第二話『焦燥』
交通機関を用いて一・五時間。
本来ならば、多少なりとも金額は持っていかれるのだが、後でアイツに払わせてやろう‥‥‥とはならなかった。その一因は、この一つのパスだった。
この『無期無制限交通パス』を用いると、国内の全ての乗り物は乗り放題へと変化する。これのおかげで、あいつは料金を払わないで済むので感謝して欲しい。と、文句を垂れ流している雅も、組織が用意したこのシステムには珍しく感謝していた。
というのも、このパスさえあれば、任務外でも無制限で無賃金で利用可能なのだから遠いところにも遊びに行けて大変お世話になっている。
雅の住む場所は家から出ると、コンビニよりも先に神社、田んぼ、田んぼ、田んぼなどといった田舎の象徴に出くわす。だから、あぜ道のど真ん中で自由に歩けることくらいが唯一の自慢となっている。
最も、私は必死に汗水垂らしている農家のみなさんには申し訳ないが、交通のアクセスに毎回困るので、感謝は正直出来なかった。
そんなこんなで、『無期無制限交通パス」と(早口言葉みたいで癖になっている)を口ずさみつつ、雅はご機嫌に改札を潜り抜けていった。
駅から降りるとそこには、果てしなく終わりの見えない神秘的な広い湖が広がっていた。それは、雅にとって思い入れがある場所である。
あのときのことを思い返すと、色々なことがあった。ただ、どんなことよりも――。
「あの立て札を見ていなかったら、助けられなかったって考えると、恐ろしい‥‥‥」
雅が彼女を救うことが出来たのは雅の趣味で偶然見かけた立て札に書いてあった情報が偶然にも一致したという奇跡の巡り合わせで成り立っている。
――訂正。趣味というにはあまりにも語弊がある。飽くまでも、趣味は気になったことに、直ぐに食いつくということなので立て札フェチという訳ではない。
それはさておき、雅は運のスペックが最高と言っていい程、最悪だった。最高に最悪とは何とも皮肉な表現ではあるが、否定できなかった。
プライベートで外出しようとしたら、半分くらいの確率で雨が降る。それも、湿邪持ちである雅にとって、『薬』の在庫が不足する原因になるので大変困る。
一様、説明しておくが、この『薬』というのは、決して怪しくない。
雅の所属するチーム『MCT』には薬学に精通しているチームが存在しており、雅を対象としたオリジナルブレンドで製作した薬となっている。これでも、このチームは国の機密組織的立ち位置にあるので国のトップクラスの人材が集まっているはずだ。恐らく、危ない薬ではないだろう。‥‥‥恐らくだが。
とにかく、雅はトラブルによく見舞われるくらいには悪運の持ち主であった。
なので雅にとって、あの立て札の一見は強運でなく、誰かにサポートでも受けたのではないかと勝手な想像を膨らませている。
せっかくの機会だ。急いでいるが、感謝を述べに行くのも悪くはないはずだ。もしかしたら、また雅のことを助けてくれるかもしれない。
そう思い、雅は御礼参りさながら、立札のもとへ足を運ぶのだった。
「相変わらず、湖の周囲には立て札の一つ以外、何もないな」
開口一番、述べることがそんなことでは立て札の神様(適当に今思いついた)も加護を与えてくれないだろう。
「感謝してるのは本当なんで、そこだけは本当にありがとうございます」
ペコリと腰までしっかり曲げ、礼節を弁えて何度も頭を下げた。ゆっくり時間をかけて、数十回お辞儀した。そのせいで首を少し痛めたが、なんてことはない。命を救ってくれたのだから。
何だかんだ、長時間に渡ったお辞儀の最後の一礼が終わる。雅は任務に瞬時に移行しようと、頭を急激に上げた。
「痛っ⁉」
直後、頭上に激しい痛みと違和感を感じた。恐る恐る、今度は慎重に頭を上げると、そこには‥‥‥。
「いや。いちいちそんなこと確認してたら、日が暮れちゃうね。早く解決しないと!」
立て札に当たりに行ってたら、お礼参りに来た意味が無くなってしまうだろう。感謝を述べに行くことが目的としていたのに正反対の感情をぶつけるのはお門違いだ。
雅は颯爽と本来の目的である任務遂行に取り組むことにした。
しかし、この時、雅は知らなかった。後々、彼女は『鬼』ヤバいトラブルに巻き込まれるということに――。
「驚いたな。まさか、本当に同じ場所に『記憶の巣窟』が発生するとは‥‥‥」
目を閉じ、手と手を合わせ追悼の意を込め、強く想う‥‥‥。そして入らせてもらう。それが雅の任務という名目上‥‥‥ではなく、礼儀という観点から考える、雅なりの流儀だ。
その行動自体には何一つ意味はないが、今は亡き人の記憶に入るのだから雅にとっては当然のことだと思って行動している。それから数秒経過すると、今度は空間の持ち主特有の感情を反映した感覚を味わう。そして、――意識が覚醒する。
目を覚ますと、相変わらず何もない草原が広がっていた。半年前出会った二人の少女がいかに、この空虚な空間を彩っていたことが分かる状況だった。
「あの二人は今も元気にしているのかな? というか、この空間は西暦何年だろ?」
そう、この空間は普通ではない。この空間は今は亡き存在の心残りとでもいうものが実体化した空間である。つまり、何が言いたいのかというと――。
「この空間では既に死人が出ることが確定している、か。本当に未だに信じられないよ。こんなの現実離れしすぎだよね」
これは百歩譲って認めるとしよう。しかし、雅には納得できないことが一つだけある。それは、この空間で亡くなってしまう人を助けたとして、現実の世界に反映されているのか知る手段がないことだ。
今までの傾向からして、数百年前の人の記憶のみから発生していることが分かっている。だから、この空間で起きたことが反映されているのかについて確かめる方法がなかった。
果たしてこの空間内で故人を救ったとして、本来の世界では既に亡くなっているという事実が覆されないのであれば、それは自己満足の偽善に過ぎないのではないだろうか。
そんな不確定要素を入れてくるこの空間が嫌いだった。唯一の救いは半分の可能性で救われているということくらいだろうか。
雅自身とすれば、感謝を伝えてからタコ殴りという態度を取りたいところである。
「取り敢えず、前回ここを訪れたときも、うじうじしていたけど今回は違う。私はここで生まれ変わったんだから!」
そう、生まれ変わったのだ。
あの二人の少女と出会い、自分のダメさ加減に気づいて学んだ。今までは現実逃避していたことばかりで今を生きていないということに。それは一番嫌いなことだというのに。
それからというもの、今へ至るまでに様々な任務で現実を受け止めて、確実に出会った人々の心を見て助けていた。
迷子になってしまった子供、独りでサバイバルしていた子供。――主に子供だらけかもしれないが、とにかく一人一人、真摯に向き合っていた。
「だから、あの二人に成長したところを見せに行かなきゃね。待っててね! 彩花ちゃん、砂糖ちゃん!」
かつてお世話になった二人の少女の名を呼び、この広大な壮大な草原を過去の記憶を辿りつつ村へと駆け出していった。
そのただ二人の生存を案じて。




