第五話『鬼畜の所業』
目覚めると薄暗い穴の中にいた。自分以外には誰もおらず、目の前には複数の鉄の棒が穴を塞ぐようにピッタリと嵌っている。――要するに一葉は檻の中にいた。
自分の置かれた状況に一葉は困惑した。投獄されているのにも関わらず、自分の罪状に身に覚えがないのだ。であれば、この状況は‥‥‥?
檻の中から除くと、見慣れた村の風景がそこには確かにあり、村の中だったということに安堵感を覚える。しかし、肝心の村人の気配がない。それどころか他の動物の気配すら一切なかった。
「――うん?」
自分の境遇に一葉が頭を悩ませていると、檻の外から風邪気味のような声色が近づいてきた。
「――おいおい、それは無いだろ」
「いやいや、姫様によるとこの村には特別な用事があるらしいんだよ。もしかしたら、番を探しに来たかもしれないだろ?」
「おーい、そこのお二人さん! ちょいと助けて頂けないでしょうか。目覚めたら、急にここに居たもので‥‥‥」
その声を頼りに、一葉は声の発生源の方向へと助けを求める。誰かは知らないが、たまたまここを通りかかってくれて助かった。
「――あ?」
一葉の声を聞いて、こちらへ向かってくる足音が聞こえてくる。その足音が一葉にはとても頼もしく聞こえる程、大きな音に聞こえた。
しかし、そんな希望は目の前の異変によってかき消されてしまった。
「――お、に?」
目の前にいた生物は人と同じ二足歩行であるものの、肌の色は赤もしくは青色であり、歯の代わりに鋭利な牙が生えていた。が、その中でも何より突出した特徴は、頭上に生えている、一、二本の角だった。
「――あ? お前、人間か?」
「おいおい、兄弟それはないだろぉ? 俺たちに『姫様』から課されてたことが一体どんなのだったのかを忘れたってのか?」
ひとまず、肌色の違いで取り敢えず状況を分かりやすくすると、閉じ込められている一葉に対して疑問を問いかけた間抜けな雰囲気を漂わせる赤鬼と、それに対して呂律が回って二日酔いのような口調で話す青鬼が冷静に指摘するという状況になっている。
個人的な第一印象としては、赤鬼よりも、酒を大量に飲んでいる気配にも関わらず、冷静な判断を取ることのできる青鬼が恐ろしかった。
普段、村の門番を勤めている一葉にとって戦闘時の判断が瞬時に出来る者こそ手強いという経験則がある。それに加えて、酒を飲むということはある程度、自分の実力に自信があるという証拠にもなる。
「あー、そんなこともあったな。というか、こんな小さな村を占領したところで『姫様』は一体何がしたいんだろうな」
「おい、だからその話もさっきしたばかりだろぉ。本当にお前どうしたってんだぁ?」
相変わらず気の抜けた質問をしている赤鬼。だが、先程から度々会話に出てくる『姫様』という言葉が気になった。いや、それよりも――。
「村が占領されているってのはどういうことだよ!」
その突拍子のない大声にようやく一葉のことを思い出したのか、鬼たちが再び関心を示した。
「おうおう、兄ちゃん。俺たちを目の前にしてるっつのに、その威圧的な態度‥‥‥気に入ったぜ? ――よし。そんな兄ちゃんに提案してやるよ。――兄ちゃん、俺たちについて来ないか?」
関心を示したかと思えば、最初に飛んできたのはぶっ飛んだ内容だった。どうやら、一葉の好戦的な態度が鬼と共通していたのだろう。その態度が裏目に出て鬼に好かれてしまった。
「すまないが、俺はあんたらについていく気はない。なんつったって、俺はこの村――まぁ名前もない小さな村なんだけど‥‥‥とにかく、俺はこの村の門番だ。門番たるもの、絶対に一度決めた意思だけは貫き通させてもらうぜ」
「ほう――。飽くまでも自らの考えを貫き通すというのだな?」
一葉の揺れることのない意気込みを聞き、青鬼は牢獄を掴み、鈍い音を立てながら牢屋全体を揺らした。いかにも鬼らしさが溢れる、先程の酒気を帯びた状態とは一線を画す佇まいで迫ってきた。
そんな怪物に対して、一葉も負けじと腰を低くし、拳を構え、闘志を示してみせた。
一葉にとって、拳はどんな侵入者の追随も許さない、全戦全勝の戦歴を勝ち取った二番手の武器である。
