第三話『鬼ヤバ』
現実がアニメとか漫画の世界みたいになって欲しいと思うことは思春期のときに誰しもが通る道である。
これはおおよその人が通るのでその仮定は捻じ曲げないで欲しい。
ただ、現実はそうはならない。まぁ、確かに『記憶の巣窟』とかいう現実離れしている空間が発生している時点でその結論は誤っているかもしれないけど。
そこは当たり前というか、元からこの世界に組み込まれているシステムみたいなものだからノーカウントということにしてもらう。ここまで回りくどい言い方をして何が言いたいかというと、百聞は一見に如かずというので、現状を見てもらおう。
「えー。私、明華雅は沢山の鬼に追いかけられてます! 誰か助けて⁉」
明華雅は鬼に追いかけられていた。前回のように村に入ろうとしたら、妙に村全体が静寂な雰囲気に包まれていたのでこれは一体、何事かと思い、以前知り合った声のボリュームがいちいち、うるさい門番に尋ねに門へと向かったら、そこには、『鬼』がいた――説明終わり!
「いや、これ比喩とかじゃないから! マジでマジもんの鬼だからあぁぁぁぁあ!」
誇大表現抜きにそこにいるのは『鬼』であった。これはマジという言葉では足りない、言うならば――。
「『鬼』ヤバイってところだよおぉぉぉお⁉」
恐怖と疲れから裏返った声で素っ頓狂な叫ぶ声を上げる。正直、今の今まで、逃げきれているのは奇跡に近しい。
普段から走る機会などゼロに等しい雅の体力は中学生の標準より少し低い程度の体力だった。
肝心の速さも跳び抜けて速いという訳でもなく、五十メートル七秒くらいという若干、性別の割には速いくらいなので追い込まれるには十分な状況であった。
そんな雅が未だに生き残れている理由は、鬼という生物は存外に遅いということだった。
片手で何キログラムあるのか分からない木製の棍棒を担ぎながら、こちら目掛けて走ってくるのだ。それでも速いのなら、それは不公平だろう。
ただし、私の知っているアニメでは高速で動けている鬼がいたので、それはそれは運の悪い雅からしたら、僥倖であった。
そんな戯言をいう余裕も、既に限界を超えており、全力で雅は息切れしていた。
色とりどりのまさに選り取り見取りの鬼の出血大セールだ。‥‥‥一ミリもうれしくないが!
とうとう、そんなことも言えなくなる。鬼が右手を上げ、雅目掛けて手を伸ばす。
その手が意識が遠のき、足元が覚束なく走り続けている雅の頭を鬼が掴む‥‥‥、はずだった。
「グオォォオ!」
刹那、鬼の頭に思い切り石が投げつけられた。
その一瞬怯んだ隙を見逃さず、即座に雅はその掴みを回避する。奇跡的に一命を取り留めた。
「こっちだ! ついてこい!」
どこからともなく、クールな声が聞こえた。その声の聞こえる方向目指して、雅はまたゾンビのようなフォームで走り続ける。
ここで、死ぬ訳にはいかない。死因が鬼だなんて前代未聞である。第一、この空間で死んだら、一体どうなるのか想像もつかない。せめて、死ぬまでに結婚したい。
一人ぼっちで死ぬのはお断りだ。
そう意識した瞬間、アドレナリンがドバドバで火事場の馬鹿力が発揮される。
所謂、覚醒状態である。――文字で表すと‥‥‥、なんかカッコいい!
必死に走り抜けた先には先程のクールな声の出所であるイケメンが立っていた。
「で、大丈夫ですか? 雅さん」
黒髪ロングの端正な顔立ちのイケメンがこちらを心配してくれている。
率直に言うと、かなり好みの美形だった。フラフラな雅が呼吸をも忘れ、思わず息を吞んだ。
自覚して言うのはかなりあれだが、雅はこう見えてもかなりモテる。というより、モテる。
ピンク色の髪を黒色のシュシュで留めたポニーテール、黒と白のいい感じのタイトスカートと黒色のスニーカー(使い古している)と茶色のショルダーバック(ブランド物ではない)といった、服装を普段から着用している。
傍から見ると、知的な文学少女という感じが出ているので、よくナンパ師に遭遇する。毎回、嫌な言い方して突き放すが。何が言いたいかというと、そんな美女でもイチコロの容姿をもっているということである。
ある程度、息が落ち着いてきた頃。もう一度その少年の顔を見返す、というか本当にどちら様? なんで、私の名を知っているんだろう?
