせながら牢獄を掴み、牢屋全体が揺れる。いかにも鬼らしさが溢れる、さっきの酒気を帯びた状態とは一線を画す佇まいで迫ってくる。


 そんな怪物に対して、一葉も負けじと腰を低くし、拳を構え、戦闘の意思を示す。

 一葉にとって、拳はどんな侵入者の追随も許さない全戦全勝を勝ち取った二番手の武器であり、日頃から鍛錬を続けることによって精錬された拳は、一葉が開発した特殊な殴り方によって人間にとって弱点となりえる部位を的確に一秒間に三回打ち込むことを可能としている。


 しかしながら、この技には難点が二つあった。

 一つは、この技が鬼に対して効果があるのかどうか。鬼も人間と同じ位置に急所が存在するのか。実際にこれが不可能だとみなされた場合、一葉はかなりの苦戦を強いられることになるだろう。そして、


 もう一つの難点はというと‥‥‥


「あの棍棒、厄介だろうな」


 口の中でぶつぶつと相手に聞こえないように一葉が呟く。数々の侵入者を相手してきた一葉であるが、棍棒など担いで襲い掛かってくる相手は流石に今までに一人もいなかった。というより、こんな山に囲まれて周囲に何もない集落など、偶に迷って出てくる山賊程度しかいない。

 そのため、相手の武器なんて名もない短刀なので制圧するには大して労力もかからなかったのだ。―—つまるところ、一葉は初めて、強敵に立ち向かうことになった。


 そして、ついに檻が圧倒的な握力で破られ、青鬼がこちらへ手を伸ばす――。


「させっかよ!」


 ‥‥‥前に、すかさず一葉が青鬼の鳩尾へとストレートをかます。


「ぐあッ!」


 その拳を食らい、青鬼は左右に動き、バランスを崩しかける。

 想像の十倍くらいは効き目があるようでよかった。この隙にもう一度‥‥‥。


「ちょいと待ってくれ! 兄ちゃん! 俺たちの話を聞いてくれ!」


 足元が覚束なく、棍棒を地面に立てて、ようやく全身の体重を支えている青鬼を呆気に取られていた赤鬼が前に出て庇い、動揺しながら言った。


「悪いが、お前たちに構っている暇なんて時間なんて存在しない。何なら、俺の邪魔をするなら、お前も相手するぜ?」


「いや、本当に待って下さいって! あなた、本当に人間の方ですか⁉ こんな人間離れした威力があなたのような年齢で出せるはずがない! いや、大人だとしてもこんなのは不可能です‥‥‥」


 一葉の年齢は今年で十七。確かに他の大人と比べると、多少は力が強いかもしれないが、怪物呼ばわりとはいただけない。


 何かに合点がいったように赤鬼が顔を驚かせ、「あ!」と続ける。


「もしかして、『混血』‥‥‥、か? ――そうだ、そうに違いない!」


 赤鬼が青鬼の容態に慄き、恐怖のあまり、元から鈍い思考回路がさらにショートし始めている。


「『混血』の者でしたら最初から説明していただければよかったというのに! さぁさ、こちらが出口です。今は村全体が混乱に塗れていますが、落ち着いて行動していただけると幸いでございます。」


「いや、だから俺は『混血』って何のことだか‥‥‥」


「分からないんだが」と口走りそうになったが、何も言わなければここから逃れられることが出来るのではないかと閃く。一葉はそのまま、赤鬼に綿を扱うように丁寧に体を檻の中から出された。――久しぶりに見た日光が眩しい。


「こいつのことは仕方ないですが、今後この村でこのような行動はご引き取り頂くことを願います」


 別れ際に赤鬼が自信なさげに注意を囁く‥‥‥が、一葉はその約束は守ることはできない。彼らの境遇を見ると急に、話を吹きかけられ、一方的に殴られるという何ともどっちが鬼なのか分からない処遇になっていて非常に申し訳ない気持ちにさせられた。かといって、この村の解放に暴力行為は必須になることだろう。