常日頃から鍛錬を続けることによって精錬された拳は一葉が発明した特殊な殴り方によって、人間にとって弱点となりえる部位を的確に一秒間に三回打ち込むことを可能としている。
しかしながら、この技を今、使うに当たって難点が二つあった。一つはこの技が鬼に対して効果があるのかどうか。鬼も人間と同じ位置に急所が存在するのだろうか。実際にこの技の効果がなかった場合、一葉はかなりの苦戦を強いられることになるだろう。そして、もう一つの難点はというと‥‥‥。
「あの棍棒、厄介だろうな」
口の中でぶつぶつと相手に聞こえないように一葉が呟く。数々の侵入者を相手してきた一葉であるが、棍棒など、担いで襲い掛かってくる相手は流石に今までに一人もいなかった。というより、こんな山に囲まれて周囲に何もない集落など、稀に迷って出てくる山賊程度しかいない。
そのため、相手の武器なんて名もなき短刀なので、制圧するには大して労力もかからなかったのだ。よって、一葉は初めて強敵に立ち向かうこととなった。
「どれほどの実力なのか見せてもらおうかぁ?」
鉄の棒がミシミシという音を立て、ついに檻が圧倒的な腕力で千切れ、青鬼がこちらへと手を伸ばした。
「させっかよ!」
青鬼がこちらの空間に入ってくる前に、すかさず一葉は鳩尾へと打撃をお見舞いした。
「ぐあッ!」
一葉の不意打ちを食らい、青鬼は腹を抑え、バランスを崩しかける。想像の十倍くらいは効き目があるようでよかったと安堵する。であれば、この隙にもう一度かますのが妙案だろう。
「ちょいと待ってくれ! 兄ちゃん! 俺たちの話を聞いてくれ!」
足元が覚束ないのか、棍棒を地面に立て、全身の体重を支える青鬼を呆気に取られていた赤鬼が前に出て庇い、動揺しながらそう言った。が、今は鬼なんかに突っかかっている暇はない。
「悪いが、お前たちに構っている暇なんて時間なんて存在しないんだよ。何なら、俺の邪魔をするなら、お前も相手するぜ?」
悪そうな顔で一葉が拳を前に突き出しながら鬼に威嚇すると、鬼は涙目になって情へ訴えかけようとした。
「いや、本当に待って下さいって! あなた、本当に人間の方ですか!? こんな人間離れした威力があなたのような年齢で出せるはずがない‥‥‥! ――いや、大人だとしてもこんなのは不可能だ!」
一葉の年齢は今年で十七。確かに他の大人と比べると、多少は力が強いかもしれないが、怪物呼ばわりとはいただけない。
「悪いが、お前を待ってる時間なんかねぇんだ。じゃあな」
再度、一葉が青鬼へととどめを刺そうとする。しかし、その瞬間、何かに合点がいったように赤鬼が「あ!」と声を上げた。
「もしかして、お前‥‥‥『混血』、か? ――そうだ、そうに違いない!」
赤鬼が青鬼の容態に慄き、恐怖のあまり、元から鈍い思考回路がさらに壊れ始める。
「『混血』の者でしたら、最初から説明していただければよかったというのに! さぁさ! こちらが出口です。今は村全体が混乱に塗れていますが、落ち着いて行動していただけると幸いでございます」
「いや、だから俺は『混血』って何のことだか‥‥‥」
「分からないんだが」と一葉はいつもの馬鹿正直な癖で口走りそうになる。が、何も言わなければ、ここから逃れられることが出来るのではないかと閃き、何とか口を途中で留めることに成功する。
そんな一葉の様子を見て、赤鬼は首を傾げたが、こんな状況下のおかげで頭が回っていなかったのか、特に聞かれることはなかった。まぁ、この鬼は普段であっても、同じような態度なのだろうが。
「よし、何とか脱出だな」
一葉の考えはどうやら合っていたようで、赤鬼は綿を扱うように丁寧に一葉の体を檻の中から出した。久しぶりに見た日光が眩しい。
「こいつのことは仕方ないですが、今後この村でこのような行動はご引き取り頂くことを願います」
別れ際に赤鬼が自信なさげに注意を囁く‥‥‥が、一葉はその約束を守ることはできない。彼らの境遇を見ると急に話を吹きかけられ、一方的に殴られるという何ともどっちが鬼なのか分からないような処遇で非常に申し訳ない気持ちにさせられた。かといって、この村の解放に暴力は必要になるだろう。
