第十八話『【終章】月下、消えゆく泡沫の想いを『貴方』は見つける。』
今夜は綺麗な月が出ていた。雲なんて一つもない完璧な満月。故に、今日は最高の日だった。
昼は黒糖と遊び、夜はみんなと色々とお喋りしながら、人生で一番活気があって、一番賑やかで楽しい食事が出来た。
間違いなく、今日は正真正銘の最高の日。そう言い切れた。――ある一つのことを除けば。
「どうしますか、こいつ。こんなやつを村に置くわけにはいきませんよ。というか、最初からこんなやつ置いておかなければ良かったんだ‥‥‥、そうすれば――」
「昔のことなど掘り返しても無駄じゃろうに。ほら、さっさと追放する準備をせい。まさかとは思うが、この場に反対する者などおるまい?」
無駄に頭に血を登らせているしゃがれ声の持ち主が青年らしき声を遮る。何故、『らしき』と言っているかというと、私の視界が完璧に閉ざされているからである。ついでに口も閉ざされており、頼れる唯一の聴覚は嫌でも聞こえてくる何も役に立ちそうにない言い争いが垂れ流されるだけだった。
だから、状況整理がてら、何故こうなったのか彩花は思い返すことにした。
夜風にあたろうと真夜中に一人、外をふらついていると、突如として世界が揺れた。急いで体勢を整えようにも、上手く自立することができない。両脚を挫いてしまったのか、感覚もない。
とにかく、脚の様子を見て何とかするしかない。そう思い、着ていた着物を少しばかりずらしてみる。
酷い痣の様子や切り傷こそ、見られはしなかった。が、その方が全然マシだったと言い切れるだろう。驚くべきことに、あの透き通ってもちもちしていた白玉のようであった両脚は見る影はどこにもなかった。それもそのはず、花園彩花の腹部から下は鱗に覆われて魚の尾のようになっていたのだから。
そんな時に偶然通りかかった村人に見つかってしまった。後は抵抗もむなしく、このような状況になった。そんなことあるだろうか、普通。
「ここはどうでしょうか? ここであれば、我々も罪悪感を感じずに過ごせます。魚みたいですし、案外生き延びるのでは?」
「ほぅ、それはいい。それにここへ追放した後、誰も近寄らせないようにすれば、なおさら‥‥‥。呪いということにしておこう」
役に立たなかった状況整理をしていた間、彩花はどこかに運ばれていた。どうやら、私は追放されるらしい。周囲からは騒ぎ声にまみれて、微かに水音がする。推測するに、日中に泳いだ湖からするものだろう。何の因果か、今度は私が落とされる番らしい。
「万が一、あとで縛った状態で見つかった場合は面倒です。最後くらいは自由な状態で追放しましょう」
「ほう、悪知恵が働くのぅ。よし、それに決めた。それではやるぞい」
どうやら、もう残された時間は少ないようだ。いっそのこと、ここで暴れてみるのもいいかもしれない。そう思いはしたが、自立できない時点で雌雄は決している。まぁ、万全な状態であっても、大の大人相手に勝てるはずもないけど。
だけど、ここにいるのが私じゃなくて、一葉だったら、力で押し通してしまうことも出来ただろうし、黒糖ちゃんなら、もっと上手くハッタリをかますことができ、雅さんだったら、聞いたこともないような手段で解決出来たのかもしれない。
じゃあ、私なら‥‥‥?