「いやぁ、雅さん。お久しぶりです」
――こっちはご存じではありませんが。
「‥‥‥え? 冗談はやめてください、私です。‥‥‥あ―。なるほど、分かりました。つまり、こう言えば分かりますか? 俺だよ、砂糖だ」
恥ずかしがりつつ、彼もとい、彼女――黒雲砂糖はそう告げた。
「うんうん、なるほど。――何故、そうなった⁉」
「待ってください! いくら逃げ切ったからと言って、ここが確実に安全という訳では決して、ないんです。なので、大声を出すのは堪えてもらって……」
泣きじゃくる子供を宥めるのように柔らかな声で砂糖は雅を注意する。
その態度が雅にはおかしく感じられて、落ち着いていもっれるはずなかった。彼女は優しいとは程遠い性格の持ち主であり、彼女のたった一人友達だけに対してデレるという典型的なツンデレであったはずだ。
それが一体どうして、こんな優しい大人な雰囲気溢れるクール系美人になっているのだろうか。雅が驚いたのは無論、性格だけではない。彼女の容姿だ。
前述の通り、クール系美人になっている。以前出会った際の彼女は幼女であったはずだ。
つまるところ、ここはあの時から何年経過しているのだろうか。というか、ここまで人って年月で変わるものか? 人の成長って凄いな。
「確かに私は昔と比べてかなり変わったと自覚しています。あの時は何といえばいいのやら‥‥‥。申し訳ございませんでした」
心の整理が追いつかない雅に深々とお辞儀をされることで余計に雅は自分の見ている光景が体調不良の時に見る夢のように感じ、本気で自分の心配を始めた。
夢といえば、この会話は何故か、通じる。たじたじな文章だが、端的に言うと、この言葉が全てである。
詳しく説明すると、本来、江戸や明治などといった時代に行くならば、多少、話し方など異なるため、会話が通じなくなるはずだ。
しかし、この空間内では現代語が通用する。大前提としこの空間自体、霧が掛かった中に存在しているのだから不気味さはお墨付きだ。
ファンタジーなら雰囲気が出ていて素晴らしいと思えるのに、何の力も持たない一般人じゃ恐れるのに事足りる。
兎にも角にも、この空間は謎がまだまだ解明されていないことばかりで、色々と謎に包まれている。
「――そろそろ逃げた方がいいかもしれません。周りがきな臭くなってきました。逃げ切ったといっても、この辺りはまだまだ村の近くで、警備が厳重です。一度、私についてきてください」
周囲の気配を感じた砂糖は冷静に物事を判断し、こちらに指示を出す。今は質問攻めも一時中断し、大人しくついていく方が良さそうだ。雅はそう判断し、回復しつつある足を一歩ずつ慎重に動かし、一歩一歩、去りゆくのだった。
辿り着いた場所は何とも既視感しかない場所だった。
一面が蒼色で染められており‥‥‥というか、さっき来たばかりの場所である。
「ここ、覚えてます? ‥‥‥ていうか、覚えてない訳ないですよね。雅さんが一番、関わりのある場所といえば、これ。みたいなものですしね」
「そう、だね。懐かしいけど、あの時は酷く、後先を考えない行動だったよね。助けてもらえなかったら――私はいないよね」
頭に浮かび上がってくるのは純潔の結晶かのように美しい白い髪色の少女だ。
いつも笑顔を絶やさず、幸せを振る舞う健気な子――、というのはただの一面。その実態は、両親不在の自分を含めた人の感情が分からない寂しがり屋だ。
最終的には雅がその少女、彩花と砂糖の想いを共有することで自らの気持ちに素直になれたので本当によかった。
そんな風に過去のことを思い返していると、不意に砂糖が水面を優しく二回突き、銀色の鈴を一回鳴らした。
何をしているのかさっぱり分からず、置いてけぼりにされるがままの雅が何をしているのかを聞こうとする直前。答えは行動で示された。
底が見えないほどに蒼い湖から徐々に泡が出て、ザッパーンと大きな音を立てる、かと思いきや、そんなことはなく、ちゃぷと可愛らしい音を一つだけ立て、その答えは現れた。
「うーん、まだ朝だし、もうちょい寝させてー。‥‥‥? あれ? いや、え?」
その音の発生源は寝ぼけているにも関わらず、即座に目をつぶっては閉じてを繰り返し、目の前の事象が夢の延長線なのか、確認していた。
「もしかして――、雅さんだったりする?」
蒼に染まっている湖によく映える水色の髪が太陽に照らされ宝石のように輝いている美しい人魚がそこにはいた。
「あー、そうだね。お久しぶり」
どこから突っ込めばいいのか分からず、今は曖昧な返事をすることしかできなかった。