「なぁ、最後に聞きたいんだけど。『鬼姫』ってやつは一体どんなやつなんだ?」
『混血』という立場は、彼らからの反応からして身分が中々に高い立場なのだろう。どうせなら、この立場、最大限に活用させて頂こうではないか。本当なら、真っ先に『混血』について聞きたかったが状況がそれを許さない。折角出られたのに、『混血』でないことを示唆するような反応を取ったら本末転倒だ。それにこれ以上、戦闘を長引かせても体力の無駄であるため、最優先事項である戦況把握に全霊を尽くすことにした。
「『鬼姫』様は私たち、鬼の集団の中のボスです。あそこが見えますでしょうか?」
そう言って赤鬼が指差したのは村の中心だ。普段通りなら、その空間は無駄に広い割には何もなく、村人同士の触れ合いの場のような憩いの場になっている――はずだった。
「――は?」
最初に『それ』を見た感想は口から漏れた言葉以外に言葉が続かなかった。そうなるのも当然である。なんていっても、一葉が見た光景には、ばっっっっっっかデカい立派な城が圧倒的な存在感で鎮座しているというのだから。
「あれが『鬼姫』様がいらっしゃる根城、『桃源郷』でございます」
「『桃源郷』、か」
確かに城全体には色とりどりの煌びやかな装飾が施されており、まさしく桃源郷というには相応しいのであるが、これでは鬼らしさという雰囲気とはかけ離れているように見える。
「全五層から成る城の最上層に『鬼姫』様がいらっしゃいます。ですが、ご注意ください。『鬼姫』様の城にはそれぞれの層に難解な仕掛けが設置されており、並大抵の者は通れない仕組みになっています。仮に訪れるならご注意を。しかし、『混血』のあなた様なら大丈夫だと思います。ご武運を」
そう言って懇切丁寧に赤鬼は分かりやすく説明してくれた挙句、首まで下げた。案外、こいつらにも、こいつらなりの礼儀があるらしい。
「そうか。色々迷惑かけてすまなかったな。でも教えてくれて助かったよ。じゃあ、今度こそ行ってくるわ」
適当に手を振って世話になった赤鬼、それと一方的に殴ってしまい、それ以来一言も話さなくなった青鬼へと挨拶した。
「さて、まずは何からしようか」
目の前に佇む巨大な城、残してきた村人たちの安否、そして二人の少女。色々と課題があって難解だ。こんな時、彼女さえいてくれれば‥‥‥。
「——って、あれ?」
とりあえず、目的であるあの城を目指そうと意気込んだ直後、目の端に映ったのは桃色の髪のこの世のものとは思えない花鳥風月を表現したかのような麗しい少女だった。無論、先程の城と比べるまでもなく、彼女こそが一番美しい。あの頃と比べて何も容姿が変わっていないのが、彼女の美しさたるものの表しだと思う。
彼女もこちらに気が付いたのか、隣にいた黒髪の少女と共にこちらへと向かってくる。その時に向かってくる表情が檻から出たばかりの一葉にとっては、日光なんかよりも眩しく見えた。
「一葉さーん!」
「雅さん!」
ずっと忘れることの出来なかった少女と再び会えるとは、今日は鬼に感謝すべきだろうか。
一方その頃、檻では鈍い音が響いていた。
「なぁ、大丈夫か?」
「あ、あぁ。何とかな。にしてもあの男、なんて馬鹿力だ。俺たちを目の当たりにして逃げない上、撃退するとは‥‥‥ますます気に入っちまったぜ」
そう呟いた鬼の横顔からは悪辣な表情が伺える。が、その表情が単純に好戦的な態度で溢れているだけということが、彼と長年共にしている赤鬼には分かった。
「やめとけって、お前の実力じゃ敵わねぇっつうの」
呆れる。こいつは、あれだけこっぴどくやられても、まだあの男と戦うことだけを考えているというのだ。
「さあ? それはどうだろうね、フフフ」
鈍い声が裏返り、檻の中に金属音のような声が不気味に響き渡る。
「うるさいんじゃボケェ!」
そう言って、ずっと使われるのを待っていましたというばかりに、棍棒は甲高い音を立て、青鬼の頭部に思い切り当たった。そうして青鬼が意識を失い、騒音が打ち止まったことにより、赤鬼は満足そうに微笑むのだった。