――残念ながら、考える時間はどうやらおしまいみたいだけど。
彩花の縛られていた両目と口が解放されたのも束の間、彩花は多方から抵抗させる気をなくさせる大人の力によって湖へと、打ち付けられるような、押しつぶされるかのような感覚を味わいながら身動きも取れずに沈んでいく。
沈み、沈み、沈み、沈み、沈み、沈む。沈んで、沈んでいく、沈んで、沈んで‥‥‥、
沈み――、
沈み――、
沈んだ。
もう誰の顔を見ることは決して叶わない、深く青々とした湖の底へ、消えるかのように意識が離されていった。
沈む中、見つけたのは、水面に浮かぶ満月の光。希望を感じさせる光。その光が徐々に薄暗くなっていく。一切、雲に妨げられることのなかった光が湖へ沈む度に消えていく。あと少し、もう少しで、光は消え、湖は完全な闇に包まれることになるだろう。
そして、今がその時だ。
完全に光が消えゆく最中、ただ一つだけ気掛かりな点が一つ。
――黒糖ちゃんたちが私が勝手に消えたことを知ったらどう思うのか。
ただそれだけを知ることができないのが残念だ。
彼女にはなんだかんだで、今まで悪いことばかりしてきたかもしれない。彼女が朝、目覚めて私がいないことに気がついたらどのような行動を取るのだろうか?
特に最近なんて、雅さんとばかり話して、シカトばかりしていた。その時に取っていた態度を幾度か思い返せば、彼女は私を大切に考えていたのだろうと思った。
‥‥‥もし、だ。普段であれば、馬鹿馬鹿しいの一言で笑い飛ばすことだけど、もし仮に一つだけ願いが叶うのならば‥‥‥普段は神頼みなんてしない私が願うとすれば。
そんな後悔に思いを巡らせている時だった。水中が心なしか揺れた気がした。
終わりがあるのか、疑わしさを感じさせる湖の中に決死の覚悟でダイブ。
沈んでいく度に感じる水圧が身体を押し潰そうという気力で全方位から、のしかかってくるのを感じる。私ももう、長くは耐えられないだろう。
それでも、助けられる可能性のある人を見捨てるなんてことはできるはずがない。私の意識が保つ限りはやってみるしかない。そう決意したはずだった。次の瞬間、意識が途切れる。そこで消えゆく意識の中、見たのはこちらに向かってくる影。
――あぁ、何とかなって良かった。
「いや~! 何とかなってよかった!! ――助けられて、本当に良かった‥‥‥」
肝心の大馬鹿者は危うく溺水しそうになりかけたのに、私のことを必ず救いたかった、と愛の告白みたいな馬鹿げた発言を清々しく一切の邪念なく言い切った。
「ありがとう。これだけは絶対に噓じゃないから」
「え、何!? 今までのは噓だったってこと!?」
「どうだろうね? 雅さんが思った通りに捉えてもらって構わないよ」
「え~!?」
私が適当なことを言うと、彼女は面倒くさがらずにしっかりと反応してくれた。やっぱり、面白い人。だからこそ、私を救ってくれたのかも知れないけど。
「‥‥‥あ、ごめん。もうそろそろ、行かないと。用事が出来ちゃったんだ」
「――雅さん」
「ん? なになに?」
「これ、私の代わりに貰ってくれる?」
「これは‥‥‥?」
「それは鈴だよ。元々は黒糖ちゃんと仲良くなった時にあの桜の木についてた二つの鈴を二人で分けてたの。でも、雅さんに持っていて欲しいんだ。それを私だと思って」
「え、それって‥‥‥?」
「別に変な意味はないよ。ただ、何もできずにお礼だけもらうのもいけないから。これをお守りのようなものとして持っていて欲しいんだ。もし、雅さんが挫けそうになった時、これを見て、私を救えるくらい強い人なんだって思って欲しいから。だから、これをあげる」
「‥‥‥分かった。私、彩花ちゃんに恥ずかしくないようにやってくから。だから、彩花ちゃんもどうか元気に過ごして欲しいな。砂糖ちゃんと仲良くしてね、もうすぐ来ると思うから」
「うん、分かった」
「ありがとう、本当に楽しかったよ! また会えるといいな!」
「うん、絶対待ってるから!」
「‥‥‥じゃあ、そろそろ行くね」
一歩、また一歩と離れていく度に金色の鈴が奏でる音色が別れの寂寥感とこれからの希望を奏でているように感じた。感じただけで、そんなことは決してないはずなのに、何故だかこの先にどんなことがあろうと、楽しく生きていける気がした。
そして、明華雅は急に現れてきた霧と共に去っていった。
【過去編】これにて終幕‥‥‥?