「なぁ、最後に聞きたいんだけど。『鬼姫』ってやつは一体どんなやつなんだ?」


『混血』という立場は彼らからの反応からして身分が中々に高い立場なのだろう。どうせなら、この立場、最大限に活用させて頂こうではないか。本当なら、真っ先に『混血』について聞きたかったが状況がそれを許さない。折角出られたのに、『混血』でないことを示唆するような反応を取ったら本末転倒だ。これ以上、戦闘を長引かせても体力の無駄でもあるため、最優先事項である戦況把握に全霊を尽くすことにした。


「それは『鬼姫』様のことでしょう。『鬼姫』様は私たち、鬼の集団の中のボスです。あそこが見えますでしょうか?」


 そう言って赤鬼が指差したのは村の中心だ。普段通りなら、その空間は膨大に広い割には何もなく、村人同士の触れ合いの場のような憩いの場になっている――、はずだった。


「――は?」


 最初に『それ』を見た感想は、その口から漏れた言葉以外は言葉が続かなかった。そうなるのも当然である。なんていっても一葉が見た光景には、ばっっっっっっかデカい立派な城が圧倒的な存在感で鎮座しているというのだから。


「あれが『鬼姫』様がいらっしゃる根城、『桃源郷』でございます」


「桃源郷、か」


 確かに城全体には色とりどりの煌びやかな装飾が施されており、まさしく桃源郷というには相応しいのであるが、これでは鬼らしさという雰囲気とはかけ離れているように見える。


「全五層から成る城の最上層に『鬼姫』様がいらっしゃいます。ですが、ご注意ください。『鬼姫』様の城にはそれぞれの層に難解な仕掛けが設置されており、並大抵の者は通れない仕組みになっています。仮に訪れるならご注意を。しかし、『混血』のあなた様なら大丈夫だと思います。ご武運を」


 そう言って懇切丁寧に赤鬼は分かりやすく説明してくれた挙句、首まで下げてもらった。案外、こいつらには、こいつらなりにも礼儀はあるらしい。


「そうか。色々迷惑かけてすまなかったな。でも教えてくれて助かったよ。じゃあ今度こそ行ってくるわ」


 適当に手を振って世話になった赤鬼、それと一方的に殴ってしまい、それ以来一言も話さなくなった青鬼へと挨拶した。


「さて、まずは何からしようか」


「——って、あれ?」


 目的であるあの城を目指そうと意気込んだ直後、目の端に映ったのは桃色の髪のこの世のものとは思えない花鳥風月を表現したかのような麗しい少女だった。無論、先程の城と比べるまでもなく彼女こそが一番美しい。あの頃と比べて何も容姿が変わっていないのが彼女の美しさたるものの表しだと思う。


 その少女もこちらへ気づいたのか、手をこちらへ振り、それから横を向いて声を掛けた。恐らく、同伴者がいるのだろう。といっても、思いつくのは一人くらいだが。


 その声に応じて横から飛び出た黒髪の少女も合流してこちらへと向かってくる。その時に向かってくる表情が檻から出たばかりの一葉にとって日光よりも眩しく見えた。


「一葉さーん!」


「雅さん!」


 ずっと忘れることの出来なかった少女と再び会えるとは、今日は鬼に感謝すべきだろうか。



 一方その頃、檻では鈍い音が響いていた。


「なぁ、大丈夫か?」


「あ、あぁ。何とかな。にしてもあの男、なんて馬鹿力だ。俺たちを目の当たりにして逃げない上、撃退するとは‥‥‥。——ますます気に入っちまったぜ」


 鬼の悪辣な表情が見える、がそれは単純に好戦的な態度で溢れていることが長年共にしている赤鬼には分かった。


「やめとけって、お前の実力じゃ敵わねぇっつうの」


 呆れる。こいつは、あれだけこっぴどくやられてもまだあの男と戦うことだけを考えているというのだ。


「さあ? それはどうだろうね、フフフ」


 鈍い声が裏返り、檻の中が不気味に響き、耳障りだ。同類だとしてもそれは許容出来ない。


「うるさいんじゃボケェ!」


 そう言ってずっと使われるのを待っていましたというばかりに棍棒が甲高い音を立て、頭部に思い切りぶちかますことで、ようやく、青鬼は息の根が切れるように倒れたのだった。


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